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(ん……?)

 目が覚めると、そこはどこか汗のにおいがこびりついた日当たりのいい部屋だった。ベットの上で寝かせられ、脇には氷水の入った桶と額にはタオルが置かれている。

 もしかしたら先生に連れ戻されたのかもしれないという不安が頭をよぎり、急いで上半身を起こす。

「おうおう、急に起き上がったら危ないっすよ。3時間も寝てたんすから。もうちょっと寝ててくんさい。」

 突然横から手が伸びてきて、私の上半身は再び横に寝かせられた。

 手の主は顎下まで伸びた赤茶の毛をハーフアップでまとめた気さくそうな青年だった。頭にはふさふさの猫耳が生えており、獣人族であることがうかがえる。

「大丈夫っすか。痛いとことか、気持ち悪いとかないっすか?」

 優しいせせらぎのような落ち着いた声。気を使ってくれているのだろうか。

(言われてみれば、腕の内側が少しひりひりする。それに足首も少し痛い。でもわざわざこんなこと言っても余計心配させちゃうだけだろうし、言わないでおこう。)

 そう思い私は質問に答えることなく話題を切り替えることにした。

 わかりきった質問だ。答えはこの部屋のいたるところに書いてある。

「ここは、どこ……?」

 そう問うと、青年はどこか誇らしげに胸の紋章を指さした。

「ここは特殊騎士団、ジェノサイド第2騎士団っす!!」

 

 ジェノサイド第二騎士団。

 三つある特殊騎士団の中で最も凶悪な問題に対して出動する騎士団。その分強者ぞろいとされており、入団には厳しい試練を乗り越える必要がある。

 きっとこの青年はそれを誇示しようとしたのだろう。

 前世では戦争で死闘を繰り広げた相手だ。あの時は体内の魔素がほとんどなくなり、援軍の助けもあってなんとか勝利した。

(そういえば、あの戦争はおわったのかしら。ここは治安は悪いけど平和だし、とても戦時中には見えないわ。)

 きょろきょろと周りを見渡すと、窓の外に訓練中で剣を振る騎士たちの姿が見えた。ほとんどの騎士が上着を脱いでいて、たくましい上半身を露わにしている。

 戦場慣れした私はその筋肉に見とれてしまう。

「あ、あんまり見ない方がいいっすよ。女の子にはちょっと刺激が強いみたいっすから。」

 青年がそれに気づき、同じように外を見ながらどこかひきつったように微笑む。

「今まで何度か物好きな貴族の女の子たちが見学に来たことがあるんすけど、だいたいは鼻血をながして卒倒してましたから。ほら、特に黒髪のあの人。副団長なんすけど、ほんとあれは理想の細マッチョというか、神々しいばかりのシックスパックっす。」

 確かに刺激が強いかもしれないと、騎士団長と呼ばれたその人を凝視する。


 すると、一瞬明確に目が合った。青い瞳が、瞳孔が、確かに私を捉えた。

(あの人、見たことがある。たしか、戦争で剣を交えた相手……名前はキルアといった気がする。氷の魔力と青い炎の魔力の両方を器用に使い分けられるから厄介だった覚えがあるな。)

 今いる部屋は小さな個室のようなところで、窓の外の景色からして大体2階ほどの高さだと思われる。

 この距離で気づくには、相当な修練と実践が必要だ。敵の襲来に備えるための能力である。

(そんなに狙われる立場にいたのかしら。人気者ね。)


「あ、申し遅れたっすね。オレの名前はグレン。グレン・レガリアっす!グレンって呼んでください。あ、でもオレ妹に憧れてたんでお兄ちゃんって呼んでくれると嬉しいです。」

 グレンは人当たりのよさそうな青年だ。まだまだ若そうでどこか頼りなさそうだが、このジェノサイド第二騎士団に入団したということは相当の実力者なのだろう。

「わたしはスピカ。」

「そう、スピカちゃんっすか。あの、どうしてあそこに倒れていたのか聞いてもいいっすか?」

 恐る恐るという様子でグレンが聞いてくる。

 確かにあの状況で倒れていたらなにか複雑な事情を疑うのも無理はない。グレンはできるだけ私を刺激しないように優しく聞いてくれる。ほんとうにいい子だ。

 だからこそ、全てを話すべきか悩む。

 この青年は果たして孤児院での話に耐えられるだろうか。まだ年若い青年だ。髪も整っていて肌もきれい。おそらく貴族の出だろう。


 そもそもここに来た理由は魔力をごまかすため。これ以上ここにとどまる理由はない。

 うつむいて考えていると、グレンは「言いたくなかったら大丈夫っすよ。ゆっくり考えてください。」と寄り添ってくれる。

(若いのに立派だな。でも、だからこそ話せない。まだまだ夢を見ていてほしいから。)

 ここを出たら、私はどこへ行く?そもそも身を置く場所がなければ、一人では何もできないんじゃあないのか。

 もう少しだけ、ここにいたい。落ち着く。

 

 


 口を開こうとした、その時。部屋の扉がドンっと開け放たれた。

 そこにいたのは、瞳に切望を刻んだ――


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「大変だ、スピカが消えた!」

 みんなが掃除を終えて集まっていたところに、その報は入ってきた。

 ミュゼにい――ミューゼは、スピカが去った後、そのまま掃除を終わらせてみんなのもとに行こうとバケツを持って廊下を歩いてきた。

 ふと、窓の外を見たときに見えたのはスピカが外へと駆け出していく様子。

 ミューゼは反射的にバケツを置いて皆のもとへ向かった。


「どういうこと!?スピカはミューゼと一緒に掃除をしていたはずでしょ。」

「それが、突然スピカが駆け出してそのまま見失っちゃったんだ。」

 ルリが血相を変えて部屋を飛び出し、玄関口に向かう。ほかの子供たちも後を追いかける。

(スピカ、スピカ……!!)

 ルリにとって、ミューゼにとって、スピカは可愛い妹のような存在だ。大人っぽくて、たまに見せる幼いところも好きだった。

「はあ、はあ……。誰もいない――!」

「じゃあ、スピカはどこに――??」


「お前たち、何があった。」


 一切の雑音を許さない深く澄んだ声が響いた。

 彼の周りの空気は春先のように澄み、照っていた。


 彼は春の証である桃色の髪を揺らし、宝石のような碧眼を持つカリラルトの春 プリマヴェーラ公爵その人である。

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