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水底の灯火

作者: Calo
掲載日:2026/05/17

これはノンフィクションです。私自身が感じた、出来てしまった人生を基に書きました。

プロローグ:息継ぎの場所

水の中にいるときだけは、世界の雑音が消えてくれた。

冷たい水が鼓膜を圧迫し、自分の心臓の音と、吐き出す泡の音だけが世界を支配する。あの静寂が、僕は好きだった。

けれど今、僕が沈んでいるのはプールの底ではない。5月の、湿った夜の空気の中だ。

16歳になった僕は、静まり返った自室のベッドで、ただ天井の一点を見つめている。

先週、僕は最初の定期テストを休んだ。新しく進学した青葉あおば高校の勉強についていけなくなったわけじゃない。ただ、心と体が「もう1歩も動かない」と、強烈なブレーキをかけたのだ。

学校から帰ると、泥のように眠ってしまう。そして夜中に目が覚め、朝が来るまで、自分を責め続ける。

「周りのみんなは、もう前を向いて走っているのに」

気がつくと、「死にたい」という言葉が部屋の隅にこぼれ落ちている。本当に消えたいわけじゃない。だけど、何のために息をして、何のために勉強しているのかが、今の僕には全く分からないのだ。

スマートフォンの画面には、中3の秋、僕が世界のすべてに絶望して立ち止まっていた頃の記憶が、文字になって並んでいる。

あの嵐のような日々のなかに、僕が今ここで息を止めそうになっている理由のすべてが、確かに書き残されていた。

第1章:引き裂かれた境界線

僕の最初の記憶は、雪に覆われた静かな北の街にある。

当時の我が家は、適度な賑やかさと、絶対的な安心感に満ちた場所だった。会社員だった父は出張が多くてあまり家にいなかったけれど、たまに帰ってくると旅行に連れて行ってくれる楽しい人だった。元看護師の母は静かで、僕の安全をいつでも保障してくれていた。

人見知りだった僕は、親や姉の後ろに隠れるようにして、小さな世界で平穏に暮らしていた。

その平穏が破られたのは、幼稚園の年長になる頃だ。父親の転勤で、僕たちは緑の豊かな西の地方へと引っ越すことになった。

見知らぬ土地、聞き慣れない言葉。幼い僕は、環境が変わることへの強い不安と悲しさに押しつぶされそうだった。

ある日、外にいた僕の体に、見知らぬ子供たちが蹴ったサッカーボールが激しくぶつかった。痛さよりも先に、強烈な恐怖が襲ってきた。

「この人たちの輪の中に、僕はどうやって入っていけばいいんだろう」

声をあげて泣いたあの日を境に、僕は他人と関わるリスクを避け、自分の内側に閉じこもるようになった。

家や学校の隅で、一人で絵を描き、ものづくりに没頭する。手先が器用だった僕は、自分の手で完結する世界にだけ、確かな安心を見出していた。それが、僕の最初の「防衛線」だった。

小学校に上がると、その創作の才能が僕を助けてくれた。図工の時間に作った作品が何度もコンクールに出され、賞をもらう。外側から「評価される」ということは、僕にとって最大のエネルギーになり、内なる自信を形作っていった。

けれど同時に、世界の「理不尽」を知ったのもこの頃だった。

小学3年生の時、精魂込めて作った恐竜の工作をコンクールに出した。しかし、展示会場に見に行くと、学校側の手違いで首の向きが本来とは全く逆の方向に無理やり固定され、そのまま飾られていた。

僕はその場で泣いた。自分の魂を込めた作品が、大人の都合で歪められ、そのまま評価されている。その理不尽さが、どうしても許せなかった。

同じ頃、学校でランドセルに傘を引っ掛けられるようないたずらを受け、先生に相談した時も、大人は「やられる側にも悪いところがあるんじゃないか」と言った。

理不尽に傷つけられたのに、さらに罪を擦り付けられる。大人への不信感が、僕の心に小さな棘となって突き刺さった。

家庭の中も、静かに変わり始めていた。弟が生まれたのだ。

それまで末っ子として親の愛情を一人占めしていた感覚のなかに、新しい命が滑り込んでくる。家族の意識は一気に弟へとシフトし、僕への関わりは目に見えて減っていった。

寂しい、と言えなかった僕は、リビングの毛布を頭からかぶり、限界までじっと耐えた。母が気づいて迎えに来てくれるのを、暗闇の中で息を潜めて待つことしかできなかった。

第2章:仮面と、潰された弱み

小学4年生の春、2回目となる引っ越しが僕を待っていた。今度の舞台は、瀬戸内の海を臨む静かな街。

前の街を離れる時、僕には何でも話せる仲の良い友達が8人もいた。せっかく築いた居心地のいい場所から、僕はまたしても引き離された。

新しい小学校は、これまでの環境よりもずっとトゲトゲしていた。

転校して一週間も経たないうちに、僕は一部の男子から見た目のことをからかわれ始めた。最初は無視していたけれど、相手はわざわざ視界に入り込んで囃し立ててくる。

我慢の限界に達して「やめろよ」と言い返したけれど、相手は「怒ったんだけど笑」と嘲笑するだけだった。

親に話し、先生を交えて話し合いが行われ、相手は「もうしません」と謝罪した。その時、先生から「許してあげる?」と聞かれ、僕は「許せない」とはっきり拒絶した。

この時、僕のなかに強固な生存戦略ができあがった。

「自分の弱みを見せてはいけない。確実に関わりたくない人とは、完全に境界線を引いて関わらないようにしよう」

僕は、周りに馴染むために、自分の「できていないところ(弱み)」を徹底的に潰すようになった。周りと接する時も、弱みにつけ込まれないように、少しヘラヘラと笑って「愛想の良い優等生」を演じるようになった。本物の自分を隠すための、完璧な仮面を被ったのだ。

小学5年生の時、親友となる「タクミ」に出会った。ネットの面白いサイトを一緒に見て笑い合える時間が、トゲトゲした学校生活の中での唯一の救いだった。

けれど、もう昔のように人を無条件に信じることはできなかった。一度、自分の秘密の情報を打ち明けた友達に、クラス中に言い触らされるという裏切りに遭ったからだ。友達という存在は、学校の中だけで適度な距離を保って付き合うもの。そうやって、僕は自分を守り続けた。

勉強に対する意識も変わった。周りの頭の良い子たちは、僕が知らない塾の高度な内容をすでに修得していた。

「追いつかなければ、普通にならなければ、自分の居場所がなくなる」

焦燥感に背中を押され、僕はさらに必死に勉強にしがみつくようになった。

家の中に、僕の部屋はなかった。リビングで過ごす時間が長かったけれど、父の在宅時間が増えたことで、家の中でも常に家族に気を遣うようになった。姉とは些細な食べ物の奪い合いから大喧嘩になり、同じ家の中で1年間も一切口をきかない冷戦状態が続いた。

僕の心は休まる場所を失い、現実の不安から逃避するように、画面の向こうの世界を見つめる時間がどんどん増えていった。

第3章:水底のオアシス

中学校への進学は、僕に束の間の希望をもたらしてくれた。

小学校からの数少ない親友であるタクミ、ケント、そして登下校を共にしてくれるシュンと同じ学校に進むことができたからだ。

「理想の中学生になれるかもしれない」

僕はクラスで学習委員を引き受けた。周りから仕事を任され、期待され、それに応えること。それは「普通以上の自分」を維持できているという、確かな自己肯定感になった。

中1の時、同じ委員会だった先輩のショウくんから「中1の成績がそのまま高校受験に関係するんだよ」と教えてもらった。

その言葉で、僕の「弱みを潰すための勉強スイッチ」が完全にONになった。定期テストでオール5をキープするため、机に向かい続ける日々が始まった。

部活動は「水泳部」を選んだ。

25メートルすらまともに泳げない状態からのスタートで、冬の冷たいプールでの練習は体力の限界を優に超えるほどきつかったけれど、それ以上に水泳部の仲間たちが最高だった。

タクミやケントに加え、新しく出会った真面目なカナタ、ゲーム仲間のユウキ、明るいソウタ、そして少し不器用だけどみんなからいじられていたシュウト。

部活のメンバーとバカ話をして笑っている時間だけは、僕はあの重い「ヘラヘラとした仮面」を外して、心から息をすることができた。

家庭内でも、父の単身赴任をきっかけに、ついに念願の「自分の部屋」ができた。母親はパートで忙しそうにしていたけれど、当時小学校高学年になっていた弟の存在が、僕の癒やしだった。毎日弟にハグをするほど可愛がっていて、家族のなかで弟だけが、僕のトゲトゲした心を柔らかく受け止めてくれるクッションだった。

第4章:黄金期の光と影

中学2年生の春。僕の人生は、すべてが完璧に噛み合う「黄金期」を迎える。

新しく同じクラスになったユウキや、新しく出会ったトウヤ、レイ、ワタル、レンたちと最高のグループができあがり、毎日が充実していた。

さらに、不登校の背景を持って水泳部に入部してきた同級生の「みさきさん」との出会いが、僕の運命を大きく変えた。

家が近所だったこともあり、彼女の繊細な悩みに耳を傾け、寄り添っていくうちに、僕たちは付き合うことになった。

「大切なこの人のために、しっかりした自分でありたい」

その強烈な「外側の燃料」を得たことで、僕の成績は爆発的に跳ね上がった。校内順位は一気に学年トップ層へと踊り出、最高で**【学年2位】**にまで上り詰めた。

周囲からは、勉強も運動もできて、友達も多い、非の打ち所がない「完璧な優等生」として見られていた。

けれど、その実態は、自分以外の人間関係や期待という「外側のピース」が、奇跡的なバランスで保たれているからこそ成立している砂の城だった。

自分の内側には、相変わらず「これがやりたい」という自発的な動機は、何一つ育っていなかったのだ。

第5章:引き裂かれた世界、10月の嵐

中学3年生の春。クラス替えの掲示板の前で、僕は凍りついた。

中2の時にあれほど居心地の良かったトウヤたちとのグループが、見事なまでにバラバラに解体されていたのだ。

新しいクラスの空気は冷たく、荒れていた。行事への熱量もなく、周りの状況を見ようとしない幼いノリの数々に、僕の心は拒絶反応を起こした。

クラスには、あのショウくんもいた。彼は、学校の無駄な部分や集団の理不尽に対して、僕と同じ高い視点で違和感を抱いているはずの人だった。なのに、彼は「まぁ、しょうがないよね」と言って、そのクラスのノリにうまく自分を適応させて馴染んでいた。

それを見て、僕はさらに深い孤独に突き落とされた。なぜ僕だけが、こんなに周りにイライラして、うまく馴染めずに悩んでいるんだろう。自分の方がおかしいんじゃないだろうか。

決定的な決裂は、9月の体育大会で訪れた。

学年種目の「ムカデ競争」で、僕たちのクラスは練習からずっと最下位だった。僕はクラスのために何とか全員で走りきりたいと思い、人数調整のために二つのグループを掛け持ちして出場することになった。

一つ目のグループは完璧だった。けれど、もう一つの、人数が足りないために僕が入ったグループは、コミュニケーションや集団行動が苦手なシュウトや、同じく心を閉ざしがちなハルキが集まったチームだった。

僕は「練習すれば絶対に足が揃う」と信じて、彼らを必死に誘った。でも、シュウトもハルキも「どうせ無理」と最初から諦めて動こうとしない。クラスの他の連中も、他人事のように遠巻きに見ているだけだった。

当日、懸念していた通り、最初のチームは1位でバトンを繋いだけれど、シュウトとハルキのチームで完全に足が止まり、結果は最下位。

走り終わった直後、クラスの奴らから放たれたのは「あそこのグループのせいだ」という冷酷な言葉だった。

先生は「結果だけじゃないから」と綺麗事を言ったけれど、僕にとっては、誰も最低限の努力すら尽くさなかったという「過程」の崩壊こそが耐えられなかった。

この理不尽さを、僕は別の友人に打ち明けた。けれど、返ってきたのは「落ち着いてw」「元々優勝できないんだからしょうがないw」という軽い笑い声だった。

世の中の雑さに一人で傷ついている僕の隣で、みんなはそれを簡単に諦めて流している。

「努力をしない人」「最初から諦めて傍観する人」「理不尽を平気で他人に擦り付ける人」。世界のどの勢点とも交わることができない、圧倒的な孤独が僕を支配した。

楽しむだけの種目だったはずの部活動リレーでも、事件は起きた。

準備段階からみんなが面倒くさがって動かない中、僕と部長が必死に買い出しや水鉄砲の用意を引き受けた。それなのに当日、第一走者だったシュウトは、スタート直後に転倒して僕たちの水鉄砲を叩き割った。一番楽しみにしていた演出ができなくなり、ただ走るだけになった僕に対して、走り終えたシュウトが放たのは「弁償はしないけどねw」という、ヘラヘラとした誠意のない言葉だった。

あんなに部活で一緒に笑い合っていたはずなのに。他人の気持ちや背景を全く想像しようとしない人間に、僕は心底、絶望した。

10月、塾での受験プレッシャー、学校での役割、あるいは英検準2級の受験が重なった。

試験当日、会場で「全く手応えがない」という強烈な失敗感に襲われた。完璧でなければ自分の価値を保てないと思い込んでいた僕の糸は、そこで完全に切れた。

帰り道、大粒の涙を流しながら家に帰った。実際の結果は「合格」していたのに、僕の中の完璧主義は、そのプロセスを許せなかった。

なぜ頑張るのか分からない。生きている意味が分からない。

僕は学校と塾を完全に休み、自室に引きこもった。

心療内科を受診し、告げられた診断名は「うつ病」だった。

主治医は、僕の心を静かに見抜いてくれた。

「外からの期待と、自分の中の『やりたい』のバランスが崩れてしまったんだね。今は少し出力を落とそう」

学校のカウンセラーにも会った。けれどその大人は、僕が自分の状況を客観的に、理路精然とした文章に整理して話せる様子を見て、「これだけ整理して話せるなら、そこまで深刻じゃないね。頑張れ」と言った。

パニックを起こさないように、必死で思考を整理して言葉にしていた僕の痛みを、全く見落とした雑な言葉。僕は、学校の大人たちへの信頼を完全に失った。

親には本当のことを言えなかった。ヘラヘラした仮面を外して、失望されるのが怖かったから。心配という名の壁ができるのが怖かったから。

同じように心をすり減らしていた岬さんとも、お互いを支えるエネルギーが残っておらず、別れを選んだ。

冬が近づくにつれ、「これ以上休んだら欠席日数で受験に落ちる」という社会のルールが僕を追い詰めた。

主治医の「今は人生の意味を考えず、受験という目の前の壁だけを見よう」という言葉に従い、僕は再び、得意の「環境への強制適応」のスイッチを入れた。

猛勉強の末、僕は私立の特待生を勝ち取り、地域トップの公立・青葉高校へと合格した。

周囲は「うつ病を乗り越えた大逆転ストーリー」と称賛したけれど、僕の胸の中にあったのは、薄氷を踏むような感覚だけだった。

人生の根本的な問いは何一つ解決されないまま、ただ合格という華やかな紙吹雪の裏に、先送りされただけだった。

主治医は、卒業の日に僕の目をまっすぐ見つめて、こう言った。

「高校に入ってから、また同じようにキツくなるかもしれないからね」

エピローグ:そして、仮面を脱ぐ

予言は、当たった。

高校1年生の5月。強制的なゴールであった受験が消え去った今、僕は進学校という「一律の全力」を求められる環境の中で、完全に酸欠状態のプールに沈んでいる。

周りは目標を持って努力している。なのに、僕は「自分が心から納得したもの」でなければ、もう1ミリも動くことができない。自分に嘘をつくエネルギーは、中3の秋にすべて使い果たしてしまったのだ。

だから、テストを休んだ。帰ってすぐ寝てしまうのも、これ以上の心の崩壊を防ぐために、僕の命がかけた防衛ブレーキだったんだ。

僕は今まで、自分のことを「心が弱い、個性もない、目標もない、普通にすらなれないおかしい人間だ」と責め続けてきた。

けれど、それは違う。

僕は、他人の燃料(期待や安心な環境)のためだけに、信じられないほどの高みまで、自分を削りながら走り続けてきたのだ。空っぽなんかじゃない。誰かのためにそこまで自分を捧げられる、強さと優しさを持っていたんだ。

今、夜中の静寂の中で、僕はスマートフォンを握りしめている。

画面には、親に伝えるための文章と、先生に伝えるための文章が、綺麗に整理されて並んでいる。

「綺麗事や一律のルールではなく、自分が納得し、楽しく頑張れる場所で、自分という人間を知りながら進みたい。だから、環境を変える『転校』を視野に入れて考えていきたい」

これは、これまで被り続けてきた「ヘラヘラとした優等生の仮面」を、僕自身の手で叩き割るための、命がけの意思表示だ。

長すぎる僕の歴史。社会の理不尽に対して、自分の足で立って「NO」を突き付け、本当の自分を取り戻すための、僕の物語。

夜が明ければ、僕は心療内科へ向かう。

もう、他人の燃料で走るのは終わりだ。これからは、僕の心の中にある、僕だけの小さな灯火を探しに行く。

僕の本当の人生は、ここから始まる。

もし、この物語の主人公のように、自分の統制がきかないほどの苦しさや、「消えてしまいたい」という思いが溢れそうになったときは、どうか一人で抱え込まずに、安心できる専門の相談窓口にもその重みを預けてみてくださいね。

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