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Nigrum Agnus Dei-復讐の神官-  作者: 藤和
エピソード4:糸を引くセレネ
18/22

b:信仰革命

 新たな神への信仰が広がり初めて数年。新たな神を祀る教祖、モイラの家族も布教に(たずさ)わりはじめてから、その信仰は爆発的に広まった。

 それもそうだろう。モイラの家族の言葉は、人々に力と安心と導きを与える。その魅力にあらがえる人間がどれほどいるのだろうか。

 ネットの動画サイトを見ると新たな神の使徒だという三人組の動画を度々見かける。年かさの男性と女性、それに若い男性の三人で、すっぽりと黒いローブとベールを纏って、顔の上半分を覆う汎用型の白いマスクを着けている。

 彼らは新しき神と、それを祀る教祖へ信仰を捧げることを素朴な言葉で伝えていた。

 年かさの女性が言う。

(ふる)き神に奪われたものを取り戻すときが来ました」

 年かさの男性が言う。

「奪われ、悲しみに沈むのはこれでおしまいです。旧き神から大切なものを取り戻しましょう」

 そして若い男性が言う。

「恐れる必要はありません。我らが親愛なる錬金術師、新しき神ドラゴミールは家族を愛する全ての者の守護者です」

 決して言葉は上手くない。けれども、その三人の言葉には、人の心を(けい)(とう)させる力があるようだった。

 年かさの男が話せば勇気づけられる、元気づけられるというコメントが付き、年かさの女性が話せば感じ入るようなコメントが付く。そして、反感を示すコメントが付いたときに若い男が話せば、そのコメントの主は疑問も反感も忘れて三人の言葉を受け入れてしまう。

 これを見て私にはすぐにわかった。この三人はモイラの家族だ。大学時代にモイラから聞いた、家族が持っているというギフトをこの三人は使いこなしていた。

 モイラと、モイラの家族が広めた新たな神への信仰は、その信者の数が増えたからかだいぶ表立ってきた。

 もちろん、神殿はこれをおもしろく思うはずがない。新たな神を祀る集会を中止させようと神官が送り込まれ、もめ事が起こってニュースになることも増えてきた。街を見ている限りでは、神殿側の信徒が暴徒となっているところも目立ってきているのだけれども、神殿が情報を押さえ込んでいるのか、そちらはあまりニュースになっていない。

 政府は神殿側について新たな神への信仰を押さえ込もうとしてはいる。

 ふと、テレビのニュースを見ると、政治家の討論番組がやっている。今日の議題は新たな神を信奉する人々をどう扱うかという内容のようだ。

 遅い夕飯を食べながらじっとその番組を見る。

「神様をないがしろにするだなんて、そのようなことが許されるはずがない」

「そうです。しかも、新たな神とやらの信者の多くが神様からギフトを賜った人らしいじゃないですか」

「神様から恵みと栄誉をいただいておきながら、厚かましいにもほどがある」

 政治家達は全員、表面上は神様をないがしろにするのはよくないことだと言っている。

 けれども。

「とはいえ、今の神殿の体勢にはいささか疑問はありますな」

「たしかにその一面はある。少々政治に食い込みすぎていて、神殿の専政が懸念されるなあ」

「態度も強硬だ。無理矢理信仰を押さえ込むなんて、そんなことをすれば反発が起こって暴動を起こしかねない。

 市民生活が守られるのであれば、ある程度の容認は仕方ないのでは?」

このように、神殿を批判したり、新しき神を擁護するような意見も出ている。

 目を細めて神殿に懐疑的な政治家のことを見ていると、その姿に新たな神への信仰が重なって見えた。

 そう、政府関係者の中にも新たな神を信奉する者が出ているのだ。

 スマートフォンに手を伸ばす。昼間モイラに、最近は新たな神への対応でたいへんだろうけど、無理はしないでくれというメッセージを送ったのだけれども、その返信が来ていた。

 そのメッセージのはこうあった。

「心配してくれてありがとう。

 新たな神を信奉する人達とも話し合えばきっとわかってくれるから。

 だから大丈夫。神官達は(ばん)(じゃく)だし」

 表面上だけを取れば、神様への信仰を取り戻そうと活動しているとも取れる内容だし、私にはそう振る舞いたいのだろう。

 でも甘い。私はこのメッセージの裏を読めないほど鈍くはない。

 このメッセージには話し合えばなにをわかってくれるかだとか、神官達の盤石さはどこに置かれているのかなど、そういったことは具体的には書かれていない。

 だからそう、例えば。

 モイラが私に自分の為していることを打ち明けた時、新たな神を信奉する人達と話し合って、より新たな神への信仰を深めるべきだということをわかってもらっただとか、神官達の間にも新たな神への信仰は広がっていて、そのつながりは盤石であるだとか、そのように説明してきてもなにもこのメッセージの内容とは矛盾しない。モイラが学生時代に文芸で鍛えた腕前はここでも生かされてる。

 モイラは、こうやって神殿の中でいまだ神様に信仰を捧げている神官達を欺いているのだろう。

 神殿の地位が揺らぐ中、それでも権威である神殿に潜み続け、欺き、手玉に取り、内外に新たな神の信者を増やし続けている。

 モイラは、信仰を集めるギフト以外は(ぼん)(よう)な女の子だと思っていた。

 長女なのに甘えん坊で、人並みにおしゃれが好きで、好きな勉強と苦手な勉強があって、そんな日々を家族と、私という友人と共に過ごせることにしあわせを感じる凡庸な女の子。

 その凡庸な女の子が、今や世界を揺るがしている。神様への信仰を覆そうとしている。

 愉快でしかたがない。神様はいつ地に引きずり下ろされるのだろう。

 そんな気持ちを抱えながら食事を終えて食器を洗っていると、モイラからまたメッセージが来た。

 ざっと食器を洗い終わってから見てみると、私の回りに新たな神を信奉している人がいないかどうかが心配だという内容だった。

 それに私はこう返す。

「私の回りは大丈夫。モイラが付いてるし」

 モイラは気づくだろうか。この返信が真実全てを語っていないことに。

 私には今、婚約者がいる。相手はかつて()()していた占星術師なのだけれども、実力を認められ、お互い信頼できるパートナーとして仕事をするうちにそういう仲になった。

 私は彼を信頼しているし、大切に思っている。彼も同じ気持ちを私に向けている。だって、わざわざギフトを使わなくてもわかるくらいに行動に表してくれているのだから。

 でも、彼は私に隠し事をしている。その隠し事は私には都合の良いものだった。

 あるときのこと、私はふと彼にこう言った。

「ねえ、最近、新しき神っていうのが幅をきかせてきてるけど……」

 少し不安げな声色を作ったその言葉を聞いて、彼は私の頭を撫でる。

「こわいよね。神様に逆らうなんて」

 彼は口ではそう言っているけれども、内心では新たな神への信仰を抱えている。

 そう。私の回りは大丈夫。モイラが付いているから。

 久しぶりに届いたモイラからのメッセージにはこう書かれている。

「最近、新たな神っていうのの信者が増えてて、セレネはこわくない?」

 そして、彼も度々私にこう訊ねる。

「神様にお祈りするの、たまに疲れたりしない?」

 こうやってモイラも彼も、時々私が新たな神を信奉していないかとカマをかけてくることがあるけれど、私はまだ神様を信奉する振りを続けている。

 その方がモイラを動かしやすいというのはあるのだけれども、正直言えば、新たな神が信奉するに値するものなのかどうか、まだ私のなかで判断が付いていないのだ。

 だから私はまだ、欺いていないといけない。

 友人と恋人と、自分自身を。

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