転生日というか誕生日
目を覚ますと、知らない美男美女の顔が目の前にあった。俺は驚いて声を上げようとしたが、顔を動かせず上手く声が出ない。
「おっ、ギルが目を開けたぞ!」
「大きな声を出さないの。びっくりしちゃうじゃない」
「ご、ごめん」
男の人は、女の人の言いつけを守ろうとして口をへの字に結び鼻息荒く俺を見下ろす。眉間にまでしわが寄っているからまるで仁王像のようだ。
女の人がそんな彼のことを見て、優し気な笑みを浮かべた。
彼らの関係性は流石の俺でも分かった。こんなに甘ったるい雰囲気、アツアツの夫婦以外醸し出せない。
世間ではこれを愛と呼ぶのだろう。
てか、ギルって誰だ?
「そんな怖い顔もダメ」
「こ、怖い?」
「オーガみたいな顔になってるわよ?」
「そこまでひどくないだろう!?」
「ふふふ、冗談よ。とっても格好いいわ。でも今は優しく、優しい顔をしてあげて?」
「もちろんだ」
俺は映画でも見ているのか?
それとも夢か?
目の前でこんな歯が浮くような光景を見せつけられて、何をしろというのだ!
ああもうっ、俺まで顔が火照ってきた。あーあ、アツいキッスまでしちゃって! ここに俺がいるんですよ! いいんですか!? そういうのはお二人だけのときにするもんじゃないんですか!?
身を捩ろうとするもそれは叶わない。どうやら俺はふかふかの毛布にくるまれているようだった。
「これ以上は今はダメ。ギルちゃんが見てるわ」
そうだぞ。ギルって奴も俺もガン見するぞ。ここから抜け出してもっと近くでガン見するぞ。いいのか?
「どうせわからないさ」
「それもそうだけど……」
分からないわけないだろ! ギルの方は知らないが俺はれっきとした十八歳、男子高校生だぞ!
男の人が女の人の手を取り、体を引き寄せて再びキスをする。彼女は、はじめこそ抵抗する素振りを見せたがすぐにしおらしくなり、彼の期待に応えるのか先程よりもアツいキスを返した。
「これはいいってことか?」
「いいえ、ダメってこと」
「どうして!?」
「言うことの聞けない悪い狼さんへのお仕置きよ」
「生殺しだぁ」
何となく二人の関係性がわかった気がする。それに、どうやら女の人はすこーし加虐性があるみたいだ。でもこんな美人に虐められるのなら、それも悪くない気がしてきた。
ほんのちょっとだけ男の人が羨ましくなった。
いけないいけない。
話を戻して、いい加減ここから出して欲しい。まあ、ふかふかの毛布は気持ちがいいけれども、それだって暑すぎる。少し涼しい空気に当たって頭を冷やしたい。
加えてここが何処かも聞きたい。
声が出ればこんな場所俺の方から出て行くのに、声が出ない動けないばっかりに、どうにももどかしい。俺は毛布から脱出するために一層体を動かした。
「ほら、パパがきちんとしないからギルちゃんが怒ってるわ」
「ごめんごめん。どうしたんでちゅかギルちゃん。おしめの時間でちゅかー?」
パパ? てかその気持ちの悪い口調をやめろぉ!
いい加減自分を誤魔化すことも出来なくなってきた。明らかにこの二人は俺の方を見てギルちゃんギルちゃんと呼んでいる。俺のことをギルちゃんだと思っている。
もし声が出るのなら俺は即座に否定するのだが、呻き声しか出せない現状、それもできない。
「おしめはさっき替えたから、きっとお腹が空いたのよ。ほらおいで」
俺は彼女に抱きかかえられ、その柔らかな体にその身を沈めた。
やばいな、これ。こんな美女がとか胸がとか、そんなのどうでもいい。ひたすらに居心地がいい。まるで赤ちゃんになったかのような……。
「ダァ」
俺は両手に目を落とした。いやに小さい。
ムチムチだし彼女よりも柔らかいしまんまるとしている。
足を動かしてみる。バタバタ、バタバタ。
足なんて手よりもムチムチだ。足の裏までふわふわだ。
俺はギルという名の赤ちゃんになっていた。