第二話 魔法
自分の名前を名乗ってから十分は経ち、漸く彼女が落ち着いたころ、僕はふと気がつく。
「ローバルさん、一旦ここから離れたいのだけれど、どこか安全な場所分かる? ここだとまた熊みたいなやつに襲われちゃうから」
「……あ、ごめんね。泣くつもりはなかったのだけれど……うん、私安全な場所知ってるからそこまで案内する。着いて来て」
目尻に溜まった涙を指で拭いながら彼女は茂みを掻き分け、森の奥へと入っていく。今落ち着いて気がついたことだけれど、彼女森に来る格好ではないのだ。アイドルが着ていそうなブレザー型に下は赤と灰色のチェック柄スカート。そこから下はニーハイソックスで絶対領域を作り出し、靴はローファーみたいな靴を履いている……秋葉原によく行くオタクが好きそうな格好だ。というか男性受けが良い服装していると言った方が良いかもしれない。正直似合いすぎて可愛いです。
「……飛鳥君!!」
「えっ? ああ、うんなに?」
さっきからエレナさんに呼ばれていたのを気付かず、黙っていたので、エレナさんは大分ご立腹のようです。少し頬を膨らませてこちらを見ている。
「どうしたの? さっきからぼーっとして。ここから少し距離があるから早めに行かないと日が暮れちゃうよ?」
まさにその通りではあるのだけれど、彼女の格好に意義を問いたいというのは我儘なのだろうか。ここは森で、しかもさっきのような化物がいるようなところだ。戦闘面(さっきの魔法陣みたいの)では問題ないのだろうけれど、毒蛇、蚊、蜂などなど、数えたらキリがない程危険が存在している。それをスカートで来るというのは正気の沙汰ではない。……学ランの僕が言うのもなんなのだけれど。
「ごめん、今行くよ」
とはいえ、命の恩人に対してそのようなことを言える筈もなく、僕は彼女の後を追う。
草木を掻き分け進んでいくと、少しづつ獣道が終わりが見え漸く街道に出ることができた。
「ここから西にまっすぐに進めばレグルスの街に着くよ! 飛鳥くんはこれからどうするの?」
「えっと……どうしよっか?」
そうなのだ。これから先どうするか決まってない。目下の目標は生きるために必要なお金だ。食事はとりあえず森に行けばなんとか飢えを凌げそうだし、寝床は最悪簡易的な穴蔵もしくは家を作ればなんとかなる……と信じたい。一応あの地獄を生き残ったのだし、ここ確実に日本じゃないというかヨーロッパでさえ怪しいけれどキノコや植物や木があれば生きていける。人生何でもやってやれないことはない。
「もしかして、決まってないの?」
「うん、恥ずかしながらね」
「そっか……」と彼女は顎に指を当て考えこむ。
「厚顔無恥で申し訳ないのだけれど、どこか仕事を斡旋してくれると非常に有り難いです」
初対面相手にこんなこと頼むのは可笑しいけど、僕も生きるためなので見逃してください。とはいえ、普通に考えたらダメだよね。幾ら命を助けた相手とはいえそこまで面倒を見る必要も無ければ、義理もない。命があるだけ儲けものだし更に言えば治療もしてもらった。本来なら高額のお金を払えって言われても文句は言えない。
「うん、いいよ」
「そっか……やっぱりダメだよね……」
「いやいや、ダメとは言ってないよ!」
「え!? いいの!?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるローバルさん。何その笑顔……あなたは天使か。
「じゃあ、私に着いて来て」
「これからよろしくお願いします!」
挨拶って大事だと思うんだ。閑話休題。
◆
道中。
いろいろな話をした。彼女が僕の事を苗字を呼んでるつもりが、実は名前を呼んでいたことに気が付かなかったらしい。それはそうだよね。これは僕が気が付かないといけないことだよね。
「ローバルさん。あと、どれくらいで着くの?」
「もう、飛鳥君。私のことはエレナって呼んでよ。私家名あんまり好きじゃないの。それと、時間的には10分ぐらいかな」
家名が好きじゃないってなにかあったのかな。でもそれを聞くのは少し咎める。彼女が良いと言うのだからそうしよう。ちょっと恥ずかしいけれど。
「エ……エレナ……」
「はい」
「エレナ……」
「はい!」
恋人かっ!
余計に恥ずかしくなってきた。彼女も少しくらい恥ずかしがってくれてもいいじゃないか。呼ばれただけでそんな綺麗な笑みを浮かべられたら僕は……。
「飛鳥君……? 着いたよ?」
気が付くと、高い壁に大きい門が目の前にどっしりと構えていた。 というか、こんな大きい物が近くにあるまで気が付かない程ボケっとしていtのか。
「ここは……?」
余りの高い壁にびっくりしたが初めて見る光景にちょっと興奮気味になる。 まぁ自分でもこんなに興奮して恥ずかしいのだが、目の前には珍しい物があるからという事で流して欲しい。
「ようこそ! ここは、レグルス。別名【英雄の街】」
「英雄? 」
「うん、英雄だよ」
それ以上エレナは何も言わなかった。 何かあったのかな……?
ムムムと考え込んでいる僕を他所に、エレナは大きな門に近づき、両手で門に触って目を閉じた。
「コード【光の者】」 エレナさんの両手から光が発し、壁に光が幾方向に迸る。 その瞬間。 ガコンという音と共に門が一人でに開き始めた。 「すごい……」 僕はこの言葉しか出て来なかった。 いや、出せないかった。 だって明らかに凄いとしか言い様がない。 何の仕掛けもないような普通の扉が何か呟いただけで独りでに開いたら凄いとしか言い様がない。 もしかしたら自分のボキャブラリーの無さが仇となっているだけかもしないが。 ほんとどんな仕掛けで動いているんだろうか。
「別に凄くないよ。どの町もこんな仕組みだよ! 飛鳥君はどんな町に住んでたの?」
「普通の町…だと思う…。ただ違うとすれば、大きな桜があるぐらいかな」 と、普通に言っていたはず何だが、エレナさんは人差し指を頬に当て、首を横に傾げている。 うん。 普通にかわいい。
「さくら……?」
「桜って知らない?」
「んー、分かんない。東方に美しい花になる木があるって聞いたことぐらいはあるけど……それかな?」
「とりあえず、その話はまた後でね。さ、中に入ろ?」 僕はエレナさんに手を引っ張られ、とりあえず町の中に入ることにした。 その途中、女の子の手って柔らかいなって思ったのは秘密だ。 恥ずかしいからね。 辺りを見渡すと、煉瓦作りを中心とした家が、中央にある芝生(?)の広場まで一列に等間隔で建ち並んでいた。
「あっちに私の家があるから」
中央の噴水から見て東側。遠目に見ても大きな屋敷が立ち並んでいた。黄金で出来た悪趣味な家にモンサンミッシェルみたいな建築もあれば木造とレンガで出来たそれでも普通の民家よりは巨大な家もある。多分貴族やそれに準ずる人たちが住んでいるエリアなのだろう。反対の西側は商店街なのだろう。屋台や出店などかなりの数のお店が並んでいる。南と北は巨大な通り道になっていて恐らく何か重要な施設がこの先にあるのだろう。
エレナの家はどうやら東側にあるらしい。そのままエレナは僕の手を引っ張りながら進んでいく。今更なのだが、いつまで手をつなぐのだろう。悪い気持ちはしないので一向に構わないのだけれど、こういう場面を彼氏や親しい人に見られたらどうするつもりなのだろうか。特に彼氏に見つかったら浮気現場ですよこれ。本人達にその気はなくとも。傍から見たらアウト……どうしよう。エレナに彼氏がいないことを祈るしか……だけど彼女みたいに魅力的な人に彼氏がいないとかありえるの……?
よし聞いてみよう。
「エレナ」彼女は僕の声に気がつくと不思議そうのに足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、ずっと手を繋いだままだけど大丈夫なの……? その、彼氏とかに見られたら……」
エレナはわたわたと手を振り、
「あううう! 居ないよ! 私彼氏居ないよ!」
顔を真っ赤にしながら否定した。よかった……居ないのか……。
「……ふう、落ち着いた。うん着いたよ」
どうやら家に着いたみたいだ。 「デカイ……」 最初にエレナさんの家を見た感想がデカイって改めて自分のボキャブラリーの無さにびっくりだ。 そんな話しは置いといて。 どれくらいデカイというのかと、あっちの世界でこのぐらいの大きさなら世界で有数のお金持ちで通用するだろう。 遠くから見たら洋風で至って普通の家なのだが、近くで見るとやたらにデカい。
あっちの世界では僕も一応坊っちゃんに当てはまる。 町の地主である三大名家、朝倉家の跡取り息子だからだ。 因みに、朝倉家の他に水無月家、日向家がある。 それなりのお金持ちの家に生まれた僕が驚いているんだ、あっちの世界の人が見たら絶対にびっくりすると思う。
「そうかなぁ。Aランクなら普通の家だと思うけど……」
上には上が居るもんだ。 僕は明後日の方向を見ながら、黄昏る。 もうそれしか無いと思う。 世界って不公平だ。 僕が言える事ではないけれど。
「いらっしゃい飛鳥君! 私の家にようこそ」
大きな扉の前で演劇みたいな動きをするエレナが微笑ましい。扉を開けて僕を家の中に入れてくれた。
家の中に入ると、まず目に入ったのは大きな階段。毎日手入れされているだろう赤いカーペットにその上にはまた巨大な扉が待ち構えており、しかもその扉には細々とした装飾しかも一流の職人が作ったのがすぐに分かるレベルのモノ。ここまでくると芸術の領域だ。金による豪華ではなく、一流の職人たちに作られた品々があらゆるところに並んでいて芸術観点でも技術観点でも豪華だ。これの総額を考えただけで胃が痛くなりそう。
僕はエレナの後ろに着き辺りを見回しつつ行きながら、階段をあがり正面の扉を開けて入る。 中には長さ五メートル、大きさ二メートル(目測)の大きなテーブルと、それにそって多くの椅子が等間隔に並べられている。ラウンドテーブルといえばいいのだろうか、何か会議などに用いられそうだ。さらにその奥の扉を開けて入っていく。
部屋の中に入ると、大きなベッドやタンス、鏡台やぬいぐるみなどが置いてあって、とても少女らしい部屋だった。
「とりあえず、ここに座って」
辺りを物珍しそうに見ていたら、エレナは椅子を引いて僕を誘導する。
「分かった。ありがとう」
お礼を言いつつ引いてくれた椅子に有り難く座る。それにしても、このテーブル結構小さいな。 椅子もこれを含めて二つを置くだけで精一杯だ。 テーブルの大きさは、チェス盤が一つ置ける程度。 さっきの大きいテーブルを見た後だったから余計に小さく見える。 でも、この部屋に合っているから変ではない。寧ろこれじゃなきゃ駄目なのかもしれない。 僕が座るとエレナも椅子に座った。 大袈裟かもしれないが、今椅子に座っているエレナさんは気品というか清楚(?)というかなんというか、なんて言えばいいのか分からないが……そう、綺麗だ。 とても綺麗に思えた。
さて、落ち着いたことだし、ここで聞きたいことをエレナに聞こうと思う。 Aランクとは何か。扉が動いた仕組みは何か。さらにここがどういうところでどのような場所なのかまだ色々あるけれど、目下いの一番に聞きたいことはこれくらいかな。
「エレナ聞きたいことがあるのだけど、いい?」
「うんいいよ」
「まず、ここがどういうところか教えてほしい」
「どういうところ……」
少し間を置いて、
「ここはグローバル王国メルサ領レグルス」
「分かった、ありがとう。それじゃあ次なのだけど、扉が開いた仕組みは?」
「私も詳しくは分からないけれど、それでもいいなら……」
「うん、大丈夫。僕は確信を持ちたいだけだから」
「なんでも古代魔法の応用らしいの。壁に仕込まれてる魔力質を調べる魔法陣で、魔力を纏わせて触った者がこの街に悪性が有るか無いかが判断して無ければそのまま開いて、あれば直接この街の牢屋に転移させる仕組みだって。すごいよね、私も知った時は驚いたもん。これも英雄レグルスが考えたんだって。昔の人はすごいよね!」
笑顔を向けるエレナの顔を僕は直視することが出来なかった。確信してしまったのだ。今まで見ないようにしていた現実を、言葉が通じているからと勝手に納得してわざと気が付かないフリもしていても現実は変わらない……自分が異世界に行ってしまったと信じたくなかった。 これがまだ、自分の知っている世界ならこんなに不安を感じる事はなかったかもしれない。けれど、知らない世界となると自分の持っている常識が全く通用しないかもしれない。 ヘタしたら僕は死んでいたのかもしれない。 そう思うと余計に怖かった。 いつの間にか自分ではその不安を抑えきれなくなっていた。 ――せめて、せめてエレナにだけは知ってもらいたい。 こんな馬鹿げた話を。
「ありがとうエレナ。教えてくれて。――信じて貰えないだろうけど、僕の噺……聞いてもらえないかな?」
こんな不安になる感じは初めてだ。 こんなに何かが怖いと思うのも初めてだ。 だから、この不安が少しでも和らいで欲しかった。 「分かった」 真剣な表情の裏には、優しさがあり、僕をこれ以上不安にさせないような、そんな温かいぬくもりの目をエレナから感じる。 「僕は……――」 そのままエレナは黙って僕の話しに耳を傾けてくれた。
◆
「異世界から来た……」
エレナはそっと呟く。 色々と頭で整理しているようだ。 僕が話したのはここまでの経緯。 学校から家に帰る時、トラックに引かれる前に何故かあの場所にいた事。僕は目の前に居るエレナという少女に全てを話した。
「信じられないでしょ?」
あははと僕は人差し指で頬をかきながら苦笑いする。 こんな話しをして後悔した。 こんなの誰も信じてはくれない。僕だって信じれないもの。……と、僕だけ思っていた。彼女はきっとこんな僕とは違う。彼女の口から、
「普通なら信じられないけど……私は飛鳥君を信じる!」
「え……?」
僕の予想を180度真逆の答えだ。 だが、その言葉を言われただけで、何故か不安や怖いという感情がいつの間にか無くなっているのに気付く。 「ありがとう」 無意識に出た言葉。 自然と僕の顔は笑っているだろう。あれ? でも、なんでだろう。嬉しい筈なのに……。なんで涙がでるんだ……?
「大丈夫だよ。今は泣いても。私が居るから、ね?」
ふいに僕の頭は柔らかいものに包まれる。エレナが僕に近づき、頭をそっと抱き寄せていた。 会って間もないけれど、この人なら信用できる。
今はただこのままで。今日だけだから。そしたら頑張れる。もう弱音を吐かないから……。




