第七十二話 カイトの素性 ①
今回はカイトが根掘り葉掘り聞かれる回ですね。
「僭越ながら、わたしから質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
許可を求めるネイアさんに対し、オリディアたちは互いに目配せするも異論はないようで、これを頷いて了承した。
それを確認したネイアさんは改めて口を開く。
「ありがとうございます。では、カイト殿は女神様の遣いと仰られてましたが、それは本当のことなのですか?」
「やっぱり聞かれてましたか。もちろん本当のことですよ。ただ残念なことに、この首輪のせいで証明するのは厳しいですかね」
首に装着された“封印の首輪”を指さす。
これさえ外すことができれば『鎧化』や『神格解放』を使うことができて納得させることができただろう。しかしながら、オリディアが外してくれるわけがない。故に、この場で納得させるのは恐ろしく難易度が高い。
ただし、幸いなことに証言してくれる人ならいる。
「どうしても真偽を見極めたいと言うのであれば、シーディア様からお聞きするのが手っ取り早いと思います。なにせ、俺の記憶を覗きましたからね」
「いえ、そこまで仰られるのであればカイト殿を信じましょう。ところで……大丈夫でしたか?」
ここで身を案ずるような質問が出てくるのは似つかわしくないが、言わんとすることは理解できた。できたがために、遠い目になってしまった。
「ははは、二度も覗かれて二度目には気絶してしまいましたね。次は全てを覗くと言われまして、今から戦々恐々としていますよ」
「……心中お察しします」
哀れみの目を向けられてしまった。
ネイアさんも俺と同じ苦しみを味わったのだろうか。あるいは、実体験を他の誰かから聞いたのだろうか。どちらにせよ、こんなところで俺に同情してくれる人がいるとは思わなんだ。
「じゃあ、次の質問はわたしね!」
「オリディアか。何が聞きたい?」
「えーとね、カイトはゴルディア様に会って何がしたかったの?」
「そういえば、あの時の尋問でも同じようなことを聞かれたっけな」
結局は襲撃によって尋問は続行されることなく、今日に至っている。
今にして思えば、あれは不毛な尋問だったな。実は洗いざらい何を話しても問題がなかったのだから。
襲撃が無ければ、誰も得しないまま続けられていたかもしれない。
(それを考えると、あの襲撃には助けられたな。つっても、一方的に襲撃して勝手に死んでいった連中にお礼を言うつもりなんて毛頭ないけど)
「カイト?」
「ああ、すまん。少し思い返してただけだ。で、ゴルディア様に会う理由だが、“至宝の果実”を手に入れて食べることなんだ」
この発言に真っ先に反応したのはヴェントだった。
「おいおい、年に一度だけ食べられるあの果物が目的だったのかよ。意外だな」
「すっごく美味しいから年に一度の楽しみなんだよねぇ」
「うん、あれほど美味な食べ物だから、いくらゴルディア様のお気に入りとはいえ、譲ってもらえるのは難しいんじゃないかな」
「いや、普通に喰ってたのか……」
しかも美味しいようで、かなり気に入っているみたいだ。というか、年に一度だけ実るのは普通の果物とあまり大差ないのではなかろうか。
大層な名前が付いているのだから、少なくとも十年に一度といった間隔で実るのでは、と思っていたのだが。
(いかにも異世界の食べ物らしい果物と少し期待してたんだけどなぁ。まぁ、それは実物を見てから判断するべきか。見た目に期待しよう)
内心で“至宝の果実”に対する期待を下げていると、今度はヴェントが手を挙げて質問をしてきた。
「次はオレの番だが、どうしてカイトは女神の言うことに従うんだ? 元の姿に戻る為だとか言ってたけど、“封印の首輪”でもう解決したんじゃないのか?」
「確かに、『鎧化』については解決したな」
「だったらもう従う必要なんてないだろ」
ヴェントの言い分は理解できる。だが、『鎧化』の解除だけでは完全に解決したとは言い切れない。ヴェントはそのことを失念しているようだ。
「おいおい、他にも大事なことがあるのを忘れてないか?」
「他に……あっ、暮らしてた場所に戻れない?」
「その通りだ。俺が暮らしてた場所に戻るには、女神様の言うことに従わないといけなくてな」
「ふむ、割り込むようで悪いけどいいかな?」
と、ここで口を挟んできたのはフィアンさんだった。どうやら俺の発言に思うところがあったらしい。
「君の言い方だと、君の暮らしてた場所は普通じゃないと言いたげだけど、そこのところを詳しく教えてくれないかな?」
「構いませんよ。まぁ、ぶっちゃけてしまうとこの世界の住人ではないんですよね」
「つまり、別の世界からやって来たということだね?」
「その通りです。無理矢理に連れてこられましてね」
「ははは、自分勝手なところはあの女神らしいよ。君も災難だったね」
「いやはや、まったくですよ。ちなみにですが、あまり驚いてないということは、別の世界からやって来た人と出会っていたのですか?」
あまりにも動じないからこそ、この考えに至った。
実際にゴルディア様も出会って水着を入手していたのだから、フィアンさんとも面識があってもおかしくはない。
「もう五十年近くも前になるかな。あの二人組が懐かしいよ」
「五十年ですか……」
つまりフィアンさんは最低でも五十歳以上ということになるのか。
なんて、我ながらくだらないことを考えていると、不意に重厚なプレッシャーに襲われた。発生源は言わずもがなである。
「何か良からぬことを考えていないかな?」
フィアンさんは笑顔だが、目が笑ってない。どうやら年齢を詮索するのは、地雷を踏み抜くことにも等しい行為のようだ。
「と、とんでもございません。良からぬことを考えるなんて……」
「ふーん、ならいいけど」
色んな意味で危なかったが、ひとまず助かったようだ。
まさか年齢に対してここまで敏感だとは。ゴルディア様は割り切っているのか、そこまで過剰に反応してなかったんだけどな。
(まっ、そういうのは人それぞれだし、これからは気をつけよう)
「ところでフィアンさんが出会った二人組のことですが、後で詳しくお話していただいても?」
「ああ、それならゴルディア様かシーディア様に聞いた方がいいよ。だいぶ仲が良かったみたいだからね」
「俄かに信じ難い話ですね」
あの二人と仲良くできるなんて、どんなコミュニケーション能力を持っているのやら。ますます気になってしまうな。
「あの……お話の途中ですみません。わたしの方から質問よろしいでしょうか?」
遠慮がちにネイアさんが話しかけてきた。俺がフィアンさんと話していたからか、緊張してしまったのだろうか。
「わたしは構わないよ」
「俺も全然大丈夫ですよ。何を聞きたいのですか?」
「ありがとうございます。女神様によって別の世界からこちらの世界に来られたとのことですが、女神様はカイト殿に何をさせたいのでしょうか。“至宝の果実”を食すためだけとは思えなかったので」
「その疑問はもっともです。ですが、実を言うと女神様の言う使命とやらはまだ授かってすらないんですよね。“至宝の果実”を食べることなんて前座だそうです」
「無理矢理こちらの連れてこられ、あまつさえ本当の目的を知らされないまま、ここに来られたというのですか……」
少し複雑そうな表情を浮かべていた。
女神様の横暴さや不親切さに引いてしまったのだろうか。そういえば元は冒険者で女神様の信者だったのだから、実際の女神様が想像からかけ離れていたことが原因なのかもしれないな。
「はい、その通りです。とはいっても、何となく女神様の目的が見えてきています。もちろん憶測でしかないですけど」
「それでも構いませんので、お話していただいても?」
「いいですよ。今のところはっきり言えるとしたら、女神様は敵対しているとある組織を潰すつもりのようです」
「女神様と敵対している組織ですか……?」
「これも憶測でしかないんですけど、ネイアさんも無関係ではないと思いますよ。なにせ女神様の信者だったのですから」
「まさか……っ!」
ここまで言うとさすが察したようであり、驚きを隠せなかったようだ。
無理もない。冒険者たちを狩っていた存在が女神様と敵対している組織なんて、そう簡単に思いつくまい。
(碌な手掛かりがなかったんだから、予想外もいいところだろうよ)
「おそらくですが、冒険者たちを殺す理由としては女神様に対する攻撃だと考えています」
「そのような理由だけで我々は殺されていたと?」
「はっきりと決まったわけではありませんが、俺はそう考えています。まぁ、女神様が俺を別の世界から連れてきたことを鑑みるに、それなりに追い詰められてたと思いますよ」
「確かに……。でしたら、貴族も関わっているのでしょうか?」
「俺の見立てでは、一部の貴族は間違いなく絡んでいるでしょうね。現に『南の街』を陥れようとした貴族がいましたから」
「待ってください。『南の街』が大変なことになっていたとのことでしたが、例の組織によるものだったと?」
「これに関しても憶測でしかないですが、黒幕はそいつらだと思います。魔王軍を『南の街』にけしかけたり、密かに貴族を裏切らせたりで、かなりの手間と時間をかけていたみたいで」
「ま、魔王軍ですか!? あの伝説の!? 『南の街』はどうなったのです!?」
ここにきて、ネイアさんはとうとう驚愕の声をあげてしまった。
貴族を動かすことも脅威だが、伝説でしか語られてない魔王軍を裏で操るなんて、とんでもないことなのだろう。もちろん、それだけのことをやってのける組織力も相当なものであり、恐ろしく強大な組織だ。
そんな連中に『南の街』が目をつけられたのだから、ネイアさんは落ち着いていられなかったに違いない。
「落ち着いてください。女神様に従って裏切り者の貴族は排除しましたし、魔王軍も何とか退けたので『南の街』は無事ですよ」
「カイト殿が救ってくださったと?」
「ええ。ですから心配する必要はありません」
俺のその言葉を聞いて、ネイアさんは安堵した表情を浮かべていた。
「ありがとうございます。実を言うと、ここにいる者たちの多くが『南の街』が生まれ故郷でして、カイト殿にはなんとお礼を申せばよいのやら……」
「ははは、気持ちだけで十分ですよ。気持ちだけで、ははは……」
言えない。半ば仕方なく救っただなんて、言えるわけがない。
マリンダさんがいたからモチベーションは上がったけれども、逆にマリンダさんがいなければ途中で諦めてたかも。
(あの時は味方が皆無だったからなぁ。そういえば、マリンダさんは元気にしてるかな?)
ティノやフェリン、ジャックさん、ルジェスさんも今頃は何をしているのやら。まぁ、後始末やらで忙しいとは思うけど。
「カイト殿? いかがなされました?」
「ん? あー、『南の街』で知り合ったマリンダさんたちはどうしてるのかなって」
と言うと、ヴェントが反応して口を開いた。
「お、マリンダか。カイトも知り合いなのか?」
「“も”ってことはヴェントも?」
「そうだぜ。二人が谷底から出発した後に、姫様が『魔獣の森』から出てきたんだ」
「マジか……」
谷に向かっているとは聞いていたが、まさか本当だったとは思わなんだ。
にしても、紙一重で再会を回避できていたのか。少しでも出発が遅れていたらどうなっていたことやら。
「あ、それと姫様には、カイトがもっと強くなってから会いたいって伝えておいたぞ」
「は?」
(……今なんて言った?)
聞き違いでなければ“強くなってから会いたい”と、あたかも俺がそう言ったかのように伝えたとのこと。
俺はそんなことは微塵も思ってないのだが、ヴェントはとんでもない勘違いをしてくれたらしい。いや、本当に勘弁してほしいんだけど。
向こうは絶対に、俺と再会すれば手合わせができると思い込んでいるに違いない。だってそう伝えられたのだから、信じ込むのも無理もない。
この先で再開するかどうかは定かではないが、万が一にも再開しようものなら相当な覚悟はしておかなければならないだろう。たぶん、というか女神様のせいで手合わせをしないといけないだろうから。
「はぁ……会いたくねぇ……」
「そんな深い溜息をついてどうしたんだ? オレが何か悪いことしてしまったか?」
「いや、気にしなくていい。ヴェントは悪くない、悪くないから」
「そ、そうか。あっ、それで話を戻すんだけど、マリンダも一緒にいたんだ」
「マリンダさんも俺を追いかけたのか……まぁいいや。とにかくそこで知り合ったんだな」
「おう、そうなんだ。でだ、マリンダは商人みたいだから、オレの方から取引を持ち掛けてさ、服を要求したんだよ」
「取引ってことは、ヴェントも何か用意しないといけないんだろ。何を出すんだ?」
「こっちから出す物はレモンだな。栽培しててな、ちょうど収穫が終わったばかりで、だいぶ余っているんだ」
「レモンの栽培をしていたのか」
当たり前のようにレモン水とかあったけど、栽培しているものだとは思わなんだ。まさかとは思うが、水着の件といい前にここを訪れた件の二人組が、レモンの種とかを与えたのだろうか。
それこそ種などといった現物に限らず、知識や技術も含めて色々と施していそうである。だとあすれば、シーディア様が俺がいた世界の料理を作っていたことも辻褄が合う。
(ここで疑問があるとすれば、水着とかレモンの種を持っていたことだろうか。こんな異世界で役に立つなんて、俺は考えつかないどなぁ)
「それでさ、レモンって喜んでくれるかな?」
「うーん、質問から相談に変わっているような気もするけど、確か『南の街』を散策した時にはレモンなんて見かけたことはなかったぞ」
じっくり観察する時間が無かったから、見落としていた可能性も否めないけど、少なくともレモンという単語を耳にすることはなかった筈だ。
いやしかし、異世界には未知の食材や料理がほとんどだと思い込んでいただけに、今回のレモンのおかげでそのイメージがぶち壊されて、期待などできそうになくなってきたな。もしかしなくとも、他にも俺のいた世界から持ち込まれた食材や、料理のレシピとかあってもおかしくはないな。
「おお! だったら物珍しさで受けが良さそうだな」
「かもな。だけど、活用方法が分からないと利用価値を見出してくれないかも」
「んん、どういう意味なんだ?」
「そのまま食べるだけで終わってしまうかもしれないんだよ。レモン水のように飲み物に活用したり、料理の調味料として活用できるってことを教えてやると、それだけ幅広く使われるとは思うけど」
俺がいた世界でも、抹茶は料理やスイーツの材料として幅広く活用されてからは、老若男女問わず様々な人たちに認知されて食べられるようになり、数年後には世界的ブームになって定着していた。
だから幅広い用途で活用できると知れば、数年後にはレモンも色んな人に受け入れられて定着する可能性は高いだろう。
「あっ、初めてだから活用方法を知らないんだな」
「そういうこと。まぁ、最初は物珍しさで欲しがるだろうけど、すぐに飽きるかもしれないな。でもマリンダさんたちも馬鹿じゃないから、試行錯誤して色んな料理やスイーツに使えるってのは理解してくれるよ。時間は掛かってしまうだろうけど」
「うーん、だったらレシピとかも用意してあげるといいかな。後でシーディア様と相談してみよう。ありがとうな、カイト!」
「どういたしまして。取引が上手くいくといいな」
質問というか相談はこれで終わったようだ。すると、オリディアが唇を尖らせて不満気な視線を向けていたことに気づいた。
「どうしたオリディア?」
「“どうした”じゃないの! わたしはそういう小難しい話ばかりじゃなくて、カイトのことが知りたいの!」
「俺にそれを言われてもな……」
「じゃあ質問するけど、カイトって気になる人はいるの?」
「なんだそりゃ」
「いいから答えて」
有無を言わせない強気な口調で、睨みつけてきた。こうなってしまうと、オリディアが満足するまで付き合うしかあるまい。
「いやまぁ、別にそんな人はいないけど」
「だったらマリンダって人は何なの?」
「ただの恩人だけど。マリンダさんがいなけりゃ、俺も『南の街』も終わってたかもしれないなぁ」
「ふーん、そうなんだ。なら、カイトがいた世界には大事な人はいる?」
「すぐに思いつくとしたら一人かな」
「その人って女? どんな関係?」
「性別は男だよ。その人とは親子のような関係だったかな。血は繋がってないけど」
「どういうこと?」
「話が長くなるから詳細は省くけど、俺の両親は幼い頃に二人とも一緒に死んでな、父親の友人が俺を引き取って育ててくれたんだよ」
そこまで言うと、オリディアの先程までの勢いは嘘のようになくなり、瞳を震わせて俺を見つめていた。
「えっ……だ、だったら、カイトには血の繋がった家族はもういないの?」
「父方のじいちゃんとか親戚はいるにはいるんだけど、色々と揉めたみたいで縁を切ったみたいでな。十年以上は会ってすらないな」
「そ、そうだったんだ……なんか、ごめんね」
まさか謝ってくるとは想定外だ。さすがのオリディアといえども、こういった話になると強気にはなれないようだ。
にしても、意気消沈しているように見えるのは俺の気のせいだろうか?
(ともあれフォローはしておかないとな。別に悪気があって聞いたわけじゃないんだろうし)
「オリディアが気にして謝るようなことじゃない。それに、こっちの世界でも両親が死んで天涯孤独の身になる子供なんて珍しくもないんだろう?」
ただ、俺の言うことに対して口を開いたのはオリディアではなく、何故かフィアンさんだった。
「確かにカイト君の言う通りなんだけど、オリディアはちょっとね……」
「よく分かりませんが、この話はこれで終わりにしましょう」
勘でしかないが、何らかの事情があるらしい。気にならないと言えば嘘になるけども、かといってこの場で聞き出すほど空気を読めないわけじゃない。
今はそっとしておくのが賢明だな。
会話ばかりで申し訳ない。




