ネメシスの異変
六体のネメシスに襲われたダイヤ達は西の森で苦しい戦いを強いられていた。
王女は実戦経験の乏しい三人を庇いながらネメシスに反撃を試みようとするも隙が無く、魔法で剣を飛ばすことも転移することも許されない状況でひたすら守りに徹しており、ダイヤは久しく本格的な戦闘をしていない体が枷となって思うように動けずにいた。
(体が重い…!衰えたとは思っていましたがここまでとは……。朝にラトルさんと練習をしていなければ首が飛んでいたかもしれない)
必死にネメシス達の攻撃をいなし躱し続け、素早く動いて隙を作ろうとするもネメシス達はダイヤの動きに合わせて三方向から攻撃する陣形を崩さず、目を逸らす余裕さえ与えずに彼女を追い詰める。
(サラ様もこのままでは三人を守りきれないでしょう。昔よりも魔力量が多く騎士の皆様と共に訓練を行っているとはいえ、実戦の経験は無いはず。あまり使いたくはない技ですが、仕方ありません……)
ダイヤは攻撃を受け流し続け、ほんの一瞬ネメシス達の攻撃の隙が重なる瞬間を狙って刀を鞘へ納める。
その様子をなんとか動きを読もうとネメシスの足音を頼りに観察していたハンターの目に偶然留まる。
(刀を鞘に収めた…?一体何を……)
ハンターがダイヤの動きを見てほんの少しだけ思考を巡らせていた次の瞬間、一切瞬きをしていないにも関わらず風を斬るような音が聞こえた時には、既にダイヤの刀が振り抜かれていた。
ダイヤの刀がいつ抜かれたのかも分からず、困惑していたハンターは遅れて噴き出したネメシスの紫色の血を見て更に頭を混乱させた。
(何が……起きた?……たった……たった一撃で!?ありえない、魔法で斬撃を増やしたとしても血の噴き出し方がおかしい…。ほぼ同時に見えても多少のズレはどんなベテランでもあるはずだ。なのにアレは…)
ハンターが混乱していると王女の魔法障壁が音を立てて欠け始める。
「くっ……持たぬか!ならば…!」
王女は後ろにいる三人に手をかざし、魔法で何かを付与した瞬間に三人の体が白銀の光に包まれる。それと同時に障壁が破壊され、王女は展開した魔法陣から取り出した銀色の盾で間髪入れずに振られたネメシスの攻撃を防ぐ。
「王女陛下っ…!」
「……っ!後ろだ!王女様!」
三人の横を通り過ぎていく足音を聞いてハンターが叫ぶ。王女が盾で最初に攻撃してきたネメシスを押し返した後、魔法で瞬時に鎧を身に纏うと見えない攻撃が王女の左腕に命中する。
その衝撃で一瞬バランスを崩し、倒れそうになるのを踏ん張っている王女にすかさず背後からネメシスが襲いかかった。
気配で気が付いた王女だったが、防御が間に合わないほど近くまで敵の刃が迫って来ていることを背中で感じ取っていた。
「サラ様っ!?」
助けに向かおうとしたダイヤの足元にどこからか飛んできた小さな矢が地面に突き刺さる。一瞬とはいえ足を止めてしまったことで、王女へ振り下ろされる一撃はもはや間に合わないところまで迫っていたが、ダイヤは地面を強く蹴って左手を伸ばした。
振り下ろされたネメシスの一撃は王女の首を刎ねる…はずが王女の首は刎ねられることなく、一本だけ不自然に近くの木が大きく揺れただけだった。
王女が即座にネメシスの周りに展開した魔法陣から鎖を放ったことによってネメシスの動きは完全に封じられていた。
「はぁぁぁぁぁーーっ!!」
動きを封じた直後に魔法陣から引き抜いた剣でネメシスの心臓を貫くと、王女を助けに来たダイヤの一太刀でネメシスの首が落とされた。
透明化を解除して倒れたネメシスの右手は小さな魔法陣に飲まれて消えていた。
「……相手の体の一部を別の場所に移動させた?」
ハンターはギルドで王女が魔法陣から二人に手刀を落としていた光景を思い出し、不自然に揺れた木へ目をやり、よく観察するとネメシスの攻撃によってできた傷が残っているのを見つける。
「はぁ…はぁ……な…に?」
ネメシスの透明化が解除され、その姿が見えた王女は目を見開いて驚き、動きを止める。その隙をもう一体のネメシスは見逃さず、王女へ素早く接近して襲い掛かる。
そこへすかさずダイヤがネメシスと王女の間に入りネメシスの攻撃を刀で弾く。風を切る音と共に見えないネメシスへ刀で反撃を行うと紫色の血が葉や土の上に落ちる。
姿の見えないネメシスの血が地面に落ち、荒い呼吸を繰り返すネメシスは徐々に透明化を解除し、深い傷を負って跪いている姿が露わになった。
「痩せ過ぎだ…。見ただけで飢餓状態だと分かる程に…」
王女はそう呟き、後ろにいた三人はネメシスの姿に驚いていた。ダイヤは構えを解かずに姿を現していないもう一体のネメシスを警戒していた。
そんな五人の前で苦しんでいるネメシスの首が突然斬り落とされる。
「…!?ど、どうして…」
「……介錯だ。ネメシスは、戦闘中に仲間が苦しんで動けなくなると介錯すると聞いたことがある」
驚くシスターにハンターが聞いた話を教えていると、首を落とされ倒れた仲間の近くでネメシスが姿を現す。
「姿を現した?」
「確かネメシスが透明化を解除するのは本気で殺しに来る合図…。でもあの体じゃ…」
「……奴等は無謀な戦いに身を投じるような馬鹿な真似はしない。ネメシスは仲間意識が強い、待っている仲間達の為にも無駄死を選ぶようなことは、本来ならしないはずだ」
「けど、王女様…。アイツ、どう見たって戦おうとしてる。仲間が全員やられたのに逃げ出さないのかよ。待ってる仲間が居るんだったら、早く逃げればいいだろ?」
剣士の疑問に王女は溜息を吐いて、ネメシスの心臓を貫いた剣をネメシスから引き抜く。ハンターが剣士の肩に手を置き、小声で何かを言うと目を見開いて驚いた後、ネメシスに哀れみの目を向けた。
「ダイヤ、奴をどうしたい?」
ダイヤの隣へ歩いて来た王女に顔を向けることなく、目を細めてネメシスの姿を捉えるダイヤは刀を握る両手に力を入れて刀を震わせる。
「彼の望み通りに。苦しませはしません」
「……そうか」
地面に横たわるネメシスを横目で見る王女は彼らの痩せ細った体を見て再び溜息を吐き、目を閉じて息を吸い込んだ。
「ダイヤ、保護だ」
「サラ様?」
「こんなところにネメシスが居るのはおかしい。加えて飢餓状態ともなれば、何かが起きているのは明白だろう」
そう言って振り返った王女は三人への元へ戻ると、三人に両手を向けて三人の足元に魔法陣を展開する。
「王女陛下?」
「お前達に頼みがある。ギルドへ戻り、ギルドマスターに「ミッドリンガルの全ギルドを一時閉鎖しろ」と伝えるのだ。第三王女の命であると付け加えてな」
「へ、閉鎖!?そこまでするのか…」
「少し考えれば分かるだろ。分かりました王女様、ギルドマスターに伝えます」
「王女陛下は…?」
「ネメシスを捕らえてから戻る。お前達がここに居る必要はない」
「わ、分かりました。お気を付けて」
三人の足元に展開された魔法陣が輝き、光に包まれると三人の姿が消える。三人の転送を終えた王女は振り返り、ネメシスと対峙しているダイヤを見る。
「ソフィア、奴の様子は?」
「サラ様が目を離している間に何かを飲んでいたようなのですが…」
「何かを飲んでいた?」
ダイヤの言葉にネメシスへ目を向けると、ネメシスは木の実と葉で作られた小さな水筒で何かを飲んでいる。
「水分補給ではないのか?」
「あの水筒の中に花びらのようなものを入れていました」
「花の…まさかスピリトゥスか!」
スピリトゥス、湿地帯に咲く白色の花。蜜を餌に湿地帯に住む様々な昆虫を味方に付ける不思議な花。この花の蜜には脳の一部を破壊する程の強い効果があるとされ、少量を接種するだけでも狂乱状態に陥る。
「グヴォォォォォォォォ!!」
ネメシスの叫びが森に響き渡り、腕を横へ勢い良く振って折り畳んでいたリストブレードを展開すると同時にダイヤへ飛び掛かった。




