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~D.M.S~  作者: 水無月燈鈴
2/4

第一話 始まりはいつだって突然

 青い空、白い雲。一年に二度咲く、樹齢千年超える不思議な桜。それに、透明感溢れ澄んだ空色の海。綺麗な海の証でもある珊瑚礁にその周りを住処にしている小さな魚の群れ。


 ここ、窓から見えるそれはキラキラと輝き――とても綺麗で、観光で来ていたら間違いなく誰もが見とれてしまうだろう。そんな景色だ。この景色を見られるのはさく高こと桜木高等学校さくらぎこうとうがっこうだけで、他の学校には無い我が校の特色でもあるのだ。さらに云えば、窓側の席にのみ許された景色を一望出来る特等席でもある――ただ、この景色を住んでいる人が全員好きかと聞かれて好きだとハッキリ答える人は少ないと思う。


 確かにこの景色は綺麗で癒されるかもしれない、だけどこの景色は日常の一部なのだ。毎日同じ風景景色を見ていれば誰だって気にしなくなる。だから特に見たいっていう人は外部から受験して来た人ぐらいだろう。


 兎にも角にも、僕が何故そんなよく分からないことを考えているのかと云うと……。


「おい、俺様の話を聞いているのか!?」


 先程から全力で絡んでくる数学の教師から現実逃避するためである。ちなみに僕はこの景色は大好きだと言い切れるのでずっと見ていても飽きはしない。……のだが、流石に見ている所を邪魔されると軽く殺意が沸く。


 この先生はいつも厭味ったらしく女子男子は当然の如く他の先生方にも嫌われているというある種もの凄い先生だ。人は彼をこう呼ぶ――『キモゴリラ』と。こう呼ばれるにもちゃんと理由はあるらしい。


 曰く、見た目が暑苦しい。

 曰く、女子を嫌らしい視線で見る。

 曰く、説教がグダグダと長い。兎に角長い。

 曰く、普段着がジャージって辺りで無理。

 曰く、つうか、生理的に無理。


 だそうです。後半は最早可愛そうとしか言えない。だから、僕としてはあまり関わりたくのない先生の一人だ。只でさえ僕は家系(・・)のせいで色々と目立っているというのに。


「いいか!? 分かったか!? ……まったく……これだから頭の悪いガキは……」


 と、半ば無視して聞いていたら、いつの間にかキモゴリラは説教に満足して教卓の前へ戻って行った。ふう、今回の説教時間は約五分……いつもより短い。この説教時間は人によって変わり、男子なら最低五分から十分。女子なら五分弱(嫌らしい視線付き)と変化があるのだ。


 これでもまだ短くなった方で、少し前なら確実に男子も女子も十分越えていただろう。一週間ぐらい前に一人の女子生徒(街の権力者の娘)にというか僕の幼なじみに喧嘩売って返り討ちにあってから嘘のように大人しくなったのだ。


 ちなみに、その幼なじみの女の子は、つい最近別の学校へと転校してしまった。理由は知っているのだが、あんまり人に云えるような事ではないので機会があればその時に。


 閑話休題


 さて、と僕は黒板に書いてある数式をノートに書き記していく。ある程度書き終わると、隣に居る我が親友が話しかけてきた。名前は竹下一輝(たけしたかずき)。ツンとワックスで立てた黒髪を視線の端に置きながら見やすいように視線を親友へと向ける。


 すっきりした顔立ち、日本人にしては高めの鼻。座っていて分かり難いが、身長は一八十はあり、バスケの選手だったイケメンだ。イケメンなのだ。今はとある事情(・・・・・)でバスケはやっていないのだが、それを差し引いても彼はモテる。頭が良い、スポーツも万能に出来る、優しい、爽やかな笑み……まさにモテる為に生まれてきたようなもの。一輝に惚れた人は数知れず、勿論泣いた人も数え切れない。天性の女泣かせ。それでも尚狙ってる女の子が四人いるのだが、それはまた機会があったら話すことにしよう。


「で、どうしたの?」


 改めて一輝に聞くと、僕の耳に顔を近づけ小さく声を発した。少しだけかかる吐息に思わず身震いするが、またキモゴリラの説教は勘弁なので我慢することにする。ホントは殴りたい程だけれど。


「ああ、今日付き合って欲しいところがあるんだ」


「何処に?」


「『アクアポート』ってところ。ほら、つい最近新しくデパートが出来たろ? そこだよ」


 「ああ、そういえば新しく出来たね」と僕は記憶の奥にある断片を再生しながら答える。『アクアポート』とは、一輝が言った通りつい最近出来た地下にあるスーパーに始まり十階建てで大人にも子供にも人気のあるデパートのことだ。品揃えは豊富で値段もほかのスーパやデパートとは比べものにならないほど激安。まだ行ったことないけれど一輝と行くならまあいいかな。特にやることは無……ってあるな。はあ、残念だけれど今日はやめておこう。何せ僕は今日“アレ”があるからね。


「ごめん一輝。今日は“アレ”があるから無理だよ。今度一緒に行こうね」


 今度一緒に行く約束すると、爽やかな笑みを浮かべて「“アレ”があるならしょうがない。今度はちゃんと行こうな!」と、それだけ言って彼は黒板に新しく書かれた数式を書き始めた。僕も一輝にもれないように書くことにした。


 とはいえ、すぐに書き終わってしまうほどだったので、窓から見える景色をまた性懲りもなく見る。ああ、この風景は癒される。まるで、ふわふわと浮かぶ雲みたいに軽い気持ちになれる。これは僕だけ。僕だけの有意義な時間。何も考えなくていい……最高の時間。




 1




 景色を見ていると時間が経つのが本当に早い。二時間目だった数学も今ではもう放課後。昼飯を食べた記憶も薄い。何となく食べたなーぐらしか覚えていないのだ。別段僕が病気であるとか忘れっぽいとかそんな理由じゃない。ただ集中しすぎてしまうのだ。それも周りが見えなくなるほどに。これは僕の生い立ちにに理由がある。昔から僕は剣術の修行してきた。集中していない(・・・・・・)と父さんによって殺されてしまう。だから極限まで集中するようになったのだが、これはこれで問題があり、集中しすぎると意識がほとんど無い状態になり、記憶が薄くなる。つまり、これが先程の状態だ。


 だから、僕はあんまり集中しないようにしている。まあ、それとは別に一気に集中するときもあるけれど。


 とにかく、欠陥だらけの集中法が切れた今のうちに今日使った教科書を鞄に入れ帰る準備する。と、そこで。


「今日かなりの雨が降るらしいぜ。なんでも夏一番の雨量と雷らしいぞ」


 女泣かせのイケメンこと一輝が鞄を持って現れた。外を見てみると、確かに。先程の天気が嘘のように曇っていた。見続けていたのに気が付かなかったと若干項垂れながら一輝に顔を向けると、苦笑しながら一輝も窓の外を眺めていた。


 しかし、何度見ても清々しいぐらい格好いいよな。同姓の僕が見ても見ほれる時がある。いや、これは別にBL的な意味でではなくてね、憧れるっていう意味。アイドルみたいなものだよ。だからたまに考えてしまうことがある。


 ――何故、僕と一緒に居てくれるんだろうか、と。


 僕はこの街の権力者の息子。“三大名家”と呼ばれる家の人間だ。日本でこの三つを知らない者はいないというぐらいの知名度。普通ならば、恐れ多いとか怒らせたら何されるか分かったものじゃないと、どうしても畏怖の目で見られてしまう。だからといって畏怖の目で見ない者――利用しようとする者は、だいたいする前に闇へと葬られてしまう。


 だから、常識的には“近づくな。頭を下げていれば大丈夫”だ。それが原因で、気の置ける友達は少ない。


 それを僕は聞いてみた事がある。一輝は無邪気に笑って「親友だろ?」と答えて

くれた。思わず涙が溢れた。我慢など出来る筈無い。この歳になって泣いてしまったとかそんな小さなことはその時の僕には関係ない。それほど嬉しかったのは今でも覚えているし、忘れる分けない。


 だから僕も「うん、一輝は最高の親友だよ!」と答えた。その後二人で大爆笑。何が笑えたのか分からなかったけれど、兎に角笑えたんだと思う。まあ、その日一輝と別れたとき恋する四人組に相談されたんだけどね。あれは本気で悩んだ……一輝の性癖について洗い浚い白状しろなんて言われたのはあの時がはじめてだったから。……秘密はちゃんと死守はした。


「そうらしいね。今日は傘持ってないからさっさと帰るよ。今夕立来られたらずぶ濡れ確実だし」


「じゃあな、また明日! さっさと家に帰れよ。家で親父様がお待ちだぞ」


「修行という名のイジメを準備しながら、の間違いでしょ」


 そうして笑う二人。こうして些細な事で笑えるのは一輝のお陰だ。一輝に出会わなければきっと僕は心が死んだまま(・・・・・・)だった筈だ。修行だって今ほどまともに出来なかっただろう。それを考えるとゾッとする。――だから、せめて心の中だけは勝手に感謝させてるもらうよ。一輝は嫌がるだろけど、ありがとう。君のお陰で僕はこうして笑っていられる。本当にありがとう。


 さ、感謝もしたし笑うことも出来たし帰るとするか。


 教室を歩き、スライド式ドアの前へ立つ。ドアの真ん中ぐらいにある引っかけの部分に手をかけて引こうとすると、力を入れていない筈なのに勝手にドアが動き出した。一瞬、ポルターガイスト!?と思って若干びっくりしたが、半分ぐらい開くと目の前にはとんでもない美少女が綺麗に立っていた。


 栗色の髪の毛が特徴的で世の男子が好きそうなロングの髪の毛。――この美少女は一輝のお隣に住んでいる幼なじみで、一輝ハーレム(一輝の好きで周りに居る女の子達の通称)の一員にして一輝の性癖を完全に把握しようとする今一番一輝の彼女に近い人だ。


 そして、今気がついたが、その女の子の隣に居る身長が一五五あるかないかくらいの美少女は一輝の義妹(一歳下。中学三年生)で、勿論この女の子も一輝ハーレムの一員。見た目は黒髪を肩口辺りまで伸ばしておりツインテールなのでさらに幼く見えてしまう。でも、一輝曰く「この間見てしまったんだけどな。あ、先に云っておくけど、故意で見た訳じゃないぞ。ホントだからな? ……で、何が言いたいのかと言うと、何気に大きかった。少なくともDはあるとみた」と少しアレな発言をしていた。僕には何のことだか分からない。分からないよ。


 そんな訳で、明らかに僕ではなく一輝を目当てに来たであろう二人の邪魔をしない為に、僕は横にずれてあげ、道を譲った。それをお辞儀で返しながら僕の横を通り過ぎる大和撫子な栗色の少女と見た目ロリのツインテ少女を見送ったあと、僕は一輝に「じゃあね」と言って返事を聞かずに教室を後にした。




 ◇




 学校から出ると、もう既に雨が降り始めていた。こんな日にはマイナスイメージしか思い浮かばない。とはいえ、考える事柄なんて今のところ無いのが救いだった。これであったのなら帰るのはいつになることだろう。


 学校から家までの距離はそう遠くない。いいとこ二十分ぐらいだろうか。正確には分からないが、感覚的にはそれぐらいだと思う。あんまり当てにはならないが。


 そして、信号に差し掛かったところで曇りだった天気は豹変して豪雨となり雷が辺りを光らせていた。濡れていない黒の学ランも一瞬にして濡され、仕方なしに鞄を頭に乗せ青なった瞬間を狙い駆け出す。


 次の信号が見え、ふと、あることに気が付いた。もう既に濡れているのだから走ってもあんまり意味が無いということに。先程気が付かなかったことに恥ずかしさを覚えたが、ここに誰も居なくて良かったと安堵のため息が漏れた。


 信号が赤になっていたので、それを青になるまで待つ。すると、反対の方――つまり、僕が渡ろうとしている方に|虹色のフード(レインコート?)《・・・・・・》を着た人が僕と対面となるように立った。


 信号が青になったので、僕はゆっくり渡る。


 ――嫌な予感がした。


 それは最早予感というよりは確信に近かったのかもしれない。とてつもなく大きな“何か”。身体が窄み上がってしまうような――ドス黒い感覚。殺気とは違う。色々混じった、そう、このまま自分が成長出来なかったらこうなってたかもしれない――という未来予知に近き感情。勿論自分にそんなものは無い。ただ、そう思えてしまっただけだ。これが本当なのか自分でも分からない。それが正しいと判断してしまうような電波を受け取ってしまっただけだろうと、こんな考えを持った自分に嘲笑した。そんなこと、ありえるはずないのに……。


 横断歩道の中盤に差し掛かった時、派手なレインコートを着ている人間はふと、僕が居る方向に足を止めた。僕はそれを若干警戒しながら足早に身体を動かし、すれ違う瞬間――


「運命の物語は動き出した。君を主人公とするファンタジーで愉快な冒険奇譚。――それでは始めようか」


 ――それは中性的な声だった。


「少年と少女達による愛と勇気の物語を!」


 ――それは何処か聞き覚えのある声だった。いったいどこで……? 僕はこの声を何処かで聞いたことがある。


「では、行ってらっしゃい」


 特別抵抗はしなかった。しても意味は無かったともいえる。そう、先程のように。自分でも意味が分からないぐらい矛盾に走ってるが、僕自身が理解に苦しんでいるのだ。これはいったい。まるで自分が二人いるようなそんな……。


 だんだん視界が黒く染まっていく。

 痛いという感覚はない。怖いという感覚も無い。ただ、塗りつぶされていく。それだけ。

 世界が黒くなり、僕の意識は何の歯止めもなく簡単に墜ちた。





――――暗転




 ☆




 意識が覚醒する。

 でも、まだどこか意識は遠くに居るような、現実というより夢を見ているようなそんな曖昧な感覚が僕の中にある。


 辺りを見回す。幾つもの柱……と言えばいいのだろうか、所々崩れていて、とても柱と呼べるような働きをしていない。それも老朽が進んで崩れたのではなく、明らかに戦闘によって崩れてしまったと考えられる。ただ、どうしたらここまで壊せるのだろうかと不思議に思ったが、爆弾でも使ったのだろうと勝手に納得することにした。


 他にあるのは、幾つもの壁画、削れた地面……ヨーロッパ中世に作られた神殿を僕はこの場所を見て連想した。しかし、それ以外特に何かある訳でもなく、ただ薄暗いだけ。穴の開いた天井から月光りが入り込み、ふと、その場所を照らしていく。


 そこには少年と少女の二人がいた。気が付かなかった。見えなかったというのもあるだろうが、それ以上に、突然現れたのだ。そう、突然……。


 少年は少女を抱きかかえながら涙を零している。それは、恨みや憎しみ、悲しみを慟哭に変えて。それは、嬉しさや楽しさ、愛しさを自身へと刻みながら。


 ――そんな少年は何かが狂ったかのように高笑いし始めた。


「僕が、僕が……こんなクソくだらない世界を変えてやる……ッ!!」


 突然、少年は僕が居る方へと向きを変えた。月光りによって照らされた少年の顔が僕に見え……そんな、まさか。なんでそこに■が居る!?


 自覚した瞬間砂嵐が現れた。ジジッ、ジジッ、という擬音が世界に響き、黒く世界が塗り潰されて――ああ、またか。また僕は意識を失うのか。


 世界が塗り潰されるその前に少年(・・)は、ただ、ただ一言だけ、少女に向かって。愛おしそうに、お別れ(・・・)の言葉を口にした。




「――愛してるよ、■■■」




 ☆




 黒き世界で僕は思う。

 暖かさも冷たさも温もりも何もかもが感じられない。生きているという実感も死んだという実感もなにもかもが感じられない――この世界を僕は知っている。これは“あの時”と同じだ。僕が人の死に――いや、“死”という概念に執着するようになったあの時と同じ――




 2




「ここは……」


 気が付くと、辺り一面に見たことがない木や草が大量に有り、いや、寧ろ見たことのある木や草がこの辺りには無い。というよく分からない現状に僕は冷静に判断してみることにした。……結論、ここ何処?


 確か、僕は“黒の世界”に居て……あれ、思い出せない。黒い霧みたいなものに阻まれて、その先が見れない。夢……では無いんだろうけれど、その感覚が曖昧過ぎて分かり難い。兎に角、僕はその(・・)部分を除いてちゃんと記憶はあり、欠陥は見当たらない。勿論身体も怪我をしている訳もなく至って良好。……うん、何故居るか理解出来ない。


 こうなっては仕方が無いので、僕は辺りを散策することにした。

 今がどういう状況でどういう状態なのか分からない内は無闇矢鱈に動かない方が良いのだろうが、そうもいってられない状況だ。かなり危険だが、情報を得ない限りはこの後の方針も立てようがない。


 探すのは、食料と火だね、体温を奪われないように大きな葉。それと綺麗な水。これが無ければ確実に生きていけない。食料と水は当然の如く、火は野生の動物を近づけないように。大きな葉は、このままここで寝てしまえば草や木に体温を奪われ、凍死してしまう可能性が有る。まあ、たぶん大丈夫ではあるとは思うけれど、念には念を入れて、ね。


 いや、でもまさか、こんなところで修行(という名のイジメ)が役に立つとは思っていなっかったよ。普通の親は修行と称して、見知らぬ森に一週間置いていかないとは思うが。初めは色々と大変だった。食べられる草なんて知らないし、毒の無いキノコなんて尚のこと。何度あたり、何度笑った事か……。考えただけで気が遠くなる。やめよう考えるの。


 太陽が真上から西に傾きかけている頃、出発地点(迷わないように目印を付けて来た)からそう遠くない場所で、熊らしき動物の赤ちゃんが血を流して倒れているのを発見した。僕はその動物に急いで近づき、血の出方を調べる。


 出血の仕方が尋常じゃないのは遠くから見てすぐに分かった。しかし、それはあくまで出方のみ。詳しいことは近くによらないと分からない。でも、僕は生物専門、というか医者でもないのである程度でしか見られない。――そんなことは今どうでもいい、問題はこの赤ちゃんだ。見たところ頸動脈を一発で切られている。切り口がぶれていない――達人の剣筋だ。骨すら断ち切っているところを見ると達人の中でもかなり上級。


 これが食べる為に切られたのならまだ納得はできる。けれど、この切り方はまるで邪魔だから切り捨てたかのよう。


 腸が煮えくり返るのを感じつつ、それを冷静に抑えながらこのあかちゃんを埋めるために掘るものを探す。


 瞬間――


 鼓膜を破れてしまうのではないかというほど大きな音と、それと同時に横から物体が飛んで(・・・)来たのが視界に入る。


 間髪入れず前方に飛んでやり過ごす。体制を整え、飛来した物体を見ると、実際は飛んできたのではなくて、爪が地面を削り、止まっていた。


 その生物は見たことが無い。

 毛深く全体的に太い身体と腕、身長は三メートルぐらいだろうか。猛禽類のように尖った爪に、何もかも噛み砕き一切も逃さぬ牙。睨みつけられたら間違いなく硬直してしまいそうな鋭い目付き。敢えて形容するなら“熊”が一番近い。これはもう、考え得る一番困った事にたどり着きそうだ。この場所は……いや、この世界は――僕の居た世界とは違うって……。


 恐らく戦闘になるので、何か使える物が近くに無いかと探すが、そんなご都合主義は用意されておらず、全く無い。有るのは木の棒ぐらい。流石に僕は勇者にはなれない。木の棒で戦うのは自殺行為だと思う。もう少し太くて、大きいのであればある程度戦えていたのだろうけれど。


 熊(もう、熊でいいと思う)は先程僕が殺したあの子に近づき、その舌で少しだけ舐め、鼻でにおいを嗅ぎ涙を流す。もしかして、あの子の母親?


 僕の予想は的中したようで、死んでいる事を確認した母親熊は、仇を取ろうと僕を睨み付けてきた。獣の殺気。純粋に、ただただ相手を殺すことに特化した獣は、そのかぎ爪を奮う。リーチのある上に威力もスピードもあるという一発が一撃必殺の攻撃。それをかぎ爪の横から入り込み、最小限に躱そうとすると、右肩にダメージが入った。今のは何もやっていなかったら完全に死んでいた。もし、父さんに武術を習わなかったらと思うと……背筋が凍る思いだ。


 肩の傷は結構深く、痛みに倒れ込んでしまった。今のは流石に予想外だ。完全に避けた筈だ。なのに、どうして当たった(・・・・)


 考えても仕方ないと諦めて、すぐさま、その場を離れ木や茂みの多い場所に逃げ込む。肩を押さえ、出血を止めようとするが、やはりちゃんと手当しないと拙いらしい。もう既に意識が薄れ気持ち悪い。そんな僕に追い打ちをかけるかの如く。


「――――――――ッ!!!!」


 それは咆えた。木々をなぎ倒しながら来る熊に軽く絶望を覚える。今の僕は、咆えられたお陰で耳鳴りが酷く、平衡感覚も危うい。倒れながら走り、とりあえずこんな場所に来たのは失策だったと後悔しながら開けた場所を探す。どんなに距離があろうとも、あっちの方がスピードがあり、すぐに追い着かれてしまうのは目に見える光景だ。


 三回ぐらい転んだ後、茂みの向こうに開けた場所を見つけたので、そこに僕は飛び込む。

 そこは広々と本当に何も無い。ここで勝てるかといったらそれは微妙と答えるだろう。だがしかし、零では無い。勝率がどんなに低かろうと僕は勝ち、生きなければならないのだ。そう、幼なじみ達と約束した。いや、約束なんてなくても、僕は一輝にも会いたいし、幼なじみ達にも会いたい。勿論両親や親戚にも。だから、僕はこんなところで死なないし、死んでやらない。僕を殺したいなら、全力で来い!


「――――――――ッ!!!!」


 僕の声が聞こえたのか、それは分からないが、目付きが変わった。先程の目は純粋な殺意。だが、それは復讐という憎しみから来る殺意であったが、今は全然違う。明確に敵と認められたのだ。自分の同等の敵と。僕は一撃も攻撃を与えていない。先程の一撃を貰っただけで、それ以外の攻撃を全て避けていたのだ。だからなのか。まあだからといって好転した訳ではなく、寧ろ悪化したといっていい。全力でくるということは遊びが無いということ。つまり、先程の時点で薄かった勝率は最早限りなく零。


 謎の熊と対峙する僕。いつでも攻撃出来るように体制を整えるが、痛みにより気を熊から逸らしてしまう。


「しまっ――」


 後悔した時には後の祭りとはよく言ったものだ。武術を習得している僕が、痛みという本来なら慣れているものに気を逸らすなんて愚かな事をしてしまったのだ。自分で勝率を零に確定させたという――ホントに愚か。もう目の前には鋭い爪。これで刺されたら痛いなんて思わないで死んでしまえるのだろうな。


 普通の人なら目を瞑ってしまうところだが僕は目を瞑らない。最後まで僕は目の前の熊を睨み続ける。意味なんてない。ただ、諦めたくないのだ。これだけは、最後まで……そうだ、最後まで足掻いてやる。無理矢理身体を捻ろうと力を入れた瞬間――


 熊はその爪を僕の顔寸前で止めた。心なしか脅えているようにも見える。どうしたのだろうか、なんて思っていると、なにか光りの槍みたいなのが熊に襲いかかった。それを熊は寸前のところで躱し、しかし、このことも予想されていたのだろうか――熊は硬直している。理由は不明。


 出先を見てみる。――この場所には不釣り合いな程綺麗な白銀の髪の毛が特徴の少女が右手を上げ殺気を出していた。正直、こんな僕と同じぐらいの少女が僕以上の殺気を出していることが信じられなかった。だが、これは現実なのだ。殴られれば傷つくし、ナイフや刃物で刺されれば簡単に死んでしまうような現実なのだ。だから、危ないなんて言おうともしかったし、寧ろ僕の勘が彼女の邪魔をするなと警報をだしているぐらい。


 その警報は矢張り当たっていた。色んな意味で。


 彼女の前からいきなり幾何学模様が浮かび上がったのだ。そこから、光りの刃が熊の周りを囲うように現れ包囲する。数は幾千にも上り、この光景は殺人鬼を断罪する断罪人(エクセキューター)のようで、目が奪われた。状況も全て忘れて見入ってしまった。そして、彼女はそれを統括する支配人。だから彼女の合図でその断罪人達は一斉に執行する。光りの刃は正確に急所を貫き一個の生命を簡単に葬り去る。


 幾千もの剣が消えたあと、熊は力なく倒れ、少女はその頭を優しく撫でた。その顔は悲しそうに、けれど、仕方がないことだと受け入れようと努力しているような表情。


 でも、結局彼女は甘いのだろう。涙を流していた。いや、ここまでくると甘いというより極度に優しい(・・・・・・)と言った方が良いかもしれない。彼女はきっと優しく大人になりきれていない。だから、当然のことでも涙を流してしまう……僕と同じように。だから、放ってはおけない。だから、僕は彼女の心配をしないといけない。なによりも、彼女がいなかったら僕は生きていないかもしれない。それこそ恩人云々とは関係なしに僕にとって当然のことである“女の子は優しくする”を実行しなければならない。


 そんな恩人である彼女に近づき、涙で濡らしている顔を余り見ないようにして、


「君、大丈夫?」


やはり、彼女は初対面の僕には弱音を漏らす訳もなく、普通に返事をしてきた。


「……平気。それより君は?」


 逆に心配されてしまったようだ。彼女は僕の肩を中心に、あっちこっち忙しなく目や身体を動かし、様子を見てくる。こんな美の付く少女に遠慮無く見られたら、さすがの僕も恥ずかしい。


「この傷は……うん、服を脱いで少し横になって」


「え!?」


 この少女はいったい何を云っているのだろうか。傷を見るだけで何故に服を脱ぐ。


「いいから早く!」


 少し睨むように強く言われたので、拒否の言葉を飲み込み、自分でも分からない内に「……分かった」と半ば諦めたように返事をしてしまった。そこで僕の脳裏には『へたれ』の三文字が浮かび、左右に、そして否定するように頭を振った。


 とりあえず、云われた通り服を脱ぎ、地面に俯せで寝て肩を見やすいように少しだけ上げる。上げていると、肩に痛みが走り声が少しもれたかと思ったが、彼女は何かに集中しているらしく、特に聞こえた様子は無かった。――が、突然肩に尋常じゃない痛みが走った。それは肩を上げていた時のような痛みではなく、焼けるような痛み。しかし、痛かったのは一瞬だけで、それを過ぎると段々と気持ちよくなり、瞼が重くなっていった。


 うつらうつらと微睡んでいると、彼女が突然思い出したかのように口を開いた。


「一応その傷を誰に傷つけられたか分かっているけど、念の為に聞いておくね。――それは誰に傷つけられたの?」


 あんまり頭が回っていないのか、若干少女の声が遅く聞こえたけれど、特に問題も無く聞き取れたので、さっきのことをありのまま、話すことにした。ただし、異世界から来たということは伏せて熊と戦った所をだけを。すると……。


「よく、生きていたね」


 苦笑混じりで云う少女。それは僕も思う。


「君が居なければ死んでいたよ」


 と、僕も苦笑混じりに云ってみた。……そこで僕は大事なことに気が付いた。云っていないのだ。まず先に云わなければならないことを、人として助けられたら云わなければいけない大事なことを僕は恩人であるこの少女に云っていないのだ。――感謝の言葉を。


 治っていない肩に力を入れ、腕に力を入れ、身体を起き上がらせる。名残惜しいが、傷を治してもらうよりも前にまずは助けてもらったことに感謝の言葉を言わなくてはいけない。


「そういえば、言い遅れたけれど僕を助けてくれてありがとう。お陰で僕は生きています」


 「本当にありがとう」と、姿勢を直し深々く頭を下げて感謝の意を表す。この世界に土下座という概念が存在するのであれば、土下座してもなんら問題無い程感謝しているし、恩も返したいとも思っている。


 そんな僕の言葉に、

「ううん、私は当然のことを」と、謙虚な姿勢だったが、突然その綺麗な藍色の瞳から涙が滲み、溢れ流れた。


「……あれ……? おかしいな、普通の事をしてお礼を言われただけなのになんで涙が出るんだろ」


 その光景に酷く狼狽えた僕は、混乱したままどうして泣いたのか記憶を探る。……ごめん、何も分からない。少なくとも自分の顔を見たからではないと信じたい。


 と、彼女が自分の名前を泣きながら云っていたので、嗚咽をもらしながら途切れ途切れの言葉を、集中し聞き入れた。


 彼女の名を【エレナ=ローバル】と云うらしい。向こうから名乗り、こちらが名乗らないのは失礼だと思い僕は、自分でも分かるぐらい困惑(泣いてる理由が不明なため)しながら自分の名前を泣いてる少女に告げるしかないのだった。





     「僕の名前は朝倉飛鳥(あさくらあすか)。よろしくね」





 ■




「こうして、彼の運命は動き始めた。これから先、彼はあらゆる困難に立ち向かわなければならない。それは彼が拒否してもどうしようもない運命。そう、ここまでは■達の始まり。そして、場合によっては(・・・・・・・)最後の物語にもなる。いや、この物語に限ってはないか。とにかく、これは朝倉飛鳥という少年が運命に逆らい困難に立ち向かっていく、という物語であるということを忘れないでいて欲しい。」





       第一話 了


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