1.婚約破棄ってマジですの!?
夜会の空気は、いつもより甘やかだった。
貴族たちの笑い声、グラスの澄んだ音、舞踏会用の香水が混ざった空気。
その中央で、ひときわ華やかに立つのは—シャルム・マリエール。
明るい金の髪を波打たせ、完璧な笑みを浮かべる令嬢だった。
……少なくとも、つい数秒前までは。
「シャルム・マリエール。君との婚約を破棄する」
会場が静まり返る。
音楽が止まり、視線が一斉にふたりへ集まった。
彼女の向かいで言葉を放った青年――ロイス・ルーデンベルクは、下を向き、苦しげに唇を噛んでいる。
シャルムは、まばたきを一度。
そして、柔らかな声で笑った。
「……まあ、ロイス様ったら。ご冗談を♡ 舞踏会の余興ですの?」
貴族令嬢らしい余裕の微笑み。
しかし、白い指先は、手にしたグラスをきつく握りしめていた。
「冗談じゃない」
ロイスの声は低く、決定的だった。
「お前が……嫌いだ。次の婚約者も決まった。」
その瞬間、シャルムの中で何かが弾けた。
「……な、なーんでそんなことおっしゃるんですの!?
わたくし、こーんなに、ロイス様のことを!大好き!なのにっ!!」
彼女の悲鳴めいた声が響き、会場に波紋が走る。
貴族たちは目を見開き、誰もが息をのんだ。
シャルムはもはや取り繕うことを忘れ、真っ赤な頬でロイスを指さす。
「昨日だって!...昨日だって『好きだ』と仰ってくれましたわよね!?
“瞳が星のようだ”って!!!」
「……覚えてるのか、それ」
「覚えておりますとも!! 録音したいくらいでしたもの!!!」
――空気が凍った。
そして次の瞬間、クスクスと笑いが起きた。
「みっともないわねぇ」
「あのマリエール侯爵令嬢のことだ。愛想をつかされても仕方がない。」
そんな囁きが聞こえても、シャルムは真っすぐに視線を向けている。
そして唇を強く結び、涙をこらえ、扇子をパチンと閉じる。
「……結構ですわ。そこまで仰るのなら、破棄して差し上げます。
わたくしだって、嫌われた婚約者でいるつもりはございませんもの!」
「本当に...いいのか?」
「上等ですわ!!」
ロイスが息を詰める。
観衆の前で交わされたその言葉をもって、破棄は成立した。
楽団が、何事もなかったかのように演奏を再開する。
ただ、シャルムの胸の中では、音楽の一音も届かなかった。
彼女は完璧な笑みを浮かべたまま、誰にも気づかれぬよう背筋を伸ばす。
そしてその夜、社交界に新たな呼び名が生まれた。
――“未練たらたらの悪役令嬢”。




