表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nigrum Agnus Dei-復讐の神官-  作者: 藤和
エピソード3:神に背くモイラ
14/22

c:家族の元へ

 あの錬金術師の話がまことしやかに囁かれるようになった頃のこと、神殿庁は人々に信仰を促すためであるなら、神官達が個人的に神殿の外へと外出することを許可するという旨を発表した。まずは神官と親しい人間から神様への信仰を強めようという意図でだった。

 その発表に、ほとんどの神官が休みの日に、おのおの大切な人の元へと向かった。

「ああ、おそろしい」

「神様に背くなどということをさせてはいけない」

 口々にそう言う神官達。そのうちのひとりに声をかけられた。荷物を持っているから、きっと大切な人の元へ向かうのだろう。

「モイラ、ぜひあなたもご家族に神様への信仰を揺るがさないように話をしてください。

 あなたがそうすればあなたの家族以外の信仰もしっかりするでしょう」

 その言葉に、私は一礼をして返す。

「はい、是非とも。

 今度の休日に、家族に会いに行こうと思っています」

 私の言葉に、神官は安心したように微笑み、せわしなくその場をあとにした。

 神官達はまだ誰も知らない。私が()そうとしていることを。

 思わずゆがむ口元を隠して自室に戻る。今度の休日に家に行くと、家族にメッセージをした。

「今度の休み、ノマキに帰ろうと思うんだけど、私の部屋まだある?」

 冗談めかしたメッセージをお母さんに送ると、すぐに返信が来る。

「もちろん、あなたの部屋はそのままにしてあるよ。

 それより、家に帰ってくるってお許しがでたの? きっとでたのよね。

 あなたが帰ってくるって言ったら、デクモが大喜びしてたわよ」

 お母さんの返信を見てつい微笑ましくなって笑ってしまう。みんな、私のことを待っていてくれてるんだと思うとうれしかった。

 それから、今度はデクモからメッセージが来る。

「姉さん、今度帰ってくるってほんとう?

 帰ってきたらふたりでいっぱい話そうね。

 姉さんの神殿の話も聞きたいし、僕の話もしたいよ」

 デクモは昔から、私とふたりきりで話すのが好きだった。お父さんやお母さんに訊かれて困るような話もたまにはあったし、とにかく甘えん坊なのだから仕方がない。

 家族の様子見という目的はもちろん忘れないけれども、ただ単純に、家族に会えるのが楽しみになった。

 そして数日後。私は一泊分の荷物を持って実家へと向かった。実家までの道のりは、半日ほどかかる。距離自体はそこまで離れているわけではないのだけれども、バチカ神殿最寄りを走るシリカライントラムや星海を渡るペクトライントランジットといった公共交通機関の乗り継ぎが少々悪いのだ。

 それでも、事前にデクモに時刻表を調べてもらって、最短で行けるように旅程を組んでいるのだけれども。

 家族に会える期待とよろこびを胸に抱え、朝早く神殿を出て、教えてもらった時刻表通りにトラムに乗り、お昼は駅弁を食べながらトランジットにゆられる。

 トランジットにゆられながら、私が神殿に引っ越した日のことを思い出す。あの時も、デクモがトラムとトランジットの時刻表を調べてくれたっけ。それなのにあの日私は、緊張しすぎて夜眠れず、起きた頃には乗るはずだったトラムが出発してしまっていた。お父さんとお母さんの慌てようとは対照的に、デクモがものすごく冷静に、私と一緒に駅に向かってトラムに乗ったのを良く覚えている。

 きっと遅刻するんだと不安がっていた私の手を引いて、デクモはノマキから数十分で出られる街、センダの駅を早足で歩いて行った。何が何だかわからなくなっている私に大きな切符を渡して、一緒に改札を通って、普段乗らないトランジットに私を押し込んだのだ。

 あのトランジットはなんだったのだろう。席数が少なくて椅子もふかふかで、なぜかごはんまで出てきた。おなかが空いていたのでとりあえずごはんを食べて、でもすごく不安で、窓の外を見ていると、あっという間にシリカラインへの乗換駅まで着いた。すごくふしぎな体験だった。

 今思うと、あのトランジットは幻だったようにも思える。だって、今乗っているトランジットは席がいっぱい並んでいるし、停まる駅も多い。しかも、センダの街に着くまでに、タイラという駅で乗り換えなくてはいけないのだ。あの時、あの奇跡を起こしたデクモは、やっぱり頼りになると改めて思った。

 そんなことを考えながらタイラでトランジットを乗り換えセンダに出る。それからさらに、ノマキを走るセンセライントラムに乗り換え、夕方頃に実家に着いた。久しぶりに来るノマキは、すでに慣れてしまったバチカ神殿近辺よりもずっと寒い。

 郊外にある典型的な住宅街の一軒家。白い壁に茶色い三角屋根を載せた二階建ての家。そんな実家のチャイムを鳴らし、帰ってきた旨を伝えると、玄関ドアの前から賑やかな足音が聞こえてきた。

「モイラ、おかえり」

 そう言ってにこにことドアを開けたのはお母さんだ。その後ろには、お父さんとデクモも立っている。

「姉さん、久しぶり。

 今日はお母さんが姉さんの好きなポットパイを晩ごはんに作ってくれるって」

「えっ? ほんとうに!」

 デクモの言葉にうれしくなって、思わず声を上げる。好物のポットパイを食べられるからというのはもちろん、家族で食事ができるのだという実感をひしひしと感じたのだ。

 うれしいけれども、私はここに来た理由と目的を忘れてはいけない。大切な家族とは離れたくないのだから、上手く立ち回らないと。

 家の中に入って、いまだにきれいに整えられている私の部屋に荷物を置き、この部屋に残していった部屋着に袖を通す。それでも、マスクは神官用のものを付けたままだけれど。それから、居間へと向かった。

 居間に行くと、見慣れたテーブルにお父さんとお母さんが並んで椅子に座っていて、向かい側ではデクモが座っている。隣の私の席も健在だった。

 神殿に入る前となんら変わらない空間だ。テーブルの上に置かれているお菓子が最近のものになっていることと、みんな歳を重ねたこと以外はほんとうに変わっていない。そんな場所に腰を落ち着けて、話をする。

「バチカ神殿でのことを聞かせてくれないか?」

「私たち、なかなかあなたがいる神殿に行けないから、あなたがどうしてるのか気になるの」

 お父さんとお母さんにそう言われ、私はにこりと笑ってこう返す。

「奉仕活動とか、事務とか、いろいろやってるかな。

 ちゃんとお勤めしてるよ」

 その言葉に、お母さんは安心したようだ。

「そう、よかった。

 最近あまり連絡もなかったし、どうしてるか心配だったから」

「まあ、ちょっと忙しかったし、他の神官からいろいろね」

 忙しかったのは、神殿の業務以外にも理由はあるけれど、その話はしない。家族と頻繁に連絡を取ることを他の神官からあまりいい目で見られていなかったのは事実だけれども。

 ふと、デクモがこう言った。

「姉さんが忙しかったって、最近噂の、あの錬金術師のことで?

 なんか、ネットとかでもよく見るし、神殿の人たちも警戒してるんでしょ?」

 その言葉に、私はこう訊ねる。

「神様以外を信仰するっていうのがこわいの?」

 すると、デクモはうつむいて暗い声を出す。

「こわいよ。だって、神様じゃないものを信仰するなんて、そんなのおかしいもん」

 私はデクモの頭を撫でてなだめるように返す。

「そんなものに惑わされないで。

 私がいるでしょ?」

 デクモが私の服の裾をつかんでさらに言う。

「姉さんは、神様と一緒にいるんだよね?」

 私は微笑んで即答する。

「私は神殿にいるよ」

 私はなにも嘘は言っていない。神殿にいるのは事実だ。ただ、全てを話してはいないだけで。

 デクモのことをなだめている私を見て、お父さんが笑いながら言う。

「モイラが神殿にいれば安心だ。

 なんたって、誰よりも信仰が篤いんだから」

 お母さんもにこにこしながら口を開く。

「そうそう。モイラが神殿に入ってから、信仰を深める人が増えたって言ってたじゃない。

 きっとあなたは、神殿の中でも特別なのよ」

 その話を聞いていたデクモが、顔を上げて私の手を握る。

「そうだよ。姉さんがいれば大丈夫なんだ。

 姉さんがいれば、なにもこわいことなんてないんだよ」

 それから、お父さんもお母さんもデクモも、しきりに私を頼りにするようなことを言ったり、褒め称えたりした。

 その様を私は見逃さない。お父さんもお母さんもデクモも、私に信仰を向けはじめている。私が、あの錬金術師の信仰を広めていることも知らずに。

 まだ気づいていない。そしてまだ話すことはできない。

 けれども、いずれは家族にも錬金術師への信仰を持たせることができると確信した。

 そうなったら、私たちは一緒に弟を奪った神様に一矢報いることができるんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ