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第六十三話 シーディア様の思惑

更新に二ヶ月かかって申し訳ございません。

 奇妙な静寂が訪れていた。シーディア様による静止の声を聞いて、ゴルディア様が現在進行系で葛藤しているからだ。


「むむむ……シーディアの言う事はもっともじゃが、やはりもう少し愉しみたいしのう」


 ようやく口を開いたかと思えば、まだ未練があるらしい。


(頼むから腕を離して解放してほしい。それと喰い千切られた箇所から血が流れ続けているから、いい加減に止血だけでもしたいんだけど)


 一応はまだ大丈夫だろう。だが、もう一噛みされようものなら本当に致命傷になりかねないがために、未練がましく思うゴルディア様が死神に見えてしまう。


 そんな死神めいたゴルディア様に意見を言えるのは、この場においてシーディア様だけしかいない。故に、祈りを込めて縋るような視線を送らずにいられないでいた。


「ゴルディア姉様の気持ちは分からくはないけども、これ以上は傷が残ってしまうわ。いきなり傷物にするのはもったいないじゃない」


(も、もったいない……?)


 祈りが届いた。かと思いきや、そうでもないらしい。色々と引っかかる言い方であり、今は助かるかもしれないけども、今後がどうなるか不安でしかない。


「むー、シーディアの言うことも一理あるのう」


 渋々といった感じではあるが、何とか諦めてくれたようだ。


 ただ、不満を表しているのか頬を僅かに膨らませている。口の端から血を流してなければ、可愛らしく見えたことだろう。


「もうちっと親睦を深めてから、改めて二人で酒飲みかの。次はもっと愉しませるんじゃぞ」


「つ、次は落ち着いてお酒を飲みたいですね……」


(次なんて勘弁してくれよ。早いところこんなところからおさらばしないと体が持たないぞ)


 内心を悟られないように表情を引き攣らせないでいるのが精一杯だった。


「ところでオリディアはまだかの?」


「気分が悪そうだから先に寝かせたわ」


「だから戻ってくるのが遅かったのか……」


 おかげでこっちは大変な目に遭っていたが、オリディアの介抱をしていたのなら仕方ない。とりあえず次は俺の介抱を頼みたいと考えかけるも、途中で止めた。


(まともな治療をしてくれるか怪しいものだ。せめて回復ポーションとかさえあればどうにかなると思いたいけど……)


 しかし、何をするにしてもゴルディア様から解放されなければ話にならない。


「やれやれ、となると今宵はお開きかの。妾は寝る支度をする。すまぬが、シーディアは後始末を頼む」


「いつものことだから構わないわ」


 少し名残惜しそうな素振りを見せながらも、ゴルディア様は俺を解放してくれた。それから衣服を正して部屋から出ていこうとし、その直前で何かを思い出したかのように振り返って口を開く。


「のうカイト、体の汚れが気になるなら温泉で落とすとよいぞ。ではな」


 ゴルディア様は言うだけ言うと、今度こそ部屋から出ていった。

 部屋には俺とシーディア様の二人のみ。ひとまずは危機が去ったと見ていいだろう。


「助かった……」


「それを言うならこれを飲んでからにしなさい」


「これは?」


 シーディア様に小瓶を手渡された。中身は仄かな煌めきを発する粉が混ざった白く濁ったような液体である。


(一見するとスポーツ飲料みたいだけど、この光る粉は一体?)


「これを飲めば傷が癒されるわ」


「ポーションの類いですか?」


「わたくしにしか作れない秘薬とだけ言っておくわ。毒じゃないから安心して飲みなさい」


 少なくとも普通のポーションでなければ、毒でもないらしい。が、怪しさ満載で飲むのに抵抗がある。


 とはいえ、本当に傷が癒されるのなら飲むしかないだろう。


(うーむ、それでも念の為に聞くだけ聞いておくか)


「ちなみにですけど、この秘薬の材料は何でしょうか?」


「生憎だけど教えられないわ。それといい加減に飲んだらどうかしら。わたくしって、待つのが苦手なのよ」


「ア、ハイ」


 口調こそ穏やかではあるが、僅かながらも有無を言わさぬ圧を感じ取った。


 もはや飲む以外に選択肢はないと言っても過言ではない。まだ抵抗感はあるものの、覚悟を決めなくてはならないようだ。


(南無三……)


 小瓶の蓋を開け、一気に煽った。そして第一の感想として出てきたのは、全くと言っていいほどに味を感じなかったことだろうか。


 しかし、次の瞬間にはこれまでに感じたことのない異物感を感じ、反射的に吐き出そうとしてしまう。


「しっかり飲み込みなさい」


 そんな反応を予測していたのか、シーディア様は容赦なく俺の口元を押さえ込み強引に嚥下させてきた。


 無論、力負けは確実だから抵抗できるはずもなく、半ば強制的に胃袋へと収めることとなる。


「んぐっ……」


「全部飲んだようね」


「はぁ……はぁ……」


 嫌な予感はしていたが、まさかここまで酷い拒絶反応が出るとは思わなかった。


 シーディア様のおかげで吐き出すという粗相をすることはなかったが、手際の良さが気がかりである。


 ただ、そのことについて考える余裕はなさそうだ。


「気持ち悪い……」


「我慢しなさい。ほら、傷が癒えているでしょ?」


「ほ、本当だ」


 みるみるうちに傷が塞がっていき、最終的には喰い千切られたのが嘘だったかのように、傷一つない肌へと元通りになり、痛みも完全に感じない。


 確かに凄いとは思う。しかしその反面、現実離れした光景だったせいか、どことなく気味が悪いとも思ってしまう。


(フェリンの指が再生していく様子を直に見たことがあるとはいえ、当事者になると何とも言えない気持ちになるな)


「傷跡は残らなかったようね。にしても、ゴルディア姉様ったら服を破くなんて……新しい服はまた後で用意してあげるわ」


「ありがとうございます」


「さて、食事の再開よ。今は失った血を補うために肉類をしっかり食べましょう」


「まだ食べないといけないのですか……それも上半身裸で?」


 こんな状況で食事の再開をするなんて思いもよらなかった。だが、シーディア様は至って真面目な表情である。


「もちろんよ。貧血で倒れたいのなら話は別だけど、その時は“また”あなたの体を洗ってあげないといけないわね」


「喜んで食べさせていただきます」


 そんなことを言われてしまったからには、他の選択肢なんてあるわけがない。


 しかも“また”と口にした。となると、一度は俺の体を洗ったのは間違いない。おおかた湖から引き揚げた際に洗ったのだろう。


(シーディア様の手を煩わすような真似はしたくないってのもあるけど、無防備な姿を晒したらナニかをされそうで怖いんだよなぁ)


 ただし、それ以前の問題として俺の裸を見られているのはほぼ確実だな。意識がなかったとはいえ、異性に見られるのは恥ずかしいが……もう過ぎたこととして割り切るしかあるまい。


「そう、だったらしっかり食べなさい。このローストビーフとかどうかしら。本当はワインのあてとして用意していたのけれど」


「あ、いただきます」


 ローストビーフと思わしき、薄く切り分けられた肉が載った小皿を差し出してきた。

 

 表面は褐色の焼目で中身は淡いピンク色であり、香草やブラックペッパーの香りが漂い、視覚や嗅覚で食欲を刺激してくる。


(今日出てきた料理の中で一番美味しそうだな。いや、ゴルディア様がいないおかげかな?)


 『鬼の居ぬ間に洗濯』というやつだろうか、ゴルディア様がいないおかげで気兼ねなく食事を堪能することができそうだ。


 早速フォークで突き刺し、口の中へと運び咀嚼した。食感としてはしっとりとして柔らかで噛み応えが良く、そのうえ噛めば噛むほど肉の旨味が増していき、飲み込むのがもったいないと思ってしまう。

 とはいえ、いつかは飲み込まなければならない。量が少ないのが惜しまれる。


 そう残念がっていると、俺の内心を見透かしたかのようにシーディア様が沢山のローストビーフが載った大皿を差し出してきた。


「気に入ったようね。よければ全部食べていいわよ」


「ゴクン……い、いいんですか?」


「もちろんよ、遠慮しないで食べなさい。だけど、食べ終わったら温泉に入るのだから今日はもうお酒を飲むのは駄目よ」


「あははは、散々飲んだのでお酒は遠慮しますよ。では、いただきます」


 一人で平らげるには量が多いかもしれないが、不思議なことにまだまだ食べれそうだ。シーディア様が用意した秘薬の副作用の可能性が脳裏によぎるも、時すでに遅しと諦めて考えるのを止めた。


 仮に吐き出したところで解決するとは思えないからな。


(今は目の前のローストビーフに集中して、ひとときの幸せを噛み締めるとしよう)


 だが、そうやって必死に現実逃避をしていたというのに、現実というのはどこまでも無情であることを思い知らされたのだった。


「ところで、食べながらでも構わないから聞かせてもらうけど、あの“女神”はあなたに何をさせたいのかしら?」


「んぐぐぐっ!? げほっげほっ……め、“女神”?」


 吹き出さずに咽るだけで済んでよかった。いやしかし、俺の記憶を覗いたであろうシーディア様の質問もそうだが、ものすごく気になることを言ってくるとは思わなんだ。


「ええ、そうよ。あなたに指示を出している“女神”の意図を知りたいの」


「す、すみません。質問に質問を返すようで悪いですが、アレって……“女神”なんですか?」


「そうだけれど、あなたはそれさえも知らなかったということ?」


「神様とだけしか教えてもらえなかったですね」


(“女神”ってことは、性別は女性になるわけだよな。やたらと女にだらしねぇとは思っていたけど、まさかそっちの気があるというのか……?)


 神様の言動を思い返すと、その可能性は十分にあり得る。が、今この場においては些細なことでしかなかった。


「もう一度言うわ。あの女神はあなたに何をさせたいのかしら?」


「“至宝の果実”を手に入れて食べろ。と言われただけですよ」


「違うわ。わたくしが知りたいのはその先のことよ」


「その先?」


 神様もとい女神様からは何も聞かされてない。いずれは使命とやらを授けるのだろうけど、まだまだ先のことだろう。


「あなたの様子を見る限り、あの女神は何も教えてないのかしら」


「まぁはい……先のことは全然知らないですね」


「あの女神も相変わらずね。あなたが哀れだわ」


 呆れながらも、僅かに憐憫の情を含んだ視線を向けてくる。

 だからこそ、聞かずにはいられなかった。


「どういうことですか?」


「あの女神のことだから、何が目的なのかはだいたい予想はついているもの。けれど、あなたに教えてあげる必要はなさそうね」


「何故です?」


「だって、知らないって言いながら薄々は想像ついているのでしょ?」


「ま、まさか……」


 実は指摘通りだったりする。俺に力をつけさせ、ゆくゆくは女神様と敵対しているであろう組織と相対させるに違いない。


 ゾアを手にかけたことを女神様に褒められてから、その考えに至っていた。しかし、それ以上先のことは恐ろしくて想像すらしておらず、極力意識しないようにしてきた。


 ただし、穏便に終わるわけがないということだけは嫌でも確信している。


「ふふっ……もしかすると、わたくしとあなたが考えている以上に残酷なことをさせるかもしれないわね」


「怖いこと言わないでくださいよ」


(実際にあり得そうだから笑えないんだよなぁ。というか、シーディア様も俺の思考を読んでいるんじゃ?)


「不思議そうな顔をしてるけれど、あなたの表情は分かりやすいのよ。これからは気をつけなさい」


「顔に出ていましたか……」


 比較的穏やかなシーディア様の前だから気が緩んでいたのかもしれない。それ以前の問題として、常にポーカーフェイスを維持できる鎧の体に慣れてしまっていた弊害もあり得るか。


 ともあれ、これからは気をつけておく必要があるな。


「さて、小難しいお話はこれでお終い。食事を再開しましょう」


「えーと、これ以上の追求はしないんですね」


 藪蛇になるかもしれないというのに思わず口を出してしまうも、シーディア様は意に介さず淡々と口を開いた。


「わたくしたちと事を構えるつもりがないと確信が持てただけで十分よ。だからもう興味はないわ。それよりも今はしっかり食事を摂りなさい」


「は、はぁ……」


「気の抜けた返事ね。明日も大変なのに大丈夫かしら?」


「へ?」


 今まで基本的に無表情だったシーディア様が僅かに微笑む。それだけで絵になるし、即席で題名を考えるなら『銀の女神の微笑』と付けてたことだろう。


 だがしかし、残念ながらシーディア様の微笑からは嫌な予感しかしない。


「明日はわたくしも愉しみたいのよ。だから、カイトには頑張ってもらわないといけないから、体調をしっかり整えてもらわないと」


「そ、そうでしたか……」


 ここにきてようやく納得できた。つまり、これまで俺に気を遣っていたのは自身の欲望を満たすためであると。当然、ゴルディア様の魔の手から助け出したのも俺のためではないわけだ。


 これであの時の不安は見事に的中したということになる。


(なんていうか、客人としてもてなすというよりも、愛玩動物を可愛がっているように感じるのは気のせいじゃないような……)


 そんな発想に至ってしまったせいか、目の前にあるローストビーフがさっきまで御馳走に見えていたというのに、今ではペットの餌のように見えてしまう。


「どうしたのかしら? ローストビーフ美味しかったでしょ。遠慮せず全部食べていいのよ」


「はい……」


 シーディア様に促されるままローストビーフを食べるも、明日のことを考えるだけで憂鬱になってしまったせいか、あまり味が感じない。


(先のことよりも、まずは明日を乗り越えないとな。はぁ……)


 内心で深いため息をつき、シーディア様に見守られながら大皿が空になるまで黙々と食べ進めるのであった。


件の秘薬とやらですが、実際は安心して飲んでいい代物ではありません。女神様のおかげで一応は大丈夫ですが、飲み続けるとマズいです。

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