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Nigrum Agnus Dei-復讐の神官-  作者: 藤和
エピソード3:神に背くモイラ
13/22

b:蜘蛛の糸

 神様が伴侶とするべき子供をさらっていくのは、五年に一度ほどのことだ。

 昔は数十年に一度ほどだったのだけれども、私の両親が子供の頃には十年に一度ほどになり、私が大学を卒業する頃にはそれくらいの頻度になっていた。

 さらわれる子供が増えるということは、残された家族も増えるということだ。

 私はまず、その家族に響くよう錬金術師への信仰を広めた。

 信仰を広めるために私がはじめに利用したのは、創作だ。大学時代、文芸部に所属していた経験を生かし、SNSに偽装アカウントを作って当たり障りのない(しょう)(へん)を載せ、創作者のテイでつながりを作った。

「はじめまして。久しぶりに小説を書いてみました」

「なかなか新作のネタがでない~」

(しん)(ちょく)ダメです」

 こんなことをSNSに投稿して、いかにも創作が好きな一般人の振りをした。この投稿の裏で、私がなにを考えているかを知る人はいないだろう。何気ない日常に見える投稿を重ねるうち、少しずつとはいえ、つながりは広がっていった。

 もちろん、このつながりで知り合った人たちにいきなり錬金術師の話はできない。だから、まずはこの人たちが私に興味を持つように作品を載せ、交流を深める。神殿での業務が終わったあとの休息時間や、禁書の図書館の管理をしている時に、他の神官から隠れながらその作業をした。

 交流を深めるために、一日中SNSに張り付いている必要はない。夜の間に通知を確認して、一日にすこしだけやりとりをすればいいのだ。

「感想ありがとうございます! すごくうれしいです!」

「たいへんなことがあったんですね。無理しないでくださいね。

でも新作は待ってます!」

「あー、そういうの困りますよね。

 とりあえずお茶でも飲んで落ち着いて」

 溜まっていたコメントに返信を付けたり、目に付いた投稿にコメントをつけたり。こういったことは神学校に通う前は日常的にやっていたので慣れたものだ。

 そうしているうちに、SNSでつながった人たちが私を信奉しはじめた。

「あの人マジでいい人だよ。愛してるフォロワー」

「その人ほんと頼りになるよね。私もフォローしてるしお世話になってる」

「あの人に話聞いてもらうだけで、悩みが溶ける。相互フォローなだけで安心するもん」

 タイムラインを遡っていると、私のアカウント名を出したり出さなかったりしながら、そんな会話がされているのが目に付く。その人達は、私の存在は神様に次いで絶対だとまで言っている。私の(おも)(わく)にはまる人は、SNSで着実に増えていった。

 SNS以外でも私は手を打った。神殿に保管されている過去のデータを見て、神様に子供を連れ去られた家族の個人情報を探したのだ。

 神様に子供を連れ去られた家族は、神様から祝福を受けたといわれ、神殿に記録を残すことになっている。そのおかげで、私と同じような家族を探し出すことは容易だった。

 すこし興味に駆られて昔のデータを見たところ、あの錬金術師とその家族の情報も載っていたのをみつけた。私は膨大なデータの中に埋もれたこの人に信仰を集めるのだと決意を新たにした。

 神殿で得た情報を元に、子供を神様に攫われた家族にメールを送る。もちろん、こちらもいきなりは錬金術師の話はしない。神殿のPRのための物語を書くために取材したいという名目にしている。

「突然のメール失礼します。神殿のPRのため、神様の伴侶が選ばれたという家庭のお話を伺っています」

 まずはそういったメールを送って返信を待つ。それから、しばらくは身の上話をメールでやりとりする。

「神様の伴侶にうちの息子が選ばれたのは栄誉なことです。

 神様から授かったギフトもありがたいですし、ほんとうに、満足な生活を送っていると思うようにしているんです」

「思うようにしている、というのは? なにか気になることでもあるのですか?」

「実は、今でも考えてしまうんです。あの子が私たちの元にいて育っていたら、どんな子になったのだろうって。

 でも、きっと今頃神様のところでしあわせに暮らしているんですよね。

 そうですよね、神官さん」

「そうですね。きっと神様は良いようにはからってくださっています。

 ですが、息子さんに会いたいのですか?」

「会いたいです。会えなくても、せめて元気かどうかを知りたいです」

 こういった反応を見せた家族のことを見逃さないようにする。

 家族を神様に奪われたことを忘れられず、心の底に悲しみを宿しているとみられた家族には、機会を見てさりげなく私の身の上話もして、錬金術師の話をした。

 はじめは、こういった人がいたというぼんやりした話をし、相手が興味を持ったら深い話をする。この話をする頃には、相手は私を信奉しているので、すんなりと話を聞いて感動してしまうのだ。

 そうやって神様に(さら)われた子供の家族に細かくメールを送るかたわら、SNSのほうでもようすを見て、こちら側だと思った相手にダイレクトメッセージで錬金術師の話をする。私への信仰を通して、錬金術師のことに興味を持ち、同調した人からメールアドレスを集めていく。これは、いつまでもSNSで活動をしていると危険だからというのと、いつアカウントが凍結されても信者になりうる人と連絡を取るためだ。

 そして案の定、SNSのアカウントは凍結された。

 それでも、メールと口コミを通じて私を信奉する人は増えていった。あとはその信仰を錬金術師に向けさせるだけだ。

 神様から与えられたギフトと呼ばれる、生きている上で自分にとって有益となる能力や環境などのものを与えられたことに満足し、そのことでより神様に感謝し、さらわれた子供のことをなんとも思っていない人もいるにはいた。

 けれども、残された家族の多くが、さらわれた子供を思って錬金術師に信仰を捧げた。

 錬金術師の名を、信徒達は知らない。知らせるべきではないと私が判断したからだ。

 名もなき錬金術師への信仰は、次第に残された家族以外の人々の間にも少しずつ広がっていった。

 このことに気づいた神殿庁は(けい)(かい)(たい)(せい)に入ったけれども、錬金術師を(まつ)る長である私は神殿の中にいる。だから、神殿庁の動きは信徒達には筒抜けで、上手く逃げおおせることができた。もちろん、私は一声かけさえすれば、暴走しそうになる信徒を押さえ込むこともたやすかった。

 いくら神殿の中にいるからといって、本来ならそう簡単に神殿庁の目はかいくぐれないだろう。しかし、私にはあの神様から授けられたギフトがある。神殿に仕える他のどの神官よりも信仰が篤いように見える私のことを、神殿庁の人間は、誰ひとりとして疑うことはなかった。

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