c:占星術師の結婚
モイラが神殿で暗躍するなか、私は婚約者と結婚式を挙げることになった。
式場は神様が見守っているとされている、菜の花の装飾にあふれた神殿ではなく、きらびやかなシャンデリアで飾られたホテル内の結婚式場だ。婚約者と結婚式の計画を立てて、貸衣装の手配もして、よろこびと緊張のなかでその日を待っていた。
もちろん、このことをモイラに報告しないわけにはいかない。私は久しぶりに純粋に、よろこびの気持ちをしたためたメッセージをモイラに送った。
「今度、前から話してた婚約者と挙式するの。
モイラもお祝いしてくれる?」
そのメッセージを送ったのは昼休み時だった。返信はきっと夜だろうと思ったら、案の定、夜寝る前に返信が届いた。
「結婚おめでとう。もちろんお祝いするよ。
ねえ、できれば私が結婚式の時に神官として立ち会いたいんだけど、よかったらどう?
セレネと旦那さんがいいようだったら、私から許可を取って置くから」
その言葉にはなんの裏も企みもなくて、ほんとうに私たちのことを祝ってくれているのだというのがわかって、少しだけ泣きそうになったっけ。しかもモイラは、夜の時間をなんとか空けて、通話までしてきてくれた。
「ひさしぶり。結婚式の準備はどう?」
屈託のないモイラの言葉に、私は笑いながら返す。
「仕事の合間にやってるから結構スケジュールギリギリだけどなんとかなりそう。
それより、モイラは私に通話かけてきて大丈夫なの?」
「他の神官にばれたら怒られちゃうな。家族以外に通話かけるなんて」
くすくすと笑いながら、小声でそう言うモイラのことも、家族のように愛おしく感じた。やはり私にとってモイラはただの友人ではなく、妹のような物なのだなと再確認した。
モイラに私の近況を話したあと、神殿の話を訊く。
「最近神殿の方はどう? いろいろあって忙しいと思うけど」
「そうだなぁ。最近信徒が暴走しそうになることがあって、それを押さえるのがちょっとたいへんかな。
でも、争いはよくないからがんばる」
争いはよくないというのは、実際にモイラが思っていることだろう。しかしその思いは神様への信仰故ではなく、今となっては新しき神けの活動を邪魔させないためだろう。そのことはすぐに察せられたけれども、いかにも信徒のことを慮っているような言葉は、万が一他の神官に聞かれていたときのことを考えてのことだろう。もちろん、私にもモイラが新しき神の教祖だということを隠しておきたいのだろう。なぜなら、モイラからすれば私はまだどちら側の人間なのかわからないのだろうから。
それとなくモイラに探りを入れつつ通話をしていたけれども、それでもモイラと話すと安心した。ほかのどんなことを差し置いても、モイラが私のしあわせを願ってくれているのがうれしいのだ。
一時間にも満たない通話を切って、スマートフォンを眺める。まだ名残惜しかった。
そして挙式当日。私たち新郎新婦が神様に誓いをあげる時、それを取り持ってくれたのはモイラだった。
このところは神殿の広報と禁書の検索で忙しいと聞いていたけれど、その合間を縫って、モイラが勤めているバチカ神殿から遠い、パリスという街にあるこのホテルまでわざわざ来てくれたのだ。
「花嫁も、花婿も、これから神様の元でお互い助け合い、終わりの時まで離れることの無いよう」
指を組んで頭を垂れている私たちの頭の上で、モイラが祝福の言葉をかけて菜の花の造花を振る。その祝福の儀式に、モイラから神様への信仰は感じられない。けれどもたしかに、私たちのことを祝福しているという気持ちはこもっていた。
祝福の儀式のあと、参列してくれている人達のテーブルに挨拶をして回る。まずは新郎の両親に挨拶をして、次に私の両親。お父さんはこう言った。
「ほんとうに、立派な人と結婚できてよかったよ」
続いてお母さんもこう言った。
「神様に感謝して、より一層尽くさないとね」
その言葉に、私は言葉で表現し尽くせないといった振りをして口元に笑みを浮かべる。
それから、友人達のテーブルへと挨拶に向かった。




