衰えた白狼
翌日、ダイヤは窓から差し込む薄明るい日の光で目を覚ました。
「あっ……」
「いつまで寝てるんですかさっさと起きてください巨乳様」
「相変わらず、まだ日が見えない時間に叩き起こすんですね。あと巨乳様と呼ばないでください」
ダイヤが窓から差し込む日の光を見て声を発すると同時に扉が開き、起こしに来たラトルに促されるようにしてベッドから体を起こしたダイヤはラトルに目を向ける。
するとそこには見慣れたメイド姿のラトルではなく、体のラインがハッキリと出てしまうほど無駄のない黒い戦闘服を着たラトルが立っていた。
「何処かの暗殺者みたいな格好ですね」
「裏稼業時代の仕事服です。力が衰えているとはいえ貴女は油断ならない人ですから、今の私の精一杯で挑ませてもらいますよ」
ラトルは両手の黒い手袋を馴染ませている間にベッドから出たダイヤは寝間着から普段着に着替えて髪を縛り、いつも着けている仮面を置いて部屋の外へ出る。
ラトルの背中を追って屋敷の廊下を歩いているダイヤは屋敷の内装を改めて見回して、隅々まで掃除が行き渡っている廊下に感心する。
「10年前と同じで隅々まで綺麗ですね。どこにも埃が溜まっていません」
「お嬢様もサリア様も、ここにはあまり帰ってきませんからね。ベラトリクス様と私以外はこの屋敷に居ませんし、お客様も少ないので汚れることなんて滅多にありません」
「老朽化などはしていないのですか?」
「していますよ。一人なので毎日老朽化している場所を確認しては修繕する仕事をしていて、正直疲れます」
二人は会話をしながら階段を下りていき、玄関から屋敷の外へ出て門まで続く道の途中で歩みを止めてラトルは振り返る。
「木刀は持っていますか?」
「はい」
ダイヤは魔法で木刀を取り出そうとするも、魔法陣が上手く展開できずに数回ほど空を掴むような動きを繰り返した後、ようやく魔法陣から木刀を取り出した。
「前よりは魔法を使えるようになりましたね」
「いくらかは慣れましたが、それでも収納魔法を使うのは一苦労です」
「それでも身体強化系の魔法は使い慣れているでしょう?収納魔法も慣れれば使えますが、貴女ときたら頑なに使おうとしない。だからそんな間抜けな動きを見せることになるのです」
「性に合わないんです。それよりも、そろそろ始めましょう」
ラトルは肩の力を抜く為か、大きく息を吸って同じように大きく息を吐き出した。
「では、行きますよ」
ラトルは腰に付けられたナイフの固定具を外してナイフを手に構えを取った。左手を下に、間を空けてナイフを持つ右手を上にするという構えを見たダイヤも木刀を両手で持って構える。
それを合図にラトルはその構えを維持したままダイヤへ向かって一気に距離を詰める。
距離を詰められたダイヤは斜め上から木刀を振り下ろす。攻撃は避けられ、ダイヤの右側で姿勢を低くして避けたラトルのナイフがダイヤの腹へ迫る。
素早く振り下ろした木刀を横へ振るい、それを潜るようにして避けたラトルは同時にナイフで攻撃しようとするもダイヤの腹まであと少しのところで木刀の柄で叩き落される。
(むっ…そのインチキじみた動きはまだできるのですね)
横へ振った木刀をナイフの上で急停止させ、柄で素早く手を叩いて相手の得物を落とさせるというダイヤが持つ技の一つ。
特別凄い技ではなく練習を重ねれば熟練者にとって習得は容易な技である。
しかし、速さに磨きがかかっているダイヤの腕前があればどんなに素早い攻撃でも相手の得物を確実に叩き落とすことができるということから、ラトルはダイヤが使うこの技はインチキじみていると思っていた。
叩き落されたナイフを足で蹴り上げたラトルにダイヤは体当たりをしてナイフが落ちてくる場所からラトルを遠ざけた。続けて刺突でラトルの胴体を狙って突っ込む。
刺突を躱しながらダイヤの肩に手を置いて飛ぶように躱し、ラトルはダイヤの背中を蹴るようにして飛び退き、地面へ向かって落ちて行くナイフを空中で掴み取り着地と同時に構えを取る。
今度は左手足を前に、ナイフを持つ右手は胸元近くという構えになり、背中を蹴られたダイヤは振り返って木刀を左手で逆手に持ち、柄に右手を添えて居合斬りの構えを取る。
お互いの視線が合った瞬間にはお互いに距離を詰め、ダイヤはラトルを居合斬りの範囲内に収める。
しかし、すぐには振らずにダイヤは更に接近しようと距離を詰めるが、ラトルはそれを許さない。
ナイフを右へ左へと振るい、逆手に持ち替えつつダイヤに背中を見せたかと思えば左足の蹴り上げを行い、接近しようと距離を詰めるダイヤに対して体を支えている右足を曲げて姿勢を低くし、上げていた左足の落ちる勢いを使って右足を軸に体を回して足払い攻撃を行う。
(悪くないですが、前に比べると動きが鈍い。胸に邪魔されているのを何とか誤魔化しているようですが、アレが揺れ動くことに慣れるのは時間の問題でしょう)
足払い攻撃を距離を取ることで避け、素早い攻撃の連続を全て避けきったダイヤが柄を握るが、そこへ再びラトルの攻撃が迫る。
足払い攻撃を終えると同時にラトルは黒紫の魔弾を3本放ち、放たれた魔弾を避けたダイヤの懐へラトルは入り込む。
懐へ潜り込まれたダイヤだったが、それに動揺するような素振りも見せずに柄を掴む右手に力を入れる。
ラトルの左拳がダイヤの脇腹に届きそうになった瞬間、彼女の視界からダイヤは一瞬にして消え、それと同時に首筋に防御魔法によって止められた木刀の衝撃波を感じ取った。
(10年前もそうでしたが、やはり負けるのですね。背後を取ろうにも今の私の体では無理がありますし、私では役不足ですね)
ラトルはナイフを腰の固定具に戻し、振り返ってダイヤを見て汗一つかいていない彼女の姿に呆れたような笑みを浮かべる。
「何か分かりましたか?」
「少しくらい喜んでも怒りませんよ。昔から貴方という人は……ふふ」
「は、はぁ……?」
なぜラトルが笑っているのか理解できなかったダイヤは困惑するが、ラトルが咳払いをして真剣な表情に戻ることで、ダイヤは木刀を逆手で右手に持って彼女の話を聞く。
「コホン、昔ほどの素早さは失われていますが振り自体の力強さは昔のままかそれ以上、次の攻撃へ移る時の動きが鈍く振り始めは昔よりも遅い。昔の貴女と比べると素早さよりも力強さが上回っていて、視界に捉えるのがやっとだった昔に比べて今回の貴女の動きは私でも捉えるのが容易でした」
「振りだけでなく動きまで見えていたと、困りましたね……。まさかそこまで衰えているなんて……」
「昔の貴女にはそんな“立派なもの”が無かった訳ですし、それに加えて練習を怠っていれば当然でしょう」
「やっぱり戦いには邪魔ですね。何が原因でここまで大きくなったのかが分かりません」
そう言いながら胸を揺れ動かすダイヤにラトルは心底腹を立てながら目を閉じて我慢しようとする。
しかし、ラトル自身は巨乳というものが嫌いという訳ではなく、それを自慢する人間が嫌いなだけで魅力的である豊満な胸はどちらかといえば好きであった。
(……白狼様は確か大人しそうな顔をして中身は戦闘狂という中々面白い性格だったはず。私がそういう人間が嫌いだということも知っている……なら)
ラトルは片目だけを開けてダイヤを見るが、本当に困ったような表情をして自身の胸を気にしている彼女を見てラトルは安堵する。
(流石にそんなことはしないでしょう。白狼様ですし)
「……ラトルさん、もう少しお付き合いしていただけませんか?今ので少しばかり思い付いたことがあるので」
「そうですか、良いですよ。思い付いたことは試さなければ分からないものです。朝食の前まではお相手しましょう」
ラトルは収めたナイフを再び取り出し、ダイヤと目を合わせて今度はお互いが同時に一歩前へ踏み出て闘いが始まった。
二人の闘いは朝食の前まで続き、それが終わる頃には周りはすっかり明るくなっていた。




