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Nigrum Agnus Dei-復讐の神官-  作者: 藤和
エピソード4:糸を引くセレネ
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e:復讐の神官

 私たちの赤ちゃんが、神様の伴侶としての特徴を持っているという話は、あっという間に産院の中に広まった。医者や看護師さん、それに助産師さんだけでなく、他の妊婦さんも物珍しさか、あやかろうとしているのか、私が入院している個室に入れ替わり立ち替わりやってきた。

「あの、お祝いの言葉はうれしいのですが、妻は出産後で疲れていますので、なるべく手短に……」

 次々にやってくる人達を夫が疲れた声で捌いていく。

 それを続けて翌日。昼頃に、まだ押し寄せていた人達が割れるように道を作った。

 なにかと思ったら、大きな荷物を持ったモイラがやってきたのだ。

 人々が割れて作った道を、モイラが堂々と歩いてくる。その姿は得体の知れない神々しさがあった。

 モイラが人々に言う。

「みなさん、この方への祝福をありがとうございます。

 これから、祝福を授ける儀式をいたしますので、どうか皆さん、お引き取りください」

 威厳ある言葉に、人々は指を組んで祈りを上げて、個室から出て行った。

 私と、夫と、赤ちゃんと、モイラだけになった個室で、モイラが鞄を開ける。取り出したのは菜の花の造花だ。

 モイラは菜の花の造花を赤ちゃんの上で振りながら、神様への感謝の言葉と、祝福の言葉を唱える。

 それを聞いて私は安心した。

 モイラの中には、もうすっかり神様への信仰はない。ずいぶんと上手く隠しているけれども、神様へ一矢報いるための牙を研いでいることさえ伝わってくる。

 形だけの祝福の儀式が終わってから、モイラは昔と変わらない笑みを口元に浮かべて私に言う。

「私が来たからもう大丈夫」

 それを聞いてうつむくと、着けているマスクの中に涙がこぼれる。ほんとうにこの子は、神様に連れて行かれずに済むのだろうか。モイラが守ってくれるのだろうか。

 そう思っていると、突然鈴の音が聞こえた。なにかと思って顔を上げると、そこには菜の花色のフード付きのマントを羽織り、マスクを着けていない人物が光を背負って立っていた。

 これは神様だ。そう確信した。

 姿形も、今までの記録に残っているものと一致するし、幼い頃に見た私の記憶にあるものとも同じものだ。

 神様がじっと赤ちゃんを見る。私は(とっ)()に赤ちゃんを抱きしめる。赤ちゃんを連れて行かれるなんて絶対に嫌だ。この子を妹みたいな目には遭わせたくない。

「その子はもらい受ける」

 そう言った神様が赤ちゃんに手を伸ばす。私は赤ちゃんを隠すように抱きしめ、恐怖と怒りに震えながらこう叫んだ。

「モイラ、助けて!」

 それと同時に、モイラが私と神様の間に割って入る。

(きゅう)(しん)ハスター、今こそひれ伏せ!

 新しき神ドラゴミールの前に!」

 モイラがそう叫ぶと、個室の中に存在していた影が、闇が、一カ所に集まり人の形を取る。マスクを着けていないにもかかわらず(かお)のわからないこの闇の塊が、新しき神なのだろうか。

 闇の塊がざわめきのような声を上げながら神様に手を伸ばす。

 いったいこれからなにが起こるのだろう。

 私の赤ちゃんは、連れ去られずに済むのだろうか。私の元に留めておくことができるのだろうか。

 なにもわからない。とにかくこわくて、私はより一層強く赤ちゃんを抱きしめる。

「たかが人間になにができる」

 これは神様の声だろうか。昔聞いたものと同じようにひどく冷たい声だ。

 いったいなにが起こっているのだろう。モイラはどうなっているのだろう。

 なにもできずに震えながら目を閉じていると、赤ちゃんが大きな声で泣いた。

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