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第一話

 この度、僕こと御神苗(おみなえ)アキラは、齢27にして田舎で山暮らしを始めることになりました。


 勤めていた会社を辞めたのはもちろん、住んでいたマンションも解約。


 さらに家具も全部処分し、文字通りの身一つ状態になった。


 住み慣れた都会を離れて田舎で暮らす、いわゆる「Iターン」ってやつだ。


 何か商売を始めるわけじゃないから、脱サラとはちょっと違うのかな?


 新しいことにチャレンジをするわけでもなく、上司の期待に応えるためにがむしゃらに働くわけでもない。


 ただ、世間から離れて、ひとりのんびり生活をする。


 え? 将来設計?


 そんなもの、ないですけど?



「アキラくんはまだ若いし、なんとでもなるさ」



 がたがたと山道を走る軽トラの中。


 僕の無計画っぷりを聞いた運転席の勘吉さんが笑った。



「それに、療養するには良い環境だと思うし。今はのんびりするといいよ」

「そうですね。勘吉さんには感謝してます」

「こちらこそ、移住してくれてありがとう」



 勘吉さんの真っ白の歯が眩しい。


 彼は母の弟……つまり、僕の叔父にあたる人だ。


 年齢は38歳だったっけ。


 年齢より若く見えるのは、農家をやっているからかもしれない。


 だってほら、サラリーマンをやるよりずっと健康そうじゃない?


 そんな勘吉さんと向かっているのは、僕の新生活の場になる亡くなった祖父の家だ。


 母方の祖父にあたる原三郎おじいちゃんの訃報が届いたのは、ふた月ほど前だった。


 突然のことで、僕を含め親戚中が驚いた。


 なにせおじいちゃんは「ワシの血管年齢は20代なんじゃ」が口癖の、ちょっと元気すぎてウザ……健康が服を着て歩いているような人だったのだ。


 多分、一番ビックリしてるのは本人じゃないかな?


 なので遺産相続の手続きなんてしておらず、親族が慌てて財産調査を行ったところ、この「御科岳おしなだけ」という山を所持しているのがわかった。


 親戚はおろか、母も勘吉さんも知らなかったらしい。


 結局、山は勘吉さんが継ぐことになったけど「家はどうする?」という話になり、母経由で僕に「会社を辞めたなら、おじいちゃんの家に住まない?」と話が来たってわけだ。


 本当に渡りに船だと思った。


 仕事のストレスで体を壊して、しばらく実家に戻って療養しようと思ってたところだったからね。


 だからその話にすぐに飛びつき、こうして身一つでやってきたんだけど……。



「着いたよ、アキラくん」



 勘吉さんの自宅から、車で15分ほど。


 到着したのは、山間にそっと佇む平屋の古い日本家屋。


 原三郎おじいちゃんの家だ。


 いやぁ、懐かしいなぁ。


 子供のころは、毎年お盆と正月に来てたっけ。


 あの頃と全く変わってない。



「すぐに生活できるように父が使ってた家財道具はそのままにしてるよ」

「ありがとうございます、勘吉さん」



 本当に身一つで来ちゃったからすごく助かる。


 車は敷地の外にある駐車場に停め、庭の裏口を通って玄関に向かう。


 広い庭には、大きな池と立派な松の木があった。


 まるで時間が止まっているかのような、ゆったりとした空気が流れている。


 うん、これも昔のまんまだ。


 庭はぐるっと土塀に囲われていて、大きな納屋がひとつある。


 たしか耕運機とか農具を保管している納屋だったっけ?


 土塀の向こうに畑があって、おじいちゃんがやっていたのを覚えている。


 雨戸の内側には広い縁側(確か「くれ縁」って言うんだっけ?)があったはずだし、椅子やテーブルを置いてくつろげそうだよね。


 ううむ、いろいろと妄想が膨らむなぁ。


 玄関を開けて中へ。


 おじいちゃんが亡くなってから誰も住んでいないはずなのに、埃っぽい感じは無かった。すごく綺麗なままだ。


 さらに、屋内はフローリング張り。


 あれ? 前は板張りの古い感じだったよね?



「これ、リフォームしたんですか?」

「数年前にね。オール電化にしたとか言ってたっけ」

「ほぇ~……」



 すでに電気も来てるみたい。


 家具や電化製品も一通り揃ってるし、本当に今日から生活できそう。


 ちょっと驚いたのは、デスクトップパソコンと、AI音声認識のスマートスピーカーがあったことだ。


 ほら、声で電気とかエアコンとか色々操作できるやつ。


 スマートスピーカーがあるってことは、インターネットにも繋がってるってことだよね?


 おじいちゃんってば、意外とITに強かったんだなぁ……。


 キッチンには大きなシンクに冷蔵庫。


 オーブンレンジまである。


 そのどれもが、新品みたいにピカピカだ。



「電化製品は最近買ったんですか?」

「どうだろう。前に来たときからあった気がするけど」



 勘吉さんが言うには、半年前からあったのだそう。


 家や庭も以前の雰囲気のままだし、物を大事に使ってたんだな。


 お風呂場もレトロでおしゃれな雰囲気。


 トイレはもちろんウォシュレット。


 至れり尽くせりすぎる。


 ぐるっと家を回って、庭が一望できる縁側に来た。


 雨戸を戸袋に入れていた勘吉さんが声をかけてくる。



「どう、アキラくん? 大丈夫そう?」

「かなりいい感じですね。快適な生活ができそうです」

「そりゃよかった……っと」



 雨戸が引っかかったのか、ガシガシと力技で戸袋に入れる。


 家の中は最新鋭だけど、そういう部分はやっぱり古い日本家屋って感じだな。



「この家は自由に使っていいから。名義をアキラくんにしようかって話もあったんだけど、手続きとか税金とか色々と面倒だから僕のままにしてる」

「そうなんですね。ありがとうございます」



 詳しくないけど、固定資産税とか結構取られそうだもんね……。


 貯蓄があるとはいえ無職になっちゃったわけだし、かなりありがたい。



「あと、山も自由に入っていいし、駐車場に父が使ってた軽トラがあるから、それも自由に使っていいよ」

「……うぇっ!? 車もあるんですか!?」

「うん。そっちの名義はアキラくんにしてるから。はいこれ。車の鍵」

「あ、ありがとうございます」

「あと、この家の管理費用という名目で毎月キミの口座にお金を入れるから。金額はあまり期待しないで欲しいけど」

「お、お金まで!?」



 流石にちょっと怖くなってしまった。


 だって、ここでのんびり生活してるだけでお金が入ってくるわけでしょ?


 至れり尽くせり、ここに極まれりだよ。



「あ、あの、そこまでしてくれるのなら、いっそ勘吉さんがここに住んじゃえば良いんじゃないですか?」

「僕? いやいや、無理だよ。畑を離れるわけにはいかないしさ」

「……あ、そっか」



 勘吉さんは麓の町で農家をしている。


 近いとはいえ車で15分くらいかかるし、農家をやりながらは難しいか。



「それに、この山ってちょっと不気味だし……」

「え? 何ですか?」

「い、いや、なんでもない」



 あはは、と笑う勘吉さん。



「とにかく、よろしく頼むよ。何か困ったことがあったらいつでもウチに来ていいし……あ、そうだ。連絡先を交換しておこうか」

「助かります」



 色々とわからないことだらけだからね。


 というわけで、電話番号と、「LINKS」というグループチャットや音声通話ができるアプリのIDを交換する。


 勘吉さんのLINKSアイコンは小さな女の子の写真だった。


 どうやら娘さんみたい。


 ニコニコ笑ってて、すごく可愛い。


 最後にもう一度勘吉さんにお礼を言って、駐車場まで見送りにいく。


 裏口の扉を閉めて、ふうと一息。


 しかし、すごくいい天気だな。


 まだ夏まで遠いけど、カンカン照りでちょっと暑いくらいだ。


 こういう日の外回り営業って最悪だったよなぁ……。


 体力をガンガン奪われちゃうし、ただでさえ多いストレスが倍増してたっけ。


 ああ、やだやだ。


 せっかくいい気持ちなのに、なんで嫌なことを思い出すかなぁ。


 負のエネルギーをかき消すために、大きく伸びをして太陽光を全身で吸収っ!



「……さて、と」



 これからどうするか。


 このままのんびりしてもいいけど、日が暮れる前にできることはやっておきたいよね。



「とりあえずは、掃除かな?」



 おじいちゃんのおかげで庭や家の中はピカピカだけど、流石にホコリとか溜まってそうだし。


 家って人が住んでないと、すぐホコリまみれになっちゃうからなぁ。


 というわけで、押入れに入っていた掃除機をざっとかけて、水拭きをする。


 部屋数が多いので、掃除を終えるころには夕方になっていた。


 今日の夕食は、途中で買ってきたコンビニ弁当。


 料理とか色々とやりたいことはあるけど、それは明日からだね。


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― 新着の感想 ―
おじさんと年齢近いですね。 母も若いのか、はたまためっちゃ上なのか、気になりますねぇ
27がおっさんは無理がないか…? 27の女の人もおばさんってこと? まぁ、中学生ぐらいからしたらそうに違いはないけども。
[一言] おっさんの定義を何歳にするかで、作者の年齢がある程度わかるというおっさんジャンルの不思議
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