第七十五話 前哨戦前夜 ②
遅くなって申し訳ありません。
今回はヴェントとフィアンがカイトに絡む回になります。
「ねぇ、何をしているのかな?」
そう問いかけるオリディアの口調は硬く、表情はにこやかであるのに目は笑っておらず、冷ややかですらある。
何となくデジャブを感じるような?
(確かララとリリの時もこんな感じだったか)
あの時と同じだとすれば、オリディアの矛先は……。
「フィアン、説明してくれないの?」
「説明と言われても、わたしはただ単にカイト君と親睦を深めようとしていただけだよ。ね、そうだろう?」
と、いきなり俺に視線を向けてヘイトをパスするような言い方をしてきやがった。言うまでもなく、そんなことをすれば矛先は俺に向けられるわけで。
オリディアが首をゆっくり動かすと、今度は俺に冷ややかな視線を注いできた。
「本当なのカイト?」
「ま、まぁ、間違ってはないな。オリディアとの勝負では負けるだろうから、ここで生活する際は優しくしてあげるとか。そんな感じのことをフィアンさんが言ってたような」
他に色々と聞き捨てならないことを言ってたような気がしたが、少なくとも間違ってはないから問題はないだろう。たぶん。
「ふーん。じゃあフィアン、何でそんなに密着しているのかな?」
「不安そうにしていたから落ち着かせるためにしていただけだよ。もう大丈夫だよね?」
「え、あっ、はい。おかげさまで」
実際はそういった理由で密着してきたと思えないような気もするが、今はオリディアを落ち着かせるのが先決だと判断し、ここは深く考えずフィアンさんの話に合わせることにした。
すると、オリディアの視線から幾分か冷ややかさが無くなってきた。一応は納得してくれたらしい。
「もう、そういうことだったらわたしを頼ってくれてもいいのに」
口調も柔らかくなるも、どことなく拗ねているようにも感じる。ともあれ、オリディアの気が静まっただけよしとしよう。
そう安堵していると、オリディアの背後からゴルディア様が姿を現す。その手には大皿を持っており、どこか呆れている様子。
「オリディアよ、何をやっておるんじゃ。これから夕食だというのに、出来立てが冷めてしまうではないか」
「あ、そうだった!」
「それと、フィアンもカイトと戯れてないで皿を運ぶくらい手伝ったらどうじゃ」
「ははは、『働かざる者食うべからず』って言いますしね。もちろん手伝わせていただきますよ」
と言いつつ俺から離れ、何事もなかったかのように部屋を後にした。
「そしてカイトは……一応は客人として扱っておるし、そのままでよいか」
「は、はぁ……って、ゴルディア様にお聞きしたいことが!」
俺だけは労働が免除されるようだが、そんなことはどうでもいい。条件の変更について聞き出さなければ。
なのに……。
「これこれ、話なんぞ後回しでよかろう。せっかくオリディアが腕によりをかけて料理を作ったというのに、冷めてしまっては台無しになるではないか」
「い、いや、しかし……」
やんわりと拒否されてもなお食い下がろうとするも、今度は頭の中で声が響く。
(お主の言わんとすることは理解しておる。じゃが、ここで話すにはちと不都合でのう。悪いが今は我慢してくれぬか?)
(そういうことでしたら、分かりました)
状況から察するに、オリディアに聞かれたくない内容なのだろう。
どのような内容かは気になるところである。ただ、ひとまずここは言われた通り大人しく引き下がるしか他にあるまい。
きっと食後に話してくれる筈だ……たぶん。
「カイト、話はしなくて大丈夫だったの?」
「いや、大丈夫だ。オリディアの料理が優先だと思ってな」
「え、そうなんだ。えへへ」
何が嬉しいのか分からないが、実際に今では優先すべき課題事項ではあるのは確かだ。
というのも、ゴルディア様の背後から現れたシーディア様とヴェントが、それぞれ手に大皿を持っていたからである。
未だにどんな料理なのかは不明ではあるが、オリディアのことだから大量に作ったに違いない。
「何をしているのかしらオリディア。どんどん焼き上がるんだから、早く置いて次のを持ってきなさい」
「そうだぞオリディア。オレなんてお腹すいちゃったんだからさ、早く食べたくて仕方ないんだからな」
「はーい、分かってるって。じゃ、すぐに戻るからねカイト」
大皿をテーブルに置いてそう言い残すと、早足で部屋を後にした。
やはりというべきか、まだまだ他にもあるらしい。予想はしていたとはいえ、気が重いな。
「で、何を作ったのやら……」
腹を括ってテーブルの上に視線を向けると、大皿の上に円状の薄い何かが鎮座しており、焼けたチーズの香ばしい匂いが食欲を掻き立てる。
凄く見覚えのある料理であり、名前も自然と口から出るのであった。
「ピザ?」
「ふむ、一目で言い当てるということは知っておるのじゃな」
「知ってるもなにも、誰でもお手軽に買って食べることができる料理ですし、俺も何回かお店で買って食べましたよ。でも、値段的に少しお高いので食べる頻度はかなり少なかったですけど」
他にはスーパーの惣菜のピザや冷凍ピザといった選択肢もあったけども、お店で焼いてもらった方が美味しいから手を出すことはあまりなかったな。
それはそうとして、最後にピザを食べたのはいつだろうか。確か覚えている限りだと、料理の腕が上達してからは買う機会はほぼ皆無だったと記憶している。
となれば、食べるのはかなり久し振りになるかもしれない。
「そう。教えてもらったこのピザという料理は、あなたのいた世界では普通の料理なのね」
「普通と言えるかは分かりませんが、老若男女を問わずに色んな人が食べていたかと。その気になればいつでも食べれますし」
「へぇ~、こっちじゃ作るのが面倒だから滅多に食べれないんだけどな」
「そりゃ当然としか言いようがないかな」
俺がいた元の世界では、ピザの専門店に関してはチェーン店を含めるとたくさんあるからな。しかも電話一本で焼きたての配達を頼めるのだから、気軽さではこの異世界と比べると雲泥の差だろう。
しかし、ヴェントはどことなく羨ましそうにしていたな。もしかしてピザが好きなのだろうか?
「ふむふむ、カイトのいた世界は色々と便利なんじゃのう」
「そうみたいね。ふふっ、カイトの記憶を徹底的に覗く時が楽しみだわ」
「ひっ……」
シーディア様の妖しげな笑みを見て、気絶するまで記憶を覗かれた時のことを思い出してしまった。
明日のオリディアとの勝負に負ければ、シーディア様によってあの苦しみを味わう羽目になるのは確定事項になるだろう。
俺としては切実に勘弁願いたいところだが、残念ながら明日の勝負では勝てる見込みがまるでない。というか、明日に備えることすらままならないのが今の現状だ。
このままでは、まともな勝負になるかすらも怪しいな。
「さて、オリディアたちもそろそろ戻ってくるであろうから、妾たちも口ばかり動かさないで手を動かすとしようかの」
「それもそうね。ヴェント、ピザはテーブルに置いたらナイフとフォークを用意してちょうだい」
「承知しました」
テーブルに四つのピザが置かれ、どれも直径は四十センチをゆうに超えていそうな大きさである。
こんなサイズは一人で食べたことはないけども、ピザは基本的に切り分けて食べるものだ。だからヴェントあたりに分けたりすることができれば、俺一人だけで大量に食べるということは避けられるかもしれないな。
なんて考えていると、足音が聞こえてきた。
「カイト! いっぱい焼くから遠慮なく食べてね!」
そんな自信満々な声と共に部屋に入ってきたオリディアは大皿を持っており、その背後には大皿を持ったフィアンさんもいる。
「まだそんなにあったのか……」
今のところピザは合計で六枚。
これらを切り分けるのであれば、俺が食べる量を減らすことはできなくはない筈。と、そこまで考えていたら、ここであることに気がつく。
「ん? どうして全部同じなんだ?」
ピザ生地にトマトソースが塗られており、その上にチーズとバジルがトッピングされている。見た目はマルゲリータピザだ。
ただし、肝心なのは全てのピザが同じということ。だからこそ、嫌な予感しかしない。今は六人いて、ピザもちょうど六枚だ。つまり……。
「まさか一人一枚ってこと?」
「うん、そうだよ。次はシーフードピザを焼くからね!」
「そ、そうか……」
己の考えが完全に甘かったということを悟った。一人一枚ずつだなんて想定外にも程がある。
これは相当苦労しそうであることを確信し、改めて腹を括った。
「くくくっ、よく味わって食すがよい」
「念の為に言っておくけど、味は保証するわよ」
「試食したら美味しかったぜ!」
「ははは……それは楽しみだなぁ」
問題は味ではなく量なのだが、そのことを口にしたところで意味は無いだろう。どうせ無視されるに決まっている。
こうして、本日二度目の大食いチャレンジグルメの挑戦が始まろうとしていた。
「では、揃ったな?」
俺の対面にはゴルディア様、オリディア、シーディア様の順番で座っており、俺の両隣にはヴェントとフィアンさんが座るという配置になっている。
オリディアはこの配置に対して露骨に難色を示していたが、ゴルディア様に説得されて渋々受け入れたという経緯があったりする。
「グラスも行き届いているかしら?」
「ふふっ、こうして乾杯するのは姉妹が全員集まった時以来かな」
「だなぁ。他の姉さんたちはどうしているんだろうな」
「ねぇカイト。ピザはナイフとフォークを使って食べるんだよ」
「あ、あぁ、分かったけども、こんな食べ方は初めてだな」
ピザを食べる際は基本的に素手で食べるのがほとんどで、ナイフとフォークを使って食べるのは新鮮である。
ただ、どうしてそんな食べ方なのだろうか。手が汚れるのを嫌ったからか?
「よしよし、全員グラスを持っておるな。それでは乾杯じゃ!」
「「「「「乾杯」」」」」
グラスを軽く押し当て、小気味の良い音が響き渡った。
気が重い夕食の始まりの合図である。
「い、いただきます」
「美味しく出来たから期待してね!」
「見た目から美味しそうだもんな……」
この言葉に嘘偽りはなく、実際に美味しそうではある。
だが、問題はその量だ。大きさだけでも直径四十センチ以上もあり、さらに後続が何枚も控えているらしい。
いくら美味しくても、量が異常に多いとなれば気が重くなるというものだ。
「まぁ、あの量のパスタを平らげたんだし、どうにかなるだろ……たぶん」
不安な気持ちを押し殺し、ピザを切り分けるべくまずはフォークを突き刺すと……。
「あれっ、意外と薄いんだな」
あっさりと生地を貫き、ナイフを入れるとこれもあっさりと切ることができた。どうやら生地が薄く、大きいのは見た目だけで実際の質量は思ってた以上に少ないみたいだ。これなら何枚も食べることができるかもしれない。
(これはクリスピーピザってやつかな。存在は知ってたけど、実物を食べるのは初めてだな)
それはそうとして、ナイフとフォークで食べるのは始めてだから要領が分からないな。皆はどうやって食べているんだろうか?
周りの様子を窺ってみると、ナイフとフォークを駆使して折り曲げたり、ロール状に巻いたりし、フォークを突き刺して口元に運んでいた。
「へぇ、そういう風に食べるのか。どれどれ」
手間取りながらも見よう見まねで切り分けたピザをロール状に巻き、フォークを突き刺して口元に運んで頬張った。
(お、これは美味しいな)
生地の外側はカリッと、中はモチッとしており、今までに食べてきたピザとは一味違った食感である。
そしてトッピングはシンプルながらも、食材の旨味が凝縮されて香ばしさと合わさって非常に美味だ。
「んぐっ、こんなピザは生まれて初めてだな。お世辞抜きに美味しいし、俺的にはピザに中でもこれが一番かも」
「やった。気に入ってくれて嬉しいな」
と、オリディアは花が咲いたような笑みを浮かべ、心底嬉しそうにしていた。褒められたのは余程嬉しかったらしい。
けれども、そこまで嬉しくなるものだろうか? いまいち分からないな。
「ピザ生地はたくさん用意してあるから遠慮なく食べなさい」
「うむ、気に入ったのであれば早く食べるがよい。隣でヴェントが狙っておるぞ」
「え?」
ゴルディア様の発言を受けて隣のヴェントに視線を向けると、ピザを平らげたヴェントが爛々とした眼で俺のピザに熱い視線を送っていた。
傍から見ても狙っているのは明白である。
(食べるのはやっ。にしても、そこまで欲しいなら譲ってあげてもいいんだけど、そんな真似をすれば何と言われるのやら……)
仮に譲ったとなれば、オリディアは不服そうにするかもしれないし、もしそうなればゴルディア様とシーディア様が俺を非難する可能性が高いな。
うん、ヴェントには悪いが譲るわけにはいかないな。それと念の為に釘は刺してこう。
「ヴェント、次が焼けるまで我慢してくれよ」
「ちぇっ」
やはり俺のピザを狙っていたようだ。見た目は凄く美人さんなのに、ピザが絡むとこうも食い意地を張るなんてのはギャップがあるな。
(まっ、そういうところもヴェントらしくていいんだけどさ。それはそうとして、さっきからゴルディア様が口を挟んでこないのはどうしてだ?)
思考に耽ると目敏く反応し、思考を読んでは頭の中で話しかけてくるのだが、何故か今は反応する素振りすら見せていない。
気になってゴルディア様の様子を見るも、ピザの最後の一切れを口元に運んでいたところだ。それから咀嚼して飲み込み、グラスのワインを呷って飲み干していた。
と、そこで俺の視線に気づいて口を開く。
「どうしたんじゃ? そんなに妾が気になるのかの?」
「あっ……いえ、飲むペースが控えめなのが気になりまして」
実際に空き瓶はまだ一本だけであり、ゴルディア様にしては控えに思える。
「せっかくヴェントとフィアンがおるからのう。酔ってしまって台無しにするわけにもいくまいて」
「そういう配慮でしたか……」
(俺の時もそういう配慮をしてほしかったなぁ)
敢えて非難がましく頭の中でそう思うも、ゴルディア様は全くと言っていいほど反応を示すことはなく、悠々とグラスにワインを注いでいる。
やはり、今のゴルディア様は俺の思考を読むことができないようだ。
(これは……一体どういうことだ? おかげで少し気が楽になったけども、思考が読めなくなった理由が気になってきたな)
何か要因がある筈だ。
思考に耽るのを見咎められないようにピザを黙々と食べつつ、その要因を考察してみることにした。
以前にも同じようなことがあったとは記憶している。その時は気にする余裕はなかったけども、状況的には今と大差ないことは確かだ。
(あの時もゴルディア様はワインを飲んで酔っていたな。つまり、醉うと思考を読んだり頭の中に語りかける能力は使えなくなるってことになるのか?)
あり得ないと思いかけたが、普段のゴルディア様の状態と今の状態では酔っているといった違いしかなく、消去法で考えても酔っていることが原因としか考えられない。
それに、酔っていても頭の中に語りかけることができるのであれば、食事中である今ならオリディアに怪しまれることなく密かに会話することもできた筈。
なのに頭の中に語りかけることがないということは、酔っているからできないと見るべきだろうか。
まだ確証を得ることはできていないけども、心のどこかではそれしかないと思った。
(ともあれ、今なら明日のオリディアとの戦いについにじっくり対策を練ることができそうだな)
ピザを咀嚼しつつ、内心でそう安堵した。
今日だけで色々なことがあり過ぎて、落ち着いて考えることができなかったからだ。
今ならオリディアも大人しいし、ゴルディア様も遠慮しているし、シーディア様は比較的穏やかだから問題は無いだろう。
他に問題があるとするならば……。
「なぁカイト。食べるの少し遅いぞ」
「ヴェント、急かしたらいけないよ。ほら、カイト君が困ってるじゃないか」
俺を挟んで会話するヴェントとフィアンさんが少し煩わしいことだろうか。
しかもワインを飲んで酔っているせいなのか、二人ともやたらと近い。今では肘が当たるどころか肩まで当たってるし、たまに耳元に吐息がかかるくらいにまで体を寄せてきている。
(食べづらいな)
それが正直な感想である。
二人の美女に挟まれておきながら抱く感想としては不適切かもしれないけど、実際のところその通りなのだから仕方ない。
しかも……オリディアからの視線が突き刺さっていたたまれない気持ちになってしまう。
「じー」
(俺は悪くない筈なんだが、どうして浮気を咎めるような視線を向けられないといけないんだ)
助けを求めようとさり気なく視線を向けても、ゴルディア様は面白そうに眺めているだけで口出しする気配はなく、シーディア様は澄ました様子で黙々とピザを食べている。
いつもながらの孤立無援であることを認識すると、オリディアが口を開いた。
「ヴェント、フィアン。食べ終わって暇なら次のピザを運ぶの手伝って」
「おっ、待ってたぜ!」
「その程度のお手伝いなら任せて。じゃあ、カイト君はゆっくり食べてるといいよ」
やや不機嫌そうなオリディアだったが、酔っている二人は気づいている様子はまるでなかった。
(これは……大食いチャレンジグルメどころじゃなくなるかもしれんな)
内心で一抹の不安を抱きながら三人を見送り、三人が部屋から出たタイミングでゴルディア様が話しかけてきた。
「くくくっ、大変なことになりそうじゃのう」
「そう思うなら助けてくれませんかね……」
「嫌じゃ。せっかくの余興を愉しまなければもったいなかろうて」
「よ、余興扱いですか」
良くも悪くもゴルディア様らしい発言である。分かりきっていたことだけども、助けてくれる気は一切ないらしい。
そしてダメ元でシーディア様にも視線を向けてみると、口元を拭いてから口を開いた。
「カイト、あの二人はあなたに甘えたいのよ。だから今は好きなようにさせてあげて。駄目かしら?」
「断れないことを知ってて言ってますよね? それはそれとして別に構いませんが、オリディアの不満が……」
「もちろんオリディアのことも好きなようにさせてあげてちょうだい」
「ア、ハイ」
こうなってくると、食事中に明日の戦いの対策を考えるのは難しそうだ。
もはやそれを狙っての妨害ではないかと疑いたくもなるが、どうせそんなつもりはないのだろう。ただ単に三人の相手をしてほしいだけに違いない。
(にしてもあの二人が甘えたいときたか。甘えてもいい相手がいなかったのかな)
よく考えてみれば、ヴェントは基本的にたった一人だけで谷の周辺を見張っている。そんな状況下では誰かに甘えるどころの話ではないか。
フィアンさんに関しても、里の住民たちからは敬われているようだし、気軽に接することもできなかっただろう。
ゴルディア様とシーディア様に対しては恐れ多くて甘えるなんてことは以ての他であり、オリディアに対しては様子を見る限りだとまだ子供だからか、どちらかというと甘やかす側になっている。
そこで俺の登場ときたか。俺なら遠慮なく普通に接しても問題ないだろうし、オリディアほど子供ではない。そして何より、多少戯れても許して受け入れてくれると認識している筈だ。
(実際に何をされても許してしまうだろうよ。悲しいけど、今の俺って立場が低いからな。おかげで荒波を立てるようなことは避けなきゃいけないのが辛いところぜ)
ただ、本音を言えば俺としては元からそこまで気にしてなかったりはする。
問題があるとすれば、オリディアのことだろうか。あの二人が俺に絡み続けようものなら、食事中にオリディアの不満が爆発するかもしれないからな。
「やれやれだな……」
そう呟いて嘆息し、最後の一切れを口に入れて咀嚼した。
すると同時にオリディアたちが戻ってきて、焼きたてのピザの美味しそうな匂いが漂った。
「カイト、お待たせ」
「お、一枚目は完食したようだな」
「空いたお皿は回収しておくよ」
あっという間に皿の交換が終わり、目の前にはエビや貝柱などといった海産物がちりばめられたシーフードピザが皿の上に鎮座していた。もちろん、大きさは直径四十センチ以上はある。
「……相変わらず大きいけど、いい匂いだし美味しそうだな」
そう感想を述べると、オリディアは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「でしょー? だけどまだ皆の分を持ってきてないから、それまで食べるのは待っててね」
「抜け駆けは駄目だからな」
「カイト君は子供じゃないんだから、そんな心配はしなくて大丈夫だよ。ね?」
「は、はい」
「うん、良い返事だね。ほら二人とも、ゴルディア様たちを待たせてるから、残りを運ぼうか」
「そうだね」
「んじゃ、さっさと行こうぜ」
そして三人は残りのピザを用意するべく、また部屋から出るのであった。
「フィアンも随分とあなたに懐いたようね」
「な、懐いているんですね……」
シーディア様の発言にどう反応すればよいのか分からず、そのまま沈黙を保ったまま三人が戻るのを待つことにした。
それから数分も経たずして賑やかな食事が再開されるも、二人はすぐさま俺に絡んできたのである。
「なぁカイト、お前は元いた世界のピザでどんなピザが好きなんだ? オレはサラミピザが好きでさ、これがワインに合うんだ」
「わたしもカイト君がいた世界でどんなピザが好きなのか気になるね。ちなみにわたしは、スライスしたトマトをたっぷり乗せたトマトピザが好きだよ」
「好きなピザか……ピザを食べる機会が少なかったんだけどなぁ。えーと、強いて挙げるとすれば明太子マヨネーズピザだな」
と、答えた瞬間に二人は俺に詰め寄ってきた。変なことを口にした覚えはないのだが、どうしたのだろうか?
「おいおい、何だそのピザは?」
「明太子マヨネーズなんて初めて聞くけど、どんなピザなんだい?」
「あー、明太子とマヨネーズはここには無いのか」
何でもあるかと思えば、そうでもないらしい。それはいいとして、少しマズいことになってしまったな。
未知の単語に二人は興味津々らしく、詳細を教えろと言わんばかりに体を寄せてきた。おかげで色々と柔らかい感触がしたが、当然ながらそれを面白くないと思う人物がいるから気が気でないのが正直な感想だ。
「……ふーん」
オリディアは冷めた様子で黙々とピザを食べていた。両隣にゴルディア様とシーディア様がいるからか、今はまだ大人しくしているけれども、その大人しさはいつまで保っていられるのやら。
肝心のゴルディア様とシーディア様は無関心を装いながらも時折こちらの様子を盗み見しており、関心はあれども干渉はしないようだ。
「なぁ、教えてくれよ。どんな味がするんだ?」
「わたしとしてはどんな材料を使っているのか気になるかな」
「え、えーとですね……」
オリディアの頭上で不満ゲージが溜まっていくのを幻視しながら、二人からの質問攻めに対応に専念しなければならなかった。
それはシーフードピザを完食し、三枚目であるキノコピザを完食してもなお続いた。そして、とうとう限界が訪れたのである。
「もー! 二人ばかりズルい!」
勢いよく立ち上がったオリディアは不満をあらわにし、俺たち三人の元に詰め寄ってきた。頭上で不満ゲージがMAXになっているのも幻視してしまった。
ゴルディア様とシーディア様に助けを求めようと視線を向けるも、ゴルディア様は僅かに口元を歪ませるだけでそれ以外の反応はなく、シーディア様は済ました表情で淡々とワインを飲むだけだ。
「今日くらい別にいいじゃないか。なぁ?」
「そうだよ、少しくらい我慢したらどうだい?」
二人はオリディアを宥めるように言いながらも、ヴェントは俺の肩に腕を回し、フィアンさんは俺の肩にしな垂れかかってきた。
それはオリディアの琴線に触れる行為でしかなかったようで、ついに実力行使に出るのであった。
「よくない! わたしは十分に我慢したんだよ!」
そう言いながら俺を二人から引き剥がそうとするオリディアに対して、渡さないとばかりにヴェントとフィアンさんは俺の腕を抱きしめて対抗する。柔らかい感触がダイレクトに伝わってくるも、酔っているせいか力加減できておらず両腕が悲鳴を上げるし、同じく力加減ができてないオリディアに首を掴まれて呼吸困難に陥り、もはやそれどころではない。
(ぐおぉぉぉ……う、腕が……それに息ができなくて苦しい……っ!)
「あっ、オリディア! カイトが苦しんでるから放そうぜ」
すぐさま俺が苦しんでいることに気づいたヴェントは腕を解放して立ち上がり、オリディアを羽交い締めにして俺から引き剥がしてくれた。
だが、これで助かったわけではない。俺をオリディアから守ろうとしたかったのか、フィアンさんが胸元に俺を抱き寄せたのである。
「カイト君、大丈夫かい?」
「ムグッ!?」
(全然大丈夫じゃない! い、息ができない⁉)
万力のような力で豊満な胸を顔に押し付けられ、またしても呼吸困難に陥ってしまう。しかも当の本人はそのことに気づいておらず、必死に腕をタップしても変な勘違いをするだけであった。
「そんなに怖かったのかい。よしよし、もう安心だからね」
「ム、ムゥーッ!?」
(怖いとかじゃなくて気絶しそうなんだけど⁉)
「こらー!? 何やってんのフィアン」
「お、落ち着けってオリディア!」
俺が懸念した通り、大食いチャレンジグルメどころではなくなってしまった。おそらくというか、ほぼ確実にこのまま俺は気絶してしまうだろうし、もう長くは持たないな。
(あぁ、女神様なら羨ましがりそうだなぁ……あっ、もう意識が)
最後の最後にくだらないことを考えてしまい、背後の喧騒が遠ざかるのを感じながら意識が暗転していくのであった。
碌に対策を考えることができずに、とうとう前哨戦を迎えることになってしまいましたね。




