↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ドラゴンに転生したので、人間の国を育てることにした ~黒パン半分の恩返しから始まる竜王建国記~』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/48

第36話 南の煙

 南の道で狼型の魔物が出たあとも、人の行き来そのものは止まらなかった。


 一人では歩かず、同じ方向へ向かう者がいればまとまって出る。急ぎでなければ日をずらし、日暮れまでに戻れない距離へは出ない。


 村長は南へ向かうこと自体を禁じなかったし、俺にも森へ逃げた狼型の魔物を探して狩れとは言わなかった。


 それでいいと思う。


 《魔獣感応》で感じた限り、あいつらは俺を恐れて退いた。人間を追ってルーエまで来たわけでもない相手を、わざわざ森の奥まで追い回せば、今度はこちらが縄張りへ踏み込むことになる。


 俺が気になっているのは別のことだった。


 南へ続く道だ。


 ハインツをはじめ、ルーエへ来る商人や旅人は昔からこの道を使っている。籠や木の器を持ってきた者たちも同じ方向から来た。


 人間たちにとっては当たり前の道なのだろう。


 だが、俺はその先を知らない。


 成竜になった身体で飛ぶことにも慣れてきた。離陸するたびに翼の角度を探ることはなくなり、村の周囲を見回る程度なら、着地する場所まで考えて飛べる。


 ただ、長い距離を続けて飛んだことはない。


 周囲の魔力を身体へ取り込めるようになったとはいえ、飛行で使う分をすべて補えるわけでもなかった。


 限界が分からないなら、限界まで試す必要はない。


 帰れる距離を少しずつ伸ばせばいい。


 俺は柵の外から南を眺め、近くで弓の弦を確かめていたダリオを呼んだ。


「ダリオ」


「どうした?」


 俺は前脚で南を示す。


「……みちの、さき。みる」


 ダリオの目が道へ向いた。


「南へ飛ぶのか」


「ああ」


「狼を追うんじゃないな?」


「……おわない。みち、みる」


 ダリオは少し考えたあと、頷いた。


「それなら止める理由はない。ただし、行けるところまで行こうとするなよ。帰りの分を残して戻れ」


「……わかった」


 村長にも伝えると、俺ではなく南の空を見た。


「街道まで行くつもりか?」


 聞いたことのない言葉だった。


「……かいどう?」


「そうか。お前は見たことがなかったな」


 村長は足元から細い枝を拾い、地面へ線を引いた。


「これがルーエから南へ下りる道だ。山を下りた先に、もっと大きな道が通ってる。人も荷も、そこから枝分かれしてこっちへ入ってくる」


 枝で引いた細い線に、横から太い線を交差させる。


「その先には町もある」


「……まち」


「ルーエよりずっと大きい。商人も来るし、荷車も通る。だが、今日はそこまで行こうとするな」


 俺がどれくらい続けて飛べるのか分からないことを、村長も知っている。


「まず街道を見つけて戻れ。それで十分だ。途中で飛べなくなっても、俺たちは空まで迎えには行けんからな」


 もっともだ。


「……かえる」


「それなら行ってこい」


 俺は村から少し離れた開けた場所まで歩き、翼を広げた。


 朝の風が翼膜を撫でる。


 地面を蹴り、身体の中の魔力を巡らせると、大きくなった翼が空気を掴んだ。


 身体が浮く。


 もう、その感覚に驚くことはなかった。


     ◇


 南へ続く道は、空から見ると地上にいる時よりずっと分かりやすかった。


 森の間を縫う細い筋が、山の低い方へ伸びている。


 ところどころ木々に隠れるものの、人や荷馬が何度も通った場所は土の色が違う。道の脇に倒木があれば、人間が避けて歩いた跡まで薄く残っていた。


 ルーエに近い場所には、俺たちが枝を払い、邪魔な岩を動かしたところもある。


 上から見ると、その狭さがよく分かった。


 人なら歩ける。


 荷馬も通れる。


 だが、横幅のあるものを通そうとすれば、木と斜面に挟まれる場所がいくつもある。


 少し南へ進んだところで、道を歩く三人組を見つけた。


 荷物を背負い、間を空けずに歩いている。


 狼型の魔物が出たあとに決めたことを、ちゃんと守っているらしい。


 俺の影が道へ落ちると、三人とも足を止めて空を見上げた。


 一人が杖のようなものへ手を伸ばしたが、隣の男が何かを言うと手を離した。


 俺がルーエにいる竜だと知っているのかもしれない。


 問題は起きていない。


 高度を落とさず、そのまま南へ進む。


 やがて、これまで空から詳しく見たことのない土地へ入った。


 山の斜面が少しずつ遠ざかり、森の切れ間が増える。


 開けた場所には切り株が並び、その近くには細長い畑も見えた。人間が暮らしている土地だ。


 さらに進むと、何軒かの屋根がまとまって現れる。


 籠や木の器をルーエへ持ってきた人間たちは、南の小さな集落で暮らしていると言っていた。


 おそらく、ここだろう。


 正確な人数も、集落の名前も俺は知らない。


 俺は家の真上を避け、道の横へ少しずれて飛んだ。


 畑にいた男が鍬を止める。


 家の前にいた女は、近くの子供を自分の後ろへ寄せた。


 俺を見たことのない人間もいるはずだ。


 知らない巨大な竜が突然屋根の上を通れば、怖がるのが普通だろう。


 だから降りない。


 俺が危害を加えないつもりでも、向こうがそれを知っているとは限らない。


 集落を越える。


 道はまだ南へ続いていた。


 翼に疲れはない。


 身体の中の魔力にも余裕がある。


 飛びながら周囲の魔力が薄く身体へ入ってくる感覚も続いていた。ただし、飛行で消費している分より明らかに少ない。


 飛び続ければ、ちゃんと減る。


 そのことを確かめながら、さらに先へ進んだ。


 細い道が緩やかな斜面を下り、低い尾根の向こうへ消える。


 俺は翼を一度強く打ち、高度を上げた。


 尾根を越えた瞬間、視界が一気に開けた。


「……おお」


 思わず声が出た。


 山の間を走っていた細い道とは、まるで違う。


 広い道が東西へ伸びている。


 人が二人並んで歩いても余裕があり、場所によってはさらに広い。何人もの人間が行き交い、荷を背負った馬も見える。


 そして、その中を四つの車輪が動いていた。


 馬が引く木製の荷台。


 荷車だ。


 俺は街道の上空を大きく旋回した。


 ルーエへ続く細い道が、確かにここへ繋がっている。


 荷車は街道を進み、その横を荷馬が歩く。


 だが、あの荷車をルーエまで持っていくのは難しい。


 山へ入った途端、道幅が足りなくなる。曲がり角も狭いし、大きな岩が道のすぐ横に残っている場所もあった。


 ハインツたちが荷馬を使ってルーエへ来る理由が、今なら分かる。


 運びたい物が少ないからではない。


 運べる形が限られているのだ。


 俺は街道を目で追った。


 西へも東へも続いている。


 その向こうから来た物や人がここを通り、途中で山道へ入り、ルーエまで上がってくる。


 逆にルーエで作った物も、ここまで下ろせれば別の場所へ運べる。


 空から見ただけで、人間が道を大事にする理由が少し分かった気がした。


 道は、地面にある細長い空き場所ではない。


 場所と場所を繋いでいる。


 街道のさらに向こうへ目を向けた。


 煙が見えた。


 一つではない。


 何本もの細い煙が、離れた場所から空へ上がっている。


 その下に屋根が並んでいた。


 ルーエとは数が違う。


 ここからでは人間の姿まではほとんど見えないが、建物が一か所へ集まり、その間を道が通っていることは分かる。


 村長が言っていた町だろう。


 名前は知らない。


 どれくらいの人間が暮らしているのかも知らない。


 だが、そこにある。


 ルーエよりずっと大きな、人間の暮らす場所が。


 もう少し近づけば、詳しく見える。


 そう考えて南へ身体を向けかけた時、翼の付け根に重さを感じた。


 俺はそのまま数回羽ばたき、感覚を確かめる。


 痛みではない。


 飛べなくなるほどでもない。


 身体の中の魔力も残っている。


 それでも、出発した時と同じではなかった。


 ここまで来るために、ちゃんと使っている。


 町までの距離は、見た目だけでは分からない。


 近づけば、その分だけ帰り道が伸びる。


 俺は南へ向けかけた身体を戻した。


 今日は街道まで。


 出る前に自分で決めた。


 昨日、魔術の練習を途中で止めた時と同じだ。


 できそうだから続ける、では危ない。


 戻れるうちに戻る。


 俺は町の煙をもう一度だけ見てから、ルーエの方角へ翼を向けた。


     ◇


 帰りは、行きより少し高度を抑えた。


 山肌に沿って流れる風を受けられるところでは翼を広げ、無駄に羽ばたかない。


 行きに見た小さな集落が再び近づいてくる。


 今度は、俺を指差している人間が何人もいた。


 畑にいた男は手を額へかざし、こちらを見上げている。


 子供が二人、家の横から出てきた。


 さっき女の後ろへ隠れた子もいる。


 俺が襲ってこないと分かったからなのか、今度は逃げなかった。


 だからといって、降りる必要はない。


 俺は高度を保ったまま通り過ぎた。


 その先で、行きに見た三人組とすれ違う。


 もうルーエからかなり離れていた。


 俺が上を通ると、一人が腕を上げた。


 何の意味かは分かる。


 俺も頭を少し下げ、そのまま飛んだ。


 山へ入るころには、翼の付け根の重さがはっきりしてきた。


 まだ飛べる。


 魔力も残っている。


 だが、今ここから同じ距離をもう一度進めと言われたら断る。


 それくらいの疲れだった。


 見慣れた山の形が現れる。


 森の切れ間。


 畑。


 その奥に、ルーエの柵が見えた。


 胸の奥から力が抜ける。


 思った以上に安心した。


 着地に使っている場所へ向かい、少しずつ高度を落とす。


 翼を広げて速度を殺し、前脚から地面へついた。


 続いて後脚。


 土が浅く沈み、乾いた匂いが舞い上がる。


 翼を畳んだ途端、空では感じにくかった身体の重さが一気に戻ってきた。


「ヴァル!」


 リナが柵の方から走ってくる。


 その後ろにはダリオもいた。


「おかえり!」


「……ただいま」


 口から自然に出た。


 自分でも少し驚いた。


 リナは俺の顔を見上げ、それから左右の翼へ目を向ける。


「疲れた?」


「……すこし」


「痛いところは?」


「……ない」


 それを聞いて、リナの肩から力が抜けた。


 ダリオが俺の横へ回り、翼の付け根を目で確認する。


「どこまで行った?」


「……かいどう」


「街道まで出たのか」


 少し驚いた顔になった。


「思ったより飛べるな」


「でも、疲れてるよ」


「だから帰ってきたんだろ」


 ダリオは俺を見る。


「町まで行ったか?」


 俺が答える前に、村長も柵の方から歩いてきた。


「それは俺も聞きたい」


「……いかない」


「見えたのか?」


「……みえた」


 リナがすぐ近くまで寄ってくる。


「町、どんなところだった?」


 俺は少し考えた。


 ここから見たわけではない。


 遠くからだ。


 分からないものまで知ったように話す必要はない。


「……いえ、いっぱい。けむりも、いっぱい」


「やっぱり大きいんだ」


「ルーエよりはずっと大きい」


 村長が代わりに答えた。


「人も物も、ここより多い。あっちじゃ荷車だって珍しくない」


「……みた」


「荷車を?」


「ああ」


 俺は南の道を見る。


「……ここ、こない」


「道が狭いからな」


 ダリオが答えた。


 俺は頷く。


「……いわ。き。せまい」


「上から見ると分かりやすかったか」


「ああ」


 村長が少し考え、俺と同じように南の道へ目を向けた。


「荷車が上がれれば、運べる量は増えるんだがな」


 その言葉に俺は反応した。


 増える。


 確かにそうだ。


 街道で見た荷車には、荷馬一頭の背へ載せるより多くの物が積まれていた。


 だが、道を広げれば済む話なのか。


 山の斜面を削る必要がある。


 木も切る。


 曲がり角も直さなければならない。


 今の俺なら、大きな岩を動かすくらいはできるかもしれない。


 それでも、道全部を一頭で作れるとは思わない。


 村長は俺の顔を見て、鼻で笑った。


「今すぐどうにかしようって顔をするな」


「……してない」


「してる」


 ダリオまで笑う。


「まず休め。道は逃げないし、町も逃げない」


 さっきも似たようなことを聞いた気がする。


 だが、その通りだ。


「明日も行く?」


 リナが尋ねる。


 俺は首を横へ振った。


「……いかない」


「疲れたから?」


「……それも。からだ、みる」


 リナが首を傾げたが、ダリオはすぐ分かったらしい。


「今日飛んだ疲れが、明日どれくらい残るか確かめたいのか?」


「ああ」


「それなら休んだ方がいいな。朝になって翼が上がらなかったら、今日の距離はまだ遠すぎるってことだ」


 そういうことだ。


 一度できたから、安全に繰り返せるとは限らない。


 魔術と同じだ。


 俺はできることが増えている。


 だからこそ、できた直後に次へ進むのではなく、どこまでなら同じことを繰り返せるのか知っておきたい。


 俺がその場へ身体を伏せると、腹の奥が鳴った。


 リナがこちらを見る。


「ごはん、持ってこようか?」


「……たべる」


「分かった。ちょっと待ってて」


 リナが村へ走っていく。


 俺は前脚へ顎を乗せた。


 身体を休めると、周囲に薄く広がる魔力がゆっくり入ってくる。


 だが、腹は減っている。


 周囲の魔力を取り込めるようになっても、食べなくていい身体になったわけではないらしい。


 それも今日分かったことの一つだ。


     ◇


 夕方には、翼の重さが少し抜けていた。


 俺は柵の近くに伏せたまま、南へ続く道を見ていた。


 ここからでは街道も町も見えない。


 山に隠れている。


 昨日までなら、その先に何があるのかも知らなかった。


 今は違う。


 細い山道を下れば、小さな集落がある。


 その先で広い街道へ出る。


 街道には荷車が走り、人と荷物が行き交っている。


 さらに向こうには、ルーエよりずっと多くの屋根が集まった町がある。


 俺はルーエを守っている。


 それは変わらない。


 だが、ルーエだけで人間の暮らしが終わっているわけではなかった。


 黒パンも、塩も、鉄も、布も、ここで全部作っているわけではない。


 外から人が来る。


 物が来る。


 村から外へ持っていく物もある。


 その全部が、あの細い道一本を通っている。


 空から見たことで、ようやく形として分かった。


「ヴァル?」


 声に顔を上げると、リナがいた。


 手には俺の分の肉が入った木皿を持っている。


「まだ南を見てたの?」


「……みち」


「道?」


 俺は南を前脚で示した。


「……せまい」


 リナも道を見る。


「狭いね」


「……にもつ、すくない」


「ああ、荷車のこと考えてる?」


 頷く。


 リナは少し考えたあと、俺の前へ木皿を置いた。


「でも、今日は食べる方が先」


 反論はない。


「……たべる」


「そうして」


 肉を口へ運びながら、俺はもう一度だけ南を見る。


 町まで飛ぶのは、まだ先でいい。


 その前に、自分がどれだけ飛べるのかを知る。


 それから、ルーエと街道の間に何があるのかも、もう少し見ておきたい。


 遠くへ行けるようになったからといって、遠くへ行くこと自体が目的ではない。


 今日見つけたのは、新しい町ではなかった。


 ルーエが、どこへ繋がっているのかだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。