2.やっぱり嘘ですわーーーー!!!
翌朝。
マリエール邸の一室から、実にけたたましい悲鳴が響いた。
「きゃーーーーっ!! やっぱり嘘ですわーーーー!!!」
天蓋付きベッドの上で、シャルム・マリエールは全力で転げ回っていた。
枕を抱きしめ、シーツを蹴飛ばし、天井を仰いで叫ぶ。
「ロイス様がいなくちゃダメですのーーー!!!」
その声を聞いたメイドたちは、もはや慣れた様子で顔を見合わせる。
「またですか」「またですわね」
そして誰も止めに入らない。経験から言って無駄だからだ。
シャルムはうつ伏せになり、ベッドの上でじたばた暴れる。
昨日の舞踏会の情景が、脳裏で何度も再生されては胸をえぐった。
ロイスの言葉。
―お前が嫌いだ。
目も合わせてくれなかったあの顔。
苦しそうで、でも、どこか違う気がしてならない。
「どうして……あんな顔で言うんですの……。
本当に嫌いなら、もっとスッキリなさいませよ……!」
涙ぐみながらも、思考のベクトルは“未練”に全振りである。
ノックもなく扉が開く音がした。
入ってきたのは、背の高い青年
――シャルムの専属従者、クロード。
彼はきっちりとした軍服めいた従者服の襟を直しながら、無表情で言った。
「お嬢様、そろそろ落ち着かれては? そのままでは床板が抜けます」
「抜けても結構ですわ! わたくしの心がもう穴だらけですのよ!」
「……では、修繕費はお嬢様のご負担で」
「現実的なことを言わないでくださいませぇ!!」
クロードはため息をついた。
彼がここまで冷静なのは、慣れているからである。
「お嬢様。ここは一度冷静に。恋愛とは、戦略と手数です」
「戦略……?」
「押して、引いて、押して、引いて、押して引いて押して引いて!!」
「もう振られてるんですわよ!!!」
勢い余って枕を投げるシャルム。
クロードは華麗にかわし、涼しい顔で受け流す。
「それに……ロイス様の新しい婚約者、あなたが元々仕えていたルゼリア家の令嬢でしょう!」
「バレましたか。
『―略奪された有能従者を巡っての争いか、悪役令嬢ついに愛想をつかされる』
って今日の新聞の見出しにありましたよ。」
シャルムは布団の中から顔を出し、目を見開いた。
「な、何ですのそれ…! クロード、あなたが勝手に辞めてついてきたせいですのに?!」
けれど、社交界の噂はもっと残酷だ。
「マリエール令嬢、元婚約者を執拗に追っている」
「新しい婚約者を陥れようとしている」
「従者まで引き抜いた前科があるんですって」
悶々とする中、ノックの音。
現れたのは、シャルムの父―マリエール男爵である。
娘の部屋の惨状に目を細め、深いため息をつく。
「……シャルム。ロイス家の屋敷周辺で少々、妙な動きがあるようだ」
「妙な……?」
「警備が強化され、面会の申し込みはすべて拒否されている。
噂では、何か事件が起きているらしい。こちらでも調査を進めるが……とにかく今はゆっくり休みなさい」
「パパぁ……」
「お父様と呼びなさい。……はぁ……娘よ、せめて穴は開けないでくれ...。」
そう言い残して侯爵が去ると、部屋には静寂が戻る。
その静けさの中――シャルムは枕に顔を埋め、声にならない音を漏らした。
「……ロイス様……何があったんですの……?」
クロードはその背にそっと視線を落とす。
「……“嫌い”の一言で済む顔ではありませんでしたからね。何かが起きています」
「……それならなおさら……放っておけるはずありませんのに……!」
シャルムは拳をぎゅっと握りしめたが――
その後のロイス家からの音沙汰は一切なかった。




