第六話 大事なことは早めに
長剣で背中から胸を貫かれていながらも、奇妙な光景だとまるで他人事かのような感想を抱く。
しかし少し遅れてきた激痛に苛まれ、感想などを抱く余裕は無くなってしまう。それから長剣は引き抜かれると、その反動で俺は力なく倒れこんで最後の言葉を口にするのであった。
「がはっ……む、無念……だ」
そして、銀髪の魔人との戦いが終わったのだ。俺が負けて死んだという形で。
思うところは色々とあるが、今は永い眠りにつくとしよう……というのは嘘だけどな!
(ふむ、死んだ振りということですか。不甲斐ないですが、あなたにしてはよく思いつきましたね)
(それってさ、貶しているのか褒めているのかどっちなの?)
(どっちもです。生き延びたことは評価に値します。ですが、あまりにも無様すぎるのが玉に瑕でしょうか)
(何もかもがド素人の俺に対して何を求めているんだか……お、静かにしてくれないか、銀髪の魔人が喋るみたいだぞ)
「ふぅ……最後に悪足搔きをしてくると思ったが、存外潔いものだな」
そう言う銀髪の魔人の様子は、どことなく寂しげにも見える。もしかすると、最後に俺が抵抗することを心のどこかで望んでいたのかもしれない。
俺としては御免だけどな。下手に抵抗して黒炎を纏った長剣で盛大に一刀両断されるのは何が何でも避けたい。と嫌な結末を想像していたら、そこへ意外な人物が銀髪の魔人に話しかけていた。
「し、死んだのですか……?」
「あぁ、心臓を貫いたのだ。死んだに違いない」
銀髪の魔人は普通に返事をしたのだが、その相手は驚くことにまさかのゴブリンなのである。
にしても、ゴブリンが普通に言葉を使うとはな。しかもそれなりに流暢であるからさらに驚きだ。ゲームだったらそんなことはなかったけど、こっちの世界だと普通なのか?
(いいえ。そんなことはありません。考えられるとしたら、何者かに教育を受けたと考えるのが妥当でしょう。大方、あの魔族が関与していそうですが)
(効率的な意思疎通を図る為か?だとしても言葉を教えるのは苦労しそうだし、労力に見合わないと思うんだが)
なんにせよ、ただの上司と部下の関係ではなさそうだ。
手塩に掛けて育てたというのなら、ゴブリンが殺されて銀髪の魔人が怒るのも不思議な話ではない。その結果、俺はボロボロに負けてしまったけど……。
「お前たちには悪いことをしたな。街への援軍を迅速に潰せば被害は抑えれただろうに……」
「い、いえ!将軍様が責任を感じる必要はありません!」
「そうか……ところで、どれくらがあの鎧男にやられた?」
「詳細はまだ確認しておりませんが、百は優に超えているかと」
「決して少ないとは言えない数か。もう一つ確認しておくが、この鎧男の仲間はいなかったのだな?」
「はい、斥候を出して索敵を掛けたところ、その鎧男の仲間と思われる存在どころか、痕跡すらも確認されませんでした」
「妙だな。となると、たった一人で敵地のど真ん中まで来たというのか?」
「それだけ腕っぷしに自信があったのではないでしょうか。実際に、我々では手も足も出ませんでしたから……」
「お前の言う通りかもしれないな。相対して分かったが、怪力だけではなくあの鎧の頑丈さは特に驚異的だ。動きが素人だったにしても、油断していたらこっちが危なかったかもしれん」
「我々にとっても恐ろしい相手でした……将軍様がいなかったら、今頃は我々が全滅していたかもしれません」
「うむ、この鎧男ならそれくらいのことをやってのけそうだな」
そうかそうか、あれだけ俺をボコっていながら、内心ではそこそこ評価していたのか。何となく嬉しいような気がするが、それは置いとくとしよう。
訳の分からない情報が入ってきたな。まず、街への援軍ってどういうことだ?しかも潰したとか物騒なことを言っていた。もしかしてどこかに戦争でも仕掛けているかもしれんな。
それにゴブリンからは将軍様と呼ばれていたけど、あの銀髪の魔人はかなりの地位の人物だったりするのか?
強さ的にはそれ相応だと感じるものの、今のところ部下がゴブリンだけのはどこかおかしい気がする。将軍の地位なら側近として同族の魔族か、あるいは他の強力な種族がいてもおかしくはない。
うーん、どれもこれも推測でしかないし、何も分かりそうにないな……ここは神様に聞いてみるとしよう。
(神様は何か分かったりしたのか?)
(ええ、彼らの目的は把握しました。少々面倒なことになりそうなのであなたは今から街に行って救ってきてください)
(おい!だから唐突過ぎるって!もう少し詳しく説明してくれ!)
まったく、勘弁してほしいものだ。しかも突発性のインシデントっぽいし、例の使命とやらは関係なさそうだよな。
はぁ、チュートリアルにしてはかなりハードで長すぎるぜ。さすがにウンザリしそうだと思っていると、神様が真剣な口調で俺を急かしてきた。
(つべこべ考えず街へと急ぎなさい。街を救えるのはあなただけですから)
(人使いが荒いなぁ。ただでさえ全身がボロボロで痛くて満身創痍だというのによ。それに死んだ振りをしているこの状況だからさ、行こうにも行けないんだが)
無茶ぶりもいいところである。
やれやれ……いきなり街を救うだなんて、俺にとっては荷が重い気がする。俺としては関わりたくもないのが本音だが、神様に逆らった時のデメリットを考えたら、ここは従うしかないんだよなぁ。
まぁ、それはいいとして……この状況はどうしたらいいものか。
銀髪の魔人がどこか離れてくれたらその隙に逃げ出そうと考えていたんだけど、未だにゴブリンと話し合っているおかげで釘付け状態だ。
どれだけ長話をしたら気が済むのやら……。
「ところで将軍様、この鎧男はいかが致しましょうか?」
(このゴブリンめ……そのまま放置してくれたらよかったのに、余計なことを言い出しやがって)
「あぁ、丁重に埋葬してやるつもりだ。敵対して多くの部下の命が奪われたが、それでも戦った者として敬意を払わなくてはな」
(えっ、そんなことしなくてもいいだけど。お願いだから放置してくれないかな)
しかし、虚しいことに俺の願いが届くことはなく……。
「承知いたしました。それでは、さっそく準備に取り掛かりたいと思います」
「頼んだぞ。さて、埋葬する前に素顔だけでも拝ませもらうとしよう。名前は聞きそびれてしまったからな」
マジかよ。この展開はかなりマズいぞ。銀髪の魔人じゃなく、ゴブリンの方が離れて行ってしまったうえに俺の素顔を拝むだって?
冗談じゃない。中身を見られて空っぽだと発覚したら絶対に怪しく思われるのは嫌でも予想が付く。
下手をしなくても、徹底的に鎧が破壊されてしまう可能性もあり得る。このままだと……詰んでしまうのでは?
(あなたは悲観していますが、チャンスだと思わないのですか。完全に死んだと思い込んでいるようですし、不意を突くのはどうでしょうか。あわよくば、殺すこともできるかもしれませんよ)
(神様らしからぬことを言ってくるな。ま、俺もそれ以外の案が思いつかないから採用させてもらうよ)
神様の提案する作戦には少し引いてしまったが、今は詰むか詰まないかの瀬戸際だ。あまり気にしないようにしよう。
で、不意を突くタイミングはどうしたものか。失敗は許されないし、ギリギリを狙うしかないよな。だったら兜に手を掛けたその瞬間を狙うのがよさそうだ。
よし、方針は決まった。後は待つだけである。
「しかし改めて思い返してみると、不思議な奴だったな。声からしても若く動きが素人だというのに、恐ろしく頑丈な鎧を纏っては部下のゴブリンたちを容易く蹴散らす怪力を持っていた。正規の兵士ではなさそうだが、この鎧男はいったい何者だったのだろうか……?」
それは銀髪の魔人による疑問に満ちた独白であった。
もちろん、その疑問に答える者などはいなかった。この場には死んだ振りをした俺と、将軍と呼ばれる銀髪の魔人しかいないのだから。
言っている内容からして分かるように、俺は正体不明の存在らしい。当然と言えば当然なんだけどね。神様によって別の世界から合意もなく召喚されたからな。そんな事情を向こうが知るわけもない。
鎧に関しても同じだ。強制的に授けられた『鎧化』というスキルのせいで、生身の身体から鎧の身体になってしまっている。その上、神様が直々に授けただけあって、この鎧の身体は怪力で恐ろしく頑丈という特別仕様だ。
まぁ、代償として色々と犠牲になったものも多けど……。
「時間に余裕があれば捕縛して尋問したり、鎧を調べてみたかったものだ。特に鎧については気になったが、追い剝ぎ行為をするわけにもいかないからな」
ほほう、時間が無いということは忙しそうだ。こりゃあ、本格的に街に攻め込むつもりに違いない。
だとしたら何としてでもこの銀髪の魔人に手傷を負わせる必要があるな。上手くいけば傷を癒すことによって時間稼ぎにもなるし、もしかすると諦めてくれるかもしれない。
(可能でしたらこの場で殺していただくと助かるのですが……よもや殺したくないとは言いませんよね?)
(何を言っているんだ。俺だって殺すのがベストだって分かっているに決まっているじゃないか。でも、どうしても殺せる想像つかなくてさ……)
要するに、殺したくても殺せないと俺は予想している。
確かに殺したくはないと思っていることは否定できない。けど、戦ってから一方的な敗北を味わったというのもあるが、不意を突いた程度で殺されるほど、あの銀髪の魔族は甘くない筈だ。
将軍という地位が本物ならばその実力も伊達ではないだろう。故に、そんな歴戦の猛者と言えるような相手をド素人の俺が殺せると思うか?
(ふむ……あなたの言い分も分からないこともありません。実力の差に開きがあることも事実ですし、いいでしょう。この場から逃げ出すことを最優先にしなさない)
(理解してくれて感謝するぜ)
ふぅ、危うく無理ゲーをさせられるところだった。
あんな強い奴を殺すなんて、冗談抜きで洒落にならないからな。
しかし安堵している場合ではなくなった。俺に近づき、ジロジロと眺めていた銀髪の魔族が訝しむような声である疑問を口にしたからだ。
「……うん?思ったより傷が少ないのはどうしてだ?」
それを聞いてさすがの俺も困惑してしまう。間違いなく、俺の鎧の身体は戦いによってボロボロになっていた筈だ。だというのに傷が少ないとはどういうことだ?
だが、実際に確認したくても動くわけにはいかない現状では確認できるはずもなく、もどかしく感じる。
そしてそんなもどかしさを解消してくるかのように、神様がある事実を言い出すのであった。
(あぁ、言い忘れていましたがその鎧には自己修復機能がありましたね。もうすぐでバレると思いますので、気をつけてください)
(そんな大事なことは早く言えよぉぉぉっ!!)
「鎧の傷が塞がっている……?いや、そんなことがあり得るのか?しかし、これが見間違いではなければ……もしや?」
内心で絶叫している間にも、銀髪の魔人の疑惑が確信に変わりつつあった。もはや猶予などは残されていない。
今からでも襲い掛かるしかないようだ。
「貴様……生きているのか?」
「うおぉぉぉっ!!」
銀髪の魔人の問いかけに対する答えとして、俺は雄叫びを上げて襲い掛かった。
距離はやや近いものの、警戒されていたということもあってか掴みかかろうとした両手は逆に掴まれてしまう。それから互いの額が後数センチでぶつかりそうな距離で、俺の動きは止められた。
結果的に見ても不意打ちは完全に失敗だ。でも、この状態なら向こうは剣を抜けないだろうし、至近距離だから魔法も使えまい。おかげで、俺が一方的な被害を受けることがないことがせめてもの救いだろうか。
その事実に少し安堵していると、銀髪の魔人が端整な眉を僅かに歪ませながら俺に問いかけてくる。
「心臓を貫かれてもなお、生きているとはな。貴様は本当に人間か?」
「一応は人間だ。いっそのこと、元人間だと自己紹介した方がいいような気がしてきたけどね」
「元人間?何が言いたいのだ貴様は!真面目に答えろ!」
「おいおい、そんなにかっかすんなよ。これから知れるかもしれなんだぜ?」
余裕ぶった風に言いながらも、手を全力で握りながら相手を押し込もうとするが、この状況下でも俺は不利である。
手の部分である両手から小さな音が響き、細かいヒビが生じてきたからだ。痛みは酷くないが、悪化していくのも時間の問題。この状況が続いてしまえば両手が砕けるのは避けられないだろう。それによって二度目の敗北を迎える原因となり、次こそは確実に殺されるに違いない。
その展開は絶対に嫌だね。絶対に避ける為にも、何か策を考えなければ……。
(いえ、逆に考えなさい。あなたの両手が砕けたその瞬間に、最大の好機が訪れます)
(あん?何が言いたいんだ?)
神様の言っている意味が分からなかった。とは言え、真面目な口調ということもあって助言を与えているのは間違いない筈だ。だとしたら、両手が砕けるまで待ってみるとするか。
「ふんっ、どんな手段を使ったのか知らんが、よくも騙してくれたな」
「はっ!騙される方が悪いんじゃないのか。ええ?」
「貴様も言うようなったな。だが、そんな口を利いていいのか?ここで命乞いをする選択肢もあっただろうに!」
「尋問する余裕が無いとか言ってなかったか?それによぉ、どこまで信用できるか怪しいからなぁ!」
「予定を変更すればいいだけのことだ。それだけ貴様の優先度が高くなったと思えばいい。それと信用できないのはもっともだが、我が誇りにかけて身の安全は保障することを誓おう。貴様はどうする?」
「あんたがそこまで言うのならさ、降参したいのは山々なんだけどねぇ……俺んところの上司が許してくれそうにないんだよな」
ま、降参を許してくれない以前の話として、神様の意に背いてしまったら俺は元の姿に戻れないどころか、元の世界に帰ることが絶望的である。
いやぁ、半ば脅されているにも等しい。そんな理由もあり、俺に降参する理由などは最初からないのだ。
はぁ……改めて認識してみると本当に理不尽だなこれ。
「そうか、貴様も上の命令に逆らえないのなら残念だ。手間は増えるが、手足を潰して捕虜にしてやろう」
「そこまでして俺をお持ち帰りしたいのかねぇ。物好きなもんだ」
軽い口調で言っているものの、内心は穏やかではない。死ぬ心配が無くなったかと思えば、今度は別の意味で絶体絶命の危機が訪れそうなのだが。ここで殺されるよりも、はるかに質の悪い結末を迎えてしまう。そんな気がしてならない。
そう思って焦っていると、両手から軋む音が響いて亀裂が生じてきた。神様の言っていた最大の好機とやらはもう少しだろうか。
「まずはこの両手を握り潰して、使い物にならなくしてやろう」
「中身……?」
淡々とこれからすることをご丁寧に説明してくれたが、中身という単語に引っ掛かりを覚えた。それもその筈だ。この鎧には中身という物が無いのだから。
あっ、そういえば向こうはそのことを知らないよな?
しかも既に勝った気でいるのか、改めて降参を勧めてきた。
「さぁ、今からでも遅くないぞ。抵抗しなければ五体満足で捕虜にしてやる」
「お生憎だが、遠慮させてもらうぜ。俺には帰るべき場所があるんでな」
「……仕方あるまい」
最終通告は終わったらしく、それ以降は言葉を発することはなくなった。
後は、俺の籠手が粉々に砕けた瞬間を互いに待つのみだ。そして数秒後には両手に致命的な亀裂が走り、とうとう砕けようとするのであった。




