父親との約束、そして仇
同僚のリズによって眠らされたダイヤは何処かの小屋で目を覚ました。周りを見て自分の手足を動かしたダイヤは不思議と昔の力を取り戻したような気がしていた。
「あ、起きたかな?白狼様」
「リズ……いいや、某は…私は……そなたをどう呼べば…」
「あらら、混乱しちゃってる感じ?いつもの感じじゃないよ?大丈夫、いつも通りにリズさんって呼べばいいんじゃない?あ、ウチもいつもの感じにすればいい感じっすか?」
「……ふふっ、そうしてもらえると助かります」
同僚の気遣いに微笑みを返し、ゆっくりとベッドから体を起こしたダイヤの側でリズがベッドに腰を掛ける。
「まぁ、ウチがギルドに入ってから何年経ったんすかね?8年?まあ、長い付き合いっすよね~」
「リズさん、軽い洗脳状態というのは?」
「先輩ってせっかちっすね…。説明が難しいんっすよ。こんなに変化が少ない洗脳なんて初めてだったし~。ウチらがアイツに向けてる殺意とか本物なんすけど、別に本気じゃない感じにする…。簡単に言えば、“どうでも良くする”って感じっすかねぇ~」
「どうでも良くする…。思い出しました。破滅の魔女はそういった精神干渉系魔法を得意としていましたね」
「さっすが、旅を共にしてただけのことはあるみたいっすね」
「……リズさん、確か貴女の出身国であるダンデリオン帝国は──」
ダイヤがリズの出身国について話そうと開いた口は、彼女の一本の指で止められた。
「せっかく忘れようとしてたことなんすから。思い出させないで欲しいっすね」
「……申し訳ありません」
「白狼様の責任じゃないっすよ。でも…」
リズの手に握られたナイフが小屋の中を照らす蝋燭の光を反射させる。ナイフを撫でていたリズは、そのナイフを白狼にゆっくりと向けた。
「白狼様、このナイフに刻まれた名前に覚えはあるかしら?」
白狼はナイフの刀身に刻まれた名前を見た。
「…カティア。なるほど、あの時の…」
白狼の昔の記憶が鮮明に蘇る。
ダンデリオン帝国にて、宿屋で旅の疲れを癒していた白狼は暗殺者達の襲撃を受けた。白狼は暗殺者達を返り討ちにし、一度は全員を見逃した。
しかし、街に居る間に幾度となく襲い来る刺客達に困り果てた白狼は街を出ようとしたところで魔女に呼び止められ、彼女の提案で暗殺者達の隠れ家を襲撃することにした。
『カティア!娘達を守れ!』
『ダメだ!一緒に戦う!』
『誰かが居てやらなきゃならない!娘達を連れて逃げろ!』
『幼子に手は出さぬ…が、そなたらの首は頂こう』
白狼の一振で男は胸元に深い傷を負って倒れた。
『ダリル!お前ぇっ!』
次の一振で女の右腕が床に落ち、女は悲鳴を上げる間もなく男の隣に倒れ、右肩から先の部分を失われたことで大量の血が吹き出し、床に赤黒い血溜まりを作る。
『カ、カティア…!』
『最期に言い残す言葉はあるか?』
『くっ……化け物め!』
男が最後の力を振り絞ってナイフを振るうも白狼は即座にその手を切り落とした。
『ダリル、と言ったか…。最期の言葉くらい遺せ。……お前の娘達が見ている』
男は痛みに苦しみながらも首だけを動かして後ろへ目を向ける。男の背後に倒れていた女は血溜まりの中で既に事切れ、その傍らには三人の子供達が母親の体に泣き付いていた。
『某に向かってくるか、その前に娘達と言葉を交わすか。結果は変わらぬが、少しだけなら娘達と会話する時間ができる』
『……ふっ、魔女の手先が。この手で殺せないのが悔しいな…』
『……』
『娘達よ、良く見ておけ…。コイツはお前達の……仇だ!』
男はその言葉を最期に言い残し、白狼の刀によって命を落とした。
「仇…。リズさんは、私が寝ている間に殺そうとは思わなかったのですか?」
「うーん、そうっすねぇ~。思わなかったすね、もう殺しましたし」
リズの発言にダイヤは首を傾げた。
「だって、ウチの目の前にいる人はダイヤ先輩っす。ギルドで受付嬢やってるのに戦うと異常に強いダイヤ先輩っすよ?魔女に操られた哀れな白狼様ならさっき、サクッとウチの暗殺術で殺っちゃったんで」
「…私、蘇生の魔法を?」
「センパイ……ここ、ウチ以外誰も居ないじゃん?ウチは治療術師でもないっすから無理っすよ」
「そう…ですか。ですが、気が変わった時は─」
「あーもう!センパイ!?気にしなくていいんっすよ!ストレートに言わないとダメなんすか!?」
「い、いや私は…」
「ウチは”アレ“で約束は果たした。センパイって蒸し返したくない過去を掘り起こすのが趣味なんすか?」
「そんな悪趣味はありませんよ…」
「だったらコレでおしまいっす。はい!」
リズが笑顔で手を差し出し、ダイヤはその手と彼女の顔を交互に見てから自分の手を見た。
「……リズさん、握手をする前に一つだけ過去のことを聞かせてください」
「ん?なんすか?」
「残りの二人は何処へ?」
「あぁ、兄貴と妹っすか。兄貴は暗殺部隊を離れてからは会ってないっすね。妹は病気でもう居ないっす」
「そうですか…。リズさん──っ!?」
改めて握手をしようとダイヤがリズに声をかけた時には既にリズの手がダイヤの手を握っていた。そして顔が近いことにダイヤは驚いて上半身を引いていた。
「改めてよろしくっす。それとセンパイ。センパイの体って服を着てると分からないっすけど、傷痕沢山あるんっすねぇ…」
段々と迫ってくるリズに対し、ダイヤは両手で彼女の両肩を掴んで押し返すと負けじと彼女は押し返そうとする。
しかし、リズの力でダイヤが動くことはなかった。
「リズさん、近いですよ」
「な、なんつう馬鹿力っ!?さっきまで麻痺毒で眠ってたはずなのに!」
二人が力の攻防戦を繰り広げていると小屋の扉が突然開き、リズはダイヤとの力比べを止めてすぐさまナイフを構えた。
暗い外から小屋の中へ入ってきたのはメイド服姿の女性だった。
「そこの貴女……こんなところに彼女を連れ込んで何をしているのですか?」
小屋に入ってきた女性はハルシュタット家のメイド──ラトルだった。
「ラトルさん…」
「誰っすか?」
「ハルシュタット家、唯一のメイドの方です」
「質問に答えなさい。でなければ、私は自分の怒りのまま貴女に襲いかかるだけです」
「うっわ、ちょー怖。センパイ、ベッドから出ないでいいっすからね」
「ラトルさん、彼女は何もして──」
ダイヤは説明をしようとベッドから出た時、彼女達の視線が同時にダイヤに向けられた。そして、小屋の外から入ってくる外気で肌寒さを感じたダイヤは自分の姿を見た。
ダイヤは下着姿だった。
「ああ、寒い訳ですね。リズさん、私の服は──」
「殺してぇやるぅぅぅーーーっ!!!!」
「枕元っすよ」
リズはダイヤのことを見たまま怒り狂うラトルの攻撃を避け、ダイヤに服の場所を教えると小屋の外へ飛び出していった。
リズを追いかけて外へ飛び出していったラトルを見送ったダイヤは二人を追い掛けるために慌てて服を来て小屋の外へ出た。
ダイヤが外へ出ると街を守る城壁が目には入り、それを見上げたダイヤは自分が何処に居るのかを把握した。
小屋が建てられていたのは東の街から南の街へ繋がる城壁近くにあるスラムだった。




