1話 白銀の少女
ヒューマと申します。
初投稿です。よろしくお願いします。
西暦2044年12月18日
世界は終わりを迎えた。
12月17日、南極点で発生した大爆発が、瞬く間に地球全体に赤い空を広げた。同時に、大火事、大地震、大津波、豪雨、噴火――あらゆる天災が襲った。自然も人工物も動植物も、何もかもが壊れ、飲まれていった。これは、神の怒りなのだと悟った。
12月19日
本当に“19日”なのかは分からない。
目の前にはただ、真っ白な世界が広がっている。空も地面も、左右も前後も。立体感すらない。そこに「在る」ことすら、幻のように思えた。
……これが、本当の終わりなのだと、確信した。
― 1 ―
2045年1月14日・日本 東京
「いらっしゃいませー」
店の扉が開き、小柄な女性が一人、カランと音を立てて入ってくる。空・テトラトはカウンターの奥から顔を出し、にこやかに迎えた。
「ここ……何でも屋さん、ですよね?」
「はい、怪しいこと以外なら基本何でも引き受けています。何かお困りごとですか?」
女性はスマホを差し出す。画面には焦げ茶に黒い斑点のある猫の写真。
「“おこげ”って言うんです。5日前から帰ってこなくて……」
空はスマホをのぞき込み、頷いた。
「わかりました。その依頼、ぜひ引き受けさせてください。よろしければ、詳しくお話を聞かせてもらえますか?」
― 応接室 ―
「改めまして、僕は空・テトラトといいます。“空”で構いません。こちらこそ、依頼ありがとうございます」
空は紅茶を差し出しながら丁寧に自己紹介し、女性――**飯塚沙織(26)**から事情を聞いた。
・一人暮らしの寂しさから、オス猫「おこげ」を飼い始めた
・外出癖はあるが、1〜2日で帰るのが常
・今回は5日間帰らず、心配で依頼を決意
空は話を聞きながら、すでに頭の中で仮説を立て始めていた。
(死期を悟って出て行った?いや、若い猫なら可能性は低い。
迷子の線が一番濃厚か。まずは聞き込みからだな)
沙織が帰ったあと、空はノートに聞き取った内容と推論を書き留めた。
時計を見ると、すでに夕方。慌てて閉店作業に取り掛かる。
「やべ、もうこんな時間か」
店を閉め、2階の自室に戻ると地図を広げ、捜索ルートの検討を始めた。
1月14日 夜・東京
買い出し袋を手に提げた空は、浮かれた足取りで夜の街を歩いていた。
今夜は鍋にしようと、具材をたっぷり買い込んだ帰り道だった。
(白菜、豚肉、うどん、つゆ……完璧)
そんな気分のまま、人気のない路地裏を通りかかったとき――
ふと、視界の隅に「誰か」が倒れているのが見えた。
「……え?」
足を止め、辺りを見回す。人通りはなく、街灯の光も届かない。空はそっと路地に入り、スマホのライトを照らす。そこで見たのは、白銀の長い髪を持つ少女だった。擦り傷だらけの体に、薄汚れた布のような服――
年の頃は10歳前後だろうか。体格は小さく、表情は穏やかに眠っているようだった。
(救急車……いや、最近は事件も多くて呼んでも来ないかも)
しばらく悩んだ末、空は決断する。
「仕方ないか……」
少女をおんぶし、自宅へと連れ帰った。
― 2 ―
「ただいま……」
玄関を閉め、買い物袋を脇に置くと、少女をソファに寝かせた。空は急いで救急箱を取り出し、消毒液とガーゼで手当てを始める。
「傷は浅いけど、しばらく安静が必要だな……」
手当てを終え、少女を寝室のベッドに運ぶと、ようやく自分の夕飯に取りかかった。
(やっぱり鍋は正義……)
食後、もう一度少女の様子を見に行く。まだ目覚める気配はない。
(ひとまず今夜は休ませて、明日考えよう)
空は風呂に入るため、そっと部屋を出た。
数十分後 、風呂から上がると、ベッドにいた少女が目を覚ましていた。
「お、起きたんだ。」
空が声をかけると、少女はゆっくりと周囲を見渡す。
「ここは……?」
「僕の家だよ。路地裏で倒れてた君を見つけて、連れてきたんだ。」
少女は数秒黙っていたが、小さく呟いた。
「ありがとう……」
掠れた声に、空は微笑む。
「名前、教えてくれる?」
少女はしばらく考え込んだ末、ぽつりと答えた。
「……イリア。わたし、イリア……それだけしか、思い出せないの。」
「記憶がないんだね。イリア、よろしく。僕は空・テトラト。“空”って呼んでいいよ」
イリアはそっと頷いた。すると、イリアの腹が、ぐぅと鳴る。
「……あ」
「お腹、空いた? お粥なら食べられる?」
「うん……」
空はキッチンに立ち、鍋でお粥を煮始める。数十分後、温かいお粥をテーブルに並べると、イリアの目が輝いた。
「いただきます。」
一口、また一口と、お粥を運ぶイリアの手は止まらない。空は静かにその姿を見守る。
(どれだけ空腹だったんだろう……)
「お代わり、いる?」
「……うん。ほしい。」
「もちろん」
3杯目を食べ終えたイリアは、少し伏し目がちに言った。
「……いろいろ、ご迷惑をおかけしました。」
「気にしないで。困った時はお互い様、でしょ。」
イリアは、小さく笑った。
(……律儀で、素直な子だな)
― 寝室 ―
「じゃあ、今日はゆっくり休んで」
空が立ち上がろうとしたとき、イリアが彼の服の裾をつかむ。
「……行かないで。ひとりは……こわいの」
(……そんな目で見られたら断れないって)
「……じゃあ、そばにいるよ」
空は椅子をベッドの脇に置き、腰を下ろす。目を閉じようとしたその時――
「空さん……その、あんまり見ないで……恥ずかしい……」
「わ、ご、ごめん!」
(無意識に見とれてた……)
イリアは少し赤面しながら、ぽつりとつぶやいた。
「空さんって、優しいね……」
「……そうかな?」
照れ隠しに空が目をそらすと、自然とあくびがこぼれた。
「そろそろ寝るね。イリアはベッドで、僕は毛布で寝るから」
「……あの、いっしょに寝ても、いいですか?」
(えぇ……これは倫理的にセーフなのか?いや、でも……)
「まぁ……いいよ。毛布あるし」
空がベッドに入ると、イリアはそっと寄り添ってきた。彼女は安心したように、空の袖をそっと握りしめていた。
(こりゃ、朝まで寝られそうにないな……)
― 1月15日・朝 ―
目覚めると、空は自分の右腕が妙に重いことに気づいた。視線をそっと横に向けると、そこにはイリアが眠っていた。彼の腕を枕に、穏やかな寝顔で。
(ああ、そうだった……)
空はそっと腕を引こうとするが、イリアの手がしっかりと掴んでいて動かない。頭を撫でると、彼女は微笑みながら目を覚ました。
「……おはよう、空さん」
「あ、うん。おはよう」
数秒後、状況を理解したイリアは顔を真っ赤にして飛び起きる。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫、大丈夫。起きたなら一緒に朝ごはん食べよっか」
朝食後、空は身支度を整え、靴を履きながらイリアに声をかけた。
「じゃあ僕、仕事行ってくるね。今日はゆっくり休んでていいから」
しかし、玄関を開けようとした瞬間、イリアが袖をつかむ。
「……空さん、一緒にいちゃダメですか? まだ、ちょっと怖くて……」
空はしばらく迷った末、にっこりと笑って答えた。
「じゃあ、一緒に行こうか。ただし僕の“お仕事”についてきてもらうけど、いい?」
イリアはぱっと顔を明るくし、こくりと頷いた。
― 3 ―
「さすがにその格好は寒いし目立つしね」
空は街で一番大きな服屋へ連れていく。イリアは最初こそ戸惑っていたが、すぐに真剣な顔で服を選び始めた。
「これなんかどうかな?」
「……可愛いです」
黒い長袖シャツと白のゆったりパーカー。イリアが気に入ったそれを試着させてみると――サイズは少し大きかったが、それがまた彼女の儚さを引き立てていた。
「似合ってるよ」
イリアは照れながらも嬉しそうに頷いた。
―4―
「さて、今日は猫探し。イリアも手伝ってくれる?」
「はい!」
依頼人・沙織さんの猫“おこげ”を探し、空とイリアは近隣を回る。2時間ほど歩き回ったが、手がかりは得られない。
「いないなあ……さすがに迷子だと範囲が広い……」
気が付けば昼が近づき、イリアが小さく空に声をかけた。
「お昼の時間ですね」
「そうだね。あそこ、パン屋だ。何か買って公園で食べよっか」
― 公園 ―
パンを頬張るイリアの表情は幸せそうだった。
「どう? 美味しい?」
「……うんっ」
食べ終えた二人は、再び地図を見ながら思案にふける。
ふと、イリアが空の袖を引っ張った。
「あそこ……」
指差した先――一本の木の上。茶と黒の斑点がある猫が、枝の上で丸くなっていた。
「あれだ……おこげだ!」
空は急いで木に登り、そっと猫に近づこうとするが――おこげは威嚇の唸り声を上げた。
「こわがらなくて大丈夫だよ、ほら、僕だよ」
だが、警戒は解けない。次の瞬間、誰かが木に登ってきていた。イリアだった。
「イリア!?いつの間に――」
イリアはおこげの前にしゃがみこみ、やさしく語りかける。
「大丈夫……怖くないよ」
その声に、おこげはぴたりと動きを止めた。しばらくして、イリアの手元に体をすり寄せ、空のもとへ歩いてきた。
「ありがとう、イリア」
猫を抱きしめた空は、心から感謝を伝えた。
帰宅して、その日のうちに、空は沙織さんに連絡を入れる。
「おこげ、無事に保護できました」
電話の向こうで、沙織の安堵した声が響いた。
「本当にありがとうございます!」
通話を終えた空は、そっと天井を見上げて一息つく。
「……ありがとね、イリア」
イリアは空の言葉に首を横に振る。
「困った時はお互い様……空さんが言ってたでしょ?」
「ふふ、そうだったね」
少し照れたように笑いながら、イリアが言う。
「それと……その……わたし、“空”って呼んでも、いいですか?」
「もちろん」
空はイリアの頭に手を置いて、優しく撫でた。
感想等あればお願いします。
していただければ作者のモチベーションに繋がります。
次回 猫と爪