血液なくては戦はできぬ
静かな森の中対峙する二人はお互いに攻撃のタイミングを待っていた。
木々の揺れる音だけが辺りを支配する中、先に動き出したのは吸血鬼だった。
「はぁぁぁああっ!!」
吸血鬼の突撃と共に突き出された剣は軽々と避けられ、吸血鬼の攻撃を見たダイヤは驚きの表情を見せた。
「ふっ、やるわね」
「その攻撃……」
ダイヤが喋っている途中で吸血鬼は横に剣を振るうが、剣を振るう前にダイヤは後ろへ歩いて攻撃を避ける。
「どうりゃあっ!!」
横に振った剣の勢いを殺さないようにして上から下へと剣を振るう吸血鬼だったがその攻撃も難なく躱され、吸血鬼は額から汗を流す。
「はぁ…はぁ……や、やる…じゃない……でも、まだ…まだっ……!」
その後も攻撃をする吸血鬼だったが、振った剣にダイヤの髪すら当たることなく、既に無いに等しかったキレが更に無くなっていく。
「……なぁ、思ったんだけどよ。なんか…動きが見えるんだよな」
「安心しろ。お前が強くなったとかじゃなくて遅いだけだ、アレ」
「酷く弱っているみたい……お腹が空いているのかな?」
吸血鬼の動きを見ていた三人が吸血鬼の動きについて口にすると横で見ていた王女はため息を吐いて手を叩いて二人の視線を自分に向けさせた。
「そこまでだ。吸血鬼、お前そのような状態でよく戦おうなどと言えたものだな」
「ゼェ…ゼェ……ふふっ…ふぶぉっ……な、なか…なか……やる……わね……。最期に……会えて……よかっ…た……」
まるで遺言のように言葉を絞り出した吸血鬼は魔力で形作った剣を四散させ、地面に膝から崩れ落ちるようにして横に倒れた。
「きゅ、吸血鬼さん!?」
慌ててシスターが駆け寄り、吸血鬼の体を抱き起こすと僅かに目を開けた吸血鬼は微笑みながら小声で何かを言った。
「……ちょう…だい」
「は、はい?よく聞こえないです」
シスターが声を聞き取るために耳を近付けようとするのを見てダイヤは刀の柄に静かに手を置いた。
「血……頂戴……」
「血?あぁ!血液ですね!血液が欲しいそうです!」
「よし任せろ」
吸血鬼が血液を欲しがっていることを知った王女は直ぐに魔法陣を展開して、その中から血抜きを行っていない兎を取り出してシスターの膝上に頭を乗せる吸血鬼の側に歩み寄る。
「血だ。吸え」
「い、いや……できれば、人間の……」
「血は血だぞ、ほら吸え」
吸血鬼は嫌そうな表情を浮かべながら仕方なしといった感じに頷いて口元に近付けられた兎に噛みついて血を吸う。
が、吸血鬼の顔が段々と青くなっていくと血を吸っている途中で吹くようにして血を吐き出して口から大量の血を流し始めた。
「オエッ……や、野生…的な味……マズい……」
「吸血鬼さん!?」
「哺乳類なのに駄目なのか、じゃあ……」
王女が次に魔法陣から取り出したのは牛の血が入った皮の袋だった。物凄い臭いにその場にいる全員が顔をしかめる。
「うっ……こいつは酷い、早く飲め」
「こ、ここ、殺す…気ぃ?飲めない……飲めない…わよ……そんなの……」
「我儘なやつだ、じゃあこれは?」
次に王女が取り出したのは何やら文字の書かれた皮の袋だった。今度は人間の血液らしく、その臭いを嗅ぎ取った吸血鬼はその袋を王女の手から奪い取ると血液を一気に飲み干した。
「ぷはっ……殺されるかと思った……。なんか男臭いし妙な味だけどちゃんと人間の血液で助か…」
吸血鬼が窮地に一生を得て心の底から安堵しているところへ、皮に入れられた文字を見て吸血鬼は再び顔を青ざめさせる。
「そうか、それは良かった。適当に引き抜いた廃棄用の血液だったんだが役に立ったようだな」
「でも、王女陛下……これ”イボ痔“って付け足されてますよ?」
「イボ痔の治療で出た血液だろうな、まあ血は血だ」
「おえぇぇぇっ!!ゴボホッ!」
廃棄用という文字の下に(イボ痔)と付け足されているのを見た吸血鬼は白目を剥いて血液を吐き出し、そのまま意識を失った。
「吸血鬼さぁぁぁん!!?」
「ひっでぇ殺し方」
「助けようとしたのだ。殺そうとして殺したわけではない」
「サラ様、心臓は動いています。殺害を認めるには早すぎるかと」
「そそそ、そそ、そんなことよりです!あ、あわわっ……どど、どうしましょう!?」
パニック状態になっているシスターの肩に王女は手を置き、軽く叩くとシスターに笑顔を向けた。
「大丈夫だ、もし殺したとしても大手柄だ。誰も攻めはしない」
「王女陛下!そんな事言わないでください!助けましょうよ!」
「ふ〜む……しかしな、お前達も最初は警戒しただろう。街に入れたりなどすれば、混乱を招いて民達が…」
「サラ様、一つ提案を申し上げても宜しいですか?」
「うん?ああ、言ってみよ」
ダイヤは三人には聞かれないように王女の耳元でその提案を囁くと王女は少し考えた後、指を鳴らして転移魔法陣を展開させると別に展開した魔法陣から鎖を飛ばして吸血鬼の体に巻き付け、乱暴に魔法陣の中へ放り込んで転移させる。
突然のことに驚く三人だったが、シスターはすぐに明るい顔で王女に駆け寄ると深く頭を下げた。
「ありがとうございます!王女陛下!」
「礼を言うならダイヤに言うのだな。我は気が進まぬが治療も監視もできる場所だ。問題ないだろう」
「一体どこに飛ばしたんです?」
「今はひっそり暮らしている英雄の家だ。吸血鬼のことはよい、本来の目的に戻るぞ」
ハンターの質問に答えた王女は三人に手を振って進むように促すと三人は互いに顔を見合わせた後、ハンターが先に歩き出して二人はハンターの後ろを付いていくように進み始める。
その頃、ハルシュタット家の屋敷では食堂で料理の準備をしている最中、上から落ちてきた吸血鬼のせいで滅茶苦茶となった厨房で吸血鬼を冷めた目で見下ろすメイドの姿があった。
料理に使ったソースが飛び散ったことで顔も服も汚れたラトルの肩は小刻みに震え、手を組み合わせ安らかな顔で気絶している吸血鬼の体を足で小突く。
「あんのクソガキ……また勝手な事をして……ふふっ…ふふふ……今日という今日は本気でお仕置きしてやりましょうかっ…!」
笑顔でありながら笑っていない目は吸血鬼に向けられ、ラトルは吸血鬼を担ぎ上げると散らかった厨房の床に落ちていた調理器具を蹴り飛ばし、扉を蹴り開けて騒がしく部屋の外へと出て行った。
ハルシュタット家でそんなことが起こっているとは知らず、王女とダイヤは本来の目的である小型モンスターの討伐をする三人の様子を離れた場所から見守っていた。
三人の目の前には四足歩行の豚が鼻息を荒くして三人を睨み付けていた。
「シュヴァイン、良質な肉が取れることで有名な豚だが少し凶暴で無闇に近付くと頭突きによる攻撃をしてくる。我であれば楽に倒せる相手だが……」
「シュヴァインの頭突き攻撃は勢いが弱く、倒れた際の打ち所が悪くない限り死ぬことはありませんが、万が一の事もあります。苦戦するようであれば私が代わりに討伐します」
「面白いものが見れそうだな」
王女はそう言って腕を組み、三人がシュヴァインを相手にどんな動きを見せるのか観察を始める。




