1 操り人形は望まない
うすうす気づいていた、この感覚。家族の中で私だけがなにか違った。
「あら、リンネは本当に役に立つ子ね!これからもその調子でよろしくね。」
ただ、家族に褒められることだけが私の生きがい。意味。
ユレイネ王国第二王女である私 リンネ・ユレイネは、幼いころから厳しい教育を強いられた。溺愛される姉に対し、「頼られる」私。その「頼られる」の意味を、いつからかはき違えていたのだろう。
皆が求める「いい子」な私、皆に必要な「使える」私。
それがいつからか私の仮面を作り、仮面の赴くままに通りに道を選んできた。
王族の中でも特別魔力が強かった私は、何度も戦場に駆り出された。
勝算のない戦いもなんとか勝利に導いた。そのたびに私を褒めてくれる「家族」に、私は「依存」した。
「リンネ!!!なぜこんなにも戦況が悪い。すべてお前に任せてやったはずだろう!」
本来王がやるべき仕事を肩代わりしする。失敗したら叱られ、さらに書類の山が増える。
事務室の窓から見える庭園で、父に母、姉に兄の姿が見える。皆で仲良くピクニックだろうか。もちろん私だけは誘われていない。
『今日中に終わらせておけ。』
という言葉だけを残して出て行った父の背中を思い出すと、なぜか一線の雫が頬を伝う。
(だめ、書類が湿っちゃう。大丈夫、きっとこれをこなせばいつか私も一緒に連れて行ってくれる。)
そんな希望を抱いて、16年間過ごしてきた。
そんな時だった、怒りの積もった市民による反乱が起こったのは。
自分勝手な王侯貴族が税を一気に引き上げ、物価は向上。一日の食事もままならなくなった市民が協力して武器を持ち城に向かったのだ。
「「「わがままな王侯貴族を許すな!!」」」
当時もカリラルト帝国との戦争中だった城は戦力が薄く、なすすべもなく占領された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これより、自分勝手な理由で市民から金を搾り取り、市民の生活を脅かした罪および、それにより被害を受け、飢えにより亡くなった人々の命のもとに、ユレイネ王国第二王女 リンネ・ユレイネを極刑とする!!」
(ああ、どうしてこうなったのかしら。)
やみそうにない土砂降りの雨。目の前には断頭台。見渡す限りの民衆は今も私に向かって罵詈雑言を浴びせながら石を投げている。その奥の屋根の下から頬杖をついてこちらを見つめるのはあの「家族」達である。
父に母、兄に姉。どれもどこかで信じていた人たちだ。
反乱が起きたとき、城に侵入した市民に向かって父は叫んだ。
「リンネがすべてを指揮した、裏から我々を牛耳り、己の利益に仕立てたのだ!我々も被害者だ。リンネは今執務室にいる。ともに悪を打ち破ろう!!!」
剣を持ち、居場所まで差し出した父を、だれも疑わなかった。
父の普段からの情報操作により、いつの間にか私は王家の厄介者という立ち位置にされていたのだ。
戦場での成果は兄のもの。民への成果は姉のもの。外交の成果は母のもの。それらをまとめて父の成果とされ、私が被ったのは家族たちが勝手に手を出して失敗した事業ばかり。
家族が買った宝石類やドレス、装飾品までもが私が買ったことにされ、ついたあだ名は「王家の踊り子」。
いつも褒めてくれていたあの言葉も、結局私は踊らされただけだったのだ。
それを完全に理解した私は、今までの反動か、果てしないあきれが沸いてきた。
「は、はは、は………。」
刑吏が私を怪しげにみる。
「愚かなことをたくらむなよ。潔く一瞬で死なせてやるから。」
刑吏の男の瞳にはどこか哀れみが浮かんでいた。この男はなにか真実を見たのだろう。
もはや頬を伝う雫も枯れ果て、心を支えていた大木が燃える。
「大丈夫、今回ばかりはあの人たちの思うように死んでやるから。」
雲に覆われた空に光が差す。風が観衆の声を攫い、私はずっと切らなかった長い青髪を靡かせる。
「死んでも死なない。死ねない。私は不死の魔女。踊り子の名のもとに、いくらでも立ち上がって踊ってやるわ。」
リンネの双眼に光が灯る。それが見つめるのは家族。今や愛を求めることなど無く、敵としてそれを見据える。
「踊り狂う人形に、手綱を取られないようにね。」
「最愛の家族」への、最後の忠告だった。