第5話 復讐者
そういえば警察来なかったな......。
あれだけの騒動だ。
教師陣も警察を呼んだだろう。
だが学校で警察は見なかった。
人殺しの俺がのうのうと街を歩けた。
警察はおろかマスコミも来ないなんてありえるのか。
それも結界の効果だろうか。
夕食を食べ終わり、寝転がりながらそんなことを考えていた。
自分なりの戦い方などそう容易く見つかるものではない。
現実逃避だ。情けないな。
足音が聞こえる。
いや人が住んでいるのだから当たり前だが。
こちらに向かっている。
真っ直ぐに。
ふと足音が消える。
部屋に入ったか?
いや、襖を開ける音は聞こえなかった。
意識的に足音を消した。
なぜ......?
こちらも物音をたてないように立ち上がり構える。
会わせられない、か怪しいもんな。
何事もなければそれでいい。
襖を睨みつける。
気配すらない。
誰も来てないか......?
気がたっていたのか。
そう思い警戒を解きかけたその時、ほんの僅かに殺気を感じ取った。
それと同時に襖が開き、男が襲いかかる。
すんでのところで襲撃を躱すが、男が振るった日本刀が右腕に掠った。
右腕は咄嗟に首をガードしていた。
つまりこいつはなんの迷いもなく首を刎ねにきた。
目が合う。これは怨嗟の目だ。
ゾッとする。
戦おうにも今の俺ではろくに動けない。
逃げて助けを求めるしかないが、やはりろくに動けないので直ぐに追いつかれるか。
一か八か追いつかれる前に誰かに出くわすことに賭けるか、こいつを倒せることに賭けるか。
なんにせよ、考える猶予はない。
幸い出入口を塞がれていない。
咄嗟に部屋の中央に鎮座するちゃぶ台を掴み、盾のように持ちながら相手に突進する。
二撃目に入ろうとしていた男は避けることができず、直撃し声を漏らす。
「ぐっ......!?」
おそらく体勢は崩せた。
そのままちゃぶ台を放し、襖から部屋の外に飛び出し、廊下を駆ける。
「誰かー!阿澄さーん!!助けてくれーーー!!!」
そう叫ぶ俺の背後にはもう既に、男が追いついていた。
「死......んでたまるかぁ!!」
振り返りざまに逆に突っ込んでやろうかとするが、身体が言うことを聞かず、転倒する。
「ぐあっ......」
男は倒れた俺の頭を踏みつけ
「死ね。」
剣先を俺の首に突き刺さんとした。
その時、
「待ちなさい!岡田!」
阿澄の声が響くと、岡田と呼ばれた男はピタリと動きを止める。
ちょうど剣先が首筋に触れていた。
安堵から全身の力が抜ける。
「止めるな。こいつは......!」
その声からはやはり怒りと怨みが感じ取れた。
「その方には罪はない。あなたの復讐の対象じゃない。それはわかっているはずです。それに、私は復讐など許しません。清く正しくありなさいと教えてきたはずです。」
阿澄は毅然とした態度で、それでも優しく、そのうえでやはり厳しい声色で、まるで子どもを叱りつけるように岡田に話す。
それにしても復讐だと......?
何の話だ。ランドルフの関係者か.....?
それにしては阿澄が俺のことを罪がないと言ったのはおかしい。
俺は自分の知らないところで人殺しに関わったりしたのか.....?
「あの、話を聞かせてくれないか......?状況が理解できない。」
岡田は長い葛藤の末に
「明日、今度はちゃんと戦え。殺しはしない。殺しはなしだ。それでお前が俺に勝ったなら教えてやる。」
最後に強く頭を踏んづけ岡田はその場を後にした。
ズキズキする。
理不尽だ。
昨日からあまりにも理不尽だ。
世界の危機だなんだと襲われ、死にかけ、次の日には学校を襲われ、また死にかけ、何とか休めると思ったら今度は復讐だなんだと襲われ、知りたきゃ戦って勝てって頭踏んづけられて。
なんにも知らないってのに。
あまりにも理不尽だ。
「あのような提案受け入れる必要はありません。然るべき時に備えて身体を休めてください。」
阿澄はそう気づかう。
この二日間散々だったから天使に見える。
だが、
「ちょうど鬱憤が溜まってたんだ......。どいつもこいつも一方的に意味のわからない理由で襲ってきやがって......!なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ......。あいつボコしてスッキリしてやろうじゃねーか。」
八つ当たりかもしれないが、いい加減うんざりしていた。
襲ってきたやつが悪い。
返り討ちにしてやる。
きっと俺は今下卑た笑みを浮かべている。
勝てるのかって?知るかそんなこと。
翌日、庫裏の裏の中庭のようなグラウンドのような場所に案内される。
どうやら修練場として使われているらしい。
岡田と木刀を持って向かい合う。
周りを取り囲む人の数からして、この寺のお坊さんの大半が観戦に来ているようだ。
「本当にいいんですね?」
阿澄がこちらを覗う。
「ああ。その代わり勝ったらちゃんと教えろよ。」
復讐とはなんのことか、岡田と阿澄双方に再度それを問いかける。
「ああ。俺が勝ったらその時はお前の親父の居場所を吐けよ。そのうえでお前らを親子共々殺す。」
おい。まさか親父絡みかよ。
あいつは一体なんなんだ。
「......って、いや殺すのはなしだろ!?」
「いいや、殺す。」
いや本当になんだってんだ。
「岡田、それは許しません。何度も言わせないでください。」
岡田は何も言い返さず、バツの悪そうな顔で俯くだけだ。
この二人の上下関係はハッキリわかった。
「では――始め!」
合図とともに岡田が構える。
独特な構えだ。
体の正面はこちらから90度、両足は広めに開き腰は低く落としている。木刀を握る手は左右で開いており、顔の高さに掲げ、切先はこちらを向いている。そして、顔だけはしっかりこちらを正面に捉えている。
一方でこちらは正面を向いたまま、右足をやや後ろに引き、木刀を右手で握り、腰の高さに落とす。
そして、鬼神の力を借りる。
鬼神化、藍染家に伝わる秘術。
擬似的に自分自身に鬼神を降ろす。
恩恵は俺の魔力受容量だと身体能力の強化がいいところ。
魔力受容量が高ければ高いほど、鬼神そのものに近づく。
と言うより、鬼神が本当の意味で現世に顕現する。
そのための依り代、それが藍染家当主というわけだ。
俺が鬼神なんて呼び出した日には間違いなく身体がもたずに凄惨な死を迎えるだろう。
両者構えて、どちらも動かない。
こういうのは先に動いた方が負けるとはよく言うが......。
とはいえこのまま睨み合っても埒が明かない。
幸い相手から魔力は感じない。
俺と同じく、いや俺より恵まれてない人間だ。
「悪く思うなよ......!」
一気に間合いを詰め、右上段から袈裟斬りの要領で木刀を振るう。
次の瞬間俺の木刀は弾かれていた。
そして目の前に捉えていたはずの岡田が消えている。
その事に気づいた瞬間、背中に強烈な衝撃を受ける。
「がっ......!」
何が起こったか分からないまま前に倒れ込む。
しかし、追撃が来ることはなく、代わりに言葉を投げかけられる。
「立てよ。こんなもんで終わらせられるか。」
その声は憎悪の色を多分に含んでいた。
おそらく元凶は父さんだ。
そうでなければ俺に心当たりがなさすぎる。
あいつのせいで俺は何回死にかければいいんだ......。
なんとか立ち上がり、木刀を抜く。
木刀程度なら大した魔力消費はない。
「いいか?俺の剣はな、人が人の身でありながら、人を超越した者を斬るための剣だ。俺はな、ただの人間だ。お前らのように人間を辞めた者達とは違う。それでも、お前らを殺せるように、人の限界に到達した。それが俺だ。人間が人間のまま、超常の存在を屠るための剣術。それが俺の剣だ。お前やお前の親父、お前の家族全員殺すために極めたものだ。」
そう語りながら構える。
何を言ってるのか分からない。
俺も再び、岡田と向き合い構える。
「魔力のない俺になら勝てると思ったか?甘いんだよクソガキ!!」
今度は岡田から動く。
先ずは見る。
さっきは何も見えなかった。
だが、本人の言う通り人間の範疇に収まるのであれば、その動きは目視できるはずだ。
だから見ろ。
右上段(まあ俺から見れば左上段だが)からの袈裟斬り......!
しかし、そこにあったはずの木刀が消える。
「なっ......!?」
そして次の瞬間には左脇腹から横一文字を喰らい、後ろに飛ばされる。
「うぐっ......!」
周りを囲っていた僧侶の一人に支えられ、倒れ込まずに済んだ。
「ボウズ、見るのは諦めな。あいつの剣は見ようとして見れるもんじゃねー。俺から言わせりゃああいつも十分人間辞めてる。普通に戦っても勝てねーぞ。」
支えてくれた僧侶がアドバイスのような言葉をくれる。
しかし、それはアドバイスになっていない。
何も解決しない。
どうすれば岡田と戦える?
「無駄だよ。お前じゃ俺には勝てない。諦めて大人しく殺されろよ。今なら死ぬより辛い目に遭わせて嬲った後で殺してやる。」
岡田は再び構える。
「そりゃあ出血大サービスだな。魅力的すぎて恐いぜ。せっかくの提案だが丁重にお断りさせていただくよ。」
どうせ考えても無駄なら考えるのはやめだ。
何も考えずに、本能の赴くままに。
そういえば今までも考えてる内は結局うまくいかなかった。
結城の時もランドルフの時も、結局考えるのをやめてからうまくいった。
だから......
「考えるのをやめればうまくいく。今までだってそうだった。だから考えるのをやめよう。そう思ってるとしたらそれは間違いだ。だからお前は俺には勝てない。半端者にしか勝てない。」
図星だ。
だけど、今の俺には策がない。
それは揺るがない事実だ。
岡田の動きに着いていけない、読むこともできない。
これも揺るぎない事実。
なら相手に俺の動きを読ませない。
悟らせない。
それは一つの対策になりうる。
と思いたい。
だから俺は考えるのをやめた。
「まず大振り、あっけなく流されると今度はスピードを意識して、手数を増やす。だが、それも難なく捌かれる。じゃあ次はどうする?」
ことごとく俺の剣撃を弾き、避けながらお説教が始まる。
「力でも速さでも及ばない。そんな時に考えることすら放棄してどうなる。お前が今までそれで勝てたのは身体を犠牲にしたからだ。じゃあそれが確固たるお前のスタイルか?お前の戦い方か?」
こいつは俺を殺したいんじゃないのか。
「魔力が少ないから最大火力じゃ猛者とは渡り合えない。スピードでは、所詮人間の限界でしかない俺にも及ばない。実戦経験が少ないから引き出しも少ない。対応力が足りない。柔軟性もない。そのくせ考えるのは放棄したい。じゃあお前の強みは一体なんだ?」
こいつは一体何がしたいんだよ......。
分かってる......。分かってるんだよ。
「わかってんだよ......!!俺に取り柄がないことくらい!じゃあどうすればいい?どうするのが正解だった?どう足掻いても俺じゃ届かないって......それじゃあもうどうしようもないじゃないか!」
鍔迫り合いをしながら問答する。
「だからお前は俺に勝てないんだ......!一度自分自身と向き合うべきだ。でなければ本当にこのまま俺に殺されるだけだぞ。」
簡単に言ってくれる。
「だから......正解を言ってみろってんだ!火力は出せねぇ!敵を圧倒する手数もねぇ!翻弄するスピードもねぇ!対応力もねぇ!咄嗟の判断も甘い!考えることもできない!俺は何も持ってないんだよ!どうやって持ってる奴らと戦えばいいんだよ!!」
三度木刀を弾かれ、サンドバッグに成り下がる。
呻き声を漏らさずにはいられない。
「おかしいな?お前は俺よりは持ってるだろうが......!ナメてんじゃねーぞ!!俺に超常の能力はねぇぞ!お前にはあるそれが、俺にはない!だのにお前は俺の足下にも及ばない。なぜか分かるか?今までの積み重ねだ。今まで平和ボケしてのほほんと暮らしてきたお前と、あの日からずっと.....戦火に囚われ続けている俺との差だ。」
左腕と肋が数本折れたか。
激痛に苛まれながら声を絞り出す。
「お前は.....今、なんのために......俺に、こんな話を......してやがる.....!」
膝はつかない。
負けたくないから。
呼吸が整わない。
最悪折れた肋が肺に刺さった可能性もあるな。
それなのになぜか思考は今までにないほどクリアだ。
「そんな話をして.....なんの意味があるん.....だよ......。お前......本当は.....」
俺に恨みなんかないだろ。
その言葉は岡田に遮られた。
「意味なんかねーよ。俺は許せないんだよ。お前に能力があるのが。俺にすら勝てないということは、お前はろくな鍛錬を積んでこなかった。つまり、なんの目的も信念も覚悟もないということだ。そんな奴に能力があるのが......、俺には、こんなにも能力が必要な俺にはないのに......!それでも、もしかしたらと思った。もしかしたらお前にも何かあるのかもしれないと。そのための問答だったが.....。やはり何もないらしい。」
好き勝手言ってくれやがる。
確かに俺にはなんの目的もなかった。
親父を探したいと漠然と思ってはいたが。
師がいなかったとはいえ、俺はなんの鍛錬も積んでこなかった。
それは事実だ。
だけど、今の俺には覚悟はある。信念も。
「随分と......言いたい放題だな。俺にもあるぜ......覚悟.....。」
みっともない呼吸音を漏らしながら、木刀を"抜刀"し、岡田と相対する。
「なら、お前はその恵まれた能力で何を為したい?なんのために戦い、なんのために能力を振るう?」
「大切な人を、俺の周りの人を、守りたい......!」
今まで目で追うことなどできなかった岡田の剣閃が見えた。
確かに見えた。
さすがに岡田が殴り疲れたか、それとも極限状態で俺の脳みそがぶっ壊れたか。
だが、なんにせよ見える......!
迫りくる剣撃のことごとくを防ぐ。
「強いやつに任せりゃいいのかもしれない。でもそれじゃあ死んでも死にきれねぇ。そんなのじゃ俺は俺を認められない。」
急に動きが変わった俺に対し、岡田は動揺の色を見せた。
しかし、それは一瞬のことで、岡田はすぐさま剣撃のスピードを上げた。
それでもやはり見える。
とはいえ全てを防ぐことはできない。
致命傷にならない攻撃は無視する。
「ぐっ.....。そのために親父に知ってること全部吐かせる......!だからまず、親父の唯一の手がかりであるこの宗教戦争を通して情報を集める......!それが今俺がすべきことだ!そのために命張って戦ってんだよ!能力がいるんだよ!なんか文句あっか!!」
ひとたび攻勢にでると木刀を容易く弾かれる。
遂には胸ぐらを掴まれ、身体ごと地面に叩きつけられてしまう。
岡田は木刀の剣先を俺の顔に突きつけた。
「まさか、お前は藍染縁がどこにいるのか知らないのか......?」
その声には困惑と絶望が含まれていた。
胸ぐらを掴む力は緩み、木刀はかすかに震えている。
「ああ、知らない。なあ、この勝負は俺の負けだ。だけど、それでも教えてくれねぇか?お前の話を。」
岡田は逡巡の後、左手から俺の胸ぐらを離し、ポツリポツリと語り始めた。
少年は炎の中で目覚めた。
青く燃え盛る炎の中で。
辺り一面を焼き尽くす青は、もはやどこまで続いているのかも分からない。
「お母さん.....?お父さん.....?おじいちゃん.....。かっくん.....!みなちゃん.....!誰でもいい.....。誰でもいいから.....。誰か.....。」
少年は幼いながらにその状況を理解した。
誰の名前を呼ぼうとも、返事など返ってくるはずがないことは、わかってしまっていた。
それでも、藁にも縋りたかった。
そこにあったはずの家々はもはや影もなく、木が、草が、大地が、そして肉が焼ける匂いがたちこめるばかりだ。
それなのに、なぜ自分が生きているのか。
そんな当たり前の疑問すら浮かぶ余地もない絶望。
少年の意識はそんな絶望の内に再び落ちていった。
その刹那狭まる視界の端に一人の男を捉えた。
見覚えのない男だった。
「失敗したか.....。」
その声を最後に意識は途切れた。
次に目を覚ましたのは知らない場所だった。
嗅ぎ慣れたイグサの匂いが心地よく、あのおぞましい記憶が嘘かのように心は落ち着いていた。
しかし、ひとたび状況を理解しようと記憶を辿れば、何が起きたのか何も分からないのに、自分の世界が崩壊してしまった事実に自然と涙がこぼれる。
激情はない。
しかし、もう自分には何もないのだと、全て奪われてしまったのだと、母の優しい微笑みも、父の広い背中も、友人との楽しい日々も、何もかも失くしたのだとその思いは憎悪へと変貌した。
あの男だ。
あの男がみんなを.....。
俺が殺してやる.....!
それが齢6歳の少年に刻まれたただ一つの生きる意味だった。
少年が決意を固めたところに襖を開く音がした。
「目覚めましたか.....!」
一人の女性だった。
とても綺麗な女性だった。
その女性は少年が泣いているのを見て咄嗟に抱きしめた。
「怖かったでしょう。辛かったでしょう。いえ、きっとこれからが辛いのでしょう。でも、私がいます。あなたのお母様の代わりにはなれないかもしれません。でも私は傍にいます。」
そう言って強く抱きしめる。
その体はとても温かくて。
きっとこの人が助けてくれたのだろう。
「私は阿澄と言います。ここ龍願寺の住職を務めています。あなたが良ければ、あなたの里親にさせていただけませんか?」
少年に断る理由はなかった。
それよりもその温かさに、より一層涙がこぼれる。
そう、安心したのだ。
齢6歳の子供が炎に焼かれ、家族を、友人を、小さな世界を失くして恐怖を覚えないわけがない。
少年は大きく声を上げて泣きながら、首を縦に振る。
「良かった.....。本当に生きてて良かった.....。聞かせてください。あなたの名前は?」
阿澄は少年の背中をさすり、落ち着かせながら問いかける。
「岡田.....。岡田.....、岡田.........。あれ......?」
目を真っ赤に腫らしながらも落ち着いて名乗ろうとして気づく。
俺の名前ってなんだっけ.....?
つい昨日までみんなに呼ばれていた名前......。
「うっ.....!」
思い出そうとすると激しい頭痛に襲われる。
阿澄は心配そうな目で見つめ
「分かりました。無理に思い出さなくて大丈夫ですよ。」
そう微笑んで俺の頭を撫でた。
「その男こそが藍染縁だ。最近わかったことだがな。俺はあいつを殺すためだけに生きてきた。理由は二つだ。一つは復讐。もう一つは......俺は未だに阿澄に拾われる前のことを思い出せない。名前すら。トラウマなんだよ、きっと。だから俺の中であの日を乗り越えなきゃならない。あの日を、あの青い炎を。」
あまりにも現実味がない。
街一つを焼き尽くす程の火事ならかなり大きくニュースで取り上げられるはずだ。
それも「あの大火事から10年!」なんて節目節目で必ず蒸し返されるはず。
だが俺は生まれてこの方そのようなニュースは聞いたことがない。
青い炎が街を一つ焼き尽くしたなんてニュースは。
もし本当だとして父さんがそんなことをした理由はなんだ?
それは本当に父さんがしたのか......?
「それは本当なのか......?だって......」
岡田はこちらの言葉を遮る。
「ニュースになっているはず、だけど聞いたことがない。そうだな。あの件は報道されていない。おそらく国が揉み消した。」
それはあまりに突飛すぎる。
「国が......?なんのために......?」
何も難しい話じゃないと前置きを入れて岡田は答える。
「お前は超常の力をどう思う?いいか?魔術だの魔力だのはな、人の身に余る力だ。そんなものを個人個人に好き勝手に使わせてたら秩序が揺らぎかねない。当然それを管理する者がいなければ、無法地帯にもなり得る。まあ日本はそこまで異能力者がいるわけじゃないがな。とはいえ、そのような力に国家が首輪を着けず放置するわけがない。」
なるほど筋は通っている。
しかし、引っかかる部分も。
「待てよ。そんなに簡単に首輪なんて着けれるのかよ。だって力じゃ支配できないだろ。異能力者は法も力で破れるから危険なんだろ?それだけの力を力で支配するのは難しいんじゃないのか?」
しかし、岡田は首を横に振る。
「そりゃあ一対一ならな。いいか、どれだけの力を持っていても基本多対一は不利だ。国家権力を動員されれば勝ち目はない。まあ国も無傷では済まんだろうが。それこそお前の親父のような規格外でもない限りはな。」
「それじゃあ結局父さんは国の管理下にはなかったってことじゃないか。なんのために国が揉み消すんだよ。」
岡田はやれやれと首を振ってみせる。
「わからないか?何も知らない一般人に超常の力が存在することを知られるとどうなるか。パニックが起きるぞ。超常の力を駆使する犯罪者がいるかもしれない。ならそれなりの自衛の手段を求める。銃刀法は意味をなさなくなるかもしれんな。」
だから異能の痕跡は消すのか。
そうであれば
「俺の殺人もなかったことになるのか......」
安堵をしていないと言えば嘘になる。
だがそれよりも、上手く言えないが、やるせなさが上回る。
真っ当な手段では罪を償うこともできないのかもしれないな。
そうであれば、俺たち異能力者は間違いが許されないのではないか。
そう考えるとゾッとする。
「まあそういう話だ。ちなみにお前を殺そうとしたのは、俺の家族は奪われて、俺から家族を奪った男の家族はのうのうと生きていることが許せなかったからだ。だが、お前達家族には罪はない。それは俺にも分かってるんだ。」
岡田はバツの悪そうな表情で視線を逸らす。
おそらくあいつもまだ割りきれていない。
それでも正しくあろうとしている。
きっと心根は優しいのだろう。
なんとなくだが、実際に父さんと会っても殺しはしないように思う。
阿澄の言いつけを守ろうとするのだろうと。
復讐に囚われてはならない。
清く正しくあれと。
俺のこともいつでも殺せただろうに終ぞ殺さず、それどころか、助言をくれ、自身の過去も打ち明けてくれた。
こいつはきっと......。
「なあ、3日だけ俺に稽古つけてくれないか?」
俺はそう言って頭を下げる。
強くなりたい。
大切なものを自分の力で守れるくらい。
「何をふざけたことを言っている。お前を殺すのはやめた。だが、お前の仲間になるなんて言ってない。」
当然の返答だ。
俺ならキレてるかもしれない。
だけど俺はこのままじゃ何の役にも立てない。
弱すぎる。
特別な力なんかなくても戦いたい。
岡田はそれを実現した。
もちろん一朝一夕で習得できるとは思っていない。
だがきっと何か、ほんの少しでも得られるものがあるはずだ。
「お前が俺をよく思っていないことはよく理解した。だけど、俺だってこのままじゃいけないんだ......!俺はエゴで戦ってる。戦わなくていいと言われたけど、俺のエゴで一緒に戦わせてもらってる。それなのに、役立たずのままじゃダメなんだ!お前の力はお前が長い時間を捧げて得たものだ。俺が、しかも一朝一夕で習得できるなんて微塵も思ってない!それでも、今のままじゃダメだから.....!何か少しでも......」
必死に言葉を紡ぐ。
何とか岡田を説得しようと。
「いいんじゃないか。お前も一人で稽古するよりいいだろ。」
周りで見ていた坊さんの一人がそう口を開くと、次々と周りの坊さんも賛同していった。
「しかし......」
だが、岡田はまだ迷っているようだった。
あともう一押しだ。
あともう一押し。
「なあ、岡田頼むよ......。俺たちと一緒に戦ってくれ!!」
岡田は困惑の表情を浮かべる。
「本気で言っているのか?俺はお前を殺そうとしたんだぞ......?」
「本気だよ。お前も父さんを探してるんだろ?情報は少しでも多い方がいい。違うか?」
「それは......そうだが......。」
そんなことではなくてと続ける。
「俺はまた隙を見てお前を殺そうとするかもしれないぞ。」
「そんなことか。俺とお前は同じ目標を持っている。利害が一致している。まだ殺さないだろ。それにな、俺はもしお前に殺されても、それはそれでいいんじゃないかと少し、ほんの少しだが思ってしまった。」
岡田はわけのわからないものを見たかのような表情を浮かべる。
だが確かに、そう思ってしまったのだ。
だって
「お前の話が本当なら、俺はお前の気持ちを理解できる。俺がお前の立場でもそうしたと思う。それに、俺も人を一人殺したんだ.....。だけど俺は後悔していない。殺したのは人として間違っていると思う。でも、そうしなければ守れなかったから。だから、きっとお前に復讐は必要で、俺がその対象になってしまうのも理解できるんだ......。」
俺の話を聞いた岡田はしばらく考え込み、
「本当に守りたいものか......。俺は一体何を守りたいんだろうな。あの時刻まれた決意か、信念か、俺の今まで歩んできた道か、それとも.....。いや、それは俺には許されていない。なんのために生かされたのか。あの日なぜ俺だけ生き残ったのか。」
何の話かはわからない。
だがきっとこいつの根幹に関わることだ。
もう一押し......。
何かないか.....。
何か岡田にもメリットを提示できれば......。
「わかった。引き受けよう。その代わり、藍染縁について、お前が得た情報は全て寄越せ。期間は本当に3日でいいのか?」
しかし、その一押しは必要なかったようで、俺の願いは受け入れられた。
「あ、ああ。3日もすれば結城が退院できるって言ってたし、そのくらいで。本当にいいのか?」
恐る恐る尋ねると
「くどい。お前が言い出したことだろ。鍛えてやるよ。さっそく今日からだ。さっさと朝飯を食ってこい。」
願ってもないことだ。
強くならなきゃな。
改めて決意を固めた。
だけど俺今骨折れてんですけど.....。