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第八十一話 ステーキ祭り

投稿が遅れてすみません……

今回は比較的に穏やかな回になりますね。

 体が異様に重い。具体的には下腹部から重みを感じている。

 そのことを認識したと同時に、意識が徐々に覚醒していった。


(どうして重い? いや、それ以前に俺はシーディア様のベッドの上で寝てしまったよな……)


 つまり、この重みの正体は否応なしに特定できてしまうというわけだ。

 兎にも角にも、腹を括って目を開けるとしよう。目を開けなれば碌でもないことになりかねないからな。


「あら、惜しかったわね」


「シーディア様……お戯れが過ぎませんか?」


 眼前ではシーディア様が俺に覆いかぶさるように見下ろしていた。

 銀色の長髪が滝のように垂れ下がる様子は非現実的な美しさがある。がしかし、俺からして見れば捕食される数秒前といった恐怖しか感じられなかった。


「そこまで怯えなくてもいいのに。まだ“悪戯”すらしていないのよ?」


「“まだ”でしたか……」


 つまるところ寸前のところで目を覚ましたらしい。

 僥倖、と言いたいところだが、馬乗りされている現状では安堵するにはまだ早すぎる。むしろ未だに恐怖しか感じられない。

 まずはどいてもらわなければ。


「ねぇ、カイト」


「な、何でしょう?」


 先手を取られてシーディア様に声を掛けられてしまった。

 何を言いたいのだろうか。


「わたくし、お腹が空いちゃったわ」


 そう言いつつ、俺に顔を寄せてくる。


「ひぃっ!?」


 我ながら情けない悲鳴だが、怖いものは怖いから悲鳴を上げるなというのが無理な話だ。

 血の気が引き、心臓が早鐘を打ち始めた。怖くなったからだ。このまま物理的に喰われると思ってしまって。


(マジで捕食されてしまうのか!?)


 ゴルディア様に肩の肉を喰い千切られた瞬間が脳裏にフラッシュバックし、その際の激痛が思い起こされてさらに恐怖を加速させる。

 今や生まれたての子鹿のように、全身を震わせてしまっている有様だ。

 目を瞑り、来たる激痛に備えていると、不意にシーディア様の笑い声が聞こえてきた。


「ふっ、ふふふっ」


「シーディア様……?」


 恐る恐る目を開けると、どういうわけかシーディア様は可笑しそうに笑いながら俺を見下ろしていた。

 何が何だか分からない。けど、少なくとも助かったことだけは確かなようだ。


「ちょっとした“悪戯”のつもりだったのに、カイトったら怯えすぎよ」


「どこまでが冗談なのか分からないんで、怯えるなっていうのが無理な話ですよ……」


「あら、お腹が空いたのは本当よ?」


「えっ」


 だとしても、俺にわざわざ言う意図が分からない。

 一体何のために?


「カイトって、オリディアにステーキを振る舞ってあげたわよね?」


「まぁ、はい」


 俺の記憶を覗いたのだから、確認する必要はないだろうに。


(いや、待てよ。わざわざこうやって確認するということは、まさかシーディア様は俺に……)


「そこでね、せっかくだからわたくしたちにも振る舞ってほしいのよ」


「本気で言ってるんですか?」


「もちろん本気よ。ねぇカイト、もしかして断るつもりかしら?」


 冗談だと思いたかったのだが、どうやら本気らしい。


「い、いや……その」


 実際のところ、謙遜でもなく俺の料理の腕前なんて大したことない。それこそ、シーディア様の料理の腕前とは比べ物にならないし、そんなことはとっくに把握している筈だ。

 だというのに、この俺に料理を振る舞えと要求するのか。


(俺なんかが作ったところで特別美味しいわけでもないのに、どういうつもりなんだ?)


「カイト、はっきり答えなさい。それと先に言っておくけど、客人でないあなたが断ろうものなら……」


「断ろうものなら?」


「カイトの想像に任せるわ」


「そんな言い方されると余計に怖いんですけど……」


 拒否権は実質的に無いと宣言されたも同然だ。

 とは言え、別に俺としては振る舞うのは構わない。だが、果たしてシーディア様たちを満足させることができるのだろうか。

 一番心配なのはそれだけだ。


「あの……シーディア様のように料理の腕は大したことないんですよ。本当にいいんですか?」


「そんなことを心配してたの? だったら安心しなさい。わたくしは純粋にカイトの手料理を食べてみたいの。だからいつも通りに料理してちょうだい」


「は、はぁ、そういうことでしたら、任せてください」


 断って怖い目に遭うのは嫌だし割に合わないから、大人しく要求に従うか。

 とはいえ、物好きなもんだ。でも要求がステーキを振る舞うというだけだし、比較的に気楽だから助かるけども。

 無理難題なこと要求されようものなら、それ相応の覚悟を決めなければならないからな。


「そう。じゃあ、中庭で準備してもらってるから、早速そこで振る舞ってもらおうかしら」


「既に確定事項だったんですね……」


 準備が良すぎる。

 こちらはまだ承諾したばかりなのに、すぐさま取り掛かることになるとは思わなんだ。


(まっ、目が覚めてから半日も経ってるし、今は夕食時ぐらいか。時間的にはちょうどいいな)


「ああ、それと調理する際はこれを着ておきなさい」


 シーディア様が取り出した物を受け取り、それを確認した瞬間に固まってしまった。


「……エプロンですか?」


「エプロンよ。今の格好で料理させるわけにはいかないじゃない」


「おっしゃる通りなんですけども、その前に上着を……」


「我が儘を言わないで、その程度は我慢なさい」


「ア、ハイ」


 ささやかな抗議をしようとしても、有無を言わせない圧力の前に屈服し、即座に諦めざるを得なかった。

 それに立場的には俺の方が下というのもあるし、割り切るしかあるまい。

 ただ、上半身裸でエプロンを身に着けて料理するというのは、さすがに抵抗がある。


(はぁ……エプロンよりも上着を優先してほしかったんだがな。まぁ仕方ないか)


「わたくしはまだ作業があるから、カイトは先に中庭に行ってちょうだい」


「分かりました」


 それからシーディア様に解放された俺は部屋を後にして、一人で中庭へと向かった。

 到着してからエプロンを着ているとオリディアに発見され、あっという間に捕まってしまう。


「おそーい! もうお腹ペコペコなんだからさ、早く焼いてよ!」


「そんなに強く引っ張らないでくれ。痛いからさ」


 俺の腕を掴んだオリディアは強引に引っ張り、俺を中庭の中央へと連行した。

 そこにはテーブルや鉄板が設置されており、一人テーブルに座っているゴルディア様がワインが注がれたグラスを傾けていた。

 足元には空の瓶が幾つか転がっている。


「もう飲んでいたのか……」


「待ちくたびれたぞカイト。フィアンたちがとうに準備を終わらせておるぞ」


「カイト、疲れてるところ悪いけど、もう一仕事を頼むよ」


「遅かったじゃないかカイト。オレはもう腹ペコだぜ」


「カイト殿、材料は一通り切ってあるので、後のことはよろしく頼みます」


 ゴルディア様が座るテーブルから少し離れた場所では、山のように積み上げられた大量の肉と、申し分程度に野菜が用意されていた。

 フィアンさんたちが用意してくれたようだ。

 しかし、総量で何キロあるのやら。少なくとも、この場にいる人数が食べ切れる量ではないと思うのだが。


(とはいえ、普通の人に限ればの話だがな。俺以外の全員がとんでもない人外だし、この程度なら普通に食べ切れるだろうよ)


 それはそうとして、食べ切れる云々よりも遥かに大きな課題が一つある。

 課題というのはこの膨大な量の食材を俺一人で調理しなければならないことであり、相当に過酷な労働になるのは嫌でも想像がつく。

 感想を述べるとすれば、本気で勘弁してほしいのが正直なところだ。


「はぁ……」


「ほらほら、溜息なんてつかないで早く焼いてよー」


「分かったから、急かさないでくれ」


 オリディアは大変空腹なようで、これでもかと密着してきてはせがんでくる。

 エプロンを着ているとはいえ、ほぼ半裸の男に年頃の少女が密着するという絵面は大変よろしくない。

 早く落ち着かせるためにも、調理に取り掛からなくては。


「さてと、始めるか」


 水瓶の水でしっかり手を洗い、以前にオリディアに振る舞った際の手順で焼き上げていった。

 終始やたらと視線を感じたのが少し気になったが、順調に調理が進んで上手い具合にステーキが出来上がる。

 そして皿に移すと同時にオリディアが掻っ攫い、テーブルへと移動して座った。一連の行動は目にも止まらぬ速さであった。


「いっただきま~す!」


「召し上がれ」


 切り分けたステーキ肉を口いっぱいに頬張って咀嚼する様子は、気持ちが良いくらいの食べっぷりである。

 ここまで喜んでくれるのなら、作り甲斐があるというものだ。


「……なぁ、カイトって意外と料理の手際が良いんだな」


「少なくともヴェントよりも腕が上なのは確かだろうね」


「フィアン姉、そこまではっきり言わないでくれよ……」


「しかし、オリディア様があそこまでステーキを美味しそうに食べるのは珍しいのでは?」


「確かにその通りなんだよな。なぁカイト、早くオレたちの分も焼いてくてよ」


「あ、あぁ、すぐにできるからもう少し待っててくれ」


 ヴェントに催促されるよりも前に、既に取り掛かっていた。

 というのも、ゴルディア様の異様な視線を意識しないようにしたかったからだ。


(さっきからずっと突き刺さってんだよなぁ。怒りとかは感じないんだけど、纏わりつくような視線は一体何なんだ?)


 だが、ゴルディア様の視線に気を取られて、ステーキを台無しにしてしまうわけにはいかない。今は無心で焼き続けるとしよう。


「カイト! おかわり!」


「相変わらずオリディアは食べるのが早いな……」


 当然ながらこれは想定内。広々とした鉄板の上では、五枚のステーキが順調に焼き上がっている。

 同時に複数のステーキを焼くのは初めてで大変であるものの、これをこなさなければ彼女たちの食べるスピードには追いつけないだろう。


(これで序盤だっていうのに、もう焦ってしまいそうだな。しっかし、俺もせっかく生身の体だから食べてみたいのだが……食べる暇なんてあるわけ無いか)


 内心でもどかしい思いをしながら、五枚のステーキを一気に焼き上げた。


「よし、できた」


「おう! 待ってたぜ」


「それじゃ、次の分も頼むよ」


「お先に食べさせていただきますね」


 鉄板の上が空になり、即座に次の肉を投入。

 焼きながら皆が食べる様子を観察してみた。どんな反応をするのやら。


「おおー、中身が若干赤いんだな」


「レアっていうんだって。柔らかくて美味しいんだ」


「本当だね。簡単に噛み切れて食べやすいし、美味しいよ」


「ですね。味付けは塩、コショウだけでシンプルですけど、肉の旨味を引き出してくれていくらでも食べれそうです」


「うむ、悪くはないのう。妾としてはもうちっと硬めがよいかのう」


(ふむふむ、概ね評判は良いな。次のゴルディア様の分はミディアムレアにして出してみよう)


 内心で胸をなで下ろし、ステーキを焼く作業を続行。

 ついでに空いたスペースで付け合わせの野菜も焼いておく。さすがに栄養バランスが偏り過ぎるのは看過できないからな。


「ちゃんとお野菜も焼いているのね。偉いわ」


「焼いてる途中に気配を消して背後から声かけるの止めてくれませんかね……」


 焼くのに集中していたというのもあり、シーディア様の接近に全く気が付かなかった。


「あら、この程度の作業ごときで気づかないカイトの方が悪くないかしら。この調子だと、これから先の戦いが思いやられるわね」


「……おっしゃる通りで」


 確かに、命を懸けた戦いの最中に気配を消した別の敵が背後から襲ってくる可能性も十分にあり得る話だ。

 故に反論の余地などはない。シーディア様の言葉を潔く受け入れるとしよう。


(にしても、俺のこれから先を案じているのか? 先があるか怪しいっていうのに?)


 オリディアに負ければ俺に先なんて無いし、その可能性は高い。

 なのに、シーディア様の発言はまるで俺に先があるような口ぶりだ。


「カイト、考え込むのもいいけど、わたくしの分のステーキもお願いね。焼き加減はミディアムレアでよろしく」


「は、はい」


 シーディア様が何を考えているのか分からないのは、今に始まったことではない。ひとまずはステーキに集中してこの状況を乗り越えなければ。

 そう気を取り直して、鉄板に意識を集中した。


「カイト! おかわり!」


「オレも!」


「わたしもお願いするよ」


「わ、わたしも……」


「カイトよ、妾の分も頼むぞ」


「はい、もう少しお待ちください」


(さてと、シーディア様が増えたからここからが本番ってところか)


「ふふっ、忙しくなりそうだけど、頑張ってちょうだいね。少しは手伝ってあげるから」


「ありがとうございます……」


 それからというもの、俺は一時間近くもひたすら無心でステーキを焼き続けることとなった。

 もちろん、シーディア様からも容赦なくおかわりのコールが何度も飛んできた。

 さらに俺の記憶から料理の知識を得たシーディア様により、醤油バターやわさび醤油、おろしポン酢などといった完全に想定外の味変の登場には色んな意味で驚かされるも、彼女たちは大いに満足して食べ進めたのである。

 ちなみに、これが手伝いのつもりだったらしいが、俺の作業が楽になったかといえばそんなことはなかった。

 そして、焼き上がったステーキのほとんどが彼女たちの胃袋の中へと消えて肉の山は完全に消失し、俺が食べる分のステーキが無くなったのは言うまでもないだろう。

 おかげで最後までもどかしい思いをしたものである。





最近だと胡椒を振りかけるのは食べる直前がベストと言われてるそうですね。

ですが、それは新鮮な肉ならではの話だそうで、新鮮じゃない場合だと臭み消しとして前もって振りかけるのは合理的だそうな。

いやぁ、調理方法って変わっていくもんですねぇ。

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