2
カリラルト帝国の小さな孤児院。
領主であるプリマヴェーラ公爵が直々に手掛けた公営施設の一つ。であるからには、絶対的な子供の安全が保障されているはずだ。
だが実際は、児童への虐待に不足した教育、公爵家から送られてくる資金の横領と、なにかとめちゃくちゃであった。
先生として雇われた大人たちは貴族のコネがほとんどで、職務怠慢だ。
そんなところにいるのはほとんどが身寄りのない子供たち。いくら虐待されても、彼らにとっての孤児院はすべてなのだ。ほかに行くところも思いつかない。
公爵からの援助を使い、貴族のような暮らしをしている先生はよく孤児院をあけてよなよな遊びに出る。
毎月初めに来る視察団は先生から貰う賄賂をもらうことで公爵への報告を偽装していた。
(うーん、やっぱり先生をどこかにやらないことには私たちの安全は守られない。ルリねえやミュゼにいの体にもいくつもあざが増えてる。はやく何とかしないと!!)
転生したリンネは、今は「スピカ」という名の少女の体となっていた。物心がつき始めた2年前、2歳の時に自然と頭の中に蓄積されていった記憶。今もそれは続いていてその負荷に耐えられず高熱を出し、先生には面倒だと殴らる。
今ではリンネの自我の方が強いが、体は4歳なので大した行動もできない。
孤児院の仲間はみんな優しくて、大好きだ。
リンネの記憶が蓄積されるにつれて能力も回復し、4歳児とは思えない能力と「才能」を持っている。それも結局は4歳児の身体能力という縛りはあるが。
なぜ転生したのかはわからないが、前世の最後に誓った復讐。
女神がそれを叶えるチャンスをくれたのかもしれない。
温かい桜色の瞳に、春の日差しのような金の髪。
だが今は不衛生さと水浴びもさせてもらえない環境のせいで黒く濁っていた。
一度も切らせてもらっていないからか髪は背に対して4分の3ほどの長さにまで伸び切っている。
「スピカ、食料が配られたよ。今日はパンに蒸し芋!おとといのクリームにつけて食べよう。」
ルリねえがそう言ってパンを手渡してくれる。
ルリねえは7歳の少女で、私に実の姉のように接してくれる。半年ほど前に入ってきたが、孤児院の子供たちの母のようなおおらかな性格だ。
今も病弱(前世の反動)な私にわざわざパンを持ってきてくれる。
食料が配られるのは2日に一回ほどのペース。それも毎回質素なもので、皆おなかを空かしている。
先生が資金を使いすぎた月などは酷いもので、町で食料をねだらされる。
そうにでもしないと生きていけない日々だった。
「ありがと、るりねぇちゃん!」
ありがたく食料を受け取り、ルリねえが持ってきたクリームにつけて食べる。クリームはこの前町で食料をねだっていたらくれたものだ。
華やかな街の隅で、寂しくパンを頬張る。もう慣れ切ったことだけれど、とてもひどい境遇だ。
だが、それも明日で変わる。
革命前夜だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あんたたち、今日は視察の方たちが来るからね。精いっぱいおもてなしするんだよ。へましたら許さないからな!!」
朝からドタバタとたくさんの足音が響く。今日は視察が来る日だ。
先生たちはいつにもましておめかしし、子供に館内の掃除をさせる。
15人程度の子供たちは、「たたかれないため」「叱られないため」に赤切れまみれの手で雑巾を絞る。
私もそのうちの一人だ。
「スピカ、体調は大丈夫?無理はするなよ。」
「うん、だいじょーぶ!きょーは調子がいいの!」
ミュゼにいが気を使ってくれる。
ミュゼにいはずっと孤児院にいる少年で、まるで優しくて強い。みんなの王子様のような存在だ。
外は晴れで、こんな日にピクニックでもしたら気持ちいだろうななんて考えてしまう。
もっとも、前世ではそんなことを考える余裕もないほど忙しかったので、これでも楽な方だろう。
実は、スピカはずっと考えていた作戦があった。
前世で行政を肩代わりしていた時、ふと知ったことだった。カリラルトの弱みをなんとか握ろうと調査を行ったところ、「カリラルトの春が強力な魔法使いを探している」という噂を耳にしたのだ。
当時は何の価値もない情報としてスルーしていたが、今となっては重要だ。
(強力な覇気を発せれば、春公爵なら気づくはず!それを目的に視察団と別に買収されていないまともな人が来てくれたら!!!)
視察団が来るのは1時ごろ。
今はまだ朝の7時。
「みゅじぇにい、ちょっと任せた!」
そう言い、私はてこてこと駆け出した。後ろから「いきなり走ると危ないよ!」という声が聞こえてくる。そんな気遣いに感謝しつつ、目的の場所に向かう。
「よし、ここが先生のへや……。」
わたしが向かったのは先生の部屋だった。
そこには先生が買った宝石やドレスが飾られている。
私の目的はその宝石。覇気の発生源として利用するのだ。
今、先生は部屋にいない。今がチャンスだ!
てこてこと宝石棚に向かい、一つ適当に手に取ってポケットに隠す。
そしてこっそりと部屋から出ていこうとする。
「何してるんだい、スピカ。」
声がした。それも、鬼のように低い。
ゆっくりと前を見た。そこにいたのは先生だ。
先生は、私と目が合うと腕にうなりをつけて頬を殴った。よけることはできなかった。4歳児の体に俊敏性など備わっていないのだ。
「これは宝石……!?あんたは、これまで育ててきてやった恩を忘れてこんなことを……!!もういい、こんな泥棒娘は売り払ってやるよ。お前は見た目はいいから、どこかの貴族の養子にでもしてもらえるんじゃないかい。」
にやにやと嗤う先生は私を売った金で贅沢でもしようとしているのだろう。
(だめ!そんなことしちゃあこの不正を暴くことや私の命までもが危うくなる!!)
だが、この体でできることなどたかが知れている。
「いやあ、やめて!」
「騒ぐんじゃないよ。今度奴隷商につれていってやるから、それまではお仕置き部屋にでも閉じこもっておきな。」
「先生」は本気のようだ。
なんとか抵抗しようとつかまれた腕を振り回すがびくともしない。
(仕方がない、魔法を使うしか……)
こうなっては身の安全が最優先だ。そう思い、魔力を込めはじめる。