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蛇足という名のオマケ その五

カイトの犠牲は無駄じゃなかった。

 廊下では気まずさを感じさせる静寂に包まれていた。


 それもその筈で、銀髪の美女に抱きかかえられた灰色の髪の美青年が口から血を流して気絶しているからだ。


 そんな有り様を見た薄緑色の髪の美女は狼狽えており、対照的に銀髪の美女ことシーディアが落ち着いており、呆れたように口を開く。


「やれやれね。ヴェント、力加減を覚えないからこうなるのよ」


「うっ……」


「で、あなたがしでかしたのはこれで何度目かしら?」


「ごめんなさい……」


 そう謝罪を口にして項垂れるのは、薄緑色の髪の美女ことヴェントである。


「謝るべきはわたくしではなく、カイトでしょ。とにかく、目覚めたら真っ先に謝るのよ」


「はい……」


 まるで親が子供を躾けているような会話ではあるが、当の被害者であるカイトは瀕死の重体であり、最優先で治療すべきだろう。


 なのにシーディアは未だに落ち着き払っている。


「とにかく、後はわたくしに任せてちょうだい。ヴェントはゴルディア姉様とオリディアを起こしていつもの部屋で待ってなさい」


「わ、分かった」


 返事をしてその場を後にするも、その足取りは重そうであった。


 そんな意気消沈したであろうヴェントの後姿を見送り、腕の中のカイトへと視線を落とす。


「ごめんなさいね。こうでもしないと、ヴェントは真剣にならないと思ったのよ」


 詫びるように真意を語るも、当然ながらカイトからの返事はない。


 ただ、そのことを気にすることもなければカイトの身を案じることもない。落ち着いた足取りで部屋に戻り、ベッドに寝かせる。


 それから戸棚から小さな箱を取り出す。蓋を開けると、中にはカイトが昨日飲んだ“秘薬”が入った小瓶が何本も詰められており、一本取り出して開封した。


 これがあったからこそ、シーディアは取り乱さなかったのだろう。


「まさか早くも二本目を試す機会に恵まれるとは思わなかったわ。その点ではヴェントに感謝しないと」


 カイトを犠牲にしたのはヴェントに対する戒めだけではなく、この“秘薬”を試すという目論見もあったようだ。


 当の本人からしてみればたまったものではないが、お構い無しのようだ。


「さてと、今回はどんな反応を見せてくれるのかしら」


 そう微笑むとカイトの上体を起こし、口を開けさせて小瓶の中身を流し込む。


 だが全て流し込み終えるや否や、無意識の筈なのに苦悶の表情を浮かべて吐き出しそうな素振りを見せる。


「そう……やっぱり駄目みたいね」


 残念そうにしながらも、慌てることなくカイトの口を手で押さえて強制的に嚥下させた。


 しっかり飲み込むのを確認すると、優しい手つきでベッドに寝かせて毛布をかける。口元の血を拭い、カイトの表情を見れば穏やかな表情を浮かべている。


「体調に問題はなさそうね。それじゃカイト、今はゆっくり休みなさい」


 と言い残して部屋を後にした。向かう先は他の三人が集まっているであろう部屋だ。


 廊下を歩き、地下へ続く階段を降り、蝋燭で照らされた石造り廊下を歩き、最奥にある部屋に辿り着く。


 扉を開いて中に入ると、中は壁そのものが発光しており、部屋を明るく照らしていた。


 そして、部屋の中央に設置された円卓には各々が着席してシーディアを待っていたのである。その中で真っ先に口を開いたのはゴルディアだった。


「シーディアよ、カイトの様体はどうじゃ?」


「例の“秘薬”を飲ませたから大事に至ってないわ」


「だそうじゃ、ヴェントよ。だからそう気を落とすでない」


「そうだよ。それにカイトならきっと許してくれるからさ、元気出そうよ」


「ゴルディア様、オリディア……二人ともありがとう」


 二人がかりで慰められ、ヴェントは落ち着きを取り戻しつつあった。


 そんな様子を微笑ましく思いながら、シーディアもゴルディアの隣の席に着く。


「ヴェントも反省したみたいだから、本題に入るわよ。いいかしら?」


「異論はないぞ」


「いいよー」


「でしたら、先に報告してもよろしいですか?」


「ならお願いするわ」


 シーディアの許可をもらったヴェントは立ち上がり、やや緊張した様子で口を開く。


「ゴホン、えー、襲ってきたワイバーンどもを一掃した後のことですが、オリディアと別れた直後に勇者の娘が現れました」


「何で勇者の娘がいきなり出てくるんじゃ……?」


「おそらく、カイトを追いかけてきたものと思われます」


「……カイトの奴は勇者の娘にも気に入られておったな」


 昨晩の女神との会話を思い出し、呆れながらもヴェントの言っていることが本当であると確信した。


「それで、ヴェントはどうしたのかしら?」


「ひとまず、ルーチェ姉が聖国や北西周辺がきな臭いと報告していたので、それを伝えて帰しました。これで良かったでしょうか?」


「上出来よ。よく穏便に済ませたわね」


「うむ、よくやったな」


「お褒めいただきありがとうございます」


 実際のところはドレスが駄目になりかねないという理由で衝突は回避できたわけだが、理由が理由なだけにヴェントは敢えて口に出さなかった。


 ただ、話すべきことはまだある。


「それと、これは独断で決めたことなのですが、『南の街』の人間と取引する約束をしまして……」


「ほう、それはどうしてじゃ?」


「あくまでも個人的な意見ですが、衣服のバリエーションが少ないと思ったからです」


「……気持ちは理解できなくもないわ。それにオリディアったら一着駄目にしていたから、ちょうど他の服が欲しかったのよね」


「なんじゃと? そんな話は聞いておらぬぞ」


「えっ、何でバレちゃったの?」


 どうやら、オリディアはワイバーン相手に不覚を取って白のワンピースを駄目にしたことを告げてなかったようだ。


 しかも目を泳がせている様子を見る限り、ゴルディアとシーディアには知られたくなかったのだろう。


「お説教は後回しよ。それより、どんな条件で取引するのかしら?」


「そんなー」


 これが終われば説教が確定したことによって、オリディアは諦めたかのように机に突っ伏す。


 そんなオリディアの行動を横目に、ヴェントは話を続ける。


「あ、はい。こちらが衣服を要求したところ、向こう側は『竜人の里』の特産品を要求してきました」


「特産品とな……何が良いかの?」


「そうね……海産物とかあるけれども生だと傷んじゃうし、かと言って氷を大量に用意するのは難しいわ」


「うーむ、干し魚にするとしても手間と時間が掛かるぞ。他にはオリーブもあるが品薄じゃしのう。どうしたものか」


「ねぇねぇ、レモンとかどうかな?」


 意気消沈していたと思われていたオリディアの意外な発言を受け、ゴルディアとシーディアの二人は「それがあったか」と言いたげな表情を浮かべる。


「ほう、悪くないのう」


「オリディアにしてはいい着眼点ね。おそらくレモンなんて知らないでしょうし、ちょうど収穫が終わって在庫に余裕があるわ」


「それでは、『竜人の里』から余ったレモンを集めることにします」


「妾が許可を出そう」


「ありがとうございます。集まり次第、『南の街』に出発しますね」


 話がまとまったかのように思われた。が、そこに待ったをかける声があがる。


「ヴェント、他に最優先すべきことがあるわよ」


「シ、シーディア様……それは何のことでしょうか?」


「力加減よ。興奮してカイトを瀕死に追いやったばかりじゃない」


「あっ……」


「カイトなら許してくれるでしょうけど、他の人間だったら恐れられて会話すら成立しなくなる可能性だってあるわ」


「シーディアの言うことも一理あるのう」


 何らかの拍子で取引相手を瀕死の重傷にさせることがあれば、取引どころではなくなる。最悪の場合、取引そのものが無かったことになってしまいかねない。


 それは望むことではない。それに他にも理由があるようで。


「わたくしたちが野蛮人だと思われるようなことがあってはなりません」


「うむ、無闇に暴力を振るってもいいことはないからのう」


「お二方の言いたいことは理解しましたが、どうやって力加減を覚えたらようでしょうか?」


 そんなヴェントの質問は想定済みだったのか、ゴルディアとシーディアが息を合わせたかのように口を開く。


「「カイトで練習」」


「えっ、いいんですか?」


「確かにカイトなら文句言わずに付き合ってくれそうだもんね」


 実際のところは脅迫紛いのやり口で、強引に練習台として使われるに違いない。


 しかし、オリディアはこれまでの裏でのやり取りを一切知らないので、カイトが快く引き受けてくれると信じている。


「じゃが、今日はカイトが目覚めるか分からぬし、明後日はオリディアとの勝負を控えておるからのう」


「勝負が終わった後が望ましいわね」


 カイトの悲惨な未来がほぼ確定したわけだが、幸いなことに今すぐにというわけではないようだ。


 それはそうとして、ヴェントにとっては聞き逃せない内容だったらしく。


「ちょっと待ってください。どうしてオリディアとカイトが?」


 と、詳細を求めるのであった。


「オリディアがカイトに構ってほしかったのが発端でな」


「あぁ……」


 説明を受けて納得といった表情を浮かべるヴェント。だが、話はこれだけで終わりというわけではなかったりする。


「それと、勝負の結果次第ではカイトの処遇が決まるぞ」


「わたしそんな話は聞いてないんだけど?」


「昨日、カイトと温泉で話し合って決めたばかりじゃからな」


 さも当たり前のように混浴したことを告げるも、これはオリディアにとってまさしく『寝耳に水』であった。


「ゴルディア様、どうしてカイトと温泉に?」


「親睦を深めようと思っての」


「ふ、ふーん……そうなんだ。カイトは断らなかったんだね……」


 あからさまに何か言いたげな様子であるオリディア。


 ただ、ゴルディアは敢えて指摘しなかった。何故なら……。


(何やら勘違いしておるな。まっ、このままにしておくのが面白そうじゃの)


 といった理由で勘違いを放置したのである。当然ながら、被害を被るのはカイトだけだ。


「もういいかしら。本題に戻るわよ」


「そうじゃったそうじゃった。まだ大事なことを言っておらんかったな」


「大事なこととは一体……?」


「オリディアとカイトには二戦勝負してもらう。じゃが、一戦目の勝負は小手調べと思え。本番は二戦目からじゃ」


「ゴルディア姉様、それだとカイトと交わした約束とだいぶ違うのでは?」


 それもその筈である。なにせ、後から女神とゴルディアが二人で話し合って決めたことなのだから。


 カイトの記憶を覗いたシーディアが知らないのは勿論のこと、当事者であるカイトすらも知っていない内容だ。


「事情が変わったんじゃ」


「何があったのかよく分からないけど、カイトがわたしに負けたらどうなるの?」


「そうじゃのう……家族が一人増えるとだけ言っておこうかの」


「そ、それはつまり……」


「皆まで言うな。まだ決まったわけではない」


 落ち着かせるように言うゴルディア。


 しかし、一人だけは訪れるかもしれない明るい未来に浮足立っていた。


「カイトがずっとここにいてくれるんだね!」


「落ち着きなさいオリディア。それはあなたが勝つことができればの話よ」


「えー、わたしがカイトに負けるなんてありえないでしょ」


「慢心しておるな……」


 負けるわけがないと信じて疑わないオリディアの様子を見て、ゴルディアは何とも言えない表情を浮かべてしまう。


 確かに“今”のカイトの実力では勝てるのは厳しいだろう。だが『至宝の果実』を喰らえば話は大きく変わってくる。


「いっそのこと言わぬがいいかのう……」


「ゴルディア姉様?」


 小声だったが、隣にいたシーディアだけはしっかり聞き取っていた。


「何でもない。とにかく、カイトを甘く見るでないぞ


「大丈夫だって、ゴルディア様」


「そう言って泣きを見るでないぞ」


 それが最後の忠告だったらしく、それ以上は口出しすることはなかった。


 その様子を見たシーディアは、話を本題に戻すべく口を開く。


「ひとまずは勝負の話はこれで終わりね。ヴェント、他に報告することはあるかしら?」


「念の為に谷の周辺を調査しましたが、敵方の残存勢力は確認できませんでした」


「となると、『竜人の里』の近くに出現した出来損ない共で打ち止めかの」


 出来損ない……改めツインヘッドはヴェントが谷底で身動き出来ない間に侵入してきたと結論づけている。


 ただし、ヴェントは侵入していた存在について知らなかったみたいで、悔しそうな表情を浮かべる。


「まさか他にも魔竜がいただけじゃなく、そこまで接近を許すなんて……申し訳ありません」


「気に病む必要はない。幸いカイトとオリディアのおかげで被害はなかったぞ」


「それに、ヴェントは力が封じられていたのでしょ。むしろよく頑張ったと思うわ」


「いえ、カイトのおかげでしょう。ゾアをどうにかする手段がなければ、最終的にはお二方の手を煩わすことになっていたかと」


「仮定の話をしていたらキリがなかろう。ともあれ、ヴェントには非はない。この話はこれで終わりじゃ」


「寛大なご配慮に感謝いたします」


 これにてヴェントの報告が終わった。それから次に注目を集めたのはオリディアである。


「さて、どうお説教しましょうか?」


「お手柔らかにお願いします……」


 とオリディアが懇願するも、シーディアのお説教は一時間近くも続いた。


「いい? これはオリディアのために言っているのよ。戦いでの慢心は死に繋がるってことだけはしっかり覚えておくこと。いいわね?」


「はーい」


 真剣な口調で語るシーディアとは対照的に、気の抜けた返事をするオリディア。それを聞いたゴルディアは目を細めた。


(ふぅ……懲りておらぬな。さすがに看過するわけにはいかぬのう)


 ただ、この場では敢えて言及するつもりはないようで。


「カイトのこともある。今回はここでお開きにするかの」


「……ゴルディア姉様がそう言うのでしたら」


 まだ言い足りなさそうなシーディアは大人しく引き下がり、オリディアは元気よく立ち上がる。


「じゃあ、カイトのところに行ってくるね!」


「ヴェント、お主も一緒行ってくるがよい」


「では、そのように」


 そしてゴルディアとシーディアの二人が部屋に残り、足音が完全に遠ざかるまで静かに待つのであった。


家族とか言ってますが、カイトの扱いは実際のところ奴◯と大差なかったり……。

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