第四十一話 夏の夜とアヒルちゃん
書籍発売記念! 皆様ありがとうございます!
山暮らしをはじめてからストレスフリーな生活を続けていたんだけど、ここにきて重大な悩みが発生してしまった。
寝室に使ってる和室に、蚊が出たのである!
……いや、待って? そんなの全然重くないじゃんって思うでしょうけど、超絶に死活問題なのです。
あの不快な羽根の音のせいで、ここ最近寝不足になっちゃってるし。
その寝不足の影響で塩と砂糖を間違って茹でた枝豆が甘ったるくなったり、リノアちゃんに食べてもらおうと作ったクッキーが塩辛くなっちゃったりしてるし!!
これ以上の失態は、至高のスローライフの死を意味する……。
てのはちょっとオーバーだけど。
ここは山の中だから多少は仕方がないけど、どうにかしたいところだよね。
1000歩譲って刺されるのは良いとしても、寝ているときに耳元にぷ〜んとやってくるのはご遠慮いただきたい。
神埼さんじゃないけど、防護服を着て寝たほうがいいのかな?
「いや、流石に防護服をパジャマにするのは無理だよね……ふわぁ……」
早朝の寝室。
布団の上で大あくびをしながら、自分にツッコんでしまった。
ついでに蚊に刺された腕をポリポリ。
うわ、また3つも刺されちゃってるよ。
縁側から差し込む日差しとは裏腹に、気分は雨天並みにドンヨリ。
今日も絶賛、寝不足である。
「……くわっ」
と、布団の中からヒョイッとピンクのリボンを付けたモチが顔を覗かせた。
「あ。おはよう、モチ。そこで寝てたの?」
「わっ」
お腹の上にヨジヨジと乗ってきたので、頭をナデナデした。
寂しがり屋のモチは、たまに布団の中に潜り込んでくることがあるんだよね。
なんとも可愛いヤツだ。
まぁ、今の季節はちょっと暑いけど……。
アヒルちゃんってば湯たんぽみたいに温かいから、寒い日はありがたいんだけどさ。
そんな可愛いアヒルのモチちゃんだけど、実は異世界の神獣様だったりする。
本当の姿は大鷹の翼に獅子の下半身を持つグリフィンという神様なんだって。
先日のがけ崩れが起きた際に、不思議な魔法を使って他の神獣様を助けたのは記憶に新しい。
「……あ、そうだ。ねぇ、モチ? お前の魔法で毎晩僕を悩ませてる蚊を退治してくれない?」
「ムリガー」
速攻で拒否られてしまった。
だよね〜。
神獣様たちを助けてくれたあの魔法は、おいそれと使えるものではないみたいだし。
まぁ、魔法を使うための力──魔力が無くなったからこの山で療養してるわけだからね。
「とりあえず起きよう……っと」
のそのそと布団から抜け出して、モチと一緒にキッチンへと向かう。
アイスコーヒーでも飲んで、頭をシャキッとしよう。
二度寝してだらだらしたいところだけど、畑作業があるからね。
それに、溜まりに溜まった洗濯物もしないといけないし、週末は勘吉さんの家に行って農作業のお手伝いする予定だから、その準備も──。
「……あっ」
なんてぼーっと考え事をしてたら、コーヒーに塩を入れてしまった。
やっちまった。
「ナニヤッテルガー」
「あはは、失敗失敗」
モチに怒られてしまった。
だけど、笑ってばかりもいられない。
今はまだ可愛い(僕基準)失敗しかしてないけど、そのうち大怪我をする事故が起きちゃうかもしれないし。
勘吉さんの農作業を手伝うとき、耕運機を使うこともあるからね。
やっぱりこれは、早々に対策をしないといけないな。
「しかし、対策って言ってもなぁ……」
アイスコーヒーを注ぎながら首をひねる。
蚊対策といったら、まず頭に浮かぶのが「蚊取り線香」だよね。
電気式の液体蚊取り器なんてのもあるけど、せっかくだから昔ながらの蚊取り線香で夏っぽさを出したいところ。
自給自足を目指している僕としては、自前でなんとかしたいけど流石に作るのは無理……だと思う。
おじいちゃんのスローライフマニュアルにも書いてなかったし。
「……あ、そうだ」
とあることを思いつく。
蚊取り線香は無理だけど、アレだったら作れるかもしれない。
布団の周囲を網で囲って蚊の侵入を防ぐアレ──。
そう、蚊帳だ!
蚊帳の生地はネットで簡単に購入できるし、それを寝室に張るだけでも蚊の侵入を阻むことができるはず。
というわけで、早速Mamazonさんで一通り素材を購入することに。
まずは蚊帳の生地。
次に、吊り下げるための紐。
あとは壁にかけるための釘やら金具やらも一緒に。
手をかけるなら蚊帳の入口をファスナーにすることもできそうだけど、裁縫なんてやったことがないからパス。
下の方をめくって中に入るようにすればいいし。
一通りポチって買い物終了。
「……よし。これで買い物はオッケーっと」
「ぐっ?」
モチが「何を買ったんだ?」と言いたげに首をかしげる。
「蚊帳っていう寝るときに布団の周りに吊り下げて蚊が入ってこないようにするやつだよ。明日届くみたいだからすぐに取り付けてみよう」
「わっわっ」
元気よく翼をばたつかせる。
そう言えばアヒルちゃんって、蚊に刺されることはないのかな?
体中羽毛で覆われてるし、もしかすると平気なのかも?
う〜む。撥水性もいいし、ちょっとうらやましいな……。
***
翌日の午後。
注文した蚊帳の生地が届いた。
一日で届くなんてやっぱりMamazonさんって便利すぎる。
生地の素材は天然の麻にした。
化学繊維のヤツもあったけど、なんとなくね。
だって、そっちのほうがなんとなくスローライフっぽくない?
なんだかおしゃれだし、アヒルちゃんにも優しそうだし。
ひとまずサイズを確認するために、生地を広げてみるか。
「わっわっ!」
物音を聞きつけたモチがドタドタと走ってきた。
えっ? もしかしてモチ──。
「ぐわっ! テツダウガー!」
「……やっぱりっ! モ、モチさんっ!」
くうっ……飼い主の安眠のために一肌脱いでくれるなんて、モチちゃんってばほんといい子っ!
「ありがとうな。じゃあ、生地のそっち側を持っててくれる? 広げて大きさを確認したいんだ」
「わ」
早速モチに生地の片方を咥えてもらい、ババッと広げてみる。
布団がひとつ隠れるくらいのサイズだった。
うん、大きさはぴったりだね。
まぁ、必要な大きさをメジャーで測って注文したから、驚くようなことでもないんだけど。
あとは壁に金具を刺して、紐で吊るせば完成──と思ったんだけど。
「くわ……」
ずっと咥えているのに疲れたのか、モチがパッと生地を離した。
瞬間、バサッと生地に埋もれてしまうモチ。
「ぐわわっ!?」
「あっ……!」
「ぐわ〜っ! タスケテー!」
生地の下敷きになっちゃったモチがジタバタと暴れ出す。
必死に抜け出そうと試みるモチだけど、生地が絡まって上手くいかない。
もがけばもがくほど、もみくちゃに。
こ、これは……すごく可愛い!
しばらく眺めていたい欲求に駆られてしまったけど、放置してたら生地がダメになっちゃいそう。
あ、ほら! もうすでにぐちゃぐちゃになってるし!
仕方なく、よいしょと生地の中からモチを抱きかかえる。
「ほら、これで大丈夫でしょ?」
「……くわっ」
そっと地面に降ろす。
だけどモチさん、物足りなさそうな顔でしばし生地をじっと見る。
嫌な予感。
「わっ」
モチさん、ドタドタッと走り出して蚊帳の中に頭からズボッ。
「くわわっ!」
グリグリと体をねじ込んで、ジタバタジタバタ。
自ら生地に絡まりに行く。
「ぐわっ、ぐわっ、タスケテー」
「……」
いや、何がタスケテーだよ。
こいつ、蚊帳の生地で遊ぶ楽しさを覚えやがったな?
アヒルちゃんってば、何でも遊び道具にしちゃうからなぁ……。
この前は庭掃除で集めた落ち葉をぐちゃぐちゃにされたっけ。
あのときはポテとテケテケも混ざって大変だった。
……うっ、さらに嫌な予感が。
「ぐわ〜っ!」
庭のほうから鳴き声。
もしやと思ってそっちを見ると、猛ダッシュしてくる2羽のアヒルちゃんが。
「アソバセロ! が〜っ!」
「タノシソウ! ぐわっ!」
「あっ、ちょっ!?」
ポテとテケテケさん、蚊帳の中にスライドイン!
3羽一緒に生地の中でバタバタ。
ちょ、アヒル様!? 困ります! あ〜っ! アヒル様!
いや、待って! マジで困りますから!
モチたちのエネルギーに耐えきれず、生地は見るも無惨な姿に。
あちこち穴だらけになってるし、これじゃあ蚊が素通りしてくるじゃん。
「な、なんてことしてくれたんだお前ら……」
「ぐわ〜……」
「ぐ〜」
「ゴメンガ〜」
ボロボロになってしまった生地を見て、流石にマズいと感じたのか、しょぼくれるアヒルちゃんズ。
おい、ずるいぞ。
そんなふうにされたら、もう怒れないじゃないか。
しかし……反省してるなら、まぁよしとしましょう。
結局、蚊帳DIYは中止して、みんなでホームセンターに蚊帳……じゃなくて、蚊取り線香を買いにいくことに。
だってほら。蚊帳を買ったら、また遊び道具にされちゃうじゃん?
いや、はじめからこうしとけって話だけどさ。
蚊取り線香のおかげで、その晩は久しぶりに超快眠。
週末の農作業のお手伝いも事故なく無事に終了した。
……え? あの蚊帳の成れの果て?
モチたちの遊び道具になってるけど?
本来の使い方じゃないけど、ウチのアヒルちゃんたちが楽しんでくれてるのなら買ったかいはあったんじゃないかな。
そう思わないとやってられませんよ!
ええ、切実に!!
《お知らせ》
本日、あひるちゃん山暮らしの書籍版が発売しました!!
これも読者の皆様のおかげでございます。ありがとうございます。
発売に伴いましてタイトルが変更になっておりますのでご注意くださいませ。
書籍タイトル「この度、神獣つき山暮らしはじめました。~脱サラして移住した山は、神獣たちの住まう神域でした!?~」
アニメイト様、とらのあな様、書泉様、芳林堂書店様、メロンブックス様、各電子書店様にて特典SSが付きます。
アキラとアヒルちゃんたちが、流しそうめんをするお話です。
書店でお見かけの際はぜひお手にとってご覧ください。
toi8先生が描く、可愛いモチたちがお出迎えしてくれます……
書籍は最初の一週間の売れ行きで続刊が決まりますので、なにとぞ……なにとぞよろしくおねがいしますっっっっ!(切実)
▼書籍情報はこちら▼
https://novema.jp/bookstore/grast-novel/202410#13177




