第六十二話 危険な二人酒飲み
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「よ、喜んでお相手しますとも」
ゴルディア様の醸し出す雰囲気に呑まれぬよう、気丈に振る舞って返事を返す。
「そうかそうか。では、手始めにこの瓶のワインを一気に飲んでみせよ」
「い、一気飲みですか……?」
「うむ」
ただでさえ酒を飲むのが今日初めてだというのに、中々にえげつない要求にいきなり表情が引き攣りそうになった。
勘弁してくれ。と言いたいところだが、言うわけにもいかないし、おそらく言ったところで無意味に終わるだろう。
たぶんだが、俺が拒んだところで強引に飲ませるに違いない。そして、苦しみ悶える俺の様子を見て愉しむに違いない。
「どうした? よもや飲めぬとは言うまいな?」
「いえいえ、そんなまさか」
しかもお相手すると口にした手前、反故にするわけにはいかないというのもある。どの道飲まなければならないのが辛いところだ。
(幸い白ワイン一杯しか飲んでないが……やっぱりキツいだろうな)
多少の余裕があっても、一気飲みすれば余裕なんて瞬時に消え去る。故に気休め程度にしかならない。
「ほれ、はよう飲まぬか。この赤ワインも美味しいんじゃ、きっと気に入るぞ」
「それはまた……楽しみですね」
俺の知るワインというのは、香りを楽しんで少しずつ飲むものという認識だったのだがな。
いやはや、こんな無茶な飲み方をする日が訪れるとは思わなんだ。
(はぁ……飲むか)
そして、ゴルディア様に促されるまま酒瓶に口をつけ、一思いに仰ぐ。
「いいぞいいぞ。いい飲みっぷりじゃ」
無我夢中で酒瓶の赤ワインを口奥へと流し込む。味はよく分からなかったけど、どうにか飲み干すことはできた。が、問題はこの後である。
「う゛っ、気持ち悪い……」
せめてもの救いとして吐き気を催すことはなかった。おかげで醜態を晒すことにならなくて助かる。
それでも気分が悪い。シーディア様に記憶を覗かれた時よりかは多少マシではあるものの、意識が朦朧としてきて、思考があやふやになりつつある。
「ふむ、いい具合に酔いが回ってきたかの」
「俺を酔い潰すつもりですか……」
「まさか。酔ったお主と色々と話してみたかっただけじゃ」
「し、素面でもいいのでは?」
俺と話をして聞き出すだけなら、酒は無くてもいいような気もする。
そもそも、ゴルディア様ならそんな回りくどい真似をせずとも、その気になればいつでも聞き出せる立場だろうに。
(相変わらずゴルディア様の意図が読めない。神様は気まぐれとか言ってたけど、今回のもその一環なのだろうか?)
「いやいや、酔っていたほうが話しやすいじゃろ。例えば、お主が童貞か非童貞とかの」
「は?」
アルコールが回っているにもかかわらず、つい真顔になってしまう。そうなってしまう程に、ゴルディア様の口から到底信じられない単語が出てきたのだが。
確かに、酔った勢いで下ネタや猥談に興じることもあるだろう。けれども、まさかこのタイミングだなんて想像がつくわけがない。
「どうなのじゃ?」
「童貞ですけど……」
兎にも角にも、どんな意図があるにせよ、ゴルディア様が満足するまで付き合う以外に選択肢は皆無。
ならばとことん付き合ってやろう。どうせアルコールが入っているし、恥ずかしいことを口走っても全て酒のせいにすればいい。
(まぁ、しっかり覚えてしまうだろうから代償として黒歴史が増えるに違いないが……この程度でこの場を切り抜けられるのであればむしろ安いな)
「ほほぉ、見栄を貼らず正直に答えたのはいいぞ。じゃが、妾的にはもうちっと恥ずかしがってくれるといい酒の肴になったかのう」
「は、はぁ……」
この人は何を言っているのだろうか。意味がわからないとしか感想が出てこない。
少なくとも分かることがあるとすれば、質の悪い酔っぱらいということだ。それもセクハラをかましてくるタイプの。
「ところでのう、お主が童貞なら女慣れはしておらぬだろうに。何故、お主は妾のような美女を前にして平然としておるんじゃ?」
「いやいや、これでも内心では緊張していますよ。せっかくの酒飲みの場を台無しにしてくないので、今は頑張って平然を装っているだけです」
(そんなわけないけどな。死を想起しかねない程に強烈なプレッシャーを間近で感じて精神的に参りそうなんだよ。おかげで酔いが少し覚めてきたけどさ)
という俺の本音を知らずに、ゴルディア様は破顔して愉快そうに酒を煽る。
もう何本目か分からないというのに、相変わらずの飲みっぷりで、思わず恐れおののいてしまう。
(これがウワバミってやつか……)
「ぷはぁ〜、お主は健気でいい奴じゃのう。オリディアが気に入るのも納得できる」
次の酒瓶を手にしながら、何故か体を寄せながら肩に手を回してきた。
恐ろしさのあまりに振り払いたい衝動に駆られるも、そんな真似をすれば不興を買いかねない。ただ、異常に力が強くて振り払うことはできなさそうである。
「ははは……お褒めに預かり光栄です」
もちろん、そんなことは一欠片も思っていなかったりする。
(早く解放されたい。いつになったらお開きになるのだろう。というか、シーディア様とオリディアはいつ戻ってくるんだ……ってアルコールの匂いがキツイな)
しかし、そんな俺の思いとは裏腹に状況はさらに悪化していく。
「聞きたいことがあるんじゃが、お主は妾たちの中で誰が好みなんじゃ?」
「っ!?」
まさかのまさかで、恐ろしく答えづらい質問がどストレートで投げつけられた。
なんと返したらいいものやら。正直なところ誰も該当しないのだが、絶対に色々と追求をしてくるだろうし、最悪の場合だと機嫌を損ないかねない。
「くくくっ、悩んでるみたいだのう?」
「え、ええ……その通りです。あまりにも甲乙つけ難いもので」
「そこで妾はどうじゃ? 顔はいいし、スタイルにも自信があるぞ」
実際にゴルディア様の言う通りではある。顔がいいのはもちろん、スタイルに関しては理想的と言えるくらいに出ているところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。そのせいで目のやり場に困るまである。
だがしかし、ファーストコンタクトがあまりにも酷すぎた。出会ってすぐに俺をあっさりと噛み砕いた人物なのだから、恐怖の象徴でしかないし、今も冷や汗が止まらず緊張で鼓動が早まっている。
「で、誰なのじゃ? やっぱり妾かの?」
「そうですね……オ、オリディア……でしょうか」
消去法で選んだ結果である。ゴルディア様は怖いし、シーディア様は苦手だ。
オリディアも本性がアレだが、一応は気を遣ってくれるだけ他の二人よりも遥かにマシと言えるだろう。
(それに、お世辞でゴルディア様を選んだらどうなるか分かったもんじゃないからな)
「ほう、オリディアが好みか。そうかそうか……妾やシーディアを差し置いてオリディアとな。理由を聞かせてもらってもいいかの?」
「理由……」
分かりきっていることだが、馬鹿正直に一番マシだからだと答えるわけにはいくまい。
とりあえずそれっぽいことを言って、なんとか納得してもらおう。もちろん、下心があると勘違いされないように気をつけながらな。
「実はですね……オリディアのことを妹のように思ってしまっているんですよね」
「なんじゃ、お主は妹キャラが好みなのか?」
妹キャラとかいう場違いな単語に違和感を覚えるも、今は無視しておく。
「好みじゃなく、どことなく懐かしみを感じてまして」
「ふむ、その言い方だと前に妹がいたようにも聞こえるが、死別でもしたのか? だとしたら悪いことを聞いてしまったかのう」
「ご安心を。元より一人っ子です」
(こんなことで気遣ってくれるとはな……)
ゴルディア様の意外な側面を見て少し驚いてしまった。
ただし、それで安心できるというわけでもない。気遣う必要がなくなったと分かるや否や、さらに追求してきたのである。
「ほほう、つまり妹のような娘がいたのじゃな。詳しく聞かせてもらおうか」
「たいしたことじゃないですよ。もう十年以上も昔のことですが、遠い親戚の女の子の面倒を見ることがありまして、その際に妹のように可愛がっていたんです」
胸糞悪い親戚連中のことは省略させてもらったが、せっかくの酒を不味くさせかねないから話さなくてもいいだろう。
まぁ、俺自身があまり話したくないというのもあるけど、問題はゴルディア様が納得してくれるかどうかだ。
「ふぅむ、だからお主はオリディアを甘やかしておったのじゃな」
「かもしれません」
「とどのつまり、オリディアのことを女として見ているのではなく、単に妹として見ておるわけか……つまらんのう」
「ははは……ご期待に添えることができなかったようですみません」
謝る必要はないような気もするが、雰囲気的に謝罪をせざるを得なかった。
「まぁよい。これからもオリディアの相手をしてやってくれ」
「分かりました」
何とか切り抜けることができたらしい。
そう思って安堵した次の瞬間、追い討ちのごとくゴルディア様が顔を寄せて問いかけてきたのである。
「ところで……お主は若いのがいいのかの? やっぱり妾のような年増は嫌か?」
「急に何を言い出すかと思えば……年増だなんてとんでもない」
(本当に何を言い出すんだこの人は。というか実際の年齢が分からないから何とも言えないんだけど)
だが、わざわざ聞いてくるあたり、本人はそれなりに気にしているのかもしれない。
想像したくもないけど、下手な受け答えをしてしまったら機嫌を損ねるどころの話では済まなそうだ。
「一応言っておくが、妾は幾千年……いや幾万年は生きておるぞ。ほとんどは寝て過ごしておったが」
「っ!?」
最低でも数百歳は超えているだろうとは思っていたが、想像を遥かに越える年齢で言葉にすらならなかった。
というか、もはや年増というレベルを超えているのではなかろうか。それにそれだけ長生きしていていながら今の美貌を保っているのなら、もう気にする必要はないようにさえ思える。
(ま、まぁ、どこまで本当なのか分からないけどな。仮に本当だったら生物の領域を越えているとしか言いようがないが……ひとまず何て言ったらいいのやら)
「のう、引いておらぬかお主?」
「そんな滅相もない。ゴルディア様の美貌に改めて驚かされただけですよ」
「偽っているかもしれないというのにか?」
「いえ、ゴルディア様がそのような真似をするとは思えないので」
思わず即答したものの、これは本心である。
あくまでも俺が抱く印象だが、ゴルディア様には嘘や偽りは似つかわしくない。それに決定的な理由もある。
「あと、ヴェントから聞いたことですけど、『いかなる時も、美しく気高くあれ』と言われていたとのことでして。そんなことを言う人が自身の容姿を偽るとは思えないんですよね」
「なるほどのう……だから疑わなかったんじゃな。にしても、ヴェントの奴がそんなことを」
そう意味深なことを言うと、ゴルディア様は無言で考え込むような素振りを見せると静かに目を閉じた。
(マズイことを口にしたとは思えないが、何か気がかりなことでもあったのか?)
見たところ不穏な気配は感じられない。それだけでも少しは安堵してもよさげでもあるが、そんな期待はものの見事に裏切られることとなる。
「お主はヴェントにも気に入られているようじゃな。ますますつまみ食い……いや、せめて味見をしたくなるのう」
「つまみ食い!? 味見!?」
(絶対に碌でもないことなのは間違いないだろう。具体的には物理的に……)
そもそも、どうしてそんな結論に至ったのだろうか。と叫びたくなるも、まずは逃げ出さなければならない。
だけど悲しいかな。現在進行形で肩に腕を回されている現状ではそれは叶うはずもなかった。
「くくくっ、どうした? 仮面が剥がれ落ちそうになっておるぞ? 妾としては愉しめるから構わぬがのう」
「仮面って何のことですか!?」
「今さら取り繕っても無駄じゃ。もうお主の恐怖心は隠し切れてはおらぬ。この妾と二人っきりだというのに失礼じゃのう」
「うっ……」
アルコールが入っているから見逃されると思っていたのに、そうは問屋が卸さないらしい。
つまりゴルディア様の機嫌を損ねている可能性が浮上したわけで、非常にマズいことになるかもしれない。
(いや、機嫌を損ねることなくてもマズいことになりそうなんだよなぁ)
というのも、何故か待ち切れないといった様子で目を輝かせているからだ。
「ヴェントは勇ましい者を好むからのう。ヴェントに気に入られたのなら、体を張ってオリディアを守った話も手負いの出来損ないを単騎で屠った話も本当のようじゃな」
「だ、だとしても……別にそこまで強くないですよ!?」
「たわけ。ならば聞くが、手負いとはいえあの出来損ないを単騎で屠る者がそうそうにいると思うか?」
「あっ……」
冷静に考えてみれば、俺も普通の人から見れば十分に化け物じみた力の持ち主だった。
今でこそ“封印の首輪”で普通の人と大差ない。そのせいか忘れてしまっていたようだ。
(とはいえ、周りにいるのが規格外の人外ばかりってのもあるだろうよ。感覚が麻痺していたのかもな)
「それにのう、この世界でお主のような骨のある男は久方ぶりでな。もう現れぬと思っておったぞ」
「久し振りということは俺の他にもここを訪れた人が?」
「うむ、二十年近く前におったぞ。おっと、話がそれるところじゃったな」
やはりと言うべきか、この程度では気をそらすことはできないようだ。
もはやなすがままにされるしかないというのだろうか。しかし、そうなると俺は一体どうなってしまうんだ。
(考えようとするだけで恐ろしくなってしまうな……)
「くくくっ、随分と大人しくなったのう」
「抵抗しても無駄と思いまして……」
「賢明な判断ではあるが、潔すぎるのも考えものじゃな。まっ、今回は大目に見てやろう」
少しは抵抗するべきだったのだろうか……待てよ。まさかとは思うが、抵抗する俺を見て愉しみたかったとかじゃないだろうな?
(あり得そうなのが怖い。というかそんな思考を理解しかけてしまいそうなのが嫌なんだけど)
「複雑な顔をしてどうしたんじゃ。ほれ、余計なことを考えずに妾のことだけ考えておかんか」
サラッと、ときめきを覚えそうなことを言われたけど、こんな場面だから嬉しさの欠片もない。おかげでさらに複雑な気持ちになりかけたが、事態はそれどころではなくなってしまっていた。
「服が邪魔じゃの」
何気なく言い放った次の瞬間、俺が着ているシャツを摘むと紙を破くかのような気軽さで千切ったのである。
「……っ!?!?!?」
声にならない悲鳴をあげ、身体中から血の気が引いていくのを感じた。
上半身裸になった羞恥心よりも恐怖心が勝った瞬間である。命の危険すら感じた。
(何でシャツを破いたんだ。というかこれ、シャツじゃなくて俺の皮膚だったら……)
さっきまで身に着けていたシャツは簡単に破れるような代物ではなく、俺が素手で破くのは無理だと思える物だ。
なのに、ゴルディア様はいとも容易く破り捨てた。
「シーディアにお小言をもらうかもしれんが、背に腹は代えられぬ。しかし……やっぱり良い肌じゃのう。そこらの女どもよりも綺麗じゃぞ」
「えぇ……」
急に褒めだすから訳がわからない。というか、神様が色々と弄ったせいなのにな。まさかゴルディア様が褒めるほどとは思わなんだ。
「シミ一つないきめ細やかな肌じゃし、胸元のホクロも妙に色っぽくてのう。湖から引き揚げた時から思っておったんじゃ」
「な、何をですか……」
(嫌な予感しかしねぇぞ)
息を荒げ、徐々に俺の肩に口を寄せていく様は獲物に牙を突き立てる捕食者にも見える。
そして、その感想があながち間違ってなかったと思い知るのは次の瞬間だった。
「滅茶苦茶にしてみたいとな。存分に鳴き叫べ」
「ぎい゛ぃっ!?」
加減はしているのだろう。でなければ、肩の肉なんて食い千切られていた筈だ。
それでも痛いものは痛い。皮膚を突き破り、肩の肉に歯を食い込ませているのだから、当然と言えよう。
(も、文字通り喰うつもりか!?)
痛みに慣れてしまっているのか、痛みよりもゴルディア様の行動に対する驚きの方が強かった。
ただ、そのせいか慢心していたようだ。
「むぅ……あまり声を上げなかったのう。もうちっと強くするしかあるまいな」
「えっ」
今度は二の腕に歯を突き立てられ、皮膚を突き破り、容赦なく肉を抉り取ったのである。
「ぎゃあ゛あ゛ぁぁぁぁ!?」
「うんうん、いい声じゃのう。それに味も悪くない」
ゴルディア様は俺の体の一部であったものを咀嚼し、躊躇いなく飲み込んで腹の中に収めてみせた。
(マジで喰いやがった。というか滅茶苦茶いてぇし、血がヤバい……)
万力の力で肩を抱かれてなければ、きっと今頃は無様に椅子から転げ落ちて床の上で悶絶していただろう。
だが、ゴルディア様からは逃げられないし、掴まれている肩は痛いしでいいことなんてまるでない。
「いい男の苦悶に満ちた表情、初めて見るが実にいいのう。オリディアのお気に入りじゃなければ妾が貰い受けたかったものじゃ」
口の端から血を滴らせる様は凄惨でありながらも、舌なめずりしながら浮かべる笑みはどことなく妖艶ですらあった。
「俺のことを気に入ったと言うのなら、こんなことをして……俺が死んだらどうするんです?」
「安心せい。間違ってもお主を死なせるものか。それと言っておくが、これでもまだ我慢しておる方じゃぞ」
「これで我慢しているのか……」
(しかも、死ななければ何をしてもいいって考えてそうだから質が悪い。どこに安心要素があるというんだ)
薄々勘づいてはいたが、オリディアが生粋のサディストである原因はゴルディア様だと思う。
現実逃避するようにそんなことを考えながら、僅かに意識が遠のきつつあるのを感じた。一気に血を流したからだろう。
現に噛み千切られた箇所からは今も血が止めどなく流れ続けている。
(このままだと気を失いかねないし、場合によっては出血死もあり得そうでヤバいな……)
「黙り込んでどうしたんじゃ? もう一噛みしてもよいのか?」
「本当に死にかねないので止めてください……」
「そうよ、これ以上は危険だからこれで我慢してちょうだい」
唐突に第三者による静止の声が聞こえてきた。声の主はシーディア様で、やっと戻ってきたようだ。
ただし、まだ助かるとは思っていない。シーディア様が救いの手を差し出すのか、あるいは絶望へと叩き落とすのか分からないのだから。
ゴルディア様は別の意味で食べたかったのかもしれません




