第3話 ピロリン
「らくしょう、らくしょう」
空間認識で周囲の状況を把握し、転移を使って独房のあった建物から外に出る。
僕の閉じ込められていた場所は屋敷の外れに建てられており、特に魔法による結界なんかも張られていなかったため、脱出は簡単だった。
……ま、出来損ないを閉じ込めるだけの場所を厳重に警備する訳ないよね。
服装は気絶させた警備兵の物に着替えていた。
兵士の格好なら、万一見つかっても言い訳が効くかもしれないと思ったからだ。
え?
片手がないんじゃすぐばれるんじゃないかって?
うん、まあ……そうなんだよね。
ただその事に気付いたのは、しっかり鎧まで着込んだ後の事だったんだ。
着替えなおすのも面倒だったし、そもそも僕の着ていたボロボロの服よりこっちの方がましだったからね。
だからこの格好で行く事にしたって訳さ。
「後は塀を越えれば外だ」
空間把握で確認した安全なルートを通り、僕は屋敷の敷地を取り囲む塀へとたどり着く。
しっかりした塀ではあるが、流石に厚さは3メートルもない。
十分転移可能な距離だ。
僕は転移を発動させ、塀を超える。
「結界も無視できるのは大きいよな」
塀には当然、侵入者対策として魔法が張られてある。
だが瞬間移動でスルーすれば、それらも全く気にする必要はないのだ。
転移最高!
「さて、鎧は脱いどこうか」
外でガゼムス家の紋章の入った鎧を身につけて歩くのは、凄く目立つ。
脱いでいた方がいいだろう。
鎧脱ごうとして、ふと思いつく。
これって、直接インベントリに突っ込めない物だろうかと。
「どれ……あ、行けた」
インベントリに入るよう念じると、自然と鎧が収納される。
「着るのも試してみるか」
今度は、装備するよう念じて見た。
すると、インベントリ内の鎧が自然と僕の体に装着される。
ただ物を入れるだけではなく、こんな風に使えるのは物凄く便利だ。
「おお、こいつはいいや……と、はしゃいでる場合いじゃないな。とっとと、屋敷から――いや、この街から離れないと」
ガゼムス家は、家の恥じとして僕を閉じ込めていたぐらいだ。
逃げたと知れば、確実に追って来るだろう。
――家の人間が、僕が逃げ出した事に気付くまでに最低この街からは離れないと。
ツクムの死体は独房に放置してある。
そしてもう一人の看守は、布団をロープ代わりにして縛り、これまた独房に突っ込んでおいた。
当然気が付いても逃げられない様に、外からは鍵をかけてある。
だから、直ぐに僕が逃走した事がバレる事はないだろう。
とは言え、それで稼げる時間はわずか数時間程度だ。
今は昼を少し過ぎた時間なので、夕方に交代の看守が来ればバレてしまう。
「急がないと」
僕はフルに空間把握を使いながら、時には転移も駆使して、出来る限り人気のない道を進んで行く。
「とはいえ……流石に、何も無しで街から出る訳にはいかないよな」
何処かで、食料や水を確保する必要がある。
まあ水は、井戸辺りからインベントリに取り込めば――出来るかはやって見ないと分からないけど、たぶん行ける気がする――いい。
問題は食料だ。
チートがあるとは言え、流石に外の事をよく知らない僕が自力で用意するのは現実的じゃないだろう。
最低限は、街を出る前に用意しておかなければ。
「これでいっぱい買えると良いんだけど」
僕は腰に掛けてある革袋に手をやる。
これはツクムの財布で、中にはこの世界の貨幣がパンパンに入っていた。
ま、慰謝料って奴さ。
因みに、中身がどの程度の金額なのかは僕にはわからなかった。
何せ、生まれてこの方ずっと閉じ込められてきた訳だからね。
物の相場なんて、僕には知りようがない。
移動しながら、空間認識でパンや肉を売っている店を発見する。
少しボロイ感じの店だ。
「丁度いいな」
どの程度の逃避行になるかが分からない以上、今の僕に必要なのは質より量だ。
こういう店なら、無駄に高い物を買ってしまう心配はないだろう。
「うちに用か?」
カウンターの奥には、干し肉やチーズ、それに固そうなパンが並んでいた。
店に入ると、カウンターにいるゴツイ男が声をかけて来る。
禿げ、マッチョ、固そうな口ひげ。
更に、人相も死ぬほど厳つい。
正直、滅茶苦茶怖いんですけど?
だが僕は平静を装う。
何故なら、僕はもう陰キャではないからだ。
イキって見せる!
「保存のきく食料を、これで適当に見繕ってくれ」
そう格好つけて、僕は革袋をカウンターの上に投げおく。
その瞬間『ピロリン』と音が鳴って、イキリポイント――IPが加算される。
ごついおっさんにビビる事無く、見事にやり切った自分をほめてあげたい気分だ。
自分が誇らしい。
「ふん」
おっさんは革袋の中身を確認し、鼻を鳴らしてから商品を素早く獣皮っぽい袋の様な物に詰めていく。
一袋。
二袋。
三袋。
四袋。
五袋。
思ったより多い。
ツクムは結構金持ちだった様だ。
まあただの守衛とは言え、名門ガゼムス家で働いていた訳だから当然か。
そのままおっさんは10袋程詰めてから、手を止めてカウンターにパンパンの袋をずらりと並べる。
「これで予算の半分ぐらいだ。まだ詰めてやってもいいが……坊主、この量をどうやって持ち運ぶつもりだ?」
「ふ、こうするのさ」
僕はパンパンに膨らんだ袋に手を付け、発動させる。
そう、インベントリを。
「――っ!?」
インベントリに飲み込まれ、一瞬で消えた袋に店のおっさんが目を剥く。
『ピロリン』と音が鳴り、IPが加算される。
……ふふ、驚いたか。
チート能力は、あまり他人に見せない方がいいと僕は思っている。
にも拘らず、隠しもせずにおっさんに見せつけたのは、この街から抜け出してもう二度と戻ってくるつもりがないからだ。
「ふ……」
僕は次の袋に手をやり、再びインベントリに収納した。
そして確認する――
よし!
重複されてる!
インベントリ内では、食料の詰まった袋が同一アイテム扱いとなっていた。
その事に、僕は心の中でガッツポーズする。
現在インベントリ内は、鎧と剣――共に看守からカッパいだ物――で二枠埋まっていた。
もし別のアイテムと認識されてスタックされない仕様だったら、持てて四袋が限界だったろう。
そうなったら格好悪い事この上なしだ。
だが僕は賭けに勝った!
そう、僕は神に愛されている!
ま……ちょっと大げさか。
取り敢えず、これでいくらでも食料を詰め込む事が出来る事が分かった。
とは言え、流石に10袋もあれば十分だろう。
一月ぐらいは持ちそうだし。
「持ち運びは問題ないが、まあこれぐらいでいいだろう」
「……一体何もんだ?」
「ふ、余計な詮索はしない方が身のためだ」
驚いている親父に、僕は格好よくニヒルな台詞を返す。
当然『ピロリン』と、IPが加算される音が響く。
ふぅ……イキるって最高に気持ちいいな。
「わかった。じゃあお代を頂くぜ」
お釣りを受け取り、僕は背中越しに片手を上げて店を出た。
『ピロリン』と響く音が心地いい。