黒い鎧のハンター
賑やかな店内に出来上がった緊張が走る空間、ティナは心臓の高鳴りを感じながら静かに見つめてくるダイヤの返答を待つ。
そして、彼女の口がゆっくりと開いた。
「申し訳ありません」
彼女の口から出てきた言葉はティナの予想通りだった。冒険者のプライバシー保護のため、ギルドの人間は外部へ個人情報を漏らしてはいけないという絶対に守らなければならない決まりがある。それを破ることは冒険者全員から不信を買う行為、それだけじゃなくギルド関係者からも信用されなくなる可能性が高い行為だった。
5年間、ソードマスター無銘の白狼を探し続けていた彼女にとって最後の手段とも言える行動だったが、返ってきた答えは非情なものだった。
「……そう…よね。ごめんなさい、無理を言って」
「……ティナ様、もし仮に彼に会ったとして……何をお伝えになるのですか?」
「え?」
ダイヤの言葉に肩を落としていたティナは驚いて下がり始めていた顔を上げて彼女の顔を見る。そこにあったのは無表情で真剣な目つきをしているダイヤの姿だった。
「もしかして、私の言葉を………ううん、何でもないわ。そうね、もし会えたら……」
ティナは持っていたフォークとナイフを置き、離れた窓の外を見る。
「貴方は村でたった一人生き残った私に「恨むのならば某を恨め、世の中ではなく未熟な某を」って言って私の前から去って行ったけど、貴方はあの場でできる限りのことした。相手がドラゴンじゃあ村付きの冒険者でもシルバーメダルの人だったんだから無理よ。私が生き残れたのは偶々、隠れていて食われる順番が最後になったからであって、未熟だったとかそんなの関係ない。私は貴方に感謝しているわ、ありがとうって言おうと思ってたの」
ティナの感謝の言葉にダイヤは表情を一切変えず、何も喋らずに静かに耳を傾け続ける。そんな彼女を見て笑ったティナは再びフォークとナイフを手に肉を細かくしてフォークを使って細かくした肉を口へと運んだ。
「モグモグ……んっく、はぁ~!なんだか貴女に話したらスッキリしたわ。ありがとう、黙って聞いてくれて」
「……ティナ様、その方は意外と近くにいらっしゃいますよ」
「……えっ?………え?」
「私から言えるのはこれだけです」
ダイヤの言葉に思考が追い付かず次の肉を食べようと握られていたはずのフォークがティナの手から落ち、皿に当たって大きな音が店内に鳴り響いた。
店内では大勢の客が食器の音を立てたり、周りの声量にかき消されないよう大きな声で話していたりと賑やかだったため、フォークを落としたティナの事を見る者は少なかった。
「意外と………近く?えっ……誰?……どこに……」
店内に居る男性冒険者を一人一人横目で確認するティナの目に一人だけそれらしい人物が目に入る。
黒いドラゴンの鱗で作られたと一目で分かる鎧に壁に立てかけられた座っている男より少し長い直剣、テーブルの上に置かれた被れば顔が見えなくなる形の兜、そして首から下げられているダイヤメダルにティナはその男を凝視する。
「………あの人?」
「いえ、彼は違います」
「そうよね……けど、雰囲気は似てる。あの誰も寄せ付けない感じ……」
ティナが男を凝視していると視線に気付いた男はティナ達がいる席へ顔を向け、男とティナの視線が合うと男は兜を抱えて剣を持つとティナ達のいる席へ近付いてきた。
「……隣、いいか?」
兜と剣を持って近付いてきた男は見下ろす形でティナの隣りにある椅子に座っていいかを聞いてきた。感じの悪い男だと思ったティナが目を細め、男の出す雰囲気に負けじと腕を組んで男を見上げる。
「隣?ふん、別に良いけど……見下ろしながら言うのやめてくれない?言われてる側は見下されてる感じがして嫌なんだけど」
「………すまない」
ティナは嫌そうな顔をしつつ、隣に座ることを了承すると男は頭を下げると同時に謝罪の言葉を述べて静かにティナの隣に座る。
「……久しぶりだな。前に会ったのはいつだったか」
「3年前の依頼の時以来ですね。お久しぶりです、アーデルハイトさん」
「俺のような男を覚えているとはな……」
アーデルハイトと呼ばれた男がダイヤに存在を覚えられていることに驚いていると何の話か分からないティナは二人を交互に見る。
「知り合い?」
「はい、この方はアーデルハイトさん。ドラゴンや大型魔獣の狩猟を専門とするハンターです」
「なるほど、鎧にドラゴンの鱗が付いてるのはそういうこと」
「………その、隣の女性は?」
ダイヤに顔を向けたまま一瞬だけ横目で隣に座るティナのことを見たアーデルハイトは持っていた兜をテーブルの上に置き、剣をテーブル下に置いた。
「冒険者のティナ様です」
「ティナか……よろしく頼む」
「こっち見て言いなさいよ」
視線を合わせずにダイヤと顔を合わせたままティナに挨拶をするということに対してティナが半ば怒り気味に言うとアーデルハイトはぎこちない動きで首から上を震わせながら横を向き、ティナと顔を合わせた。
「よ、よろしく……頼む」
「よろしくアーデルハイト、見かけによらず人見知りなのね貴方」
「うっ…」
人見知りを指摘されたアーデルハイトはうめき声を出して表情を暗くさせていき、段々と俯いていくのを見ていたティナは困ったような顔をしてダイヤに助けを求めるような視線を送る。
「彼は自己肯定感が低いので、あまり悪く聞こえる言葉は避けるようにしてください。今のは見かけによらずと言ったのがいけなかったかもしれませんね」
「そ、そう……アドバイスはありがたいけど助けて欲しいのはそこじゃないわ……」
「そうでしたか、申し訳ありません。アーデルハイトさんは会話こそ苦手ですが狩猟技術はダイヤメダルに恥じないものです。今度、ご一緒に狩猟の依頼を受けてみるのはいかがでしょうか?」
「ご一緒にって……まさか私と?」
「はい」
「本当に?私と?」
予想外の提案にティナとアーデルハイトが驚き、二人の反応を気にすることなくダイヤは淡々と理由を説明し始める。
「アーデルハイトさんは一人で依頼をこなすことの多いハンターですが、時として二人…または複数人と同じ依頼を受けることがあります。ですが連携に難があるようで行動を共にするチームメンバーから同伴拒否を受けることが多いのです。そこで最近は大型の魔獣や生物の狩猟をしているティナ様に、彼に何が足りないのか見て欲しいのです」
「ゴールドメダルがダイヤメダルの悪いところを見る?うーん、アーデルハイトが良いなら私は構わないけど……」
「前々から気にはしていた事だ。それに俺も彼女に相談して信用できる相手を探してもらっていた。嫌でなければ是非お願いしたい」
最初は驚いていたアーデルハイトは嫌がる素振りもなく、椅子に座ったままティナの方へ体を向けて両手を膝に置いて深々と頭を下げる。それを見たティナはゴールドメダルの冒険者に頭を下げるダイヤメダルの狩人という状況に困惑してダイヤとアーデルハイトを何度も交互に見た。
「頼み事を重ねるのは気が引けるが、もう一つお願いしたいことがある」
「え?もう一つ?」
頭をゆっくりと上げてティナと顔を合わせたアーデルハイトは真っ直ぐ彼女の目を見て、緊張した表情で口を動かそうとはしているものの何も言えずに言葉を口から出せない様子を見たティナはダイヤの言っていたことを思い出して彼がお願いしたいことを予想して聞いてみることにした。
「もしかしてだけど、会話の練習相手になって欲しいとか?」
そうティナが言うとアーデルハイトは少し頬を赤らめて俯き、そのまま頷いて首肯を返した。