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第十三話

 他人の空似かなと思ったけど、やっぱりあの子だ。


 先日、ホームセンターで大量の日用品とかお酒とかを買っていた、防護服姿の女の子……。


 今日は宇宙服なんだな。


 なんでウチにやってきたのかとか、どうして宇宙服を着てるのかとか色々疑問のオンパレードになってしまったけど、とりあえず家に上がってもらうことに。



「いきなりお邪魔してすみませんッス」

「いえいえ。あまり綺麗じゃないですが、どうぞ」

「失礼するッス」



 ペコリとお辞儀をして家にあがるギャルさん。


 礼儀正しい子だなぁ。


 靴もしっかり揃えてるし、僕のほうがズボラだと思う。


 ……彼女を見習って靴を揃えとこ。



「うわっ、おしゃれな家ッスね!」



 リビングを見て、ギャルさんが驚きの声をあげる。



「もっと古民家っていうか、古い感じの内装かと思ったんスけど……イケメンさん、センスもあるんスね」

「あ、いや、これは僕のおじいちゃんがやったんですよ。ここ、元々おじいちゃんが住んでて」

「へぇ~、そうなんスね! おじいちゃん流石ッスね! さすおじッス!」

「そうなんです……え? さすおじ?」



 何が流石?



「と、とりあえず、テーブルにどうぞ……」



 ソファーはアヒルちゃんたちが占拠してるし。


 ギャル子さんは「失礼するッス」と頭を下げると、モゾモゾと体を動かして宇宙服みたいな防護服を脱ぎだした。


 あ、そこで脱ぐんですね。


 もう少し恥じらいを持って別の部屋とかで着替えてくれたら助かるんだけど。


 ほら、目のやりどころに困るっていうか。



「よっ……と」



 ギャルさんは手慣れた動きで宇宙服を脱ぎ、私服姿になる。


 可愛いクマちゃんがプリントされたサイズが大きめの黒いシャツに、デニムのホットパンツ。実に小洒落た格好だ。


 しかし、やっぱりこんな田舎には似つかわしくない、モデルみたいな雰囲気の子だな。


 かなり暑かったのか、結構汗をかいている。


 シャツが汗を吸って、ボディラインがくっきりと──。



「タ、タタ、タオル、持ってきますね!」

「あっ、ありがとうございます。てか、めちゃめちゃ気が利くッスね! 流石イケメンさん!」



 ギャルさん、ニッコリ笑顔。


 一方の僕、恥ずかしくてうつむいてしまう。


 この子、思ったことを口に出せるサバサバとした感じの子なんだな。


 何ていうか……うらやましい。


 僕もそんなふうにズバズバ言えたら、ストレスを抱えずに済んだかも。


 洗面所に行ってタオルを取り、キッチンで冷えた麦茶を入れてダイニングに。


 夏はまだちょっと遠いけど、僕は一年中冷えた麦茶を飲みたいタイプなので、毎日作っているのだ。



「どうぞ」

「……えっ、麦茶まで!? マジ嬉しい! 見た目からはわからないかもスけど、実はこの格好……めちゃめちゃ暑いんスよね!」

「いや、想像に難くないッス」

「……ぶはっ! あたしのマネしないでくれます? マジウケる~」



 ケラケラと笑い、腰に手を当てて麦茶を一気飲みするギャルさん。


 ご、豪快だなぁ。


 これはおかわりを用意したほうがいいかもだな。


 冷蔵庫から麦茶ポットを持ってきて、ようやく席に座ることに。



「ええと、はじめまして……でもないんですけど、御神苗アキラといいます」

「あ、えと、あたしは神埼しのぶです。ドも……ッス」



 二杯目の麦茶を口にしようとしたギャルさんこと神埼さんが、身を正してペコリとお辞儀をする。


 微妙な感じになった空気の中、神埼さんはコクコクと静かに麦茶を飲む。



「……」



 沈黙。


 さ、さっきの豪快さはどこに行ったの?


 重い空気に押しつぶされそうなんですけど。


 僕にこの空気は地獄すぎる……。


 追い立てられるように、口を開く。



「あ、あの、どうして神埼さんは宇宙服を?」

「えっ?」

「そ、その服です。山の中でどうしてそんな服を着てるのかなぁと……」

「ああ、これか! えへへ、あたしって虫が嫌いなんスよね〜。だから山の中を歩くときはいつもこの格好なんス!」

「……へぇ」



 山の中を歩くことが結構あるのか。


 ホームセンターでもゴム製の防護服に身を包んでいたし、相当虫が嫌いなのかもしれないな。


 ていうか、虫嫌いなのに山の中に住んでるんだな……。



「ご自宅がこの近くに?」

「そうッスよ。ここから歩いて……ええと、時間は良くわからないけど、隣の山に別荘を持ってて、そこに住んでるッス」

「へぇ、別荘ですか! 良いですね」



 そういうの、憧れるなぁ。


 普段は都会に住んでて、たまにこっちに来るって感じなんだろうな。


 だけどこの若さで別荘だなんて、相当お金持ちじゃない?



「アキラさんはずっとここに住んでるんスか?」

「ちょっと前まで都内に住んでたんですけど、会社を辞めてここに引っ越してきたんです」

「あ! あたしと似てる!」



 嬉しそうに神埼さんが続ける。



「あたしも少し前にここに引っ越してきたんスよね。仕事はファッションデザイナーをやってて、データでやり取りしてるんで山暮らしでも平気なんスよ」

「えっ、デザイナーさんなんですか?」

「そうッス! アパレルメーカーさんと、いくつか契約結んでるッス! イエイ!」



 神埼さん、ダブルピースでニッコリ。


 す、すごい!


 デザイナーさんなんて初めて会った!


 なるほど、だからそんなおしゃれな格好してるんだな。


 最近はテレワークが普及してるし、地方を拠点に仕事をしている人も珍しくない。デザイナーみたいな職業だったら、ぴったりだろう。



「この麦茶、市販のやつッスか?」



 神埼さんが、グラスを物珍しそうに眺めている。



「なんだかめちゃめちゃ美味しいんスけど……」

「あ、それは山の湧き水で作ってるんですよ。裏の山から自宅まで湧き水を引いてて」

「へぇ! そうなんスね! 把握~」



 ゴキュゴキュゴキュ……ぷはぁ~~。


 本日、三杯目の麦茶を飲む神埼さん。


 うん、実に美味しそう。


 見ていて気持ちいいくらいの飲みっぷりだけど……そろそろ本題に入りたいな。



「あの、それで、本日はどのようなご要件で?」

「……あっ、そうだった!」



 はっとする神埼さん。



「この家に御科岳を管理してる人が住んでるって話を役場で聞いてきたんスけど、伝えておきたいことがあって」

「伝えておきたいこと?」

「そう! だけど、まさか管理人さんがこの前のイケメンさんだとは思わなくて! あの時はありがとうございました! これは運命かもしれないッスねぇ~……えっへっへ」



 神埼さん、ニヤケる。


 こんな可愛い子に運命だなんて言われたらドキッとしそうなものだけど、ロマンスのかけらも感じないのはなぜだろう。


 出会い方が普通じゃなかったからかな?


 また話が逸れていることに気づいた神埼さんは「話を戻すッスね」と付け加えて続ける。



「実はあたしの別荘の近くで、変な動物を見かけたんスよね。だから注意喚起といいますか、情報共有しておいたほうがいいなと」

「変な動物?」

「そ」



 そう言って、神埼さんはスマホの画面を見せてくれた。


 どうやらその変な動物の写真を撮ったらしい。


 だけど、画面には、何やらお友達と楽しくお酒を飲んでる神埼さんの写真が出ていて。



「……あ、これは違う写真だった。てへぺろ」



 スッとスワイプさせる。


 続けて出てきたのは、地面に寝っ転がって幸せそうに笑ってる神埼さんの写真。多分さっきの写真の続きだな。



「あはは、ちょっとこれ見てくださいよアキラさん。このとき、ワインボトル5本くらい空けちゃって、途中から記憶がないんスよね~」

「それはすごい」



 どう反応していいのかわからないので、とりあえず褒めておいた。


 この子、話がめちゃくちゃ逸れまくるな。


 だけど、すごく楽しそうに話すので、なんだかツッコミにくい。


 本題に戻してくれ! と視線で訴えかけていたら、ようやく気づいてくれた。



「……ごめんなさい、また話が逸れちゃった」



 慌てて画面を何度かスワイプさせ、こちらに差し出してきた。


 ブレブレになっているけど、何だか白い生き物が写っている。


 それを見て、ピンときた。


 これってもしかして──。



「白い狼ですか?」



 家の庭に来てくれるあの白狼さんのように思える。


 隣の山に出張しちゃったのかな?


 だけど、神埼さんは小さく首を横に振る。



「いえ、狼じゃないッスよ。あたしが見たのは、何ていうかこう大きいトカゲっていうか……そう! ドラゴン!」

「ドッ、ドラゴン!?」



 冗談でしょ……と思ったけど、僕にも身に覚えがあった。


 そう言えば、山の向こうの変な景色を見たとき、空をトカゲみたいな生き物が飛んでたっけ……。


 え? もしかして、あれがこっちに飛んできたとか?



「神埼さんって、御科岳の向こう側を見たことあります?」

「御科岳の向こう側? いや、ないッスね。だって家は隣山だし、御科岳に来たのも初めてッスから。何かあったんスか?」

「実は変な景色が広がってたんですよね。西洋風のお城があったり、空を変なトカゲが飛んでたり……」

「トカゲ……あっ! あたしが見たドラゴン!?」



 喜々とした表情を浮かべる神埼さん。


 だけど、すぐに訝しげな顔をする。



「いやでも、ちょっとありえなくないスか? ドラゴンが空を飛んでるとか、ファンタジーの世界かよ! 的な! あっはっは、マジウケる」



 神埼さんが、ケラケラと笑い出す。


 だけど、真顔のままの僕を見て何かを察したのか、笑顔と一緒にごくりと息を呑んだ。



「……アキラさん、マジで言ってます?」

「大マジです」



 冗談みたいに聞こえるけど。



「御科岳の麓に叔父が住んでるんですけど、昔から『奇妙な鳴き声が聞こえたら決して山に入るな』って言われてたみたいなんですよね」

「き、奇妙な鳴き声……?」

「はい。それに、御科岳の名前の由来って、オバケ山らしくて」

「……それ、マ?」

「マです」

「……」



 再び重~い空気がリビングを包み込む。


 ソファーの上でくつろいでいたモチが「くわ……」と大きなあくびをした。


 同時に、ググウ……と何かが鳴る。


 ババッと、光の速さで神埼さんがお腹を押さえた。



「い、今、奇妙な鳴き声が聞こえた……っ!? オバケ!?」

「……」



 つい、胡乱な目で見てしまった。


 それって奇妙な鳴き声じゃなくて、あなたのお腹の音ですよね?


 ふと時計を見たら、正午を回っていた。


 お昼ご飯の時間だ。



「何か食べていきます?」

「はい、喜んで~!」



 間髪入れず、元気よく挙手をする神埼さん。


 つい笑ってしまった。


 数秒前まで深刻な雰囲気だったのに。


 この子って、本当にいい感じでサバサバしてるなぁ~。

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