第五話
山暮らし14日目。
いつものように朝は8時に起床。
布団を片付けてキッチンへ向かい、電気ポットのスイッチを入れる。
湯が湧く間、縁側に出て陽の光を全身で浴びる。
「う~ん、相変わらず今日もいい天気だなぁ」
空には雲一つない。
ここで暮らし始めて2週間だけど、まだ雨が降ったことはない。
日頃の行いが良いおかげかな?
まぁ、毎日のんびりしかしてないけど。
縁側でストレッチしていると、トットットッと床板を歩く音が近づいてきた。
モチだ。
「おはよう、モチ」
「くわ……あふ」
眠そうに大きなあくびをするモチちゃん。
寂しがりやのモチは、いつも朝一番に僕のところに来るんだよね。
優しく頭を撫でてあげる。
うりうり、かわいいやつめ。
お次は胸のモフモフに指をぶっ刺してナデナデ。
柔らかすぎて気持ちいい。
そろそろ翼の下を撫でても怒らないかな……と思って指を入れようとしたら突っつかれてしまった。
まだその領域までは行けていないらしい。
実に残念である。
「……ん? 誰か来た?」
早朝のモチタイムを堪能していると呼び鈴が鳴った。
玄関に出てみると、勘吉さんの姿があった。
「おはよう、アキラくん」
「勘吉さん? どうしたんです?」
「これをあげようと思ってさ」
勘吉さんが差し出してきたのは、段ボールに入ったたくさんの野菜だった。
「ど、どうしたんですかこれ?」
「ウチで採れた野菜なんだけど、規格外で市場に出せないヤツなんだよね。よかったら食べてよ」
「え、本当ですか!? 嬉しい!」
規格外とは、形が悪かったり、大きさが基準値に達していないために農協が買い取ってくれないもののことを指す。
形は悪くても味は変わらないんだけどね。
無人の野菜販売所で売られているヤツって言えばわかりやすいかな?
そろそろ食材を買いにスーパーに行かないとなぁ……って億劫に思ってたところだから、凄い助かる。
「あれ? アヒル?」
勘吉さんが、僕の足元にくっついてるモチに気づいた。
「アヒルなんて飼ってたっけ?」
「少し前から住み着いてるんですよ。全部で3羽いるんですけど、多分、おじいちゃんが飼ってたんだと思います」
「父さんが? 初耳だな……」
え? そうなの?
勘吉さんが知らないってことは、野良アヒル?
だけど、妙に人懐っこいしな……。
勘吉さんは、僕のそばを離れないモチをしげしげと見ながら続ける。
「しかし、すごく懐いてるね」
「そうなんです。しかもこいつら賢いんですよ。トイレの躾とかする必要もなくて、ちゃんと決められた場所でやりますし」
「へぇ、そうなんだ。アヒルって躾が出来ないっていうよね? 偉いなぁ」
にっこりと微笑む勘吉さん。
一方のモチは「誰だこいつ」と言いたげに、僕の足の後ろからチラチラと見ている。
「ひとりで山暮らしはさみしいこともあるだろうから、丁度いいかもね」
「ですね。5月とはいえ夜はまだ寒いときがありますし」
「それは良い……って、待って? もしかして一緒に寝てるの?」
「はい」
一緒に寝てくれるのはモチくらいだけど。
天然の羽毛だし、ふかふかであったかいんだよね~。
「そっかぁ、添い寝してくれるアヒルかぁ……うちにも是非来て欲しいな。天然の羽毛は魅力的だ」
「ぐわわっ!?」
モチ氏、何かを察知したらしい。
僕の足の周りを走り回った後、家の奥へと消えていった。
「……僕の言葉、わかったのかな?」
「かもしれません」
「あはは、本当に賢いなぁ」
呆れ笑いの勘吉さん。
モチって僕たちの会話、絶対理解してるよね……。
「しかし、立派な野菜ですね」
段ボールにぎっしりと詰まってる野菜を眺める。
キャベツ、セロリ、そら豆、カリフラワー。
この細長いのはネギ……にしては小さいな。何だろう?
「勘吉さん、これって何ですか?」
「それはエシャレットだね」
「エシャ?」
「エシャレット。若いうちに収穫したラッキョウのことだよ」
「へぇ、どうやって食べるんですか?」
「天ぷらにしても美味しいけど、味噌を付けてそのまま食べても美味しいよ」
おお、生でイケるのか。
それは美味しそうだ。
後でちょっと試してみよっと。
「本当にありがとうございます。軽トラといい、もらってばかりですみません……」
「気にしないで。姉さんからアキラくんのこと、お願いされてるしさ」
姉さん……って、母のことか。
そういや会社を辞めるって実家に連絡したとき、何も聞かずに賛成してくれたっけ。
てっきり「もう少し頑張ってみたら」とか、「辞めてどうするの」なんて言われると思ったけど。
母は僕の性格を熟知してる。
だから、場の空気に流されまくった結果、ストレスで体を壊しちゃったってわかったのかもしれないな。
まぁ、ここに来てすこぶる調子がいいし、畑をはじめたら元気モリモリになっちゃうかもしれないけど。
「……あ、そうだ」
畑で思いついた。
「今度、勘吉さんの畑を手伝いますよ」
「え? 畑?」
「はい。色々とお世話になってるお礼っていうか。こう見えて、体を動かすのは得意なので」
「それは助かるな。ちょうど来月くらいにジャガイモの収穫があるんだよ。人手が足りなくて困ってたんだ」
「丁度良いですね。じゃあ、行きますよ」
そのとき、リビングのほうから3回「くわっ」と鳴き声がした。
どうやらモチたちが聞き耳を立てていたらしい。
「もしかしてアヒルちゃんたちも手伝ってくれるのかな?」
「かもしれません。あいつら、買い物にもついてくるくらい外の世界が好きみたいなので」
「あはは、アヒルちゃんたちも来てくれるなら大助かりだなぁ」
嬉しそうに目尻にシワを寄せる勘吉さん。
一緒に来るって言っても、邪魔しかしないだろうけど。
でも、アヒルちゃんたちがいると場が和むし、癒やし効果は期待できるかな?
というわけで、お手伝いの詳細は後日連絡するということになり、勘吉さんは帰っていった。
「よし、とりあえずエシャレットを食べてみるか」
ずっと気になってたし。
段ボールをキッチンに運んでから、早速頂いてみることに。
「味噌を付けてそのままいけるって言ってたよね……?」
球根の白い部分に味噌を少しだけ付けて、パクッと。
「……あ、美味しい」
シャキシャキした食感と、ピリッとした辛みがある。
そこに味噌の濃厚な旨味が良く合う。
やばい。これ、止まらなくなるやつだ。
ひとりでシャクシャク食べてると、モチたちがやってきた。
もしかして、食べてる音を聞きつけて来たの?
「……お前らも食べる?」
「「「くわっ」」」
綺麗にハモる。
当たり前だろって言われた気がする。
味噌を付けて皿に載せたら、あっという間に青いところまで全部たべちゃった。そこは苦いと思うんだけど、大丈夫なのかな?
「しかし、野菜を作るってすごいよな」
農家だから当たり前だけどさ。
今はスーパーで食材とか生活用品を買ってるけど、できるだけ自給自足ができるようになりたいんだよね。
ほら、勘吉さんからこの家の管理費をもらうことにはなってるけど、生活費は貯金を取り崩してるからさ。
野菜は畑でなんとかするとして、日用品もどうにかしたいところ。
料理をした後は食器を洗うし、お風呂に入った時は体を洗う。
そのときに使う洗剤とか石鹸とか、自分で賄うことができたら最高なんだけど──。
「……あ、そう言えば、洗剤の作り方がスローライフマニュアルに書いてなかったっけ?」
確か見た記憶があったけど。
書斎に行き、スローライフマニュアルを開く。
「あったあった。これだ」
僕も初めて知ったんだけど、竹を炭化させた「竹炭」と竹炭を作るときにできる副産物の「竹酢」が洗濯洗剤の代用品になるらしい。
炭は消臭に使えるって聞いたことがある。その効果で匂いとか汚れが取れるのかもしれないな。
次のページには、ツバキの葉やヨモギを使った「薬草風呂」なんてものが書いてあった。
ヨモギは春の訪れを思わせる良い香りがして、体がポカポカ温まるのだとか。
畑の周辺に結構生えてるから、摘んできたものをざっと水洗いして洗濯ネットに入れて湯船に突っ込めばオッケーだと書かれていた。
実にシンプルな入浴剤だ。
さらに、生ゴミを堆肥に変える「段ボールコンポスト」なるものも。
これは日用品じゃないけど、畑に使う堆肥を自給自足できそう。
むくむくと作りたい欲が膨らんでくる。
これは作らざるを得ないな!
「だけど、どれからやってみよう?」
色々あって悩んでしまう。
薬草風呂ってのも気になるし、段ボールコンポストも気になる。
……よし、ひとまず竹炭とコンポストを作ってみるか。
洗剤と堆肥はすぐ必要になるからね。
「と言っても、まずは必要な物をネットで取り寄せないとだけど」
竹炭に使う竹は家の周辺に無いし、コンポストには腐葉土とか米ぬかが必要みたいだから、今すぐ作るのは難しい。
ネットで必要なものを注文して、今日は事前学習をすることに。
竹炭洗剤は、竹炭を洗濯ネットに入れて洗濯機に入れるだけみたいだから比較的簡単に出来そう。
コンポストは段ボールに腐葉土と米ぬかを良く混ぜたものを入れて「床」にして、あとは良く水を切った生ゴミを床の中に混ぜていくだけ。
1日1回は空気を入れながら切り返し、よく発酵させて、2ヶ月くらいしたら堆肥の完成らしい。
ポイントは完成した堆肥は全部使うんじゃなく、半分コンポストに残したまま次の床に利用することなんだとか。
さらに、熱湯を入れたペットボトルを床の中に入れると、なお良いとかなんとか。
「おじいちゃん、すごいなぁ。これぞ山暮らしの知恵だね」
なんて感心していたら、キッチンのほうから「くわっ」と鳴き声が聞こえた。
エシャレットのおかわりが欲しいのかもしれない。
可愛く鳴けば餌を貰える──。
これも山暮らしの知恵……なのか?
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