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未練たらたら悪役令嬢は返り咲きたい~略奪だなんて言わせませんわ!~  作者: きさきなのは


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1/8

1.婚約破棄ってマジですの!?

夜会の空気は、いつもより甘やかだった。


貴族たちの笑い声、グラスの澄んだ音、舞踏会用の香水が混ざった空気。

その中央で、ひときわ華やかに立つのは—シャルム・マリエール。

明るい金の髪を波打たせ、完璧な笑みを浮かべる令嬢だった。

 ……少なくとも、つい数秒前までは。


「シャルム・マリエール。君との婚約を破棄する」


会場が静まり返る。

音楽が止まり、視線が一斉にふたりへ集まった。

彼女の向かいで言葉を放った青年――ロイス・ルーデンベルクは、下を向き、苦しげに唇を噛んでいる。

 シャルムは、まばたきを一度。

 そして、柔らかな声で笑った。

「……まあ、ロイス様ったら。ご冗談を♡ 舞踏会の余興ですの?」


貴族令嬢らしい余裕の微笑み。

しかし、白い指先は、手にしたグラスをきつく握りしめていた。


「冗談じゃない」


ロイスの声は低く、決定的だった。

「お前が……嫌いだ。次の婚約者も決まった。」


その瞬間、シャルムの中で何かが弾けた。


「……な、なーんでそんなことおっしゃるんですの!?

 わたくし、こーんなに、ロイス様のことを!大好き!なのにっ!!」


彼女の悲鳴めいた声が響き、会場に波紋が走る。

貴族たちは目を見開き、誰もが息をのんだ。

シャルムはもはや取り繕うことを忘れ、真っ赤な頬でロイスを指さす。


「昨日だって!...昨日だって『好きだ』と仰ってくれましたわよね!?

 “瞳が星のようだ”って!!!」


「……覚えてるのか、それ」


「覚えておりますとも!! 録音したいくらいでしたもの!!!」

 ――空気が凍った。

 そして次の瞬間、クスクスと笑いが起きた。


「みっともないわねぇ」

「あのマリエール侯爵令嬢のことだ。愛想をつかされても仕方がない。」


そんな囁きが聞こえても、シャルムは真っすぐに視線を向けている。

そして唇を強く結び、涙をこらえ、扇子をパチンと閉じる。


「……結構ですわ。そこまで仰るのなら、破棄して差し上げます。

 わたくしだって、嫌われた婚約者でいるつもりはございませんもの!」


「本当に...いいのか?」


「上等ですわ!!」


 ロイスが息を詰める。

 観衆の前で交わされたその言葉をもって、破棄は成立した。

 楽団が、何事もなかったかのように演奏を再開する。

 ただ、シャルムの胸の中では、音楽の一音も届かなかった。

 彼女は完璧な笑みを浮かべたまま、誰にも気づかれぬよう背筋を伸ばす。

 そしてその夜、社交界に新たな呼び名が生まれた。


 ――“未練たらたらの悪役令嬢”。


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