第3王女と白狼の戦い
一週間程経ち、城の広場へ防具を身に着けずに武装した状態の白狼と銀色の鎧に身を包んだ第3王女がお互いの目を見たまま動かずにいた。
睨み合うわけでもなく、ただその場に佇んでいる二人を騎士やメイド達が見守る。その中にはメイド長と首輪と手錠を付けられた魔女も居た。
「王女様、魔力は完全に回復したみたいだけど勝てるかね〜」
「まさか王女様との決闘を条件にしてくるとは……あの方は一体何を考えているのでしょう」
「単純さ、白狼ちゃんは強い相手に会うと戦いたくなる戦闘狂なんだよ。恐らくっていうか確実にだけど、私と王女様の闘いを見てたんだろうね」
「メイド長……私には王女様が勝てるとは思えません。白狼様は人知を超えた強さを持っています。この街だけでなく他の街でも生きる伝説として語られる武人に、王女様が勝てるかどうか……」
メイドの一人がメイド長の耳元で小声で言ったが、メイド長には既に戦う気でいる二人の間に入って止めることができないように見えた。
「おやおや、自分の主人なんだから信じてあげなよ。案外、王女様が勝つかもしれないんだからさ」
恐らく自分よりも白狼のことを知るはずの魔女の口から出た言葉にメイド長は疑問に思ったが、今度ばかりは相手が悪いと戦いを始めようとする二人に表情を強張らせていた。
「ようやく話す気になってくれたこと、我は嬉しく思うぞ。我が勝てば本当に話してくれるのだな?」
「約束しよう。だが某が勝ったときは……」
「街を出る。そして、二度と関わるなだったな」
「命を救ってくれたことには感謝している。しかし、某にはもう何も残されていない。何も残っていないのだ。この世に居る意味も、刀を握る理由も……第3王女よ、某が勝った場合は……もう関わらないでほしい」
胸に手を当てて言う白狼に王女の表情が哀れむ表情になり、白狼はゆっくりと息を吐いてグローザから受け取った腰から下げられている新しい刀の鞘へ左手を置く。
柄に右手が置かれると鞘と刀身が擦れる音を鳴らしながら輝きを放つ刀身が姿を表す。
「……参る」
鞘から手を離して両手で柄を持ち、刃先が王女に向けられる。白狼が構えるのを見た王女は魔法陣を展開していき、戦いに備える。
王女が魔法陣を展開し終え、お互いに睨み合うだけの時間が少しの間流れる。
しばしの沈黙の後、先に動いたのは白狼だった。
白狼の体が自分へ向けて傾けられたと王女が認識した瞬間、白狼の動きを捉えることができずに彼女の動きを見失う。
王女は悪寒を感じて咄嗟に横へ体を素早く動かして離れる。
そして、すぐに王女のいた場所へ背後から刀が背の部分を向けて振り下ろされた。
まだその場に王女がいた場合、刀の刀身は首まで紙一重のところで寸止めされていた。
(なんだ!?速すぎるぞ…!同じ人間なのか?父上との戦いで見せていた俊敏さが以前より増している気がする。背後を取られることは想定内だったが……)
飛び退き、地面へ足が付いた瞬間には既に白狼の姿はなく、王女は咄嗟に背後へ剣を射出して見えない敵へ攻撃を行うが射出された剣は全て躱され、攻撃を許してしまうほどの至近距離まで詰められる。
(正面ならば…!)
王女は魔法陣を胸の前に展開し、目を閉じて魔法を発動させる。
魔法陣から放たれた眩い光で白狼は王女の姿を見失い、王女の姿を最後に見た場所へ感覚だけを頼りに刀が振られる。
「む……」
しかし、刀は空を切り、白狼は足元に大きめの魔法陣が展開されていることに気が付くと、後ろへ飛び退いて素早くその場を離れる。飛び抜いた直後、いくつもの槍が地面の魔法陣から飛び出した。
そして、背後に攻撃の気配を感じ取った白狼は振り向きざまに飛んできた剣を避けつつ、鞘へ刀を納刀する。目を閉じて王女の気配を探し始める白狼の周囲を囲むようにして魔法陣が展開され、ほぼ同時に剣が射出される。
「……そこか」
白狼がそう呟いた瞬間、飛んできた剣が砕け散り魔法陣までもが砕けて魔法の塵となって消える。
「な、なにが……」
「空間斬りか〜。やっぱり速くて全然見えないや」
「空間斬り?」
見守っているメイドの一人が驚きのあまり言葉を漏らすと独り言のように魔女が白狼の技名を言う。
「居合技の1つだよ、あらゆる物を斬り捨てる白狼ちゃんの得意技。あれね、魔法陣は今見た通りで大体の魔法も斬っちゃうから私と相性が凄く悪いんだよね〜。けど……やっぱり手加減してるね、白狼ちゃん」
傍から見た限りでは白狼は一切刀を抜いていないように見えていたが、実際は目にも止まらぬ速さで刀が抜かれていた。
彼女が刀を抜いた瞬間はメイド長達はおろか最も近くにいた王女すらも見逃していた。
(本物の剣まで粉々にする居合斬りか。参った、このままでは勝ち目がない。だが焦っても勝機はない)
王女は次の策を考えながら時間稼ぎに白狼の周囲に新たに展開した魔法陣から次々と剣を射出し、彼女との決闘のために徹夜で覚えた姿を晦ます魔法で気配を殺して彼女の動きを観察する。
しかし、そんな王女の首に鉄のように冷たい物が当てられ、王女は背筋を凍らせる。
「今ので、その首は貰った」
つい先程まで王女が見ていたはずの彼女は既にその場から消え、王女の背後を取っていた。
「首を跳ねなければ貰ったことにはならないだろう?」
王女は振り返らずに地面に手を当てて彼女の背後に魔法陣を展開し、槍を地面から突き出すが白狼は視界に魔法陣を捉えることもなく軽々と突き出された槍を躱した。
(焦るな、グローザの自信作を使うときが来るのを待て)
王女は焦りそうな自分に言い聞かせながら後ろへ飛び退いて、刀を鞘へ入れたまま近付いてくる白狼へ剣、槍、斧、鎌などを射出してなんとか時間を稼ごうとする。
そんな王女の視界から再び白狼が消え、王女は後ろへ飛ぶことをやめて白狼の姿を目を頼りに彼女の姿を探す。
しかし、探す王女の腹回りの鎧が目にも止まらぬ斬撃で剥がれ落ちた。王女の腹部を守るものが衣服だけになったところへ刀の柄が深く腹部へと打ち込まれる。
「カハッ…!」
「「王女様!」」
腹部から来る激痛に王女はその場で四つん這いになり、何度も咳をして呼吸を整えようと喉を鳴らす。
「王女よ、そなたの負けだ。潔く認めよ、某のために時間を割くべきではなかろう」
「ケホッ!……ケホッ……戯け……認める…ものか……」
「勝ち目は無い、その幼い身でよく戦った。某は王女のような幼子に会ったことはない、成長すればいずれ某を超えることだろう」
「ならば……ならばその時まで側に居るのだ、白狼」
「それはできぬ」
白狼の返事に王女は地面に顔を向けたまま歯を食いしばり、石の表面を爪で削りながら拳を作ると震える足で立ち上がろうとする。
「認めん……貴様が居ない世など……我は絶対に認めん……」
「王女様……」
震える足で立ち上がった王女に白狼は表情には出さずに驚いていた。そして、なぜ王女がそこまで自分に拘るのか疑問に感じていた。
「王女よ、なぜそこまで某に拘る。某の強さが欲しいのか」
「違う……」
「では、友であるからか?」
「それもある…」
「……分からぬ、友とはそこまでするものではない」
「ならば友が死ぬのを見過ごせと言うのか、白狼」
震える声で発した怒りの言葉と共に王女は顔を上げ、その顔を見た白狼は目を見開く。
王女の目からは涙が流れ、顔は赤く肩は震えていた。
「貴様がこの街を出て死ぬことを選ぶというのならば、我は全力を持って貴様を止めなければならん!これは友としてではない、我の意思だ!我には貴様が必要なのだ!!」
王女は両手に魔法で形成されたダガーを作り出し、白狼へ向かって走り出す。
「お嬢様……!接近戦では勝ち目がありません!」
メイドの一人が堪らず一歩前へ出たところへメイド長が腕を出して止め、止められたメイドはメイド長の顔を見る。
「信じましょう」
「でも!お嬢様は接近戦ではメイド長にも…!」
「分かっています。ですが、サラ様は怒りに任せて突撃を行うような子供ではありません」
メイド長は腕を下ろし、メイドは胸の前で手を重ねて心配そうに二人の戦いを見守る。
王女の連撃を躱し、刀を抜いた白狼は抜きざまに王女の左手のダガーを弾き飛ばし、続いて右手のダガーを弾き飛ばした。
すかさずダガーを形成して再び向かっていく王女だったが、同じようにダガーは弾かれるか強度不足で砕けて散った。
「王女様、生成魔法でダガー作れるって言っても10本も作れないでしょ。生成魔法の消費って激しいからさ」
「先程まで魔法を使っていたことを考えると……6本、つまり今作ったもので最後になるかもしれません……」
王女の両手に最後の魔法のダガーが形成され、焦点が合わず肩で息をして目に見えて疲れが出ている王女に白狼は心を痛める。
「王女よ、もういい。今回ばかりは魔力を消耗し過ぎだ、魔女の時よりも無理をしているだろう」
「貴様が負けを認めるまで我は倒れん!負けも認めん!貴様が負けを認めるまで我は身体を動かし続ける!!」
王女は明らかに無理をしている様子で足を動かし、左右に揺れながら走り出すと一直線に白狼へ向かっていく。
白狼は刀を持ち直して構え、走って来た王女の攻撃を片膝立ちで受け止める。
「もう止めよ!そなた、もはや戦いなどできぬだろう!そこまでする必要などない!」
「身体は…動く…のだ…!諦め…る……ものかぁ…!」
王女が力を入れて行くと右手のダガーは砕けて散り、残された左手のダガーを振るおうとした王女の左腕を白狼は刀を捨てて掴む。
そして、王女の体を右腕で抱き寄せた。
「王女よ、もういい。そなたは十分頑張った。その執念、見事だ」
「離せ……我は…まだ……」
「もういいのだ、王女よ。そなたの姿を見て、考えを改めてみることにした。だから、もう…戦わなくて良い」
優しく王女に言い聞かせるようにして、白狼は王女の背中を右手で擦りながら王女の健闘を称えた。王女は抵抗することをやめて左手に持っていたダガーを落とし、ダガーが塵となって消えると白狼は王女の体を両手で抱きしめる。