雨上がり ~5~
彼のロンTも当然私には大きすぎてその大きさを持て余す。
メイクは全部落ちちゃったし、着てるのは彼の部屋着。
でも、たくし上げたスウェットから見える足首は細く
ゆうに指先まで届く袖は、所謂萌え袖。
私もしかして、華奢に見えてるんじゃ?可愛く見える?
「ちょっと冷えたよね。」
そう言いながら彼がブランケットを掛けてくれた。
「ありがとう。」
肩からずり落ちないように抑えた私の手が彼の手に触れた。
静電気でも走ったかのような勢いで、彼が手を引く。
ローテーブルを前にして、二人並んで座って
次々に流れてくる動画を見てる。
正確には、目に映ってるだけ。内容は全く入ってこない。
無意味な映像が二人の時間を埋めていく。
動画じゃなくって、私を見て。そう言えたらいいのかな。
でも、並んで座る私たちの目は合わないまま。
彼がすっと立ち上がった。
「ホットワインでも飲もっか。甘めのやつ。」
私は無言でうなずく。
シナモンの香りが濃いマグカップを彼が運んでくる。
手渡されるときも、なんだかしっかり目が合わない。
私は自分の中の勇気を総動員して
カップごと彼の手をぎゅっとつかまえた。
驚いて、私を見た彼を上目遣いに見る。
あざとい…かな…。けど、これでも、ただ狼狽えるだけなの?
更に勇気かき集めて囁く。
「キ…。」
キスして、と言いかけた私の言葉を遮るように
洗濯機が甲高くピーピー鳴って、洗濯終了を告げた。
「私、取ってきます。」
肩からパサリとブランケットが落ちて、私の抜け殻みたいに見えた。
借りていた服を全部脱いで、代わりに乾いてさっぱりした自分の服を着る。
丁寧すぎるほど丁寧に彼の服をたたみながら、涙がにじむ。
「かなり、背伸びしたんだけどなぁ。私、そんなに魅力ないのかな。
無理だ、私には。」
着替えて部屋に戻った私に、彼がぎょっとする。
たたんだ彼の服を差し出すと、反射的にそれを彼が受け取った。
「帰ります。」
「え、だって、こんな時間じゃ…」
「でも、帰ります。」
「え、待って。」
「来ないでください。帰ります。」
振り向きもしないで、部屋を出た。
雨上がりの大気は、たっぷり水分を含んでいて重たい。
気持ちも相まって、足が重くて思うように動かない。
この時間じゃまだ、電車は動かない。
道沿いに歩いても、タクシーも捕まらない。
街は靄が立ちこめて、何もかもがミルク色にかすむ。
白く濁った水の中で、私だけ現実世界から切り離されてしまったよう。
思わず、怖くなって後ろを振り向いた。
来ないでと言ったのだから、彼の姿があるわけもない。
「いいえ。大丈夫。私はミルク色の街を一人で散歩してるだけ。」
自分に言い聞かせるように呟いた。
それでも、もう一度、私は振り返る。
彼は…。