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 さわさわと穏やかな風に煽られて木々の葉が奏でる音が心地よい。

 しかしそんな自然の豊かさを感じる余裕もないのか、金茶の髪をした少女――ナズナ――は一心不乱に腰を屈めて地面を睨んでいた。


「こっちのは痛み止めで、これが殺菌。あ、あっちにあるのは――」


 ぶつぶつと独り言を呟きながら、そこここに生えている草をちぎって肩から斜めに提げていた鞄へと入れてゆく。

 それが一段落して漸く顔を上げた。

 腰をとんとんと叩いて満足気に頷く。

 

 鞄の中は収穫物でいっぱいだ。ずっと同じ姿勢で長時間いたせいで固まってしまった筋肉をほぐしながら空を仰いだ。

 いつの間にか真上にあった陽が幾らか傾きかけている。日没まではまだかなり時間があるが、少し熱中し過ぎたようだった。

 

 日の出から日の入りまでの時間が一年で最も長いこの時期、活動的になるのはなにも人間だけではない。森にいる野生の獣達も活発に動き回っている。

 一人で里から出てきたものだから、多少でも危険を冒すわけにはいかなかった。

 

 里に帰ろうと踵を返した。危険を冒せない、と言ったばかりだが実は既にこの時点でナズナは無茶をした後だった。

 里から離れすぎているのだ。普段はもっと近場で用事は済ませる。近くだけでも入用の薬草は手に入るから。

 

 だけど今日は遠くへ来てしまった。この夏、里では食中毒が流行った。その際に解毒薬となる植物を殆ど消費してしまい在庫は空っぽ状態。

 今後の事も考えると出来るだけ早く多くを補給する必要があった。その一心で探しているうちにこんな所まで来てしまったというわけだ。

 

 ただ真っ直ぐ帰れば日が暮れるまでには里につくだろう。幾らか足早にナズナは歩く。

 しかし

 

「……ち?」


 地面に点々と続く赤い染み。首を傾げつつそれを追う。

 傍にある木にも同じ赤が付いているところがあった。人の手形をしているように見えた。

 只事ではない。そう思えば知らず足り出していた。

 

 その血の元凶は意外とあっさり見つかった。ナズナの予想を上回る拙い状況で。

 少し離れた所にその人物を確認し、ナズナは足を止めて慌てて大きな木に身を隠した。

 

 瑠璃色の髪をした青年だった。

 片足と肩に、服の上からでも分かる酷い怪我。それ以外にもたくさんの小さな傷がある。

 随分と荒い。無傷の方の手で剣を握っている。疲弊した彼はしかし緊張を崩さず前を見据えていた。

 

 彼を取り囲むような陣形を取り唸りを上げる数匹の狼から目を逸らさない。

 これは拙い。青年に勝ち目はないように見えた。

 狼を狩ろうとして逆に襲われたか。狩りをしていて獲物が被ったのか。とにかく負傷した人一人が敵う相手でないのは明白だ。

 

 どうしようか。人を呼びに行く猶予はない。かといって飛び出して行ったとしてナズナも仲良く餌食になるだけではないのか。

 

 何故か放っておくという選択肢は無かった。どうにかしなければと、それしか頭になかった。

 ナズナは震える手で首から下げていた細長い木で出来た細工を握った。

 賭けだ、成功するかは分らない。

 

 一度深呼吸をしてからその細工に口を付け、思い切り息を吹いた。

 小さくて細い笛だった。音は鳴らない。吹いたナズナには聞き取れない周波の音がしているらしいのだけれど、自分では確認できないので鳴らせたのかどうか分らない。

 これの出番はこれまで無かったからだ。

 

 だがナズナが笛を吹いた直後に、牙をむき出しに唸っていた狼達は次々に耳をしきりに動かして大人しくなった。

 そして暫くして男に背を向けて、とことこと立ち去ったのだった。

 

 狼達が見えなくなると男は力尽きたようにその場に座り込む。ナズナも慌てて駆け寄った。

 

「っ!?」


 急に飛び出してきたナズナに驚いた男は、まだ握っていた剣を彼女に向かって突き立てた。

 顔面に刃先を向けられたナズナは小さく悲鳴を上げてから、両手を上げて敵意がない事を示す。

 

 男の瞳は髪と同じく瑠璃色をしていた。玉みたいで綺麗。そんな場違いな事を考えた。

 ナズナの様子を冷静だとでも思ったのか、男は苦笑して剣を収めた。

 

「――――」


 男が何かを喋った。でもナズナには聞き取れない。首を傾げるともう一度、多分同じ事をであろう言葉を口にした。けれどやはりナズナには理解出来なかった。

 他言語を操る者だったようだ。しまったと思ってももう遅い。

 

 この人山岳部族だ。よくよく見ればナズナ達里の者とは違って目鼻立ちがくっきりした顔つきで体格もしっかりしている。

 なんであれあの状況で放っておくことなんて出来なかったのだから仕方ない。

 ふぅと溜め息を吐いた。

 

「手当てがしたいので触ってもいいですか?」


 通じないと分かっていたけれど一応ナズナも意志を言葉にしてみた。

 案の定相手はぽかんと口を開けて見上げてくるだけだったが。

 

「えっと、私、あなたの肩と足、手当て、いい?」


 自分の顔を指差した後に男の血塗れた肩と足を示し、首を傾げた。

 青年は惚けたまま暫くナズナを見、それからそっと目を閉じた。

 

 その仕草は一体何を伝えようとしているのか。ナズナが触れる事を許してくれたのか、放っておいてくれという事なのか、それともただ痛みに意識を失いかけているだけなのか。

 

 分らないし問う術もない。だからナズナはその場にしゃがみ込んだ。

 肩から下げていた鞄を外し、それから腰に付けていたポーチも取る。

 

 ポーチの中からは包帯とシップ、ピンセットとハサミ、幾つもの薬の入ったケースが出てきた。

 

「ちょっとごめん」


 ナズナは手を伸ばすと男の服を脱がしにかかった。

 男は身体を固くしてナズナから離れようとした。だが早かったのはナズナだ。

 

 肌蹴させた肩に容赦なくアルコールを吹き付けた。

 苦痛に呻く男は無視して処置を続けていく。肩が終われば足も同じように。

 

 身体を綺麗に拭いて服をもう一度きちんと着せる。ナズナが着ているものとは構造が違うから少し手間取ったがなんとか元通りにはできた。

 

 拭った先からまた汗が滲む男の額にそっと触れる。彼は少し身動ぎして目を開けたが、気だるげにまた閉じた。

 熱がある。菌が身体に入ったというよりは傷のせいで発熱しているようだ。

 

「どうしよう」


 意識が朦朧としている人をここに置き去りにしていくのは気が引ける。先程も狼に襲われたのだし、血の臭いに引き寄せられて新たに獣が現れる可能性は低くない。

 気象師の話では午後から天気が崩れて雨が降り出すという。既に西の空は鉛色に変わってきている。

 

「と、とりあえず……」


 すみません、と一応ナズナの言葉でだが断りを入れて肩を担いで無理やり立たせた。

 殆ど力の入っていない男の体重がずしりとかかって倒れ込みそうになったのを寸での所で踏ん張る。

 

 少しだけ、あの木の下に行くだけだから頑張って。祈るように呟いて、ずるずると男を引きずってさっきナズナが隠れていた大きな木の下へと連れて行った。

 窪みの中に青年の身体を押し込めてナズナも入る。

 

 熱のせいか呼吸が乱れている青年を間近で見つめた。

 鎮痛と解熱、早急に必要なのはこの二つだろう。

 ポーチから錠剤を取り出してみたものの、手の平で転がしてそこから先が思いつかない。

 

 意識が飛んでいる相手に服用させるのってどうすればいいんだろう。

 取り敢えず口に放り込んで、その後水を大量に流し込めば自然と飲み干してくれるのだろうか。

 里へ帰れば注射という方法もあるのだが、さすがに今は持ち合わせていない。

 

「お兄さん、お兄さん」


 傷に障らないように気を付けながら身体を揺する。

 けれど浅い呼吸を繰り返すばかりで反応が無い。しばし様子を伺い、目を開ける気配がないと判断するとナズナは錠剤を二つ男の口の中に放り込んだ。

 

 今度は自らの咥内に可能な限りの量の水を入れて、目覚めぬ男の顔に己を近づけた。

 至近距離で睨みつけ、意を決したように彼の両頬に手を添えて口づける。

 

「ん……」


 水を流し込む最中に男が眉を寄せて僅かに呻いたのに驚いて咄嗟に離れた。その拍子にぽたぽたと水が落ちて服に吸収されていった。

 覚悟した上での行動とはいえ急激に恥ずかしくなったナズナは顔を真っ赤にする。

 どうやらさっきのは飲み込む時のものだったらしいと気付き、息を吐いた。

 

 心臓がばくばくと忙しなく脈打つ自分とは違い、相手は苦しそうではあるが寝入っているのが何だか腹立たしくなって少し乱暴に彼の隣に座った。

 

 見上げる空からいつの間にか降り出した雨の滴が落ちてきている。

 

「あーあ」


 今歩いて里まで帰ったらずぶ濡れになる。鞄の中に入っている薬草も無事ではない。

 折角集めたものが無駄になるのは悔しいから、暫くここで待機。そう決めた。

 一応手当てをしたとはいえ、こんな状態の人を放置して帰るのも気が引ける。

 とは言っても、雨の音しかしない静かで何もない中じっとしているのはとても退屈だった。

 

 

 

 どのくらい経ったか。隣でごそごそ動く気配がしてナズナはパチリと目を開けた。

 寝てしまっていたようだ。

 

「ご、ごめんなさい」


 思い切り怪我人に身体を預けて眠っていたらしく、慌てて離れる。

 薬が効いたのか、顔色も随分よくなって意識もはっきりしているらしい青年が、瑠璃色の綺麗な目で真っ直ぐにナズナを見て、すっと穏やかにそれを細めた。

 

 そして指で自分の包帯が巻かれている所を差してから、何かを喋った。

 多分、お礼を言われたのだろうと思い首を振る。

 すると彼はゆっくり手を持ち上げてナズナの頭を優しく撫でた。突然の事に目を丸くすれば、その顔がおかしかったのかクスリと笑われ。

 

 あ、あれ……?

 

 ナズナは内心首を捻った。こんな人なのか? と。

 最初に剣を突き付けられた印象が強かったから、もう少し警戒されるかと思っていた。

 されない方がいいのだけれど。

 

「――――」


 男が再度何かを言った。自分の世界に入りかけていたナズナは顔を上げて彼を見た。

 彼は外を見ている。どうやら雨は上がったようだ。


 外に出た男は剣を腰に提げて、もう行く準備をしている。

 止血をして鎮痛剤を飲んだと言っても本当はまだ安静にしていなくちゃいけない。

 だがいつまでもここでジッとしているわけにもいかず、ナズナの里へは部外者は連れて入れない決まりになっている。

 

 ここは黙って見送るしかないようだ。

 

「あ!」


 急に大きな声を出したナズナを不思議そうに見てくる青年に、鞄の奥底から出した小包を差し出す。

 非常時に備えて持っていた携帯食と水だ。

 彼の目的地がここからどれ程の距離があるのか知らないが、荷物は狼に襲われた際どこかに落としてきているようだし持っておいて損はないだろう。

 

 驚いて小包とナズナを交互に見る青年に、「私はあっちだから」と指して背を向けて歩き出す。

 その背にまた短く声を掛けられた。何を言ったのかは分らない。

 振り返ると彼はさっきみたいに穏やかに目を細めて微笑んでいた。その目が語っているような気がして。

 

 ナズナも彼に向かって笑い返した。

 


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