東の森の異変
街を出てゴブリンの巣を目指して地図を頼りに森の中を進んでいた五人組は森の中が小鳥のさえずりさえ聞こえないほど静かな事に違和感を感じていた。
「なんだか今日の森、静かすぎませんか?」
「いつもはどんな感じなのかな?」
「小鳥の鳴き声で賑やかですし、小動物も居て草の間を走り抜けていく音とか聞こえてくるんです。でも、今日は……」
杖を持った少女が周りを見渡して動物の姿を探すも、いつも見かけるはずの動物は見当たらず、異様な雰囲気に五人組は自然と良くない雰囲気を感じ取っていた。
「引き返すなら今のうちだな。ゴブリンの討伐をしてオークの討伐もしなきゃならないんだ。奴らの相手は結構疲れるし、大型の奴がいたら全員で帰れる保証はないぜ」
ディーマの忠告にアルバは歩調を遅くしていき、立ち止まると3人に顔を向けた。
「みんなはこのまま進む覚悟はあるか?俺にはあるけど……でも、みんな無事でいることの方が大切だ。みんなの意見が聞きたい」
アルバの言葉に3人はお互いに顔を合わせると笑みを浮かべて頷き、アルバと顔を合わせた。
「ここまで来たんだ。みんなで力を合わせて早く終わらせればいいんだよ」
「私も最後くらいは良い思い出を作って送り出してあげたいなって思っていたから、このまま進みたいです」
「ハハッ、まあ元々危ない依頼だってのはみんな分かってたしな。覚悟はとっくにできてるんだよ」
「みんな……本当にいいんだな?」
3人がほぼ同時に頷くのを見たアルバは笑みを浮かべ、頷くとディーマの方を見た。
「決まったかい?俺は言うまでもなく手助けする気でいるぜ」
「はい。お願いします!ディーマさん!」
「ヘヘっ……いやー、若い奴の熱い友情を見てると俺まで燃えてくるぜ。銀色に輝くメダルにかけて、お前達を守ってやるよ」
覚悟を決めたアルバ達は、静かな森の中を慎重に進んでいき、ゴブリン達の巣へと向かった。
一方その頃、森で一人採取依頼をこなしている少女が居た。シワだらけ依頼書の複製を手に依頼の植物を地面から引っこ抜き、土を落としてポーチに入れると少女はため息を吐いた。
「ハァ……あーもう……適当に掴んだのか採取の依頼だったなんてツイてない……」
ティナは森の中を見渡して、誰もいないことを確認するとポーチから1枚の写真を取り出した。
「いつ見ても写影魔道具って凄いわね。紙にこんな綺麗に人の顔とか背景とか写せるなんて……」
紙に実物と同様の色と形が写されていることに関心しつつも、ティナはその写真に写る白く長い髪の顔全体を覆い隠す仮面を付けた受付嬢の顔を見て顔を赤くし、目を閉じて写真から目を逸らした。
「ふ、ふん……あ、ああ、相変わらず無愛想な顔ね。べべ、別にアンタのことなんて好きじゃないけどぉ?一緒に食事とかしてあげても……い、いい……いいんだからね……。ムリィ!!キモい!!私、キモすぎる!!食事に誘いたいだけなのにどうしてなの!?どうして余計な言葉とか言っちゃうわけぇ!!?今日も失敗しちゃったしぃ!!かぁぁぁっっ!!」
頭を抱えて悶え苦しみ、木に頭を叩き付けて一本の木を叩き折って暴れまわった後、冷静になったティナは深呼吸をしてもう一度写真を見た。
「ふふ、今日は気分が良いから誰かと食事に行きたい気分なの。例えば、いつも受付を頑張っている貴女とかね。……なんか違うわね、例えばって言っちゃったら他の奴でも良いみたいじゃない」
食事に誘うための言い方を色々と考えながら十数歩ほどの短い距離を何度も繰り返し往復するティナは突然足を止め、写真をポーチにしまうと足元にあった鱗を拾い上げる。
「これ……カムレックスの鱗?誰かに斬られた部分の鱗が剥がれ落ちたみたいだけど……まさか、近くにいるのかしら?」
ティナは鱗をポーチに入れようとポーチへ手を伸ばした瞬間、彼女の真上を空を大きな影が飛び去っていき、突風で木々の葉やティナの赤髪が舞い上がる。
「今のは……」
ティナは影の正体を突き止めるため、影が飛んでいった方向へと走り始めた。影は山の方へと向かっており、その先にはゴブリンとオークの巣がある場所だった。
ティナが影を追いかけている頃、アルバ達はディーマの協力によって予定よりも早くオークの討伐を終え、洞窟を出て街へと戻る途中だった。
「ゴブリンとオークが一緒の洞窟で住んでいるなんて聞いたことがありませんでした。彼らも共存することがあるんですね」
「おじさんの経験上、奴らが手を組むのは強い奴が近くにいるってことだ。おかげで依頼は早く終わったが、帰るまで油断しない方が良いな」
「帰って報告するまでが依頼って言うし、無事にみんなで帰ろう。討伐の証はちゃんと持ってるか?」
「あ、あぁ……左人差し指だろ……。うぇ……」
「爪でも歯でもいいって言ったろう。確かに指なら手っ取り早く報酬金が貰えるけどよ。今じゃ爪でも指でも対して変わらないぜ?魔道具で確認するんだからな」
「でも、指の方が早いって言ったのディーマさんじゃないですか」
「急いでるなら、そっちのほうがオススメだからな。ん?」
「どうしました?」
何かに気付いたディーマが歩きながら空を見上げていると、5人の背後から地面が振動するほどの咆哮が聞こえてきた。
「い、今のって……」
「マズい!カムレックスか!走れ!」
咆哮を聞いた5人は急いで走り出し、草を掻き分けて森の中を走り、カムレックスに追い付かれる前に街へと向かう。
「か、隠れたほうがいいんじゃ!」
「バカを言うな!カムレックスは鼻が利く!隠れても無駄だ!」
ディーマは魔法使いルーズの提案を一蹴し、高速で頭を回転させながら次の手を考えた。
「シード!ゴブリンの袋を渡せ!それが奴を引き付けてる!」
「あ、ああ!わかった!」
シードから袋を受け取ったディーマは袋を即座に道端へ投げ捨てた。
「あっ……」
「前だけ見ろ!」
「わ、わかった!」
討伐の証であるゴブリンの指が入った袋を捨てて全力で走るディーマ達だったが、その頭上を大きな影が通過していくとその影がディーマ達の前に下り立った。
口から火を溢す飛竜の姿にアルバ達が足を止め、ゆっくり後退りしているとすぐにディーマが飛竜の前へと出る。
「お前達は街へ戻れ!コイツは俺が引き付けてやる!」
腰に下げていた短剣を抜き、ポーチから光る石が入った瓶を取り出して飛竜の前に投げる。地面に落ちた瓶が割れ、眩い閃光を発生させると飛竜は閃光に驚いて後退りし、アルバ達を仕留めようとブレスを吐くものの視界を奪われたことでアルバ達がいる場所とは違う方向へブレスが放たれる。
「今だ!!行け!」
「でも!ディーマさんが!」
「心配するな!適当に時間を稼いで俺も逃げる。早く行け!」
「アルバ!急げ!」
アルバはディーマを置いていくことを躊躇ったが、他の仲間がアルバの腕を引いたことで彼は後ろ髪を引かれる思いをしながら仲間と共にその場を走り去った。
「そうだ。それでいい。さて……どんなもんか見せてもらおうじゃねえか」
視界を取り戻した飛竜は左目をディーマに向けて翼を広げ、その巨体をディーマに向けると威嚇するように地面を揺らすほどの咆哮を上げた。