前編
「サラ・フィーエ!貴様はこの私の婚約者に相応しくない!」
えぇー。いきなり何を言い出すんだこの男は。ドン引きである。―――うむ。いきなり我が家に土足でズカズカと入ってきたかと思えば。―――はぁ。目の前の金髪碧眼王子・メンザン王子は開口一番にそう告げたのだ。ぱっと見おとぎ話の王子さまのような彼は、見た目だけはよろしかった。中身はこの通りポンコツなのであるが。
「まず、伯爵令嬢と言う貴様の出自は、この私には不釣り合いだ」
それはわかっていますとも。でも王さまが王命で決めたのだからしょうがないでしょうが。そしてそのせいで私が高位貴族の令嬢方にめちゃくちゃ敵意を持たれていたのだけど。でも王命だからとずっと我慢してきた。その結果がこれである。何なんだ本当に、もう。
「そして、退鬼師であること」
「それが何なのですか?」
これはそういう家系に生まれた以上、自ずとして歩む道である。例えば目の前のメンザン王子が王子として産まれ、王子として生きるように。
「それは鬼の国との友好に限りなく不利益をもたらす!」
この世界には人間と鬼族がいる。そしてまた、人間の国と鬼の国が存在する。私たちの国は人間の国側で一番大きな国、ビハコール国であり、鬼族の国一番の大国・黒曜国と国交を結んでいるのだ。人間と鬼の2大大国が国交を結んでいることは、世界的にも人間と鬼族の友好に一役買っていた。
「そうなのですか」
私は何だか面倒になってそう相槌を返す。
「はんっ、そんなことも分からんとは情けない!とにかく、お前とは婚約破棄だ。そしてこの国に居られては、今後の外交に限りなく不利益をもたらす!とっととこの国から出ていくがよい!」
いいえ、分かっていますとも。分かっていないのはあなたのほうですよ?私が出ていったらどうなるか、まるで分かっていないのですから。
「―――はぁ」
これはメンザン王子のお墨付きということかな?思わぬ収穫。―――うむ。
「ついでに教えてやるが?私は侯爵令嬢キグラ・イタカーイと新たに婚約を結ぶ!茶髪茶眼のありふれた外見のお前には足元にも及ばぬ美女でもある!」
「は、はぁ」
確かにねぇ。彼女は私が王子と婚約を結んでいることを詰ってきた令嬢たちの筆頭だったなぁ。こちとら好きで婚約結ばされたんと違うわ。でも確かに彼女は美女だよね。彼女は金髪縦ロールにエメラルドグリーンの瞳を持ついかにもな美女である。彼女に比べたら私は足元にも及ばない平凡な顔つき。それは事実なので変えようがない。
「わかりました。では出国許可をもらえるのですね?」
「あぁ、だからとっとと出て行け。貴様が出ていくとなれば、せいせいするからな!ふんっ」
「承知致しました」
私はメンザン王子にカーテシーをして、早速踵を返した。―――ことは急げである。“陛下”に知られる前に、家族と一緒に亡命しちゃおっと。
かのメンザン王子の婚約者になったときから、いつかはこんな時が来るのだと思っていた。だから私とその家族はずっと準備をしていたのだ。
―――亡命の準備を。
早速家に帰った私は、両親と兄にメンザン王子から婚約破棄されて出国の許可をもらったことを告げた。家族は大喜び。我が家に仕えてくれている退鬼師である使用人たちも連れて、私たちはとっとと荷物を馬車に積み込み、ビハコール王国国境の外へと転移した。ここは既に鬼族の国・黒曜国。
これぞ退鬼師の秘術である。そしてそれは、このビハコール王国の王族から出国の許可をもらえればすぐに発動するものなのだ。
今までは王族によって縛られ、海外旅行すらできなかったが、出国の許可をもらった以上は自由の身だ。何はともあれ、陛下にバレて出国許可を撤回される前に移動できて良かった、良かった。
この日だけは、散々目の上のたん瘤であったメンザン王子に感謝感激である。