第六十八話 『竜人の里』に行こう
書き方を試しに変更してみました。
これが書きやすければ、このまま続けると思います。
俺は今、壁際に追い詰められている。
理由は単純で、オリディアが俺に日焼け止めを塗ると頑なになっているからだ。
正直なところ勘弁してほしい。
「ま、待て、そのくらいなら自分で塗れる!」
「カイト、日焼け止めを甘く見ちゃいけないよ?」
生まれてこの方、日焼けを気にしたことはない。だからわざわざ塗らなくてもいいとさえ思っている。
にも関わらず、オリディアは自らの手で塗る気満々なのだ。
(日焼け止めを塗ること自体は別に構わながいが、せめて俺自身の手で塗らせてくれよ……)
ただでさえ、昨日は重傷を負ったばかりだ。安全のためにも、俺自身の手で塗りたくなるのは当然のことだろう。
だが、それを口にするのは憚れる。オリディアは別に問題ないと思うが、隣にいるヴェントに関しては話が別だ。
(今朝の反応を見る限り、気に病むような兆候があるんだよなぁ。どうしたものかねぇ……)
「むー、だったらわたしが押さえつけるから、ヴェントが塗ってあげて」
「オ、オレが?」
「そうくるか……」
もっとマズいことになるかもしれん。いや、塗るだけなら大丈夫かな?
でも、万が一ってこともあるかも。
大人しくオリディアに塗られるべきだったかもな。ただ、今さらそれを望めばヴェントを避けていると公言しているようなものだ。
それでヴェントが悲しむようであれば、ゴルディア様とシーディア様に何と言われるやら。
(まっ、俺としてもヴェントが悲しむところは見たくはない。今は甘んじて受け入れるしかないな……しまっ!?)
「捕まえた!」
「ぐふっ!?」
隙をつかれ、アメフトを彷彿させる勢いのタックルを腹部に喰らってしまう。朝食をリバースするという事故は起きなかったが、みぞおちに当たって超痛い。
当然、タックルの衝撃に耐えられるわけもなく、体勢を崩して床に押しつけられた。
相手が常人を超えた人外とはいえ、年下の少女にここまで容易く拘束されると情けなく感じる。
しかも抵抗しても無意味だからなおのこと。
(あれ、よく考えてみれば絵面的にマズいのでは?)
上半身裸の男が年頃の少女によって背中から馬乗りされている。
うん、あまりよろしくない絵面だ。元の世界で第三者から見られようものなら、あらぬ疑いをかけらることは間違いなし。
(とはいえ例外はいるだろうよ。特にあの女神様とか)
他に羨ましがりそうな面子にいつぞやの謎の銀騎士が当てはまりそうだな。
なんて現実逃避じみたことを考えていると、ヴェントが俺の前に来て見下ろしていた。手には日焼け止めと思わしき小瓶を持っている。
ただ、何か様子がおかしい。息づかいが荒いし、手は微かに震えているし、頬が赤いし、何より眼が怖い。
「ゴクリ……」
そして意を決したかのように喉を鳴らしていた。
「なぁ、ヴェントはどうしたんだ?」
「男の肌に触れるのが初めてだからさ、緊張しているだけだと思うよ」
「そんなもんかなぁ」
いまいち釈然としないが、そういうことにしよう。
ヴェントに任せるのは怖いが、こうなってしまえば流れに身を任せるしかない。後は穏便に終わることを祈るばかりだ。
「じゃ、じゃあ……塗るぞ」
「お手柔らかに頼む」
慎重な手つきで日焼け止めのオイルを手に塗り、恐る恐るといった様子で俺の背中に手を伸ばす。
それから背中に触れる寸前になると目を見開き、腫れ物に触れるかのような手つきで背中にオイルを塗り始めた。
「くっ……」
「い、痛いのか?」
「違う。大丈夫だから続けてくれ」
危うく声が漏れそうだった。
(こうもくすぐったいとはな……)
背中に何かが走るような感覚に襲われ、変な声が出そうになる。
この程度なら、日焼け止めを塗り終えるまで頑張れば我慢できるだろう。と、高を括っていたのだが、現実は甘くなかった。
「ヴェント、ちょっとゆっくり過ぎない?」
「仕方ないだろ。またカイトを傷つけるわけにはいかないし……」
「あっ、うぅぅぅ……」
慎重になるのはいいが、その代わり遅々として進まない。
(いつまで我慢すればいいんだ……)
どれだけの時間が経ったのか分からないまま、ひたすらに耐え続けていた。オリディアに押さえつけられてなければ、今頃は床を転げ回っていたかもしれない。
「カイト、背中は鳥肌で凄いことになってるけど大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃない……くすぐったくて……ひぅっ!?」
「耳まで真っ赤だね。そういうことだからヴェント、そろそろいいでしょ。もうとっくに塗り終わってるよね?」
「いや、もう少し……もう少しだから」
「あーあ、駄目みたい。でも、確かにカイトの肌ってスベスベで手触りいいもんね」
「同意してないで止めてくれっ……はぅっ!?」
いつの間にか手つきが怪しいものとなって、今や両手で好き勝手に触っている。もう我慢の限界を迎えそうだ。
「変な声を出すなよ……こっちが変な気分になっちまうよ」
「そ、それは無理な相談というか、触るのを止めてくれくれたら……いぃっ!?」
不意打ちのように首筋を触られる感触に襲われ、反射的に身を震わせてしまう。
これは間違いなくオリディアによるものだ。
「オリディアも悪ふざけは止めてくれ……」
「えー、見てるだけじゃ退屈なんだもん」
「だもんじゃなくて! くうぅぅぅ……止めてくれぇぇぇぇぇ!!」
俺の叫び声が響いたものの、解放されたのはそれからさらに数分後のことだった。ちなみに体の前面に関しては土下座する勢いで懇願して、どうにか自力で日焼け止めを塗った。
こうして疲労困憊になりかけたが、辛うじて自力で歩みを進めることができている。
「はぁ……はぁ……」
「何かその……悪かったな」
「き、気にしなくていい」
「そうそう、わたしたちはカイトのために日焼け止めを塗ってあげただもんね」
「途中から遊んでたくせによく言うぜ……」
オリディアが悪ノリせずに止めてくれたら。と思ってしまう。
「そんなことよりさ、カイトってここの外ってまだ見たことないよね?」
「そんなことって……もういいか。言われてみれば、まだ一歩も敷地から出たことなかったな」
「ふふーん、外に出たらきっとカイトは驚くよ」
「へぇ、楽しみにしとくよ」
実際のところ本当に楽しみだったりする。
(なにせ文字通り異なる世界だからな。元の世界じゃお目にかかれない光景が広がっているだろうよ)
元の世界と大差ない食事で拍子抜けしたということもあり、景色に対する期待は大きい。
ましてや、今まで散々な目に遭ってきたのだから、心が癒されるような絶景というご褒美が欲しくもなるものだ。
なんて考えながら歩くこと数分、未だに出入り口に到着していない。
「改めて思うけど広いな。まるでお城みたいだ」
廊下は広く、天井は高く、途中の大広間には幾つもの柱が等間隔で立ち並び、壁画もあれば至る箇所に装飾が施されている。
これだけの規模なら、相当大きな建造物であることは想像に難くない。
「んー、見れば分かるかな」
「何のことだ?」
「外に出れば分かるよ!」
「待って! いきなり引っ張ったら危ないから」
「ははっ、オリディアのやつしゃいでるな」
ヴェントの微笑ましそうな声を背に、オリディアは俺の手を握ったまま早足で進む。
すると巨人でも容易にくぐることのできそうな、巨大で重厚な扉が目の前に現れた。そんな扉の前まで着くと、オリディアは片手で押し開けたのであった。
「この扉って軽くないよな……?」
「そこそこ重たいくらいかな」
「そ、そうなんだ」
“そこそこ”で済ませる辺り、さすがは人外といったところか。
『鎧化』が発動した状態の俺でも、片手で軽々しく押し開けることができるかと言われれば怪しいだろう。
(素の状態でも倒すのに苦戦は必至か。純粋な力勝負は避けないとな)
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。それより早く外に行かないか」
「じゃあ行こっか」
手を引かれながら扉の外に足を踏み出すと、エメラルドグリーンの輝きが視界いっぱいに映り込む。
最初こそ眩しかったものの徐々に視界が慣れてくると、エメラルドグリーンの輝きの正体が判明。静かに揺れる水面が、太陽の光で反射していたのだ。
「海……じゃないな」
潮の香りはしない。
そしてさらに遠くを見渡すと、岩壁のようなもので囲まれているようにも見え、そのすぐ上には山頂が顔をのぞかせていた。
「どうなっているんだ?」
「ここがどこだか理解できないって感じだな。教えてほしいか?」
遅れてやってきたヴェントが得意気な顔でそう聞いてくる。
悩んでも仕方ないし、教えてもらうとしよう。
「教えてくれると助かる」
「いいぜ。ここは山の山頂にある湖の上なんだ。どうだ、驚いただろう?」
「そりゃあ……驚くしかないな」
中々とんでもない場所に居を構えたものだ。一昨日の露天風呂で、水面に映る月が見えたのも納得である。
昼間はエメラルドグリーンに輝き、夜は月が映る。では、夕暮れ時はどんな景色を見せてくれるのだろうか。見てみたいものだ。
(さすがはファンタジーな世界。いきなり想像を超えてくるとはな)
「ねぇねぇ、ちょっとこっちに来て」
「ん? あぁ、分かった」
オリディアに腕を引っ張られてある程度歩き、振り返って見上げると、今までいたであろう建物の外観に圧倒された。
「へぇ……本当にお城みたいだな」
「えへへ、凄いでしょ」
それは石造りの巨大な建造物で、お城にしか見えない。最上部には立派な尖塔があり、そこから見渡すことのできる景色はさぞかし見応えがあるだろう。
「でもさ、たった数人で暮らすにしては広すぎじゃないか?」
「実はそうなんだよねぇ。三階より上の階なんてほとんど使ってないし」
「あ、そうなんだ」
(お城のように広すぎるのも考えものだな)
もしかして見栄のためではなかろうか。でなければ、わざわざこんな場所でこんな巨大な建造物なんて造らないと思うのだが。
「よし、そろそろ下に行こうぜ。オレの背中に乗りな」
と言い出したヴェントが光り輝き、瞬く間にその体を『竜』へと変貌させていった。そして光が収まると、美しい翠色の鱗を身に纏う『風の眷属竜』の姿になっていた。
「おー、ドレスのままでも変身できるようになったんだな」
「シーディア様に扱かれてさ、急いで馴染ませたんだ」
「俺が気絶してる間にそんなことが……」
「あれは大変そうだったね」
そんな会話を交わしながら、オリディアと共にヴェントの背中に乗った。
「しっかり掴まってくれよ」
「うん、準備はできてるよ」
「今回はゆっくり飛んでくれると助かるんだけど……」
「任せとけって。じゃあ、飛ぶぞ」
頼もしい返事と同時に翼を羽ばたかせ、空へと飛び立つ。
俺の要望通り以前よりも穏やかに上昇してくれて、あまり怖い思いはしなかった。吹きつける風は思ったよりも弱く、下の景色をじっくり眺める余裕すらある。
「おぉ、湖のど真ん中にお城があって……ん? あの細い線は一体?」
「あの細いのは橋だよ。わたしたちは裏門から出たから見えなかったんだ」
「そういうことか」
一応は歩いて外に出る手段はあるようだ。橋がなければ陸の孤島になっていたことだろう。
(まぁ、橋がなくても今みたいに飛べば関係ないか。しかし、上から見下ろすと改めて凄いな)
山の山頂にできているくぼみに湖ができており、その中央に巨大な建造物が佇むように建っている。
そんな非日常的とも言えるような光景に目が奪われ、見えなくなるまで眺めていた。
そして次はどんな景色が待ってるのかと、心を躍らせながら視線を前に向けると、太陽の光を受けてマリンブルーに煌めく大海原が出迎えてくれた。
「海が近いんだな」
「そうだよー。だからよく海産物を食べているんだ。ほら、あそこで漁をしてるのが見えるでしょ?」
「おー、本当だ」
オリディアの指差す先には、数隻の船が海原の上に浮いていた。視線を少しずらすと、桟橋のような場所で釣りをする人もいれば、浜辺で何らかの作業をしている人もいる。
ここまで海が生活に密着しているのなら、食卓には海産物がよく並んでいそうだな。
「それでさ、たまに海で泳いで遊んだりするんだ」
「気ままに海で遊べるのはいいな……」
元の世界でも気分転換に一度は海辺に行ってみたが、観光客でごった煮返していて煩わしいだけだった。しかも面倒な人に絡まれたりで、嫌な記憶が刻まれる始末だ。
海辺に行くだけでも手間がかかるということもあり、それ以降は海に足を向けることは二度となかった。
(にしてもよくよく考えてみりゃ、有名どころじゃなくて穴場に行くのが賢明だったな。次に行くなら静かそうな海辺を探してみるかね)
元の世界に戻ってからのことを考えていると、徐々に高度を下げていた。
すると白い砂浜がよく見えるようになり、砂浜から離れた丘の上には壁に囲まれた集落のような場所が見える。
「あれが『竜人の里』?」
「うん。ちなみに、わたしたちが助けた姉妹もあそこに住んでいるんだよ」
「そういえば、あの二人は無事だったんだよな?」
「元気だよ。でも、両親からものすごく叱られてたね」
「そりゃそうだろうよ……」
よくもまぁ子供二人だけで、リザードマンが生息する沼地付近によく行ったものだ。しかもツインヘッドに襲われていたから、親がそれを知れば気が気でなかっただろう。
(俺が親だったら、泣きながら生きていることに喜んで、二度とこんな危険なことをしないように叱るかもな……)
「叱る親、か」
「どうかしたの?」
「……何でもない」
間が空いてしまって怪しまれると思ったが、ちょうどいいタイミングでヴェントが声をかけた。
「もうすぐ着地するからな。落っこちないように気をつけろよー」
「はーい」
「あ、あぁ」
おかげでオリディアに追及されずに済んだ。こうして、俺は元々の目的地であった『竜人の里』の前に降り立つのであった。
日焼け止めだけで半分近く書いてしまった……
それはそうと、今回はカイトが楽しそうにしていました。いつまで楽しめるか見ものですね。




