d:新たなる神
そんな日々を続けていたある日のこと、私は他の神官を欺くように、緑に金の唐草模様のマスクを付けて変装をし、錬金術師の信徒達の会合を開いた。
会場は、神殿から遠いノミズという学生街にあるフォーラホール。いわゆる市民会館というものだ。そこにある大きめの会議室の一室を取って、信徒達を集めた。
もちろん、全ての信徒がここに来られるわけではない。なので、パソコンとカメラを使って、オンラインでも参加できるように設定してある。
神様に抵抗する人々の集まりとは思えない明るい会議室で、私は信徒達の前に出て声をかける。
「あなたたちは神を倒すための嚆矢です。
まずはお互いを知りましょう」
私の言葉を合図に、会合の中で、信徒達にそれぞれ神様への不満を述べてもらう。
「どうして神は私の娘を連れて行ってしまったのでしょう。ギフトなんてものより、娘の方が大切なのに」
「なんで妹に会わせてくれないんだ! 小さい頃の姿が忘れられないのに……
こんなに伴侶を連れて行くのなら、ひとりくらい返してくれてもいいじゃないか!」
「神は恵みとしてなにをくれているのか。
ギフト以外にどんな恵みがあるというのだ。そんなもの望んでいなかったのに。
息子を返してくれない神が憎い!」
残された家族の思いは強い。この場にいるみなが家族を返してもらうことを望んでいる。
ひとしきり神様への不満を述べ、みなの気持ちが高ぶったところで錬金術師への信仰の言葉を紡いだ。
「我らが親愛なる錬金術師。私たちはあなたに追従するものです」
明るい部屋の中で言葉を紡ぐことしばらく。部屋の各所に潜んでいた闇が一カ所に集まり、人の形を取った。その人型の闇はこう言った。
「私を呼んでどうするのだ」
それを聞いて私は察する。信仰を得て錬金術師がよみがえったのだ。
私はよろこびに打ち震えながら、こう伝える。
「私は、私たちは、神様に一矢報いたい。
できることならば神様を倒し、家族を取り戻したいのです」
錬金術師とおぼしき人型の闇がゆらゆらと揺れる。そこで、錬金術師に与えるべき名を述べた。
神様に立ち向かう新たな神にふさわしい名。それは、人々と同じ長さの名ではいけない。
人の名前は長ければそれだけ強い力を持つようになる。それゆえ、私たち人間よりも長い名を持つ神様、[ハスター]より短い音節の名をつけることを義務づけられた人々と同じ名ではいけないのだ。
けれども、神様の名より長い人の名は存在しない。だから私は、ある言葉を新たな神の名とした。
その名は[親愛なる(ドラゴミール)]
私たちと同じように家族を奪われた新たな神にはふさわしいだろう。
それに、この場にいるものの中では私だけが知っている、新たな神の本来の名にも似ている。きっとこの名を受け入れるだろう。
人型の闇、新たな神はこう答える。
「そう呼べばいい」
期待通り、新たな神はその名を受け入れた。そして私たちに要求した。
「ハスターに対抗しうる力を得るために、ハスターより多くの異名をとどろかせろ」
それを聞いて私は考える。神様の異名はいくつあっただろうか。[黃衣の王][名状しがたきもの][名づけざられるもの][星間宇宙の帝王]……あとはなんだっただろうか。
神様を凌駕するためにはそれより多くの異名を捧げなくてはいけない。異名もそれすなわち信仰にまつわる力だからだ。
私たちは新たな神に捧げるべき異名を、まずはひとつ捧げた。
[無貌の神]暗くて顔を知ることのできない、そして、生前誰も顔を知ることのなかったと記録にある、新たな神を示す異名だ。
名と、異名をひとつ得た新たな神、ドラゴミールは、いずれ神を倒すと言って、その場から姿を消した。




