とある女性冒険者の不運
女性冒険者は個室にあるベッドに寝かせられ、王女は鎧を脱いで王族らしくない白シャツの上に灰色のパーカーを着て黒のカーゴパンツと、王族らしくない服装になっていた。
王女は謝罪を繰り返し、自虐する彼女に対して何度も謝罪を受け入れる言葉を送りつつ、会話を試みようとしていたが試みは全て失敗に終わっていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、生きててごめんなさい。許してください許してください許してください許してください許してください、何でも……何でもしますから……」
「ふぅむ、さっきからそればかりだな。王族の鎧にゲロをかけたからと気に病むなと言っているだろう。疲れんのか?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ぐすっ……うぅ……」
「謝るのであれば我の言葉に耳を傾けよ。おま…おほん……冒険者よ、名はなんと言う?」
「…………メル……です」
「メルか、覚えておこう。我では話しにくいだろう?しばし待て、あの二人であれば食事の用意にそこまで時間はかからん」
「………」
二人が会話を止めて少し経った頃、料理を持ったダイヤとメイドの二人が部屋へ戻ってきた。野菜と米で作られた料理がベッドテーブルに置かれ、離れていく手を追いかけるようにしてメルは椅子に座ったダイヤと顔を合わせる。
「メル様、無理をなさらないようにと言ったはずですよ。採取依頼を三ヶ月の間休みなく受け続けていれば倒れるのも当然です」
「……ごめんなさい」
「採取依頼を三ヶ月も休みなくか、何か理由があるのではないか?」
「彼女は弟の借金を返す為に冒険者として採取依頼を受けていると聞いています。ここ3ヶ月は昼も夜も休みなく依頼を受けているとも」
「なに?それは本当なのか?メル」
「うっ……はい……」
メルの返事を聞いた王女は右足を上に足を組み、溜め息を吐き出して目を閉じる。
「借金の額は?」
「8000万ほど……」
「ほう、一軒家が余裕を持って買えるではないか。安ければ集合住宅を持つことも夢ではないな」
「メル様、そこまでの額となると毎月の返済額は採取依頼の報酬金額では全く足りないと思いますが……」
メルは俯いて布団を握り締めながら涙をこぼし、体を震わせながら説明をするために声を絞り出し始める。
「三ヶ月前に……職場が倒産して無くなって……それで………家も物も全部取られちゃって……食べ物を買う余裕もなくて……新しく入った職場は10時間労働させられて…月14万……毎月の返済額は20万以上なのに……死ぬしかないんですか?私……まだ死にたくない……」
メルの説明を聞いたダイヤは椅子をベッドに近付けていき、メルの手の上に自分の左手を重ねた。
「職場を変えましょう、その職場は明らかに悪い職場です。そこに居続けるのはメルさんにとって良いことではありません」
「できるならそうしています……でも、辞めようとして職場に行かないと探しに来るんです……。家が無くて外に居るから……強引に連れて行かれて仕事をさせられて……私、まるで奴隷みたいじゃないですか……」
ダイヤの胸に顔を埋めて強く抱き着いてきた女性の体を抱き締め、泣き続けるメルの背中をダイヤは優しく撫でる。
「この国の法律で「いかなる理由であっても強制労働は禁ずる」となっているはずなのだがな。下郎共め、法律を無視する下郎には死刑判決を下したいところだが、そうも行かぬのが現実よな」
「そんなに困っているなら私がお金を……」
「駄目ですよ、サリア。貴女は王族の側近です。側近といえど王族に関係する者が国民一人にお金を渡したと国中に知られてしまったら大変なことになります」
「でもお姉様……」
「サリア、諦めよ。心苦しいが王族である我とそのメイドではどうにもできぬ。下手に動けば我だけでなく姉上も王である兄上にも何かしらの迷惑になる。救いを求める国民はメル以外にも多く居るのだ、一人を特別扱いすることはできん」
苦しんでいるメルにお金を渡せないことに悲しそうな表情を見せたサリアは少しだけ俯いた後に眉間にシワを寄せて顔を上げる。
「そもそも弟さんは何をしてそんなに借金を作ったんですか。こんなにお姉様が苦しんでいるのに本人は何をしているんですか」
「ふん……メルの姿を分からぬか?全て押し付けて逃げたのだろう。弟が支払いをしていないことなど話の流れとメルの姿で分かる」
「家族なのになんて酷い……」
「家族だから仲が良い訳ではない、所詮は血が繋がっているだけの他人だ。金のこととなれば尚更よ」
目を開けた王女は右腕を伸ばして手を顔の前へ上げ、手を開いたままゆっくり横へ動かしていくと銀色に輝く魔法の光が手に沿って現れる。
王女が手を止めて腕を引くと光はそれ以上伸びることなく宙に留まり、その光の中へと王女は手を入れて何かを探るように光の中へ入れた手を動かす。
「王女様……?」
「案ずるな、金はやれぬが情報であればいくら話そうとも国家機密でなければ問題なかろう。それを以て地の底より這い上がってみせよ」
王女は光の中でなにかを掴むとそれを引っ張り出した。
王女が光の中から取り出したのは柄の先端に円形の物が付いて反対側の柄の先端から線が伸びている不思議な形をした物だった。
「サラ様、それは?」
「魔導式遠話器の受話器だ。グローザの最新作でな、その試作を試しに城へ置いたのだが相手がグローザしかおらぬゆえに置き物と化していたのだ。使うには良い機会だろう?」
受話器を手に説明する王女だったが何かが足らないことに気付くと空いている左手を光の中へと入れて銀色に塗装された円錐形の物が付いた木箱を光の中から引っ張り出す。
「全く使わぬから忘れていた。これが無くては向こうの声が聞こえぬ」
『サラ王女?サラ王女、聞こえておりますか?』
光の中から木箱が出てくると箱から女性の声が雑音混じりに聞こえ、メイドであるサリアも見たことがなかったのか驚くような表情を見せた。
「すまぬな、聞こえているぞ。グローザは今居るか?」
『はい、今お繋ぎ致します』
箱から出ている円錐から雑音混じりではあるものの人の声が聞こえてくるという奇妙な光景に自然と3人の視線が王女に集まる。3人の視線に気付いた王女は箱をベッドテーブルの上に箱を置く。
『グローザですわ。サラ、貴女が遠話器で連絡してくるなんて珍しいですわね』
「グローザ様の声が……!?」
『あら?今の声、サリアではありませんの?貴女、自分の部屋から持ち出していますの?』
「今少し込み入った事情でな、お前の力で何とかしてほしいことがある」
『おほほほ、本当に珍しいですわね。貴女が頼み事をしてくるのと遠話器を使うということは貴女の悩みを聞くわけでは無いのでしょう?』
「察しが良くて助かるぞ。メル、これを持ってグローザと話してみよ。雑音で少々声が聞き取りづらいかもしれぬがな」
王女が受話器を差し出すとメルは両手で受け取り、姿の見えない相手に何を言えばいいのか少し悩んだ後にとにかく思ったことを口から出そうと口を動かし始める。
「た、助けて……ください……」