第七十四話 前哨戦前夜 ①
カイトの精神に追い打ちをかけるようなお話になります。
ぎこちない雰囲気が醸し出されており、言うまでもなくその発生源はオリディアである。女神様の発言を未だに引きずっていることがひしひしと伝わってくる。
「なぁオリディア、そろそろ機嫌を直したらどうだ」
「……別に気にしてないもん」
「いや、あからさまに表情が険しいんだぞ。そんなんじゃまったく説得力が無いからな」
ちなみに女神様が去った後はとてもではないが話し合える雰囲気ではなく、さらにネイアさんたちも聞きたいことは一通り聞けて十分とのことだったので、そのまま解散という流れになった。
そして、今はヴェントの背に乗って帰路についているところだ。
日が暮れ始めているということもあってか、空は夕焼け色に染まっている。さらに山頂の湖には夕日が映っていて、この眺めはまさに美景だった。そんな昼間とは違う別の美しい一面が見れて、高揚感を味わったものだ。
(なのにオリディアは不機嫌なままか。名残惜しいが、じっくりと眺めるわけにはいかないな)
「そんなにあの女神様が気にくわないか?」
「違うから」
「違うなら機嫌を直してくれよ……」
悲しいかな。ずっとこんな様子である。
十中八九、女神様が去り際に残した爆弾発言が気に食わないのだろう。俺としても気に食わない内容ではあるが、オリディアの場合だと俺以上に激しく反応しているように見える。ここまでくると過剰と言ってもいい程だ。
(しっかし、女神様は何が言いたいのやら。俺が女神様のモノだって? 笑わせてくれるぜ)
そもそも女神様は同性である女性が好みだろうに。いくら俺の見た目が女神様の好みだとしても、性別が男性である俺なんて対象外の筈だ。
そのことを考慮すると、あの発言には違和感しかない。とすれば何か別の狙いがあるのだろうか。
(まさか……あれはオリディアに対する揺さぶりか? 実際にオリディアは苛立っているし、この調子なら明日の戦いにも何らかの影響がありそうだしな)
仮にそうだとすれば、女神様の爆弾発言はオリディアに対する精神攻撃である可能性も考えられる。
女神様としては確実に俺を勝たせたいだろうし、勝率を少しでも上げるために心にもないことを敢えて言ったのかもしれない。
ただ、この考え自体が的外れであるかもな。
とはいえ、合っていようが合っていまいがこの際は関係ない。そもそもの問題として、発言内容に問題がある。もう少しよく考えてから発言してほしいものだ。
例え冗談であっても、俺としては笑えない冗談だからな。
「仮に本気で言ってたとしても、俺は女神様のモノになった覚えはないんだけどなぁ。そもそも俺は誰のモノにもなりたくないし、誰にも縛られないで自由でありたい」
「じゃあ、女神のモノは嫌なんだね」
「あ、愚痴が口に出てしまったか。でもまぁ、その通りだな。碌でもないことになりそうだし」
「へぇ……それじゃあ、わたしは?」
「俺の言ってたこと聞いてた? 悪いけど、遠慮させてくれ。オリディアの場合だと身体が持ちそうにない」
「むぅ、カイトのいけづず!」
怒っているようにも見えるが、オリディアの表情が幾分か和らいでいるようにも見える。どうしてそうなったのかはサッパリではあるけども、少しは機嫌を直してくれて俺の気が楽になったから良しとしよう。
それはそうとして、オリディアはどうして俺なんかに執着しているのだろうか。俺に好意を抱いているのか、それともストレス発散道具を手放したくないからだろうか。
こればかりは、本人から直接聞かないことには判断できそうにないな。
(でも、わざわざ聞かなくてもいいか。どちらにせよ勝たなければ先に進めないし、俺が勝ってしまえばどうせお別れなんだからさ)
気にならないと言えば嘘になる。だが、オリディアの本心を知ってしまえば、戦いにくくなるかもしれない。非情であることに徹するのであれば、余計なことは知らない方がいいだろう。
ただ、年下の女の子を相手に本気で戦わなければならない時点で、既に十分に気が重い。この上なく戦いにくいな。
「はぁ……」
「ねぇねぇ、カイトの方こそため息ついて表情が険しいけど、何か考えごと?」
「あぁ、明日のことを考えてたな」
「明日って何かあった?」
「本気で言ってるのかよ……」
オリディアにとってはさほど重要ではないのだろうか。
いや、そう思っていてもおかしくはないな。なにせ俺とオリディアでは強さに隔絶した差がある。だから俺との戦いなんて眼中にないのかもしれない。
(まっ、オリディアのことだから俺に負けるなんてあり得ないって考えていそうだしな)
つまりそれだけ俺のことを軽んじているということであり、それはそれで面白くはない。でも実際のところ、オリディアはこれまでに本気で戦った相手の中でも一番の強さである。それだけは覆すことのできない事実だ。
(姫様と呼ばれる少女や謎の銀騎士に関しては勝負になってないので、例外とする)
そして強敵相手との戦いではほとんどが辛勝だ。オリディアはそんな連中を上回る力の持ち主であり、正直なところ勝てない可能性の方が高いだろう。
なんて考えていると、ヴェントが呆れた様子で口を挟んできた。
「おい、オリディア。ゴルディア様の言ってたことをもう忘れたのかよ。明日はカイトと一回目の勝負だろ」
「あっ! そうだったね。今日は色々とあったから忘れちゃってた」
「本当に色々とあったもんな……」
特に女神様が俺の体を乗っ取り……もとい、借りることができるなんて想定外にも程がある。
「でもさぁ、カイトに負ける気しないんだよねぇ」
「そうやって調子に乗るから怒られたんだろ。カイトに足元をすくわれても知らないからな」
「えー、そんなことないって」
ヴェントに忠告されるも、オリディアは意に介したようすもなく気楽にしていた。冗談抜きで、俺に負けることなんて微塵も想像していないようだ。
やはりというべきか、俺との勝負なんて取るに足らないと考えているらしい。
だが、ここまで油断しているということは付け入る隙があるに違いない。幸いなことに、ゴルディア様は俺が諦めるまで何度も挑戦していいと条件を付けてくれている。試行回数を重ねていけば、オリディアの攻略も不可能ではない筈だ。
「ねぇねぇ、カイトだってわたしに勝てるって思ってないでしょ?」
「いいや、時間さえかければどうにかなるとは思っている」
「ふーん……最初から諦めないところは評価してあげる」
「そりゃどうも」
最初から諦めていたら、オリディアは俺に対して失望していたのだろうか。もしも失望されたら、俺の扱いはどうなっていたのだろうか。
気にはなるけども、どうも胸騒ぎがしてならない。言葉で言い表すことはできないが、少なくともバッドエンドと言えるような結末を迎えそうな気がする。
どうしてだろう?
「二人とも、着陸するからしっかり掴まってくれよ」
「はーい」
「あ、あぁ……」
胸騒ぎをどうにか無視し、言われるがまま着陸に備えることにした。
それと今は余計なことは考えずに、明日の戦いに集中するべきだな。夕食の前に時間はあるだろうから、少しでも対オリディア戦を想定した戦い方や行動を予測し、作戦を練りたいところだ。
「って、考えてたんだけどなぁ……」
場所は変わり、今は食事をしていた部屋で椅子に座らされて一人で待機している。
なんでも、オリディアがまた料理を作るみたいで、ゴルディア様とヴェントは作る様子を見に行き、シーディア様は作り方を教えながら手伝うとのことだった。
ちなみに俺だけは見ては駄目とオリディアから言われたために、独り待ちぼうけ状態だ。
「はぁ……何で夕食で頭を悩ませないといけないんだよ」
次はどんなデカ盛りグルメを作るのやら。色んな意味で気になって仕方ない。
敢えて希望を出すのであれば、せめてパスタ系以外の料理を作ってほしいものだ。昼間のトマトクリームパスタは美味しかったものの、さすがにあのとんでもない量を完食した後では、しばらくパスタ系の料理は見たくもないからな。切実にそう思う。
と、内心で戦々恐々としている最中に、燃え盛るような赤色の髪が特徴的な人物が扉を開けて入室し、声をかけてきた。
「やぁ、さっきぶりだね」
「フィアンさんじゃないですか。もしかしてこちらで夕食を?」
「そんなところだよ。せっかく可愛い妹が帰って来たことだし、たまにはこっちにも顔を出そうと思ってね。ところで、他の皆は?」
「俺以外の全員は厨房に行きましたよ」
「意外だ……料理はシーディア様しか作らない筈だったけど」
「それがですね、オリディアが夕食を作ると言い出したんですよ」
「あぁ、だいたい察したよ。で、君だけは見ては駄目と言われたのかな?」
「概ねその通りです。フィアンさんも見に行かれます?」
「厨房が大所帯になると料理も作りにくいだろうし、大人しくここで君と出来上がるのを待っておくよ」
「そ、そうですか」
(明日のことを考えるには一人の方が良かったんだけどなぁ……)
もちろん本音を口に出すわけにはいかない。そして悟られぬように表情や空気も出してはいない。なのに……。
「わたしと一緒にいるのは嫌かな?」
「っ!?」
どういうわけか、俺の内心を一瞬にして察したのである。これには心底驚かずにはいられなかった。
少し悲しげでありながら、確信している様子。
少なくとも慢心はしていなかったはず。だというのに、フィアンさんは少し悲しげな表情を浮かべながら、確信をもって問いかけてきた。まさかゴルディア様のように思考を読めるのではなかろうか?
そう混乱していると、フィアンさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふっ、そこまで驚くことじゃないと思うんだけどね。ヴェントやオリディアから聞いていないのかい。わたしたち竜は気配に敏感なんだよ」
「気配……あっ」
完全に失念していた。ここにいる竜は気配である程度は見抜くことができるということを。
おそらく、当たり前のように思考を読んでくるゴルディア様や、強引に記憶を覗くことができるシーディア様のインパクトが強すぎたせいか、気配で見抜くことに対しての印象が薄くなってしまったのだろう。
だからこそ、内心の不満をこうしてフィアンさんに見抜かれてしまった。
「とは言っても、何となくしか分からないんだよね。ヴェントだったらわざわざこうして聞かなくても、本心を見抜けるんだろうけど」
「そう言えば姉妹の中で一番鋭いんでしたっけ」
「うん、我が妹ながら凄いよ。それでさ、結局のところ君はわたしのことが嫌いなのかな?」
もはや逃げたり誤魔化すことは叶うまい。ここは開き直って正直に答えるのが無難だろう。
そもそも、ここにいる人たちの中で比較的常識的なフィアンさんのことを嫌うわけがないのだ。そのことさえ伝われば、本人も納得してくれる筈だ。
「まず大前提として、フィアンさんのことは嫌いじゃないですよ。嫌う理由がありませんし」
「そうなんだ。それなら一安心だよ」
安堵した様子で胸を撫で下ろしていた。悪気がなかったとはいえ、フィアンさんには悪いことをしてしまったな。ここは謝っておくべきだろう。
「不快にさせるような真似をしてすみません」
「別に君が謝ることじゃないよ。あ、隣いいよね?」
と言いつつ、俺の返事を待たずに隣の椅子に座ってきた。ただ、妙に距離が近く感じるのは気のせいだろうか?
「でも、どうして少し気まずそうだったんだい?」
「実のところ、一人でいたかったんですよね」
「それはどうして?」
「明日のオリディアとの戦いについて対策を考えようとしていましてね」
「ああ、そういうことだったんだ。わたしのことが嫌じゃないのが分かったのはいいけど、少し悪いことをしちゃったかな」
「別に大丈夫ですよ。今はオリディアがどんな料理をどれだけの量で作り上げるのかが気になってしょうがないですから」
もしも昼間のトマトクリームパスタを超えるようなら、俺はまた色んな意味で地獄を見なければならないからな。本当に勘弁してほしいものだ。
いっそのこと今からでも逃げ出したいところだが、目の前にフィアンさんがいる手前でそんな真似ができるわけもない。おそらくというか、ほぼ確実に俺を取り押さえるに違いない。
今の非力な俺では抗うことなんてできるわけがないのだから。
(ともあれ、今は耐え忍ぶ以外に選択肢はないか)
「はぁ……」
「深いため息なんてついちゃって、君も大変だねぇ」
「そう思うなら少しは助けてくれませんかね?」
「あははは、悪いけどそれはできない相談かな。あのお二方を裏切るわけにはいかないからね。だから今は、大人しくしておいた方が身のためだと思うよ」
「ですよねー」
とっくに分かり切っていたことではあるが、辛い現実を改めて突きつけられると辛いものがある。
ここは気分を変えるべく話題を変えるとしよう。そうでもしないと気が持ちそうにもないからな。
「ところでお聞きしたいのですが、どうして俺なんかに嫌われているかどうかが気になったのです?」
「んー、わたしとしては君と仲良くしたいからかな」
「何故に?」
まるで意味が分からない。でも裏があるようには感じないし、本心であることは何となく察することはできた。
とはいえ、俺としては必要以上に仲良くなる気にはなれない。元の世界に帰ってしまえば二度と会えないからな。別れが辛くなってしまうかもしれない。
まぁ、オリディアとヴェントに関しては少し手遅れな気がするけど。
もちろん言うまでもないが、別れるのは俺が勝つことができたらの話である。
「だって、ここは男が少ないんだよ。そんな君は誰ともくっついてないんだし、独り身だとお近づきになりたくもなるよ」
「男に飢えてるとも受け取れますが……」
「あながち間違ってないかもね。男女で仲睦まじくしているのを見ていたら、羨ましく感じるよ」
「そうなんですか……」
ここまで話を聞き、午前中に浴びせられた視線のことを思い出した。
(まさかとは思うが、里を歩いていた時の視線っていうのは……)
男が少ないということは、独身の女性もそれなりにいるわけで。フィアンさんでも飢えているということは、その独身の女性たちも飢えている可能性があるわけで……いや、これ以上は考えるのは止めておこう。
こんなことを考察しても、いいことはなさそうだからな。たぶん色々と気まずくなるだけだ。
とにかく、また話題を変えるとしよう。
「でも、フィアンさんほどの美人さんなら男なんて選り取り見取りだと思いますがね。きっと俺よりもいい男を捕まえることができますよ」
「どうだかねぇ。わたしとしては、君のような優良物件は早々にいないと思うんだよ」
「ははは、それは俺のことを買い被り過ぎでは?」
「そんなことはないさ。君は自分自身のことを過小評価してないかい?」
「過小評価と言いましても、今ではこんな有様ですし……」
未だに上半身裸で、スキルを封じる“封印の首輪”を着けられてまともな抵抗ができず、半ば囚われの身。
うん、中々に情けない有様ではなかろうか。
「それに……俺が持ってるこの力や今のこの容姿は女神様に与えられたものなんですよね」
だからこそ誇れる気になんてなれやしないし、フィアンさんの言う優良物件から程遠いと思える。
それにここまで生き残れたのはゲーム内で得た知識が通用したというのも大きい。もしあのゲームをプレイしていなければ、今頃はモンスターに殺されていたに違いない。そういった意味では運が良いとも言える。
(まっ、女神様によって偶然選ばれたという点を除けば、この異世界において俺は恵まれている方なんだよな)
「だとしても、君は女神様に与えられた力をしっかり使いこなしているし、容姿だって中身が伴っていなければあってもないようなものだと思うよ」
「使いこなしている自身はありませんが、中身に関しては一体?」
「まず、ヴェントが君を認めたこと。次に身を挺してオリディアと子供を守ったこと。そして寛容なところかな?」
「寛容……ですか」
「そうそう。だってカイト君はどんなことをされても、最終的には許して受け入れてくれそうだもん」
「そんな風に思われていたとは……」
どうして俺が寛容だと思ったのやら。フィアンさんと出会ってまだ一日も経っていない筈だ。
考えられるとすれば、オリディアとヴェントから色々と話を聞いたのだろう。確かにオリディアに痛めつけられたり、ヴェントの力加減のミスで重症になったりもしたが、特に怒ったりするようなことはしなかったな。
それらを聞いて、フィアンさんは俺のことを寛容だと判断したのかもしれない。
ただ、実際のところは俺の立場が低いということもあり、あまり強く出られなかっただけのことだ。だからこそ穏便に済まざるを得なかった。
とはいっても、オリディアに関しては暴走してたからまだ弁明の余地はあるし、ヴェントに関しても故意じゃないのだから仕方ないと言える。
(それに……二人とも根は優しい方だからな。どうも恨んだり怒ったりする気になれん)
俺が本気で恨むとすれば、遺産目当ての親戚連中だろうか。そして本気で怒りを覚えたのは俺を金づるにしようと近づいてきた学生時代の連中だろうか。
どちらとも邪悪さとか悪意といった負の側面をこれでもかと見せつけてきたものだ。前者は俺の幼少期から小学生時代を滅茶苦茶にした挙句、人生そのものにも多大な悪影響を及ぼした。後者は転校ばかりの灰色の青春を送る原因を作り、おかげで友人や恋人を作ることが叶わなかった。
今でも思い出す度に辟易とするぜ。
「表情が少し暗いようだけど、どうかしたのかい?」
「いえ、まだオリディアとヴェントの方が可愛げがあるなと思いましてね」
「ふふふ、やっぱり君は器が大きいと思うよ」
「そうですかねぇ……」
「その様子だと、ここでの生活にも慣れるのは早そうだね」
「まるで俺がオリディアに負けることが確定したような言い方ですけど、気が早すぎませんか?」
「いやいや、今の君では勝つのは厳しいんじゃないかな。一回でも勝てばいいんだろうけど、二回しか挑戦できないんだからさ。そう簡単にオリディアを攻略できるとは思えないよ」
「え? は? 二回しか挑戦できない?」
唐突に、耳を疑うような衝撃的な内容を平然と言ってのけた。おかげで頭の中では疑問符の嵐が巻き起こっている。
俺の記憶通りであれば、ゴルディア様は何度でも挑戦していいと言っていた筈である。だが、フィアンさんが言うには二度の勝負で勝利を収めなければならないらしい。あからさまに情報の齟齬が起きている。
(一体どういうことだ。ゴルディア様が約束を反故にするとは思えないが……まさか俺が気絶している間に気が変わったとでもいうのか?)
なんて考えるものの、あまりにも情報が少なすぎて何も分かりそうにない。真相を知るには直接本人から聞き出す以外に方法はないだろう。
「気難しそうな顔をしてどうしたんだい。あっ、ここでの生活が不安なのかな? 確かに一癖も二癖もある人たちばかりだし、良くも悪くもとある”薄い本”の影響を受けちゃってるからね。かくいうわたしも、”薄い本”をじっくり読ませてもらったよ。だからその内容を実際に試したかったりするから、カイト君には付き合ってもらうつもりだよ」
「いや、あの……こっちはそれどころの話ではないと言いますか……」
本来なら”薄い本”とやらも聞き捨てならないところだが、今はそんなことよりも急な条件の変更が心の中で関心を占めている。
いくら何でも、たった二度の挑戦だけではオリディアを倒せるとは思えない。圧倒的に俺が不利だ。
(おいおいおいおい、これじゃ勝ち目が薄すぎるぞ)
「まぁまぁ、落ち着こうよ。わたしは優しくしてあげるから、そう身構えないで、ね?」
俺が思い悩んでいる間にも、フィアンさんは一人勝手に話を進めては、意味深げな笑みを浮かべると俺の肩に腕を回して体を寄せてきた。豊満な胸が押し付けられて柔らかい感触がして、どことなく怪しげな雰囲気になりつつあったが、心底焦っていた俺には気にする余裕なんてなかった。
そんな時、怪しげな雰囲気をぶち壊すように扉が開け放たれた。
「カイトー! お待たせ……って、何をしてるの?」
大皿を片手にオリディアが部屋に入って来たのである。もちろんフィアンさんが俺に密着している状態を見逃すわけもなく、今度は不穏な雰囲気が醸し出されるのを感じ取った。
薄い本は薄い本です。内容は皆さんの想像にお任せします。