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第六十七話 比較的平穏な朝食

今回は文字通り穏やかな回ですね。(犠牲は出るけど)

 暑くて寝苦しい。

 それを認識したと同時に意識が覚醒した。目を開けると、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいるのが視界に映り込む。


「で、今回も女神様は出てこなかったのか」


 少し意外に感じる。性格の悪い女神様のことだから、機会さえあればおちょくってきてもおかしくはないだろうに。


 もしかすると、反省して自重しているのかもしれないな。


(いや、それはねぇか)


 己の考えを秒も経たずに否定した。


 まず、あの女神様がこんなことで反省するなんて思えない。そもそも楽しんでいる節すらあったからな。


 そして俺に対して自重することも万が一にもあり得ないことだ。あの女神に関しては悪い意味では信用ができる。


(それはさておき。暑いし、身動き取れないしで嫌な予感しかしないんだが……誰がいる?)


 二日連続で誰かと同じベットで寝ていたんだ。少し慣れてしまったのか、もう驚く気にもなれない。


 というよりも、驚く暇があるのなら身の安全を確保するのが賢明だろう。だけども……。


(はぁ、身動きできない時点で安全の確保なんて無理なんだよなぁ)


 内心でため息をつきつつ、ひとまずは状況を確認。


 顔を起こしてみると、俺の両隣のシーツが不自然に盛り上がっているのが見て分かる。十中八九、誰かが潜り込んでいるに違いない。しかも二人ときた。


「何で潜り込むのかねぇ」


「カイトぉ……逃さないんだからぁ」


「ヒェッ」


 あどけなさを感じる声色の寝言に対し、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。


 俺を追い回す夢でも見ているのだろうか。夢の中の俺は一体何をやらかしたのやら。


(ともあれ、声からして一人はオリディアか。で、もう一人は誰だ?)


 オリディアは大胆に俺の腕が軋むくらいに強く抱き締めているのに対し、もう一人は控えめに服の袖を掴んでいる。


 ただし、掴む力は控えめどころか尋常ではない。無理に動かそうとすれば、布が悲鳴をあげるかのような音を立てやがる。


 故に、抜け出すには服を犠牲にする必要がありそうだ。


(いっそのこと起こすか)


 寝ぼけて何をしでかすか分かったものではない。それならば、起こして解放してくれることに賭ける方がまだ分があるだろう。


「さてと……おーいオリディア、朝だぞ。いい加減に起きたらどうだ」


「むにゃむにゃ……後五分寝かせてぇ」


「なんてベタな寝言……」


 オリディアは二度寝を所望とのこと。


 まぁ、別にそれはいい。いいのだが、俺の腕を解放してからにしてくれ。というかさらに力を込めるの止めてくれ、軋む音がして冗談抜きで洒落にならないんだけど。


「そもそも、年頃の女の子がこんなことをしていいのかねぇ。しかも色々と当たっているはさすがにマズいだろ」


 だが悲しいかな。柔らかい感触はあれども、それを遥かに上回る激痛によって約得と思える余裕は一瞬で消し飛び、背中に冷や汗が伝う。


 今は俺の腕が心配で仕方ない。だからこそ、早急に起きてもらわねば。


「なぁオリディア、頼むから起きてくれ。腕が痛いんだ」


「カイト……?」


 腕を解放し、シーツから顔を出して眠たげな目を擦りながらオリディアは体を起こした。やっと目を覚ましたらしい。


「やっと目を覚ましたんだね」


「それは俺のセリフ……って、あれからずっと気絶してたからか」


「うん、ヴェントをを宥めるのが大変だったんだよ」


「何でヴェントが……あっ」


 オリディアの言葉でヴェントに抱き締められた際の激痛と、口の中の鉄の味を思い出した。


 あの後は何が起きていたのやら。

 オリディアに抱き締められた腕以外からは、特に痛みを感じていない。少なくとも治療はしてくれたのだろう。


(まっ、治療つってもあの“秘薬”とやらを飲ませたんだろうよ。おかげで助かったんだろうけど、あまり飲みたくないんだけどなぁ)


 初めて飲んだ時の拒絶反応も要因ではあるものの、飲み込んだ際にどことなく嫌な感じがしたからだ。


 上手く言葉に出来ないけど、あまりよくないとしか言いようがない。


(兎にも角にも、重傷を負うようなことは避けたいもんだな。あの“秘薬”はあまり頼りたくない)


「カイト? どうかしたの?」


 オリディアが瞳を不安げに揺らしながら俺を見上げている。


 俺が急に黙り込んだのを見て、心配になったのだろうか。実際にほぼ一日眠り続けていたし、心配してもおかしくないな。


(とりあえずは、元気であることを伝えておくとするかね)


「すまん、少しぼんやりしてた。体の方は何ともないぞ」


「本当に? 良かったぁ」


 分かりやすく安堵した表情を浮かべた。それだけ俺のことを心配していたのだろうか。


「カイトが起きなかったら、今日も暇になってたんだよね。本当に安心しちゃったよ」


「……そうか」


(そっちの心配かよ)


 やはりというべきか、ここにいる人たちは基本的に自分本位らしい。


「まぁいい。それより、こっちは誰が寝ているんだ?」


「あれ、ヴェントはまだ起きてなかったの?」


「ヴェントか……」


 オリディアもそうだが、どうしてヴェントまで俺と同じベッドで寝るんだ?


 無警戒にも程があるのではなかろうか。いや、俺から手を出そうものなら文字通り叩き潰しそうだし、その辺りの心配をする必要がないのだろう。たぶん。


 だとしても、俺と一緒に寝る理由にはならない。一人で寝るのが寂しいのなら、辛うじて理解できなくもないが……。


「そんなわけないよな。後で本人たちから聞くとするか」


「何を聞くの?」


「この状況についてだよ。ヴェント、もう朝だからそろそろ起きてくれ。それと俺の服が断末魔の音を出しているから手を離してほしんだけど」


「うーん、後一時間寝かせてくれ……」


「これまたベタな寝言だな」


「もうシーツを剥ぎ取っちゃったら?」


「そうするか」


 若干の申し訳なさを感じるが、服が破れる前に起きてもらわねばならない。だからこれは仕方ないのないこと。


 といったように内心で己に言い聞かせ、シーツを剥ぎ取る。すると……俺は即座に目を背けた。


「マジかぁ」


「わぁ、ヴェントって大胆だねぇ」


 あろうことか、寝間着のボタンが外れて胸元が露出していたのだ。一瞬だけ魅惑的な下着と谷間が視界に入ってしまったが、不可抗力の事故だと主張したい。


 ともあれ、ヴェントが目覚める前に逃げ出せば追及はされないだろう……解放されればの話だが。


「大変そうだねカイト」


「面白いことになったとか思っていないか?」


「えー、そんなことないよ」


(ダウト)


 口元がニヤけているのを隠せていない。このままでは俺にとって良くないことが起きると分かっているのだろう。


「これ、目を覚ましたら俺が殴られるのかな?」


「それはないと思うよ。けど……」


「けど?」


 そう聞き返した次の瞬間だった。


「あれ、もう朝になったのか……」


 ヴェントの声と布が擦れる音が聞こえた。そして相変わらず俺の袖を掴んだままである。


 非常によろしくない状況なのは明白。


「おはよう、ヴェント。よく眠れた?」


「あぁ、オリディアか。おはよう……ってカイト?」


「お、おはよう……」


「何で顔をこっちに向けないんだ?」


 色々とはだけそうになっているから。なんて馬鹿正直に答えることができる筈もなく、返事に困っていた。


 そんな俺の様子を見たオリディアは、助け舟を出すどころか笑いを堪えて傍観に徹している。


(はぁ……どうしたものか)


「やっぱり、オレのことが嫌いになったのか……」


 本日二度目のため息を内心でついていると、ヴェントの震える声が耳に入ってきた。


 どうやら盛大に勘違いをしているらしい。面倒なことになりそうだ。


(まずは誤解を解くべきか……)


「別に嫌いになったわけじゃない。確かにあの時は痛かったけどさ、今はこの通り元気だからヴェントは気にしなくていいよ」


「だったら、どうして顔をこっちに向けてくれないんだよ。頼むから顔を合わせてくれ」


 縋るような声を出しつつ、振り向かせようと俺の服の袖を引っ張ってきた。おかげで服の寿命が急速に縮まってしまっている。 


「そ、それは……」


 ここまできたら正直に伝えるしかないな。服が限界だし、下手に黙っていたら余計に悪化しかねない。


 そう結論を下して口を開こうとするも、一足遅かった。


「ねぇねぇ、ヴェント。寝間着が大変なことになっているからカイトは見ないように必死なんだよ」


「なっ!」


 ヴェントを落ち着かせて、もう少しオブラートに伝えるべきだった。


 だというのに、オリディアはド直球に伝えやがった。逃れられない今では、確実に何らかの被害を被りかねない。


「寝間着……あっ」


 そして、とうとう気づいてしまったらしい。どうなってしまうのかと身構えた刹那……布が引き裂かれる音が部屋に響くのであった。


 それから数分後、俺は五体満足で朝食と対面していた。ただし上の服は無い。つまり、またしても上半身裸で食事をしているのだ。


「また新しい服を用意してあげないといけないわね」


「お手を煩わせてしまい申し訳ありません……」


 結果から言えば、犠牲になったのは上の服だけで済んだ。


 ヴェントが咄嗟に体を隠そうとした際、俺の服を掴んだままだったからそれに巻き込まれたのである。


 で、今はシーディア様からお小言をもらっている最中だ。


「もうよいではないか。ヴェントも反省しておるし、これ以上は朝食が冷えてしまうぞ」


「それもそうね。ヴェント、わたくしたちも食べましょうか」


「は、はい」


 ゴルディア様による鶴の一声によって、ヴェントも朝食を食べ始めた。


 朝食のメニューは、焼き立ての白パンに、採れたての生野菜サラダ、具だくさんの海鮮スープ、香ばしい匂いを漂わせるベーコンエッグ、そして口直しにハーブ入りのレモン水。


(朝食にしては中々に豪勢。でも、意外と普通なんだよな)


 一昨日の夕食もそうだが、元の世界で食べてきた料理と遜色ない。悪く言ってしまえば意外性が皆無と言ったところだろうか。


(文句無しに美味しいんだけど、異世界の料理とは一体……)


(お主はただの食事に何を期待しておるんじゃ。それよりも、美女美少女に囲まれての朝食ぞ。男なら喜ぶところであろう)


(いえ、そこまでは……)


 確実に喜ぶとしたら女神様だな。

 だが、この場にいる全員が俺を気絶させているため、気が抜けそうにない。


 昨日なんて重傷を負ってたみたいだから、より一層気をつけなければ。


「カイト、今日はわたしに付き合ってもらうからね」


「あ、あぁ」


 今日は何をするのやら。少なくとも、明日はオリディアとの戦いが控えているのだから、無茶な真似はしない……と思いたい。


 ただ、オリディアの近くにいられるの好都合だ。じっくり観察すれば攻略の鍵を得られるかもしれないからな。


(オリディアの攻略か……弱点とかあればいいんだけど)


(明日の戦いが負け戦と分かっていても、熱心なのは感心じゃな)


(何度も戦いたくないですからね)


(あぁ、そのことじゃが女神と話し合って色々と変更になったぞ)


(は?)


 『寝耳に水』とはまさにこのこと。いつの間にか女神様とゴルディア様が話をしていたなんて、想定外にも程がある。


 というか、変更になったとは一体?


(その……詳しく聞かせてもらっても?)


(構わぬが、ヴェントが物欲しそうにお主を見ておるぞ)


(うん?)


 ゴルディア様に言われて、俺に注がれる視線に気づいた。どうも会話に集中しすぎてしまったようだ。


 それとなくヴェントに視線を向けると、食事の手を止めて俺のことをじっと見つめている。


(何で俺を見ているんだ?)


(んー、ヴェントは男をあまり見たことがないからの。ましてや、カイトのように若い男の裸なんぞ気になって仕方なかろうて)


(そこまで男性と関わったことがないとは……)


(そういうことじゃから、まずはヴェントの相手を少ししてやってくれぬか)


(拒否権は無し……ですよね?)


(よく分かっておるではないか。では後は頼んだぞ)


 と言い終えると、ゴルディア様は目の前の朝食に専念していた。


 どうやら、ヴェントの相手をしなければ詳細を教えてくれないようだ。


「さてと……ヴェント、手が止まってるぞ。そんなに俺が気になって仕方ないのか?」


「っ!? い、いや、違う。別にそういうわけじゃ……」


 顔を赤くして慌てて否定するあたり、実に分かりやすい。まさか図星だとは思わなんだ。


「へー、珍しく静かだと思ったらカイトのこと見てたんだねぇ。やっぱり、男の裸が気になるんでしょ?」


 ヴェントの反応が面白かったのか、オリディアも加わってきた。


 ゴルディア様とシーディア様は事の成り行きを見守るつもりなのか、口を挟むことなく静かに食事を続けている。


「そんなわけないだろ。オ、オリディアこそ気になっているんじゃないのか!?」


「ふふーん、わたしはカイトの裸を隅から隅まで飽きるまで見たんだよ」


「それを本人の前で言うのか……」


 ましてや自慢気に語る内容でもない。ただ、ヴェントは聞き捨てならなかったらしい。


「隅から隅ってことは……下も?」


「うん、そうだよ」


「朝食の時にそんな会話は止めなさい」


 強く言うつもりだったが、物理的に俺が一番弱いために変な口調になってしまった。


 とはいえ、内容が内容なだけに注意するべきだろう。せめて当の本人である俺のいないところでしてほしい。聞いてると気まずくなる。


 ただ、ゴルディア様とシーディア様は相変わらず黙々と食事を続けていて、ヴェントはまだ気になって仕方ない様子。


(どうすりゃいいんだこれ……)


(いつか見せてやればいいじゃろ。どうせ減るものでもあるまいし)


(え゛っ?)


 スープを吹き出さなかった俺を褒めてやりたい。


 もはや助言とは言えない助言だ。ここまで酷いと頭を抱えたくもなる。


(あの、ゴルディア様……俺も普通に羞恥心というのがありまして……)


(ふむ、ならばカイトがオリディアに負けた後にじっくり見させてやるかの。気絶しておれば問題なかろうて)


(もう好きにしてください……)


 諦めた。というか諦めるしかなかった。実際に俺が気絶してしまえば、何も抵抗できないのだから。


 そして、そうこうしている内に朝食を食べ終わった。気になることが色々とあり過ぎたせいか、じっくり味わえなかったことが残念に思う。


「ご馳走様でした」


「ごちそうさまー。ねぇカイト、今日は『竜人の里』を案内してあげる!」


 俺が返事する前にオリディアに腕を掴まれ、引っ張られてしまう。


「えっ、ちょっと待って。上半身裸で外に出るのは抵抗があるんだけど!?」


「そうよ、せめて日焼け止めは塗っておきなさい」


「シ、シーディア様!? そういう問題では……」


「うん、分かった。カイト、後で塗ってあげるね。あっ、ヴェントも一緒に行こうよ!」


「お、おう。よろしくなカイト」


「あぁ、よろしく……じゃなくて! 服を着させてほしいんだけど!?」


 残念なことに、この場にいる俺以外の全員は聞く耳を持たないようだ。もちろん抵抗はしたものの力ずくで引っ張られ、強制的に部屋の外へと連行されてしまう。


 そんな俺の姿を見たゴルディア様はニヤニヤしながら口を開く。


「両手に花かのう。そうじゃオリディアよ、昼には戻ってくるんじゃぞ」


「今日の昼食はパスタにしましょうか」


「はーい!」


 元気よく返事するオリディアの様子にゴルディア様とシーディア様は、どことなく微笑ましそうにしていたのである。


 こうして、俺はゴルディア様から詳細を教えてもらえることなく、そして服を着させてもらえずに『竜人の里』を案内されることとなった。


次回は『竜人の里』の観光になります。

ちなみに女神様は少し無理をしたので、再登場するのは少し先ですかねぇ。

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