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ヒュドランゲア変異体

 木々の間を二人の身長を超える程の大きな蕾が草を分けながら二人に向かって近付いてくる。


 木々の間から差し込む光で徐々にその姿が見えるようになってくると姿を見たティナは太刀の柄を強く握りしめる。


「ヒュドランゲア……!」


 薄い紫色をした巨大な蕾は黄緑色の胞子をまき散らし、蕾の下側では何本もの茎が触手のように蠢いて蕾の足となっていた。


「本来なら動かないはずの肉食植物じゃない!どうして動いてるのよ!」


「突然変異だとは思われますが……」


 ダイヤは茎に巻き付かれた状態で動かなくなっている動物やモンスターの死体を見て巻かれれば命がないことを悟り、ゆっくりとティナに近付いて彼女の肩に手を置いた。


「逃げましょう。あれは何かおかしい気がします」


「逃げる?こんな奴を放っておいたら誰かが犠牲になりかねないわ」


「動きは遅いですし、サラ様に報告してそれから…」


「動きが遅いからって油断しちゃ駄目よ。アレが近くに生えた村は全員が死ぬのよ?動かないなら私だって報告に戻りたいけど、これ以上動いてもらったらアイツが吹き出してる胞子で被害が出る」


「ティナ様、アレはいくつもの茎を生やしている時点で本来の姿と異なっているのです。それに胞子を吸い込むと激しい吐き気と目眩で戦闘どころではなくなります」


「なら速攻で倒せば良いでしょ!」


 ティナは刺突の構えを取り、赤い魔法の光が両足に宿るとその場から撃ち出されるようにしてヒュドランゲアに向かっていった。


(吸い込まなければいい……なるべく空気を吸わず、素早く終わらせる……!)


 ティナの刺突による攻撃が蕾に届きそうになった時、蠢いていた茎が触手のようにティナへ向かってきた。


(くっ…!)


 ティナは間一髪、太刀で茎の鞭のような攻撃を防いで距離を取るが追撃に何本もの茎が迫ってくる。ティナは素早い動きで左右に動いて回避しながら茎を切り、蕾を守る茎の数を少しずつ減らしていく。


 しかし、茎は何十本と斬っても再生して再びティナの前に立ち塞がり、迫ってくる茎を斬り続けるティナは魔法による加速で避けては斬るを繰り返して徐々に体力と魔力を削られていった。


(何本生えてくるのよ…!鬱陶しい!)


 迫ってくる茎を対処することで一杯になっているティナを見て、ある程度ヒュドランゲアの動きがわかったダイヤはハルバードを手に黄緑色の胞子の中へと突っ込んでいった。


 素早い身のこなしで茎の振り払いと突撃を躱し、次から次へと来る茎を切り払おうともせずに一直線に蕾へ近付いていく。


 それを見たティナも切り払うことを止め、回避に専念しながらダイヤと同じように蕾へと近付いて行った。


 二人が並んで巻き付こうとする茎を避けながら蕾へ近付いて行き、武器があと少しで届くほど蕾の近くまで迫ることができた時、蕾が少し揺れて何かをしようとしていることに気が付いたダイヤは足を止めて近付くのを止める。


 しかし、ティナはその動きに気付かず更に加速して蕾へと近付いて行った。


「ティナ様!」


 近付こうとするティナを呼び止めようとしたダイヤだったが声は届かず、ティナは蕾へ近付くことに夢中になっていた。


(あと少し…!)


 剣を構えて刺突による攻撃で仕留めようと考えていたティナは最後の数本の茎による攻撃を躱し、一切躊躇せずに蕾へ突撃して行った。


 ティナの攻撃が眼前まで迫った瞬間、蕾が花のように開いて大量の胞子を周囲に撒き散らす。


 胞子をもろに受けたティナは浅く息をしていたものの濃度の高い胞子を吸い込んでしまい、激しい吐き気や目眩、頭痛に襲われて視界が歪む。


「ゴッホ!ゴホッ…!」

(しまった…!まさか、誘い込んでたの!?)


 飛び込んでくるティナを捕食しようと大きく開いていた花びらの中央には大きな口があり、口の中では多くの粘液と胞子が待ち構えているのが視界が歪んでいるティナの目でも分かった。


(体が思うように動かない……意識も……遠退いていく……)


 虚ろな目ですぐそこまで迫る口を見続けることしかできず、抵抗もできないまま餌を大きな口で受け止めようとしているヒュドランゲアへティナの体は落ちて行った。


 ヒュドランゲアが花びらを閉じてティナを捕食しようとした瞬間、ヒュドランゲアの口の上からティナの姿が一瞬で消え、勢いよく閉じられた花びらは花びら同士がぶつかり合った音を鳴らす。


 ヒュドランゲアは再び蕾となった状態で捕食しようとしていたティナと間一髪のところで彼女を救ったダイヤへ向かって移動を始める。


 木陰に担いでいたティナの体を下ろし、持っていたハルバードを抱えてダイヤは木陰から飛び出てヒュドランゲアへ向かって一直線に先程よりも数段上の速度で迫って行った。


 先程と同じように茎がダイヤを攻撃しようとするも、茎の攻撃はかすり傷はおろか、彼女の長い髪の毛にすら触れることができず、あっという間に蕾まで接近を許してしまう。


 ダイヤは抱えていたハルバードを構え、蕾の足元を体を軸にした回転斬りで切り払い、蕾の足になっていた茎を全て切り離した。


 茎が切り離されたことで危機を感じたのか、蕾を大きく開いて先程よりも量は少ないものの再び胞子を吐き出してダイヤの動きを鈍らせようとするヒュドランゲアだったが、その口へ飛び込んできたのはダイヤの体ではなくハルバードの重い一撃だった。


 真っ二つにされたヒュドランゲアは大量の粘液を撒き散らして少しの間だけ痙攣した後、完全に動きを止めて生命活動を停止させた。



 〜それから数時間後〜


 ダイヤに背負われてギルドの医務室へ運ばれたティナはベッドの上で意識を取り戻した。


「……ここ、医務室?」


「ええ、お体の具合はどうですか?ティナ様」


 目を覚ましたティナの近くには椅子に座っているダイヤがティナののことを見て微笑んでいた。


「ダイヤ……。私、アイツに食われそうになってたはずじゃ……」


「ええ、食われる前に救い出しました。あのヒュドランゲアは今ギルドマスターに調べてもらっていますが、恐らく何らかの原因で魔物化していたのでしょう」


「……アイツ、私が近付いてくるのを待ってた。ゴホッ…ゴホッゴホッ……植物のくせに知性を持ってたのよ。あれは……本能とかじゃなかった……。ごめんなさい…ゴホッ……貴女には迷惑をかけたわ」


 咳をしながらベッドから起き上がろうとしたティナの肩に手を置いて動きを止めたダイヤはゆっくりと首を横に振って彼女の肩を軽く押して横にさせる。


「お気になさらず、横になって。吸い込んだ大量の胞子が肺に溜まっていますから、すぐに処置しなければなりません」


「ヒュドランゲアの胞子って体内で育って宿主の体を食い破って養分にして育つのよね?恐ろしい話だわ……」


「治療法は既にありますから、そこまで怖がらなくても大丈夫です。ですが……今回は突然変異体の胞子です。成長速度や体のどこまで影響が及んでいるか想像できません。なので、治療の専門家を呼んでいます」


「治療の専門家?ゴホッ……それって……」


「俺だ。バカ妹」


 扉を開きながらそう言って入って来た男は焦げ茶色の帽子に黒いバンダナを鼻と口を覆うようにして巻き、焦げ茶色のコートに身を包んでいた。


「アビス兄さん……」


「お待ちしておりました」


「治療の邪魔だ。出ていけ」


「ちょっと…!ゴホッゴホッ…ゴッホ…!はぁ…はぁ…」


「何かあれば外にいます」


 ダイヤは椅子から立ち上がって頭を下げたあと、部屋の外へ出て医務室にはアビスとティナの二人だけになった。

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