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不思議な出会い

 毎日がたいくつだ。友達はいないし、父さんも母さんも仕事が大変で、ろくにかまってくれない。学校にも行けず、毎日病院か家のベッドで横になって天井を見るばかり。最近の楽しみといったら本を読むことと、病院の看護婦さんが定期的に持ってきてくれる花を見て、楽しむくらい。

でもこの生活が心底嫌ってわけじゃない。本は何冊読んでも飽きないし、病院の先生や看護婦さんはみんな私に優しい。父さんや母さんも病気の私を助けるため、多額の治療費を払う必要があったから、毎日遅くまで働いているんだ。そのことを私は知っている。だから、私にかまう時間が少なくなってもしょうがないことだし、そのことに文句を言っては絶対にいけない。

 でもいつも思う。長い本を読み終えた時や、看護婦さんとのおしゃべりが終わった時、外から同い年くらいの子の笑い声が聞こえた時。ああ、もしここから出れて、自由にいろんなところへ行って、走りまわって、本の中でしか聞いたことのないものを見て、触れて、感じることができたらどんなに幸せなことなんだろうって。

 自分の意思で満足に動けず、車いすが手放せない私は、そんなことをずっと思っていた。もちろん看護婦さんが一緒にいるときは、多少なら外に出ることができる。でも体のこともあって、外に出られる時間は短いし、自由に動き回ることもできない。このくらいで満足できるような子では、私はなかった。

 私の名前は桜ありす。私のこんな生活が始まったのは四年前、私が六歳だったころ。それは突然の出来事だった。朝目が覚めていつものように着替えるため、ベッドから降りようとした瞬間、足に妙な違和感を感じ、私はベッドから転げ落ちた。この瞬間のことは今もはっきりと覚えている。

 最初は何がおこったのか全く分からなくて、転げた拍子に頭ぶつけちゃったのが痛くて、すぐにはそれに気づかなかった。でも起き上がって、たんこぶができてないか見に行こうと思ったとき、やっと気づいた。

 私の足はなくなっていた。だから起き上がることなんて、到底できなかった。

 実際には、なくなっていたわけではない。私の足は二つともついていた。ただどれだけ動かそうと思って、力んでも、念じても、叩いても、私の足は動かなかった。まるで誰かに腰から下にかけて釘でも打ち付けられたみたいに、びくともしなかった。それはもう、なくなったといっても変わりはないと思う。

 その時私は、どうしたらいいのか分からなくなって、とても怖くなって、もうどうしようもなくなって、自分が自分でなくなっちゃったのかと思って、ただひたすら泣いていた。しばらくして、私がずっと泣いていることに気が付いた父さんと母さんが部屋に駆けつけてきてくれた。そしてすぐに私は病院へ運ばれた。

 あの日の父さんと母さんの、驚きや不安や悲痛にあふれた、とても言い表せない悲しそうな顔を私は忘れることができないだろう。

 病院に運び込まれたとたん、すぐさま検査が行われることとなった。その結果、私は原因不明の下半身麻痺と診断された。原因不明というのは、検査をしても発症した理由が分からなかったかららしい。下半身に傷やケガといった外傷はまったくなくて、また脊髄をはじめとした体内の神経系に異常も見つからなかった。

 体自体は健康体そのものなのに、なぜか私の足は動かすことができなくなってしまったという。

 それからさらに精密検査を行うため、入院することになったのだが、発症した原因は今でも分かっていない。

 そんな経緯で私は四年間入院生活を続けている。幸い、まあこれも理由は不明なのだけれど、四年間麻痺が上に進行することはなく、今のところ命に別状は見られないのだそう。でもそのせいで体は元気なのに、一人じゃ何にもろくにできないというもどかしくて、退屈な日々を過ごす羽目になっている。

 とはいっても四年間、寝たきり、座りきりの生活を送っていた私の体はとても元気とは言えないくらい貧弱な体になってしまったのだけれど。


 はあ、何か面白いことでも起きないかな。一日二日満足させてくれるようなものじゃなくて、しばらくずっと満足させてくれるようなこと、なにかないかな。

 …なんにもないや。病院だとやれることは限られてるしね。とりあえず夕食まで読書でもしてようかな。今日は何を読もう。昨日、病院の近くの図書館でたくさん本を借りてきたから、早く読まないといけない。

 今日読むのはこれにしよう。少女と獣が音楽でつながるっていうストーリーの本。私、ファンタジー小説を読むのが好きなのよね。堅苦しい本は難しくてちょっと苦手。時代小説もあんまり好きじゃないかな。難しい本も読めるようにならないとって、時々思うこともあるけど、まだ私には早いと思う。

 今日はとても静かね。病院も全然あわただしくしてないし、この分なら集中してすぐに読めそう。

「へえ、獣の鳴き声をオリジナルの楽器で再現して、ケガをしておびえてる獣に、大丈夫だよ、安心してって呼びかけるのね。少女の発想にも、勇気にもびっくりさせられるわ」

 あ、いけないいけない。つい感想を声に出しちゃった。まあ、ここは一人部屋だから迷惑にはならないんだけど、なんだか恥ずかしく感じるわ。

 誰もいないと分かっているけれど私は、聞かれてないよね?とあたりを見回し、ほっと一息ついた。……ってあれ?なんだろ、見回したとき、なんか違和か…んが…、ってえええ?

 なんかいるんだけど!いつも看護婦さんが座ってる席に、なんか!え、

「ウサギが!」

 さっきまでいなかったのに。なんで?どこから?いつのまに?てかなんでウサギ?

 しかもなんかでかいし、二本足で立ってるし、あと、服着てる!……なんなのこれ。

「…コホン。落ち着きましょう。ちょっと状況を整理しましょう」

 右手を胸の上に当て軽く深呼吸をする。

 落ち着きましょうとか、そんなこと口では言ってるけど、本当は息切れと、心臓のバクバクがすごくてしばらく何も考えられなかった。そんなことしてる間、ウサギは全く動いてなかった。寝ているのだろうか。いや立ったまま寝るなんてあるのだろうか。

 ありすはしばらくウサギを見つめて考えてみた。そして一つの答えにたどり着いた。

 分かった。これは、このウサギは人形なのだ。大方、看護婦さんが私を喜ばせようと持ってきてくれたけど、私があまりにも読書に夢中になっていたから、声をかけずにこのウサギの人形だけをそっと置いて行ってくれたのだ。そうだ、そうに違いない。

 実際、読書に夢中になって看護婦さんに気づかなかった、ということはこれまで何度かあった。だから今回もそうなのだろう。

「ああびっくりした。でも、あの人形、妙にリアルなのよね」

 初見で本物のウサギがいると勘違いしてしまったくらい、あのウサギからはリアルというか、なんというか、生命感を感じさせるものがあった。

 一人でベッドから車いすに移るのは、骨が折れるし、疲れるだろうけど、ちょっとあのウサギが何なのか、少し近づいて確かめてみようかな。

 一人でベッドから車いすに乗ること自体はできない訳ではない。けれど大変なので普段は看護婦さんがいるとき以外は、どうしてもってときにしか乗らないことにしている。そんなのだから体が弱くなるのかもしれないけれど、本当に面倒なんだからしょうがない。

 そして今回はそのどうしてもってときなのだ。人形だったら私の近くにおいて、しばらく眺めるか、抱きしめるかしたいから。ぱっと見、あのウサギは私の身長の半分くらいはある。そのくらいのサイズの人形だったらきっと抱いて寝るのにちょうどいいと思うの。

 それでもし、そう、これはもしもの話。今からもしもの話をする。もしもあのウサギが人形じゃなくて、人形じゃない何かだったとしたら、それはたぶん……。

 とても面白いことが起きるに決まってる!

 そんなの絶対確かめない訳にはいかないわ。だから、よいしょッと。アリスは両手とおしりを起用に使ってベッドの上を這って進む。疲れるとか大変とかは関係ないわ。

 幸い車いすはアリスがいつでも一人で乗れるように、ベッドのそばに固定して置いてあるため、時間は少しかかったが無事に乗ることができた。

「よし。あとは固定してある金具を外してっと、おっけー、これで私は自由だー!(自由ではないけど)」

 どれどれ、ウサギの様子はっと。唾をごくんと軽く飲み、ありすはそーっとウサギのほうへと近づいていく。ありすとウサギとの距離が一メートルもないくらい近づいても、ウサギは全く微動だにしない。やはり人形なんだろうか。だとしたらとてもよくできた人形だ。相当な腕の持った人が作ったんだろう。

 なんだやっぱり人形ね。ちょっと残念。まあそれでもいいわ。それなら早速ベッドまでもっていこう。人形と横になるなんてなんだか恥ずかしいけど、今日くらいいいよね。そう思ってウサギの人形を抱えようと、両脇に手を入れた瞬間だった。

「ぴゃっ!な、なに。あはははは、く、くすぐったい」

 そういってウサギは急に笑い出したのだ。そのときの私の顔はというと目をまん丸にして、口をぽかんと開けていったい何が起こったんだというような、そんな顔をしていた。あんまりのこと過ぎて動くことも、声を出すこともできなかったのだ。

「あ、あのお願いだから、一度、あは、わたしから手をは、離してくれませんか?」

「……、あっごめんなさい。すぐ離すわ」

 ありすはしばらくぼーっとしていたが、ウサギに離してくれと言われ、すぐに手を離した。そしてウサギのほうを警戒しながらゆっくりと後ずさりをして、ある程度距離が離れたところでありすは一つ深呼吸をし、こんなありきたりな質問をした。

「あなたは、だれ?」

 あなたは誰って、そんなのウサギに決まってるんだけど、ほかにもっと気の利いた一言目をとっさに見つけることができなかったので、こんな質問になってしまった。でも物語の世界だとこれが定番の一言目といえるでしょ。

 ウサギはさっきのがよっぽど効いたのか、肩で息をつきながらちょっと待ってと言わんばかりに、短い手を前に突き出してなだめるようなポーズをとっていた。

 しばらく待って、ウサギはふうと一息ついた。そして胸に右手を当てこう言った。

「わたしの名前はスミナ、白兎で魔法使いのスミナです。今はこのウサギの格好をしてるけど、こっちのほうが何かと都合がいいからこっちにしてます。驚かせちゃったみたいですね。まあわたしのほうがおどろいたんですけどね」

 うんうんなるほど。スミナ?魔法使い?よし何が何だかさっぱりだわ。自己紹介をしてくれたみたいだけど、ウサギが、いやスミナだっけ、がしゃべりだした時点から頭はほとんど回ってなかったから、全然状況がつかめてない。

 もしも人形じゃない何かだったらいいなって思ってたけど、いざ本当にそうなってしまうと人間ってテンパる生き物なのね。でも一つだけわかることがある。それは今の状況は私が欲していた、退屈な日々を吹き飛ばしてくれる何かが起きている状況だということ。最初はちょっぴり怖かったけれど、これはとても面白いことが起きる予感がするわ。

 ありすはもう一度深呼吸をして、

「私の名前は桜ありす。よろしくね、スミナちゃ…、さん(多分女の子な気がするけど、初対面でしかも年齢も分からないから、さんのがいいよね)。こっちこそいきなり触ってごめんなさい」

 頭を軽く下げ謝る。

「ふふ、全然いいですよ。あんなとこで寝ちゃってたのはわたしのほうですし」

 椅子の上で全く微動だにしてなかったけど、あれは寝ていたんだ。ほんとに直立不動って感じで、お人形さんかと思ったくらいだけど、ウサギってみんなああやって寝るのかしら。へんなの。

「それでなんで急に私の部屋に現れたの?魔法使いって言ってたけど、ワープとかしてきたの?」

 するとスミナは目を輝かせ、間髪入れずに、

「おお流石、正解です。ワープ、そう転移魔法を使ってきたんです。やっぱりあなたは素質があるみたいですね。私が見込んだ通りです」

 なんか褒められた。しかも素質があるらしい。でも急に現れて、魔法使いだって名乗られたら誰だってワープしてきたのかって考えるよね。私がメルヘンすぎるなんてことないわよね?

「えっと、スミナちゃん(多分ちゃんでもよさそう)、褒めてくれるのはうれしいんだけど、なんでこの部屋にいたのかおしえてもらってもいい?」

 そう、なんで現れたのか、それが知りたい。スミナちゃんのこともすごい気になるからいろいろ質問したいけど、まずはこれを知りたい。

「ああ、そうですね。まずはそれを、言わないといけなかった、ですよね…」

 そう言うとスミナはなんだかかしこまった様子で、背筋を伸ばした。ただでさえ姿勢よく直立しているというのに、椅子の上で、しかもさらに伸ばすもんだからふらつきだしている。

 大丈夫かしら。そう思ったタイミングで、コホンとスミナがせき込みをした。

「わたしが現れた理由はあなたに魔法使いになってもらい、そして私の世界に来てもらいたいからです。ありす、あなたには才能があります。どうか私の住む世界にきてくだsってあああ」

 喋っている途中でスミナはバランスを崩し、椅子から転げ落ちてしまった。やるだろうなとは思っていたけど、ほんとに転ぶとは。おなかを打ったのか、苦しそうに悶えている。ものすごい大きな音がしたから相当痛いだろう。

「大丈夫?あんなとこでそんなことしてたら、そりゃそうなるわよ」

 あれとかそれとかばっかりなのは置いておいて、本当に大丈夫なのだろうか。スミナを起こそうと手を伸ばした瞬間、ガラガラっと勢いよく部屋のドアが開いて、看護婦さんが入って来た。

「ありすちゃん!大丈夫っ、何かすごい大きな音がしたけど!」

 あっやばい…、これはまずいかも。この状況をどう説明しよう…。

 椅子が倒れた音を聞いて看護婦さんが駆けつけてくれたみたい。普段ならきちんと患者さんのことを注意してみてくれてるんだな、って思うかもしれないけど今に限ってはよろしくない。この状況は特殊すぎる。多分めんどくさいことになる。

「あっ、あの、そのえっと、これは…ですね?なんていったらって…ん?」

「なんだ椅子を倒しちゃったのね。怪我はない?どうしたの急に、どこか行きたい場所があるなら呼んでくれたらいいのよ」

 あれ、ん?もしかして見えてない?スミナちゃんのことみえてないの?ええ、なんで?

 ありすは面食らって不思議そうに、目をぱちくりとさせながら看護婦さんとスミナのほうを何度も交互に首を振った。多分すごい間抜けな顔をしてたと思う。でもしょうがないじゃない。ほんとに焦ってたんだから。さっきから驚いてばっかり。

「彼女に私は見えてませんよ」

「わっ!」

 急にスミナに話しかけられ思わず変なタイミングで声を出してしまった。

「ん?どうかした?」

 そのせいで看護婦さんに心配されてしまった。しかし看護婦さんはありすのほうを不思議そうに見るばっかりで、スミナのほうは気にもとめていない。姿だけでなく声も聞こえていないらしい。

「いや、何でも…ないです。ちょっと気分転換しようとおもっただけ」

「そう、ならいいけど。でも危ないことしちゃダメよ。何かあったらすぐに私たちを呼ぶのよ」

「はい…。」

 そう言って看護婦さんは部屋から出て行った。はあ、びっくりした。まさか看護婦さんが来るなんて、どう説明しようって思ってたけど、そもそも説明のしようがなかったのね。まさか私にしか見えていないなんて。素質があるって案外そうなのかもしれない。

「ていうか、あのタイミングで急に話しかけないでよ。びっくりしたでしょ」

「ぴゃっ、ごめんなさい。ありすが戸惑ってたから教えてあげようと思って」

「う…」

 …たしかにあのままだと、一人ありもしない、訳の分からない弁解を始める女の子になっていたかもしれない。そう考えるとナイスフォローだったのかもしれない。さすがにちょっと言い過ぎたかな。でもほんとびっくりしたんだからお相子ってことで。

「それで、なんかいろいろあったけど、どこまではなしたんだっけ?」

 途中、嵐のような勢いで看護婦さんがやってきたせいで(悪く言ってるようだけど決して悪いことではない)話がさえぎられてしまったが大切な話の途中だった気がする。魔法使いがどうとか、そんな話。

「ああ、そうですそうです。ありすに言わないといけないことがあるんです」

 そう言ってスミナは椅子の上に登り始めた。……ので、椅子を取り上げた。なんで椅子に登ろうとするのよ。あなたそのせいでめんどくさいことになったのわすれちゃったの?

 はあ、とありすはため息をつく。スミナはというと少し不服そうにしていた。

「まあ、いいでしょう」

 スミナは再度背筋を伸ばし、コホンとせき込んだ。

「ありす、あなたに魔法使いになってもらいたいのです。そして私たちが住む世界にどうか来てほしいのです」

「魔法使いに、なる…?」

「そうです。ありすにはその素質があるんです。私たちの世界は今ちょっと大変で、それに、この世界だとあなたのその才能を無駄にしてしまう。だから来てほしいんです」

 魔法使いになるとか、こっちの世界とかあっちの世界とか、意味の分からないことばかり出てくる。私がファンタジー小説好きだから、割と何とか受け入れてるけど、普通なら何それ(笑)で終わっちゃうよね。

 でも私は今の生活にとても退屈してるの。だからこれはまたとないチャンスなのかもしれない。ここでスミナちゃんの誘いを断ったら、一生退屈な日々を過ごすかもしれない。それなら魔法使いになってみるのもありな気がしてきた。よし、そうと決まれば返事は一つ!スミナちゃんの世界に行くわ!

 ありすは、よしっ、とガッツポーズを決めた。そしてスミナに元気よく返事をしようと口を開いたそのときだった………。

 あ、まずいことに気づいちゃったかも、私。

 私スミナちゃんの世界に行ったら、どうなるんだろう。こっちには帰ってこれるのかな。たしかに退屈な毎日ばかりで、うんざりしてたけど、父さんに母さん、病院の看護婦さん。私を大切に思って、優しくしてくれる人がここにはちゃんといる。そんな人たちと会えなくなるのはいやだ。

「ありす、どうかしました?」

 スミナが心配そうにこちらを見つめる。

「あの、私、本当に魔法使いになれるなら、なってみたい。だって魔法とかそういうの、本で読んですごい素敵で楽しそうって思ってたから。私の生活も退屈でうんざりしてたから。でも、でもさ、この世界を離れるのはいや。父さんや母さんと会えなくなるのはいや。だから、ごめんなさい」

 もし魔法使いになってこの世界を離れちゃったら、私は、残された父さんや母さんを悲しませてしまうだろう。二人が私のために毎日働いている。私はそれを知ってる。だからそれだけは許されない。。

 そしてありすはそれきりうつむいてしまった。スミナはというとありすの気持ちを察し、目をつむりしばらく黙っていた。

 数秒の間沈黙が流れたのちスミナは目をそっと開け、ありすのそばへとよっていき、ありす手を握った。その手はウサギのものとは思えないほど、温かくて優しい、人間味のある感触だった。というより、

「ありす、顔を上げてください」

 突然手を握られたのと、その言葉でありすはうつむいた顔を上げ、スミナのほうを見た。するとそこには一人の少女が立っていた。

「え…」

 ほとんど声にならなかった。もう何度目になるか分からない、またしてもありすは驚かされることになった。

 さっきまでいたウサギの姿はどこにもいない。ただ長くて白い、きれいな髪の少女が、代わりにそこに立っていただけだった。

「どうですか、これが私の本当の姿です。びっくりですか?」

 少女、いやスミナはそう言って不敵に笑った。

 人間になっても、身長はアリスを超すということはなく少し低いくらい。年齢もありすより幼く見える。真っ赤に澄んだ瞳が、彼女が持つ白い髪と色白い肌のせいもあってか、際立って見え、吸い込まれそうなほど強く惹かれる。それとおまけに頭にうさ耳のカチューシャもついていた。

「うん、びっくりした。スミナちゃん、あなたウサギの時もかわいらしかったけど、その姿も、とっても素敵ね」

 素敵。ざっくりとした感想だ。でもそれが、ありすが最初に感じた嘘偽りない本心だった。

「えへ、ありがとうございます。そう言ってもらえるなんて嬉しいです。………でも、今はそんなことが聞きたいんじゃないんです」

 スミナは握っていた手を強く握りしめた。でも乱暴にではなく、優しさや真摯さを感じる、そんな握り方だった。

「お願いです。どうか私たちの世界に来てくれませんか。あなたの魔法使いとしての才能が必要なんです。すぐにとは言いません、まだ時間は十分ありますが。でも…、」

 スミナの握る手が震えていた。それほど真剣なんだ。私はこれまで、こんなに自分の力を必要とされたことがあっただろうか。足のせいで、気を使われるばっかりで手伝ってほしいとか、助けてほしいとか、言われたことなんて、なかった。

 ただそれは、分かっている。私が父さんや母さんにとって大切で必要だから、言われたことがないだけ。大切な存在だから、気を使ってくれているのだ。そんなこと分かってる。

 目の前の困っている人と、大切な人たち。どちらを優先すべきか。そんなの決められるわけがない。できることならどちらも大切にしたい。何かいい方法はないかしら。

 ありすはしばらく黙って考えた。

「ねえ、スミナちゃん。あなたがこっちの世界に来れたってことは、あなたの世界からこの世界にまた帰ることはできるの?」

 静かに尋ねた。

「…はい。一応は、できます」

 スミナはこくんと頷いた。

 えっ、ほんとに。ありすは勢いよくスミナの顔を見た。ほんとにほんとに帰れるの?

 なんだ簡単なことじゃない。これなら悩む必要なんてなかったわ。ふぅ。

「わかったわ。私スミナちゃんの世界に行く。」

 スミナの目を見てはっきりとそう告げた。自分の手がより一層強く握られるのを感じ、ありすも強く握り返す。

「ほ、本当ですか。ありがとうございます!よかった、ほんとによかった」

 スミナは今にも飛び跳ねそうなほど、嬉しそうな笑顔を見せた。

「でも、一つ条件があるの。聞いてもらってもいい?」

 ここからが本題だ。ありすは一度手を離した。

「条件、ですか?」

 途端にスミナは不安そうな顔を浮かべる。その顔を見ると少し胸が痛くなりそうなので、ありすはわずかに視線をそらしてその条件を言うことにした。

「この世界にちゃんと戻れるなら、定期的にこの世界に返してほしいの。定期的というより、そうね、朝と昼は病院の先生や看護婦さんが来るから、この世界で過ごす。そして夜になったら、スミナちゃんの世界に行く。この条件でどう?」

 これなら、こちらの世界で迷惑や心配をかけることはないし、スミナちゃんのお願いも完全とはいいがたいが、かなえることができる。我ながらナイスアイデアだわ。ていうか誰でもすぐ思いつきそうな簡単な答えだったわね。

「………」

 得意げなありすとは打って変わって、スミナは気まずそうな難しい顔をしていた。何かを悩んでいる、もしくは言い出せないでいるのだろうか。

「もしかして、これだと何か問題があったりするの?」

 夜だけというのは少し物足りないかもしれないとは思っていた。スミナちゃんはお願いしてる立場だから、あまり強くは言えないものね。もう少し譲歩する?それともぱっと浮かんだこんな案じゃなくて、もっといい案を考える?うーん。

「一つ問題があるんです。でも、それだけしかいないんじゃ足りないとか、そういうのじゃなくてですね、夜の時間だけでも来てくれるってだけで、とてもうれしいんです」

「それじゃあ問題って?」

 ありすはそれが一番の問題だと思っていたから、ほんとにきょとんという顔をしていた。その顔を上目遣いで申し訳なさそうに見ながらスミナは口を開いた。

「世界をまたぐ転移魔法は体力の消耗が激しくて、恥ずかしながらわたしの力では、何度も使うことができないんです」

 なるほど。魔法というファンタジーな言葉のせいで、考えてもなかったけど魔法って体力を使うのね。たしかによく考えればそうよね。私の好きなファンタジー小説でも定番の設定だ。それに世界を行き来するって、かなりぶっ飛んだ話だって思ったけど、それだけ大変なことともいえる。

 しかしこれで、すべてが最初に戻ってしまったということになる。二人とも頭を抱え黙りこくってしまったため、病室にはさっきの盛り上がりとは打って変わって、気まずい沈黙が流れていた。

 これは、まずいわ。この雰囲気は。とても耐えられない。うう…。

 なにか、なにかいい解決案はないの。やっぱりどっちかが諦めるしかないのかしら。でもそしたら私のほうが折れるべきよね。私のほうが(多分)お姉さんだし、父さんも母さんも一生懸命説得すれば、困ってる人のためっていえば、きっとわかってもらえるかもしれないし。

 うう、でも。………ってあれ?そういえば私って魔法使いの素質があるのよね、たしか。ならさ、ちょっと試してみるのもありかもしれない。私の可能性ってやつ?

「ねえ、転移魔法って、魔法使いになったら私も使えるの?」

 試しに聞いてみた。ここで否定されたら終わりだけど。

「使えると思います。練習したら、きっと。あなたは正直言って才能に恵まれてますから。…え、もしかして…、ほんとにですか?いやでも、いきなり世界をまたぐ転移魔法を使うなんて、無茶ですよ。」

 聞く限りだと私チートすぎない?嫌な気分はしないけど。でも使えるのね、私にも。

 スミナちゃんも救って、私の周りにいる人、だれにも心配をかけない。そんなこと、そんなきれいごと、魔法でも使わないと出来っこないよね。でも幸か不幸か私には素質があるらしい。じゃあ使うしかないじゃない。

「さあ、スミナちゃん!私を魔法使いにして!行くわ。私ちょうど退屈してたの。だからス、ミナちゃんの世界に行くわ!」

 私の長い冒険の始まりだった。

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