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page12


 ナズナが目覚めると、彼女の身体はしっかりとエイシェンに拘束されていた。

 きつく両腕に抱かれて身動ぎも容易に出来ない。

 まるでナズナがまた抜け出させまいとするかのようだ。

 

 もう無謀にも黙って出ていくような事はしないのに。

 

 早く村へ戻らなければという焦燥はまだあるものの、エイシェンを裏切るようなやり方は出来ないと思えた。

 

 まだ分らない事も多い。エイシェンに訊けば全部教えてくれるだろうか。

 

「エイシェン」


 名前を呼ぶと、僅かに彼の瞼が震えた。

 ナズナの里の人とは違い、彫りの深い整った顔をじっと見つめる。

 

 うっすらと開いた瑠璃色の瞳がナズナを映した。

 今にしてみると最初からこの綺麗なエイシェンの目に惹かれていたように思う。

 

「おはよう」

「……おはよう」


 少し間を置いてから挨拶を返したエイシェンは、目を細めて微笑んでからナズナの額に唇を落とした。

 そして驚いて固まるナズナの身体をようやく解放する。

 

 寝起きだというのに、機敏な動きで起き上がったエイシェンに続いてナズナものろのろと身体を起こした。

 

 なんだったんだろう、と額にそっと手を当てる。

 

 目を丸くしながらも嬉しさを隠せないでいるナズナに、エイシェンは苦笑した。


 ナズナがいつも里の事を考えていたのは分かっていた。帰りたいと願っている事も。

 当たり前だ、賊に蹂躙された故郷がどうなっているか気にならない方がおかしい。

 

 だけどエイシェンは、きっと一度山を下りてしまえば、ナズナはもう二度とここへは戻って来ないのだという事もまた分かっていた。

 

 今、あの里には誰かがいる。生き残った者か、遠出していた男達が戻ってきたのかもしれない。

 彼等と会えば、当然ナズナはその者達と共に行動するだろう。

 また同じ地で、一からやり直すにしても、他の地へ移住するにしても。

 

 もう、ここでエイシェンの傍にいる事は無い。

 エイシェンだって、初めは状況が落ち着けばすぐにナズナを帰す予定だった。アロンに引き合わせたのだってその為だったのだから。

 

 命を助けてくれた彼女に、そのお返しができればそれで良かったのだ。

 それなのに、早い段階でナズナを手放すのが嫌になった。

 いつからかは分らない。ナズナがあっさりとエイシェンの生活に馴染むのと同じように、自然と彼女にずっと傍に居てほしいと願うようになった。

 

 言葉は通じなくとも、ただ一緒にいてくれるだけで。エイシェンと名前を呼んでくれるだけで、どんどんと想いが振り募る。

 

 ナズナが足を怪我して、痛々しい傷を見る度に早く治って欲しいと思う反面、アロン達と下山する事が出来なくなったとき、内心でどれだけ安堵したか。

 彼女が知れば怒るかもしれない。

 

 いずれナズナは里に帰る。それは揺るがないのに、彼女は当たり前のようにエイシェンを受け入れた。

 口づけても嫌がりもせず、目を閉じる。

 どうして? とナズナは聞いたけれど、それはエイシェンこそが聞きたい。

 エイシェンが口づけるのは、愛おしいからだ。ならどうして、ナズナは受け入れる?

 

 少しはエイシェンに気持ちを移してくれているのだろうか。あの日、アロン達を見送る宴で手渡された花に、意味を見出してもいいのだろうか。

 

 そう思っていた矢先に、エイシェンの期待を砕くかのように、ナズナの里の方角からのろしが打ち上げられた。

 ナズナがエイシェンの元を去る事実は変わらないのだとでも言いたげに。

 

 けれど彼女には山を下りる術がない。一人ではどうしようもないのだから大丈夫だと心のどこかで思っていた。

 まさか、夜中に抜け出すなんて思わなかった。

 

 ナズナが起き出す気配がして、ついて行ってみれば、すっかり着替えて武器庫の中にいた。

 エイシェンに言えば反対されるだけだと、黙っていなくなる気だったのだ。

 心臓が凍りついたかのようだった。

 

 逸る気持ちは分かる。だけど、どうするつもりだったのか。断崖絶壁を一人で下る気でいたのか。

 そんなのは無謀で、死ぬのは目に見えている。

 それでも、ここから出ていくのか。自分とはいられないのか。

 

 ナズナに刃を向けられた時は、刺されてもいいと本気で考えた。

 それえで彼女の気が済むというのなら。

 

 ナズナに黙っていた事があるのは事実だ。エイシェンは安全に下山する方法を知っているし、ナズナの里が現状どうなっているかも見てきて知っている。

 ずっと分かっていて黙っていた。

 彼女にとって、それは罪だろう。なら、ナズナに裁かれるのなら刺されてもいいと。

 

 でもナズナはしなかった。辛そうに泣いて。

 泣かせたのは間違いなくエイシェンだ。

 

 後はもう必死だった。行って欲しくない。だけどナズナに辛い思いはさせたくない。笑ってくれるなら帰すべきだ。

 だけど、ナズナが居なくなったらと考えただけで心が引き裂かれそうになる。

 

 情けない心の内を打ち明けたエイシェンに、ナズナは笑って口づけた。

 どうして? と咄嗟に問うたエイシェンに、ナズナも同じように返す。

 

 いつもと真逆のやり取りに、いつもナズナが問うていた気持ちも、そして彼女の返答の意味も理解した。

 

 ナズナもまたエイシェンを想ってくれていたのだと。

 それでも、その上で彼女は里へ帰る決心をしたのだ。

 ならばもう、我が侭でここに縛り付けておくべきではない。

 

 これからエイシェンのすることは一つしかない。

 

「エイシェン」

「……うん?」

「なんだか、ボーっとしてる」

 

 ベッドの端に座って考え込んでいたエイシェンの顔を、ひょこりと覗き込んだナズナはいつも通り柔らかい笑みを浮かべている。

 

「手、見せて」


 言われて自分の手の平を見た。右手に巻かれた包帯が赤黒く滲んでいる。

 すっかり忘れていたが、昨晩切ったのだった。

 

 ナズナは慣れた手つきで、自前のポーチの中から包帯や軟膏を取り出してベッドに並べている。

 真剣な顔つきで、一度包帯を取って傷の具合を確かめ、再度治療していく。

 

「……ごめんね」

「ナズナのせいじゃない」


 エイシェンが自分でしでかした事だ。ナズナが謝る事じゃない。

 しょげ返るナズナの額にもう一度口づける。

 

「ナズナ」

「な、なに!?」

「……あとで、里、案内する」

「え? ……えっ、ほんとに!?」

 

 目を見開いて驚くナズナに、エイシェンは頷いた。

 


何か月ぶりだよ…

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