第6話 眼
「まずはお前の武器を整理しよう。」
阿澄の治癒魔術のおかげで、なんとか日常生活に支障がない程度には回復した俺は、昼飯を突きながら岡田の話を聞く。
「鬼神化、まあ要するに身体強化。鬼神からの魔力の補給。魔力を消費して武器を生成する抜刀術。こんなものか?」
麦茶で口に残る白米を流し込んで相槌をうつ。
「そんなもんだ。それと、一応必殺技じゃねーけど、自滅覚悟で撃てる技が二つある。」
岡田は顎に手を当て、ふむと僅かに考える。
「まあ、それはないものと思え。よほどのことがない限り使うな。」
二つの必殺技。
青龍砲ともうひとつ、どちらも大量の魔力を消費する故に俺は撃てない。
いや、この身と引き換えに撃てはするが、そんな事態は避けなければならない。
そのためにこいつに師事したのだ。
「一つ聞くが、お前最後俺の剣筋が見えてただろ。」
なんと答えるべきか。
見えてはいたが、今後見えるとは限らない。
「あれは、まあ、見えてはいたが.....。ぶっちゃけなんで見えたのかは分からない。俺は極限状態で脳がバグってたんじゃないかと睨んでるが.....。」
考え込んでいるのか沈黙が流れる。
「仮にそうだったとしてもそれは武器になるかもな。人間てのは、脳にリミッターがかかってるようなもんだ。それが一時的にでも外れたのであれば、一度も外れたことのない人間よりは、意図的に外しやすくなるかもしれない。3日間お前をとことん追い込んでやる。その力をコントロールしろ。」
簡単に言ってくれるがそんなにうまくいくだろうか。
「わざわざリミッターかけてるってことは外したらマズイだろ。魔力もそうだ。それを代償もなく使えるのなら先に言った必殺技も問題なく使えるはずだ。」
「お前は俺の剣筋を見たからと言って何かダメージを負ったか?程度の問題だ。弱者が強者を屠るにはどこかで無茶をしなきゃならない。使えば死ぬリスクのある必殺技と、少なくとも直ぐに死ぬようなことはない力どちらを使うかだ。敵の動きについていけるかは眼と反射神経がものを言う。眼が得られるんだぞ?しかも現状はっきりとしたリスクは見えない。」
反論はハナから用意していたようで即答される。
それでも引っかかりはなくならない。
何度も使うことで取り返しのつかないことが起こるかもしれない。
だが、いつまでも実体のないリスクに怯えていても何も変わらないのも事実だ。
変わりたいから、変わらなきゃいけないから今こいつと頭を捻っているんだろ?
「わかった。だが、結局それをできるようになったところで......と思ってしまうんだが。お前にも負けたし。」
それでは足りないのではないか。
もっと何かないのか。
そう求める俺に対して、岡田はやれやれと首を振る。
「そんなのは当たり前だ。いいか、お前はまだスタートラインにすら立ててない。聖人なんて大層な奴らは俺の動きくらい普通に見える。スピード感がお前とはまるで違う。」
確かに結城の動きにはあまりついていけてなかった。
ランドルフの時も結局はゴリ押しだ。
戦いのスピード.....。
人間を超越した身体能力の持ち主だ。
実際あいつらにとって俺は遅かっただろうな。
「だから眼が大事だ。反射や読みでどうにかできるほどお前は経験を積んでいない。見て対応するしかない。まずそこをするのが最低限だ。その後のことはそれからだ。」
確かに理にかなってる。
だがそれでは遅すぎる。
もう時間はほとんど残されていない。
今までの積み重ね。
こいつが言っていたのはこういうことか。
「と言いたいところだが、そんなことを言っている時間的猶予はない。何せあと2日半しかないからな。」
「とはいえどうするつもりだよ?」
「無茶をするんだよ。」
岡田がニヤリと笑う。
これは相当濃い3日になりそうだ。
散々な1日だった。
決闘から始まり、特訓でも身体中を模擬刀でシバきまわされた。
いや違うか。
今も尚その真っ只中だ。
「立てよ。できるようになるまで終わらないぞ。」
もうとっくに限界を超えている俺の心配なぞ微塵もなく、まだ終わらないとこの男はそう言った。
「わかってる。」
とはいえそれは俺が望んだことだ。
早く起き上がらなくては。
そうわかっていはいるのだ。
「何度も言わせるな。立て。言っただろ。時間がない。」
「わかってるって!」
しかし身体に力が入らない。
何とか膝立ちの状態までは持ってきたが、俺の足はまるで産まれたての子鹿のようにプルプルするだけで言うことを聞いてくれない。
ひとつ息をするだけで胸の辺りが激痛に襲われる。
まさに満身創痍で極限状態だ。
少年漫画の主人公なら覚醒するところだが……。
『こんなことをしてもなんの意味もないぞ。』
ふと頭の中に声が響く。
鬼神.....!
そんなことなんでこいつに.....
しかしひとつの結論にたどりつく。
『もしかしてあの力はお前のものなのか!?』
今更気づいた。
そうだよな、俺に特別な力なんてあるわけがないんだ。
『本当に気づいてなかったのか......。まあそんなに落ち込むな。俺はお前にあの力を貸す気など微塵もなかった。それをお前は無理やり引き出した。』
つまりどういうことだ.....?
鬼神の言葉の真意を図りかねる。
『まあ要するに悪くないってことだ。視る力、貸してやってもいい。』
『本当か!?』
だがだとすると今日の俺はシバかれ損なのでは?
まあともあれ習得できるのであればそれでいいか。
『ただし、答えろ。なぜお前はそこまでする。』
『なぜそこまでって.....何がだよ?』
気のせいかもしれない。
鬼神は俺に姿を見せていない。
だから本当のところはどうか分からない。
だけどその問いは、どこか遠いところを見ているようで、泣いているようで。
それ故に真意を図りかねて。
『なんのためにお前はそこまで苦しむ?ただ妹を、友達を守りたいだけなら、あの女は捨ておいていいはずだ。』
俺が結城と共に戦う理由か。
そんなものは簡単な話ではないか。
『守りたいからだよ。前にも言ったろ?こっちが大人しくしてても、向こうから手を出してくる。なら先にぶっ潰してやるのが手っ取り早い。でもさ、そんなことよりも、』
もっと単純だ。
真っ直ぐに岡田を見据えて答えをぶつける。
「目の前に苦しんでいる人がいるんだ。それ以上に何か理由がいるのかよ。」
鬼神と俺の会話を知らない岡田は、突然何を言い出すのかと怪訝そうに眉をひそめる。
『そうか.....。』
一拍おいて鬼神が口を開く。
『血は争えん.....か。』
血......?ご先祖さまの誰かが俺と同じようなことを言ったのだろうか。
『いや、なんでもない。せっかくだから今ここで返事をしよう。縁、俺はこのガキに賭ける。ただ、お前の計画に全面的に賛成はしない。俺は俺なりに拓未を導く。』
縁って......父さん!?計画って......一体......。
鬼神の言葉への返答はない。
父さんがここにいるわけではないようだ。
『何はともあれ、拓未。お前に俺の力を貸す。せいぜい上手く使え。』
そう言い残すと鬼神の気配はふっと消えた。
「頭がおかしくなったのかなんなのか知らないが、早く決めろ。今日中に眼を.....」
我慢しきれずに岡田が口を開くが、言葉を被せて遮る。
「大丈夫だ。」
そうハッキリと宣言する。
今日の目的は果たしたと。
しかし、鬼神とのやり取りを知らない岡田は理解が追いつかない。
「どういうことだ。大丈夫なら早く立って続きを......」
だから、分かるようにもう一度言葉を紡ぐ。
またしても食い気味に。
「そうじゃない。今日すべきことはもうした。眼は手に入れた。」
それでもまだ説明不足であることは今の拓未には思い至らない。
それだけのダメージが蓄積されている。
しかし、岡田にはそんなことは関係なく、拓未が自分から師事しておいて辛くなると嘘をついて逃げ出そうとしているように見える。
利用価値すらないのであればやはり殺してしまえば多少なりともスッキリするのだろうか。
「どういう冗談だ。逃げるのか?自分から言い出しておいて。」
だが、拓未の目はそうでないことを雄弁に語っていた。
逃げ出す気など微塵もないと。
まさか
「本当に手に入れたと言うのか?」
「そう言っている。嘘をつくメリットは俺にはないだろ。」
それはそれとしてと拓未は続ける。
「とりあえずおぶってくれないか?本当にもう立てない......。」
かくしてなんとも締まりが悪く一日目の特訓が終わった。