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ハルシュタット家

 城下町にある貴族の敷地の中でも最も広い敷地を所有しているハルシュタット家はミッドリンガル王国一の上流階級の貴族であり、王国内でその名を知らぬ者は居ないほどの知名度を持つ貴族である。


 そんなハルシュタット家に養子として受け入れられているサリア、ダイヤの二人はグローザとは義理の姉妹となっている。


 屋敷の玄関までやって来た二人は扉の前に下げられている鐘を紐を引いて鳴らす。


 少しして扉が開き、メイド服に身を包んだ短髪青髪の女性が二人を出迎える。


「ソフィア様、おかえりなさいませ」


「ラトルさん、相変わらずですね。お久しぶりです」


「10年ぶりです。見ない間に成長したようですが……」


 ラトルはダイヤの体を舐めるように見て何かを感じたのか目を細め、隣りに居る王女には目もくれずに一点を見つめたまま動きを止める。


「ラトルさん?……私の胸が何か?」


「お嬢様も随分と大きく育ちになられましたが、貴女まで……許せません。このラトル、この貧相な体に生まれた事を末代まで呪うことでしょう」


「あぁ、貴様のそれはほぼ壁…」


 王女が失礼な言葉を言い終える前にラトルが袖中に仕込んでいた刃を突き出し、その刃が王女の首近くを掠め、ついでとばかりにダイヤにも刃が向けられた。


「おのれぇ!!このオッ○イ魔族がぁぁぁああ!!」


「あぁ……なんだか懐かしいですね。このやり取り」


 豹変したラトルを見て懐かしさを感じているダイヤの体へラトルの刃が迫るが軽く躱してラトルを抱き寄せると落ち着きを取り戻したのか、ラトルは袖の仕込みナイフを袖の中へ戻した。


「10年も会えずに……待ち続けておりました。えぇ……お嬢様から話だけは聞いておりましたが、私は多忙で貴女の姿を見に行くことができなかった。貴女の姿を一目、見たかったのです。それが今日、ようやく叶いました」


「申し訳ありません。ギルドの仕事に慣れようと必死だったもので、帰る時間が無かったのです」


「聞いておりますよ。そこのクソガキ王女に振り回されて大変だったでしょう」


「おい、貴族のメイドが我を侮辱するのか?まったく……」


 ラトルの言葉に不満を示した王女にラトルはダイヤを優しく押し離してから顔を向けると魔法陣から取り出した玩具でシャボン玉を王女に向けて発射する。


「おい、侮辱に侮辱を重ねるな。我はもう子供ではない」


「そうでしょうか?ならこの伝説の剣聖、白狼ちゃん人形も要りませんね。プレゼントとして取っておいたのですが」


 そう言って魔法陣に玩具を戻し、一つのぬいぐるみを取り出して王女に見せびらかす。


「なっ!?き、貴様ッ……!それはグローザが腹立たしいほど自慢してきた人形とまるっきり同じではないか!?」


「ええ、クソガキ王女のことですし欲しがると思って取っておいたのです。欲しいですか?要りませんよね?子供じゃないんですから」


「ぐっ…!……ほ、欲しい!だが……貴様が要求することといえば……」


「はい、一日屋敷のお手伝いとして働いてもらいますよ」


「前に軽率に引き受けて恥をかかされたことを忘れたわけではない……ないのだが……」


「あっ、手が滑りました」


「……ッ!!?」


 ラトルの手からぬいぐるみが地面へ向かって落ち始め、王女の体はそれに反応して素早く地面に伏せてぬいぐるみを両腕の上で受け止める。


「こ、ここ、この外道が…!!」


「チッ……ちゃんと手で受け止めてください。10年前みたいに」


「少しもまともな性格になっていないな貴様!10年もあれば人は変わるものだろうが!!」


「“そう簡単に変わってたまるか”などと言っていたのは何処の国の王女様だったのでしょうか?ん〜思い出せませんねぇ?」


「二人共、そこまでです。ラトルさん、お母様は今どちらに?」


「ベラトリクス様は夕飯の支度をしていますよ。なんでも女の勘で“貴女が帰ってくるような気がした”からと張り切っておられました」


「どこの国を探しても王族を馬鹿にするメイドと自炊する貴族などハルシュタット家だけだろうな」


「普通のメイドとして居るのなら粗暴な振る舞いなどしませんよ、クソガキ」


「結局、我は“クソガキ”と呼ばれるのだな。まあ良い、今夜は世話になるぞ」


 王女はぬいぐるみを脇に抱えてラトルの横を通って屋敷の中へ入って行き、ラトルが屋敷へ入るようにダイヤを促して二人は屋敷の中へと入って行った。


 王女はグローザの部屋へ用があると二人に言い、王女が用事を済ませている間に挨拶をしようと厨房へ向かった。


 厨房に入ると鍛え上げられた両腕を使って炒め物を作っている女性の後姿が見え、二人は顔を見合わせて声を掛けるタイミングを伺っていると火を消して普通よりも二回りほど大きいフライパンを手に持ったまま女性は振り返った。


「ほら、出来上がったよ。おかえり」


「あ……はい………お久しぶりです」


 すぐに仮面を外して挨拶をするとベラトリクスは豪快に笑う。


「アッハハハ!変わってないねぇ、アンタは!喋り方は変わっても中身は変わってない。でも、“体の方は”結構変わったみたいだね」


「は、はぁ…?」


 妙に強調した言い方が気になり、首を傾げたダイヤは玄関先でもラトルが自身の体を見て目を細めていたことを思い出す。


「まあ席に座って話そうじゃないか。色々と聞きたいこともあるからね、ギルドの話だとか最近の生活のことだとか」


「……そうですね、私も久しぶりにお母様とお話したいです」


 ダイヤの言葉にベラトリクスは歯を見せるようにして笑い、三人は皿に盛り付けられた様々な野菜が入れられた野菜炒めを囲って椅子に座る。


 フォークを手に小さい取皿に野菜を移しながら少しずつ食べる三人はダイヤの近況を聞きながら山盛りの野菜を食べ進めていく。


 そして、ダイヤは少しだけ話に間ができた瞬間に気になっていたことを二人に聞く。


「あの……私の体が何かおかしいのですか?ラトルさんもお母様も、私の体を見て何か思ったようですが」


「そうですね……。貴女、鍛錬はどうしていますか?」


「鍛錬ですか……模擬刀を使った鍛錬と時間が無いときには何も持たずに素振りをしているぐらいですね」


「なるほど……それで10年前よりも動きが鈍いのですね」


「………はぁ、やはり分かるものですか」


 動きが鈍いと言われてダイヤはため息ついた。自身でも動きが衰えたとは思っていたものの、それを直す時間もなく仕事に明け暮れていた為、自分自身でも昔ほどの力は無いと理解しているつもりだった。


 しかし、外から見ても衰えているのが分かったことで一層ダイヤは昔ほどの力がないことを自覚させられ、肩を落して落ち込んだ。


「剣聖白狼がここまで落ちたと知れば、ガイニス様が非常に残念がるでしょうね」


「ガイニス兄さんが?」


 ガイニス、13年前に王族殺し未遂と反逆罪で死刑とされ、後の3年後に10年の懲役まで減刑された“元ハルシュタット家長男”である。


「アイツ、南の収容都市からこっちに戻ってくるのさ。10年経ったから釈放されるんだよ。聞いてないのかい?」


「はい……グローザ様が知らないはず無いのですが……」


「なら使用人達が教えてないんだろうね。ほら、あの子ガイニスのこと大好きだから何を言い出すか分からないだろう?」


「確かに……それに兄さんなら収容都市へ入る前に使用人に口止めをしているかもしれません」


「そうかもしれませんね。ですが、それよりも今は貴女のことです。ガイニスは必ず貴女と再会することを望むでしょうし、弱ければ殺しに来ますよ。一度やり合っているんですから、あの人がどういう人なのかは知っているはずです」


「はい………しかし、昔の力を取り戻したい気持ちはありますが修行の相手も居ませんし、街の外へ出るわけにもいきません。それでは力を取り戻そうにも……」


「悩むのは後にしな、飯が冷めちまうよ。ああそうだ、グローザの友達から即席栄養食とかいうのを貰ってね。アンタも食ってみな」


「………」


 椅子から立ち上がったベラトリクスはダイヤの肩を叩いて厨房へ向かい、その背中を見送ったダイヤはフォークを眺めながら今の自分に必要なものを考えた。

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