e:救いのありか
このところ、神殿のやり方に疑問を持つことが多い。それでも私は神官であるし、神殿が行っている奉仕活動自体は正しいことだと思うので、素直に従っている。そう、奉仕活動をすることで少しでも救われる人がいるのであれば、それは続けるべきなのだ。
今日も禁書図書館の管理をする。この禁書たちに囲まれていると、だんだんと不思議な気持ちになってきた。神様に逆らうような人というのは、いったいどんな気持ちだったのだろう。嫌悪感でも同情でもなく、ただ興味を引かれた。
そう、あの神様を憎んでいた錬金術師は、いったいどういう気持ちで神様を憎み続けたのか。どんな人生を歩んだのか。ここにある日記を見る限りでは、少なくとも不幸ではなかったようだけれど。
あの錬金術師は救われたのだろうか。でも、救われたとしても憎んでいた神様に救われるのはあの錬金術師にとって救いなのだろうか。私にはわからなかった。
お昼時を告げる鐘が鳴り、私は禁書図書館を出る。これから神官用の食堂に行って昼食を食べるのだ。
静かな廊下を歩いて食堂に着くと、注文カウンターに神官達が並んでいる。私もその列に並んで、順番が来たら今日のおすすめだという金魚草のサラダと菊のスープがセットになった定食を頼んだ。
用意された定食を持って席を探す。空席がなかなか見つからない。けれどもある神官……たしか法務担当のシンラさんだったはず……の向かいの席が空いているのを見つけられたのでそこにお邪魔することにした。
「すいません、相席よろしいですか?」
私がそう訊ねると、生姜焼き定食を食べていたシンラさんはすこし沈んだ声で答えた。
「もちろんですとも。そんなに広くない食堂ですから」
口元に笑みを浮かべてはいるけれど、どうにも疲れているようだ。それではたと思い出す。シンラさんは、今日刑務所の慰問に行っていたはずだ。
「お疲れのようですが、なにかあったのですか?」
私の問いに、目の前のシンラさんは疲れたようにため息をつく。
「いえ、刑務所の慰問もなかなか……と思いまして」
「やっぱり、犯罪者の相手はたいへんなのですか?」
疲れているところに質問ばかりで悪かっただろうか。そう思っていると、シンラさんは少しずつごはんを食べながらこう語った。
「そうですね。荒々しくて対応がたいへんな人もいるにはいます。
けれど、壁の中に入ってあらためて、悔い改める人も少なくないのです。
特に死刑囚は、これから死を待つしか無いならと悔い改める人が多いです」
神様はたとえ人が罪を犯しても、悔い改めれば死後救ってくれる。ただ敬虔に神様に祈りを捧げれば神の国に近づける。経典にはそうあった。
けれどもそれはそれとして、悔い改めた人が生きているうちに救いを得ることはないのだろうか。
そう思った私は、シンラさんに訊ねる。
「悔い改めた罪人の刑が軽くなることはないのですか?」
すると、シンラさんは食事の手を止めて額を押さえる。
「悔い改め、行動もあらためれば模範囚として計らってもらうことはできるでしょう。
ですが、それは神様や我々神官ではなく、司法が決めることです。
人が管理する司法に、私たちは口出しできないのです」
悔い改めればすぐにやり直すチャンスがもらえるわけではないということに胸が痛んだ。人に危害を加えるような罪を犯したのだから当たり前と言えば当たり前なのだろうけれども、神様の救いの手が届かない場所があるということに悲しくなった。
思わず俯いた私に、シンラさんは慰めるように言う。
「ですが、悔い改めればたとえ罪人でも死後救われます。
いえ、むしろ罪人だからこそ悔い改めればより神の国に近くなれるとも言えるでしょう」
罪人だからこそ神の国に近くなれる。その言葉が意外でシンラさんに顔を向ける。
「それはどうしてですか?」
なんだか質問ばかりだ。でも、私はシンラさんにたくさん訊きたいことがあるような気がする。
シンラさんは嫌そうな素振りも見せず、私に話して聞かせる。
「神様の意に沿わない悪人は、自ら神様の手を求めません。ただ無意識のうちに神様の手が差し伸べられるのを待っているのです。
これを経典の解釈の一説では、他力本願と言います」
「他力本願……?」
少なくとも経典の中では見たことのない言葉だ。けれども、経典の解釈の一説と言うことは、神学者たちの間で議論を交わして生まれた言葉だろう。
経典の解釈のしかたにもいろいろある。経典をそのままとらえるのではなく、例え話として読み解いて解釈する方法もあるし、逆に経典に書いてある言葉そのままを受け止めるべきだという解釈もある。大まかな分類としてはこのふたつが主流だけれども、このふたつの中でも解釈のしかたの違いがたくさんあり、それらのうちどの説を取るかは神学者や神官によって違う。そして当然、すべての説を把握している人は少ない。
他力本願というのはいったいどんな意味なのだろう。そう思っているとシンラさんは淡々と語り続ける。
「自ら善行を積み、神様に近づこうとすることを自力といい、教えに沿わず、ただ無意識のうちに神様からの恵みが施されるのを待つのを他力と呼ぶ説があります。
神殿の方針では自力で徳を積むことが善とされていますが、他力も神様が施す救いが差し伸べられたとき、自力の人よりもより素直に、敬虔に受け取ることが多いため、他力本願も決して悪いことではないと言われています」
「なるほど……?」
どうにもピンとこない。やはり善行と祈りを積んで神の国に近づく方が正しい道だと私には思えるのだ。
けれども、善行と祈りを積むことだけが救われる道だとしてしまったら、その機会を逃してしまった人々は救われないことになってしまう。あらためてそのことを考えると、あまねく人々が救われる可能性が広がる他力本願という考え方も、あながち悪いものではない気がした。
シンラさんは食事をすることも忘れ私に語り続ける。
「罪を犯した人や悪人は、他力に縋るほかありません。それはまさに分け隔て無い神様の救いと恵みを、最も素直に受け取る姿勢でもあるのです。
悪人が神様の救いと恵みを受け悔い改めることを悪人正機といい、自力の人々よりも神の国に近づくとされています」
その話を聞いて不安になった。シンラさんの話す説だと、善行を積み祈りを欠かさない、自力の神官は神の国から遠いことになってしまう。
震える声で私は訊ねる。
「あの、それでは、私たち神官は神の国から遠いということですか?」
私の問いにシンラさんは一息つくように生姜焼きをひとくち食べてから答える。
「私たち神官は、救われるために神官になったのではなく、人々を救うために神官になったのです。
だから、私たちが他力を待つ人々に手を差し伸べなくてはいけないのです」
「……はい」
「私たち神官は、神官であるというだけで神様の近くにいます。
そうでなければ、人々に救いを与えられないのですから」
神様の近くにいるという言葉はうれしかったし、それは人々を救うためであって自分たちが救われるためではないという言葉も腑に落ちた。
できれば私だって救われたいと思うけれど、そもそも人々を救うことで私も救われているように感じているのだ。それはきっと、私は救われているということなのだから不満に思う必要はない。
そこまで考えて気になることがあった。悔い改める悪人が神様に近いのであれば、逆に神様から遠いのはいったいどういう人なのだろうと思ったのだ。
「あの、神様から最も遠いのはどんな人なんですか?」
何度目かわからない私の質問に、シンラさんは丁寧に答えてくれる。
「それはもちろん、悔い改めない悪人です。
神様からの救いと恵みを受け入れないかたくなな心の持ち主は、神様だって見放すでしょう」
悔い改めない悪人。その言葉を聞いてふと、禁書図書館の中で見つけた錬金術師のことが頭に浮かんだ。記述によるとあの人は、最後までかたくなだったようなので、きっと神様の救いを受けられていないだろう。そうなると、あの錬金術師は今どこにいるのだろう。なぜかそのことが気になった。
錬金術師のことを考えてぼうっとしていたせいか、シンラさんが首をかしげている、心配させてしまったと思い、私はほかのことを訊ねる。
「それでは、日々祈り、普通に暮らす人々は神様に近いのでしょうか」
取り繕うようなその問いに、シンラさんは微笑んで返す。
「もちろん、自力で神様に近づこうとしている以上その道のりは険しいですが、信仰を示せば神様の近くに行くことは可能です」
信仰を示す。その言葉を聞いて背筋が泡だつ。信仰を示すというのは……そう思った私は動揺を隠しながら訊ねる。
「その信仰は、どのように示すのですか?」
すると、シンラさんは呆れたようにため息をつく。
「あなたは神官になってもいまだ人々に信仰を示させる方法を知らないのですか」
いやな動悸がする。口の中が乾いていく。お金を出すことが信仰の証明だと言われるのがこわかった。
私の不安を知って知らずか、シンラさんは優しく微笑む。
「ただ私たちが神様の恵みと救いを人々に伝えるのです。そうすれば、人々は自然と信仰を示せるようになるでしょう。
私たち神官が、信仰を示せるよう人々を導くのです」
「あの、具体的にどのようなことが、信仰を示しているとされるのでしょうか」
かすれる声でさらに訊ねる。すると、シンラさんは顔を斜め上に向けて考えながら返す。
「そうですねぇ……その方法は人によると思いますけれど。
もっとも一般的な方法と言われているのは祈り、そして善行。私がおすすめするのは神様にその身を委ねることでしょうか。
神殿として助かるのは喜捨ですが、これができる人は限られていますから積極的には勧められませんね」
「なるほど、そうなんですね」
シンラさんが喜捨を強く求めなかったことに安心する。
それと同時に、どれだけ祈りと善行を積めば救われるのかという疑問がわいた。祈りと善行を積む普通の人々は、切り立った崖を登るよりも険しい道を行かなくてはいけないのではないか。神の国への道半ばにして脱落してしまう人もいるのではないか。祈りと善行を積むことこそが神の国から遠いことなのではないか。そんなふうに思ってしまった。
だって、シンラさんのいうことがほんとうなら、この世で二番目に神の国から遠いのは、祈りと善行を積んでいる普通の人々なのだから。
シンラさんはごはんを食べながら言葉を続ける。
「あなたが神官として表に出るようになってから礼拝に来る人も増えました。
異端だった人々も悔い改めました。
あなたはただ、人々に信仰を勧めればいいのです」
私はただ頷くことしかできなかった。
神官でなく、悔い改めた悪人でもない普通の人々。彼らが脱落しないよう、どのように信仰を勧め導いていけばいいいのか。私にはその答えがわかりそうにもなかった。
その日の午後、神殿は遠方の星から来た巡礼者を受け入れた。いつかやって来た巡礼者たちのように、身なりがよく裕福そうな巡礼者たちた。
巡礼者たちの対応をしていたマモンさんに、免罪符の用意をするように言いつけられ、書写室に私も含めた数人の神官が籠もって免罪符を作成する。
今この手で作っている免罪符は、ほんとうに人々への救いになるのだろうか。富める人と持たざるものの分断を深めているだけではないのだろうか。豊かな人はお金で救いを買うことができる。けれどもそうでない人は、自力で祈りと善行を積み、切り立った崖のはるか上にある神の国を目指さなくてはいけない。そうでなければ一度信仰を忘れ悪人となり、神様の恵みの手を待たなくてはいけない。その格差は、富める人とそうでない人をわけ隔てるように思うのだ。
けれどもそれと同時に、豊かな人からの喜捨や高額な免罪符の売上で貧しい人々に施しができているという現実もある。
どうしたら救われるのか、どう救われるのが正しいのか、私にはもうわからない。
免罪符を作り終え巡礼者の元に持って行くと、彼らはいかにもありがたそうに免罪符を受け取り、大切そうにしまう。その姿を見て疑問に思った。
あの紙切れにどれほどの力があるというのだろう。
頭に浮かんだその一言を口に出すことなく、私は巡礼者たちに笑みを向ける。この後彼らの食事の用意と、食事をしている間の相手もしなくてはいけない。
食堂に移動して贅沢な料理を運んで、苦労など知らないような巡礼者たちと言葉を交わす。
不思議と心は落ち着いていた。しきりに私と話したいと要望を出す巡礼者と、なんの問題も疑問も感じずに会話ができた。きっとお礼のつもりで渡してきているチップも素直に受け取れた。
きっとこのとき、私は考えるのを辞めていたのだと思う。救いとはなんなのか、どうしたら救われるのか。どのような人が救われるのか。そんなことを考えるのに疲れていたのだ。
そんななか、私の頭に浮かんだのは、禁書図書館に納められた日記に書かれていた錬金術師だった。
終生神様を憎んでいたというあの錬金術師がこの神殿のありさまを見たらどう思うのだろう。そう思った。
巡礼者たちの食事が終わり、夕方の礼拝と自分たちの食事を終えたあと、私は自室でもらったチップを眺めていた。
「……こんなのが欲しかったんじゃないんだけどな……」
ぽつりとつぶやいて、このお金はあとで神殿に喜捨しようと決める。
しばらくローブとベールを着たままぼんやりとして、壁に掛かった時計を見る。そろそろ寝ないと明日の朝の礼拝がつらい。
ベールとローブを脱ぎ、レースの肌着も脱ぐ。今日はなんとなくシャワーを浴びるのが面倒に感じられたので、そのまま寝間着に着替えて寝ることにした。夕べの祈りと朝の礼拝の間に一度は身体を清めておかないといけないのだけれど、明日の朝なんとかすればいいだろう。なんだったら、体調不良ということにして朝の礼拝を休んでもいい。
礼拝を仮病で休みたいなんて、今まで考えたこともないことを考えながらベッドに潜り込みスマートフォンを枕元に置く。
そこでふと思い立ち、またスマートフォンを手に取った。
メッセージアプリを起動して、デクモにこんなメッセージを送る。
「ねえ、免罪符って欲しい?」
すると、数秒で返事が返ってきた。
「僕はそんなのに頼りたくないな。
そんなのに頼らなくったって、僕には姉さんがいるんだから」
この一言で、なにもわからなくなっていた気持ちに光が差した気がして涙が出てきた。
しばらく声を押し殺しながら泣いて、なんとかおやすみのスタンプだけを返す。するとすぐに、ハートの花束のスタンプが返ってきた。
お金だとか、経典の解釈だとか、そんなものにとらわれなくたって救いは見つかるんだ。きっとそれは、ずっと遠くにあるんじゃなくて、家族だったり友人だったり、たまたま通りがかった親切な人だったり、もしかしたら道ばたに咲いているシロツメクサとかかもしれない。
デクモは私がいるから大丈夫と言っていたけれど、私だってデクモやお母さんやお父さんがいるから大丈夫なんだ。支えてくれる家族がいるから私は大丈夫。自分にそう言い聞かせて涙を拭う。
スマートフォンを枕元に置いて掛け布団を被る。時計の針の音が部屋に響く。もしかしたら私は、神官にならずに家族の元にいた方がしあわせだったのかもしれない。そうすれば少なくとも、救いのことで思い悩む必要などなかったのだから。
神官として私になにができるのだろう。人々に信仰を呼びかける以外に、救いを与える方法はあるのだろうか。
救いを与えることを望む私が管理している禁書図書館には、救いを拒んだ人の記録が残っている。その記録に残っている人たちでさえ、私は救いたかった。
瞼を閉じて眠りに落ちる。
夢の中で、神様に連れて行かれたはずの下の弟が笑っていた。




